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吐食
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吐血をしたことはあるだろうか?私は無い。あるはずがない。
生憎、吐血をするほど不健康な人生は送ってきていないという自負があるものでね。あぁ、私は限りなく健康体に近しいとも!
だがしかし、こうも思う。今の私の体より、吐血をしてしまうほどになよっちぃ体の方がマシだっのではないか、と。
「いただきます!」
目の前で煙をまとい、しかしながら堂々と待ち構える器から、コシのある麺を引き上げる。うむ、ラーメンはやはり豚骨だ。
ズルズル、ズズーッ。
あぁ、美味い!思わず胸の前でガッツポーズをする。
脳に直撃する濃厚な豚のパンチに、鼻をくすぐる醤油の香り。そして、喉を滑り落ちる麺の感触!
あぁ、たまらずスープに口をつけてしまう。
ズズッ。
あぁ、ダメなやつだ、これはダメだ。美味しすぎる。
感動を抑えきれず、水を口いっぱいに含んだ。あぁ、口いっぱいに混沌と広がっていた旨味が喉奥に流されていく、幸せ、これ以上の言葉が見つからなかった。
「ぷはーっ!やっぱり、食べ物は美味しい!」
目の前の器には、スープの水滴しか残っていない。いやぁ、美味しかった。やはり噂はかねがね聞いていたが、よもやここまでの味とは。お値段も張るが、当然といえば当然だ。この味を?このお値段で?うん、安い。
ふと、視界に円盤が映る。短い針と長い針が規則的に動くそれは、私の絶望が始まるまでのカウントダウンを始めた。
チク、タク、チク、タク。
あぁ、もうそろそろだな。
もう、この感覚にも慣れた。時間を計らずとも、体が察する。そして、次に自分が取るべき行動を反射的に行ってしまう。
事前に持ってきていたポリ袋に顔を埋める。
見計らったかのように、胃から何かが昇ってくるのが分かった。何度経験しても、この瞬間の衝撃は慣れないものだ。
「ぶほえっっ!かひっ、かはっ、はぁ……はぁ……」
時間にして、凡そ1分。辛く長いが、されど1分。
この1分間で、私の食したラーメンは全て、このポリ袋へと居場所を移されてしまったのだ。
「はぁ、気持ち悪い」
私はプラスチックで作られた器を袋の中へ放り入れる。パッケージには、【あの又猫家監修!豚豚豚骨ラーメン!】の字が綴られていた。
通院生活というものはかなり堪えるものがある。過酷な労働に見舞われるわけでも、生活環境が極端に悪いわけでもない。ただただ暇なのである。
冷静に考えてみても欲しい、私はこの原因不明の病を患っていることを除き、何不自由ない健康人なのだ。難病患者で、寝ていることすら精一杯ならば話は変わるのだろうが、私のように動きたくて動きたくて堪らない人間からすれば、病院というこの場所はあまりにも窮屈すぎる。
更に更に、人類の3大欲求の内、性欲などまともに消費することが出来ないのだ。
せいぜい出来ることといえば、惰眠を貪り、手遊びで時間を潰し、たまの贅沢に食事をすることだけ。
そして、たまの贅沢として行う食事の度に毎回嘔吐をしてしまうのだからこれまた厄介。
原因は不明、とにかく「食べる度に吐く」「食べなければ吐かない」。おかげで、点滴による栄養補給で毎日楽しく過ごせてはいる。
しかし、それでも辛いものは辛い。人類の三大欲求を2つも封印されては当たり前だが辛い。
「ということで……」
病院、抜け出しちゃった。
ネオン混じりの電灯は人間の本能を活性化させ、自分が獣であることを思い起こさせてくれる。
こういうときは、酒に潰れた女でも装えば男のひとりやふたり、集まるものなのだ。
ゴミ貯めから数センチほど離れた場所で頭を持つ私。痛みに打ち震え、行くあてを無くしたなんとも惨めで都合のいい女。
「おねぇさん、だいじょぶそ?」
来た。上がる口角を指で抑えながら、一言一言紡いでいく。
「ちょっと、酔っちゃったみたい。ねぇ、あなたも一緒にどう?」
