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第二章:ゲヘゲラーデン、責任を感じてビダーヤ村を去り旅路に着くのこと。

第十節:クヴィェチナ、村長である父親にレイ・チンの存在を尋ねるのこと。

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 そして、その日の午後の事である。
「あ、ゼスくん。仕事終わったの?」
 最近、ゼスが自警団に入団したからか、あまりゼスの顔を見ていなかったクヴィェチナ。そして、ゼスはゼスで自警団員としての仕事もさることながら、今朝方会った人物のことが気になったのか、ゼスはクヴィェチナに事情を説明した。
「ちょうどよかった、クヴィェチナちゃん。あのさ、確か村長のところにお客さんが来たらしいんだけど……」
その客人が怪しいこと、ゲヘゲラーデンでも対処は困難であること、そして、おそらく団長は動けないこと。そして……。
「あー、あの女の人ね!……ゼスは、怪しいと思うんだ」
「うん」
 彼がレイ・チンから感じたのはわずかな違和感であったのだが、魔物と対峙した経験からか彼はそれが正解であると確信していた。
「わかったわ、じゃあ探ってきてあげる。今度美味しいものでも奢りなさいよー?」
 そしてクヴィェチナもまた、面白いことになりそうだ、と子供特有の勘で承知したのだった。
「ありがとう、クヴィちゃん」
「だから、クヴィちゃんゆーな!」

 そして日が暮れて、皆がめいめい家に帰り出したころ、村長の家でクヴィェチナは父親に例の旅人の話を切り出した。
「ねぇパパ、あの人のことなんだけどさ……」
 父親の膝で戯れるクヴィェチナ。3月にもかかわらずぱちぱちと暖炉が照っていることが、異常気象の証明とすら言えた。
「ん、誰の事だ?」
「あのお客さん」
「ん?……ああ、レイさんか。なんでも、東の方の国からわざわざ王都の親族に会いに来た方らしくてな、その証拠に、髪が紅いだろう。向こうの人はいろいろな髪や目の色をしているらしい。第一、王都直轄の村である以上、そういう理由で滞在するのならば無碍にはできんのだよ」
 西に浅黒い肌や黒髪が多いのは魔法の使い手の素質を持つ者が多いことを意味していたが、東にはそもそも魔導文明が栄えていないこともまた、その差異を加速させていた。
「いや、そういうんじゃなくて、どうしてこの家に泊めてるのかなー、って思って」
「……クヴィェチナ、パパの家が宿屋兼用なのは知っているだろう、だから、旅人が来るのはさして珍しいことじゃない。まあ確かに、最近旅人なんて来なかったから疑問に思う気持ちはわかるが、パパの家はこうやって生計を立てているんだ。お前も将来、女将になるだろうから、お客さんの素性を探ってはいけないよ」
 彼の家が大きいのには、それなりの理由が存在した。彼は別に私腹を肥やすために村長の立場を利用して家を大きくしているわけではなかった。その部屋の多くは客室として機能しており、村に宿屋を作らなくて済む一因ともなっていた。尤も。
「……最後に、お客さん来たのいつだっけ」
「……確かに、お前の物心がつく前だったか。ま、そういうわけで、だ。どうしても疑問に思うのなら、パパが聞いておいてやる。お前はもう寝なさい」
 この村は、そもそも客人がそれほど訪れる立地条件ではなかった。半ば、憩いの場と化している村長の家は、たまに客室を会議室代わりに自警団が借りに来る程度であった。
「はぁい」

 そして よが あけた……。
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