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第一章:ゼス、ゲヘゲラーデンの論文を王宮に届けに行くのこと。

第二十一節:ゼス一行、ビダーヤ村に帰還するのこと。

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 王国での宴会が終わり、数日後。ゼス達は帰路につき、行きと違い魔物にも出会うことなく村に帰還した。そして、ゼスたちはビダーヤ村に帰還した、だがその影は一つ足りなかった……。
「おーい、二人が帰って来たぞ!」
「二人?三人じゃなくてか?」
「ああ、二人みたいだ」
 ざわつく村人、子供が一人いなくなったら勿論ひと騒動ではあるのだが、無論失踪したわけではない。

「ただいま!」
「ただいま帰りました」
 帰宅の挨拶をするはゼスとクヴィェチナ。一方で村長は……。
「ああ、お帰り。……もう一人は?」
「それなんだけどね、パパ……」

「ふーむ、あの年で宮仕えねえ……」
 首をかしげる村長。確かに、ルーチェの才覚は世に出てもおかしくないものではあったのだが、如何せん彼女はまだそこまでの年齢とは言い難かった。
「神官さんにどういえばいいかしら……」
 一方で、ルーチェが黙って出ていった格好になることに心配を覚えるクヴィェチナ。それに対して村長は、
「ああ、それなら心配するな。パパがきちんと説明しておいてやる。そんなことより……」
と父の顔をするのだった。
「そうね、師匠のところに行かないとね」
「そういうことだ、ゼスくんと報告に行ってきなさい」
「はーい!」

 ……そして、村長は後ろを振り向いて、
「さて、と」
と客の方へ向き直るのだった。
「まったく、その程度のことは気にするなといつも言っているというのに……」
 神官、ソーレ。彼はまだその年齢の子供がいるのには若い年であったが、それには事情が存在した。
「とはいえ、彼女もそういう年なんだろう、今年でいくつだ?」
「……確か、12かその辺りだったか」
 12。正確にはルーチェはまだ誕生日を迎えてはいなかったので11なのだが、それは問題ではなく。
「一回りもすれば人間それなりに成長するさ。そんなことより、未練はなさそうだな」
「阿呆、何の未練だ」
「さてな。ところで……」
 そして、村長はもう一人の客に振り向いた。その、客人とは……。

「と、いうわけなの、師匠」
 クヴィェチナの報告を聞くゲヘゲラーデン。そして彼はゼスに向き直り、
「そうかそうか。して、ゼスよ。お前も何か得るものはあったようじゃの」
と問いかけるのであった。
「はい、師匠。ようやく僕、魔法が使えるようになりました!」
「そうか、では、見せてもらおうかの」
「はいっ!!」
 そして、ゼスが唱えだした魔法は、ゲヘゲラーデンが教えていないはずの術式であった。無理もあるまい、その術式は高度な魔法も扱えるが同時に、非常に複雑な術式でありすなわち効率が悪かったのだ。

「……ふむ、確かに魔法が使えるようになったみたいじゃの、ゼス」
 眼前の魔法を見ながらゼスに問いかけるゲヘゲラーデン。一方でゼスは自覚がないのか、
「はい!!」
と元気よく返事するのだった。
「……この魔法、どこで教わった」
 そして、ゲヘゲラーデンは多少なりとも真剣な目でゼスに再び問いかける。
「王宮の研究所で、ですが……」
「ああ、どうりでな。儂が教えたものとは術式が違うでな、気になっただけじゃ。そうかそうか、ゼスはこちらの術式の方が向いておったか。……儂も、人に教えるにはまだまだじゃの」
 ため息交じりにぽつりとつぶやくゲヘゲラーデン。それは、彼にとっては多少のコンプレックスなのか、あるいは、ゼスの今後を案じてなのか。
「なんのことですか?」
「ふーむ、まあ今後はこちらの術式の方も教えておこう。しからば、今日はもう帰ってよいぞ」
「は、はいっ!」

「……はてさて、あの術式を熟し得るとは。彼の者、稀代の英傑足りうるか、それとも……」
 ……ゲヘゲラーデン曰く、「これが、すべての始まりであった」。
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