嬌声混じりの部屋は、桃色に照らされ、華やかな雰囲気を演出してくれている。けれど、私はそんな小手先の演出に見惚れたりなどしない。
見ているのは、相手の体だけ。
ただ、残念。コミュ力の高さと体の相性の良さは比例すると思っていたけれど、どうやら違ったようだ。
無様な男の相手をしながら、病院に戻った時、どのように言い訳をしようかなど、当たり障りの無いことを思考していた。
「ねぇ、きみ、ほんとに元気?」
「え?あぁ、元気よ」
曖昧に返す私に一瞥くれたかと思うと、男は調子に乗ったように続けた。
「ねぇ、ちょっとだけ待ってて……」
そう言ったかと思うと、動きを止め、そして、私と密着させていた体を引き離した。かと思えば。
「ちょっと、避妊は!?」
「だって、こっちの方がいいかと思って」
「いいわけないでしょ!?やめて、離れて!」
強くつき飛ばそうとするも、体格差の壁に押し返される。ベッドの上で恐怖を覚えるしか無かった。
怖い、怖い、怖い。
「大丈夫、一緒に楽しもうよ」
もちろん、楽しむ余裕などあるはずもなかった。
「最悪、ダメな日だった」
男から貰った名刺先の電話番号は全くのデタラメで、責任を取ってくれる者など、誰一人存在しなかった。
自分の腹をさする。名も知らぬ男との間の子。
三大欲求を満たそうとしただけだというのに、一体私の何がダメだったというのか……。いや、良くなかったな。流石に赤の他人との行為は危険という他ない。
「はぁ、アフターピルなんて飲んでも意味ないしな」
錠剤は、吐く。経験済みだ。
それでも、ひとつだけ希望を感じていたのは本当だ。もし、子供を産むことが出来れば、それと一緒に何かを放出することが出来れば、この原因不明の病も改善されるかもしれない。
なんの根拠もない推論だが、今の私はこんなものに頼るしかなかったのだ。
それに、なんだかんだ子供は好きだ。毎日つきっきりで世話をしなくてはならないのは心配だが、まぁ、大丈夫だろう!
早速、名前を決める作業へと取り掛かった。
9ヶ月もすれば、お腹は膨らみ、病院にも妊娠がバレてしまったが、それでも多少なり祝福はされた。
狭い部屋で腹の中の子供と会話をする。会話と言っても言葉を理解出来るわけが無いので、さすりながら優しく名前を呼びかけるだけ。
小さな幸せを噛み締め、1粒の涙が頬を伝ったその瞬間。
「いたっ!」
下腹部に激痛が走った。
何が起こった?それより、子供は?
自分の心配よりも先に子供の命を危惧し、慌ててお腹をさする。
少し振動が伝わる、生きてはいるようだ。しかし、
「位置が、変わってる?」
毎日のように触っているからわかる。前までは、こんな所に頭はなかった。
「胃袋に異物が入れば吐いていたのではなく……」
体内に異物が入れば吐いていた……ということか?
そんな心配をしているうちにも、我が子は私を昇ってくる。
壁という壁を、肉という肉を突き破って、喉元まで。
呼吸が出来ない。脳みそは痛みや苦しみからの解放より、酸素を求めている。
鼻をめいっぱいに広げて空気を取り込もうとするも、その度に腹部にビリビリと刺激が加わる。
ついに床に潰れるように倒れた。それでもお構い無しに、喉を強引にこじ開けるようにして、それは昇ってきた。
「おぎゃあああああ」
私の口から漏れたそれは、私の声なのか、我が子の声なのか、ついぞ知ることは無かった。
口からめいっぱいの血が溢れ出したのが最後に見えた光景。我が子の行方は、知る由もない。
生憎、吐血をするほど不健康な人生は送ってきていないという自負があるものでね。あぁ、私は限りなく健康体に近しいとも!
だがしかし、こうも思う。今の私の体より、吐血をしてしまうほどになよっちぃ体の方がマシだっのではないか、と。
「いただきます!」
目の前で煙をまとい、しかしながら堂々と待ち構える器から、コシのある麺を引き上げる。うむ、ラーメンはやはり豚骨だ。
ズルズル、ズズーッ。
あぁ、美味い!思わず胸の前でガッツポーズをする。
脳に直撃する濃厚な豚のパンチに、鼻をくすぐる醤油の香り。そして、喉を滑り落ちる麺の感触!
