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第二章:ゲヘゲラーデン、責任を感じてビダーヤ村を去り旅路に着くのこと。

第二十節:ゼス、遠征隊への立候補を行い自警団の士気を高めるのこと。

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「王都から人が来たって!?」
「誰だべ、一体」
「それが……」

 その兵士は、とても奇妙な恰好をしていた。何せ、全身から夥しい量の血を浴びており、矢が二、三本は刺さっていたのだから。
「……我が名は、ンコ・ロと申す。……すまないが、喉が渇いた、水をもらいたい」
「へ、へえ。おい、水!」
「へいっ!」

「……先ほどは失礼した」
「して、王宮の兵士様が何の用でしょうか……」
 おずおずと尋ねる村人。無理もない、明らかに死んでいてもおかしくないような血を浴びている眼前の兵士は、水を飲んだ時点で未練を果たして死んでいてもおかしくはなかっただろうと思われたからだ。そして、その兵士はとんでもないことを言い放った。
「……王宮が襲われた。至急、自警団の者を動員したい」
『なっ……!!』


 一方、王宮では。
「隊長さん、向こう!」
「ああ、わかった!」
 響く剣戟。ロベンテ・トゥオーノをはじめ、近衛兵は一刻でも多く時を稼ぐために奮戦していた。
「しかし、こう雲霞の如く敵が涌いて出ると対処も難しいな……」
「ルーチェちゃん、次の負傷者こっち!」
「はい、わかりました!」
 王宮は、アイバキップ襲撃の時とは打って変わって血みどろの光景を映し出していた……。

「自警団団長のシャッタ・ダオラです」
「王宮近衛隊のンコ・ロだ。早速だが、用件を伝える。予てからの約定通り、自警団を動員しに来た。一刻の猶予もない、早々に来てもらいたい」
 予てからの約定通り自警団の総動員を呼びかけるンコ・ロ。だが、シャッタ・ダオラにも頷けぬ事情が存在した。
「はい、と言いたいところではございますが……」
「なんだ、不具合でもあったか」
「はい、ゲヘゲラーデン様が、旅立たれました。行き先を聞くこともままならず……」
 そう、ゲヘゲラーデンが先刻出立したばかりなのである。それはひどく、具合の悪いタイミングであった。
「なにっ」

 シャッタ・ダオラは、ンコ・ロに事情を説明した……。

「……なんともやれやれ、ゲヘゲラーデン卿がおらぬとあっては確かに村の防備に不安は残るか。だが、王宮の危機は変わらん。この際、総動員でなくてもよい、部分動員はできぬか」
「部分動員ならば、了解いたします」
 部分動員。総動員とは違い、軍団の一部に動員をかける行為であり、すなわち応急処置的な動員であった。本来、こういう事態になった場合は総動員を取るのだが、ゲヘゲラーデンというビダーヤ村の存亡に関わるピースがなくなっている以上、部分動員もやむなしということである。
「そうか!しからば、早速伝えに城に戻る。本日中には来てもらいたい!」
「ははっ」

「……と、いうわけだ。王宮に行っても良いという者はいるか」
『…………』
 沈黙する一同。ただでさえ、先ほどまでの悪魔侵略騒ぎにかなりの消耗を強いられたのだ、確かに約定として自警団団員は王宮の一大事には協力することは書かれていたが、それでも限度というものが存在した。
「……だとは、思った。ここに籤を用意した。よろず、引いてもらいたい」
 と、その時である。
「……あの、団長」
「ん?どうしたゼス」
「僕、行きます!」
 そして、ゼスは決断した。下級団員であり、本来ならば総動員であったとしても行かなくていい可能性があるにもかかわらず、彼は戦乱に身を投じる攻めの体勢を見せたのだった。
『なっ……』
「ゼス、いいのか?」
「はいっ!!」
「それじゃ、下級団員枠とはいえ、ゼスは確定だ。他、立候補する奴はおらんのか!」
 団長にとって、ゼスの立候補は予想外にして恰好の士気高揚の材料となった。


 かくて、自警団は王宮の危機を救うために旅立った。その数、団長シャッタ・ダオラを含め、十三名であった。
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