あぁ、たまらずスープに口をつけてしまう。
ズズッ。
あぁ、ダメなやつだ、これはダメだ。美味しすぎる。
感動を抑えきれず、水を口いっぱいに含んだ。あぁ、口いっぱいに混沌と広がっていた旨味が喉奥に流されていく、幸せ、これ以上の言葉が見つからなかった。
「ぷはーっ!やっぱり、食べ物は美味しい!」
目の前の器には、スープの水滴しか残っていない。いやぁ、美味しかった。やはり噂はかねがね聞いていたが、よもやここまでの味とは。お値段も張るが、当然といえば当然だ。この味を?このお値段で?うん、安い。
ふと、視界に円盤が映る。短い針と長い針が規則的に動くそれは、私の絶望が始まるまでのカウントダウンを始めた。
チク、タク、チク、タク。
あぁ、もうそろそろだな。
もう、この感覚にも慣れた。時間を計らずとも、体が察する。そして、次に自分が取るべき行動を反射的に行ってしまう。
事前に持ってきていたポリ袋に顔を埋める。
見計らったかのように、胃から何かが昇ってくるのが分かった。何度経験しても、この瞬間の衝撃は慣れないものだ。
「ぶほえっっ!かひっ、かはっ、はぁ……はぁ……」
時間にして、凡そ1分。辛く長いが、されど1分。
この1分間で、私の食したラーメンは全て、このポリ袋へと居場所を移されてしまったのだ。
「はぁ、気持ち悪い」
私はプラスチックで作られた器を袋の中へ放り入れる。パッケージには、【あの又猫家監修!豚豚豚骨ラーメン!】の字が綴られていた。
通院生活というものはかなり堪えるものがある。過酷な労働に見舞われるわけでも、生活環境が極端に悪いわけでもない。ただただ暇なのである。
冷静に考えてみても欲しい、私はこの原因不明の病を患っていることを除き、何不自由ない健康人なのだ。難病患者で、寝ていることすら精一杯ならば話は変わるのだろうが、私のように動きたくて動きたくて堪らない人間からすれば、病院というこの場所はあまりにも窮屈すぎる。
更に更に、人類の3大欲求の内、性欲などまともに消費することが出来ないのだ。
せいぜい出来ることといえば、惰眠を貪り、手遊びで時間を潰し、たまの贅沢に食事をすることだけ。
そして、たまの贅沢として行う食事の度に毎回嘔吐をしてしまうのだからこれまた厄介。
原因は不明、とにかく「食べる度に吐く」「食べなければ吐かない」。おかげで、点滴による栄養補給で毎日楽しく過ごせてはいる。
しかし、それでも辛いものは辛い。人類の三大欲求を2つも封印されては当たり前だが辛い。
「ということで……」
病院、抜け出しちゃった。
ネオン混じりの電灯は人間の本能を活性化させ、自分が獣であることを思い起こさせてくれる。
こういうときは、酒に潰れた女でも装えば男のひとりやふたり、集まるものなのだ。
ゴミ貯めから数センチほど離れた場所で頭を持つ私。痛みに打ち震え、行くあてを無くしたなんとも惨めで都合のいい女。
「おねぇさん、だいじょぶそ?」
来た。上がる口角を指で抑えながら、一言一言紡いでいく。
「ちょっと、酔っちゃったみたい。ねぇ、あなたも一緒にどう?」
嬌声混じりの部屋は、桃色に照らされ、華やかな雰囲気を演出してくれている。けれど、私はそんな小手先の演出に見惚れたりなどしない。
見ているのは、相手の体だけ。
ただ、残念。コミュ力の高さと体の相性の良さは比例すると思っていたけれど、どうやら違ったようだ。
無様な男の相手をしながら、病院に戻った時、どのように言い訳をしようかなど、当たり障りの無いことを思考していた。
「ねぇ、きみ、ほんとに元気?」
「え?あぁ、元気よ」
曖昧に返す私に一瞥くれたかと思うと、男は調子に乗ったように続けた。
「ねぇ、ちょっとだけ待ってて……」
そう言ったかと思うと、動きを止め、そして、私と密着させていた体を引き離した。かと思えば。
「ちょっと、避妊は!?」
「だって、こっちの方がいいかと思って」
「いいわけないでしょ!?やめて、離れて!」
強くつき飛ばそうとするも、体格差の壁に押し返される。ベッドの上で恐怖を覚えるしか無かった。
怖い、怖い、怖い。
「大丈夫、一緒に楽しもうよ」
もちろん、楽しむ余裕などあるはずもなかった。
「最悪、ダメな日だった」
男から貰った名刺先の電話番号は全くのデタラメで、責任を取ってくれる者など、誰一人存在しなかった。
自分の腹をさする。名も知らぬ男との間の子。
三大欲求を満たそうとしただけだというのに、一体私の何がダメだったというのか……。いや、良くなかったな。流石に赤の他人との行為は危険という他ない。
「はぁ、アフターピルなんて飲んでも意味ないしな」
錠剤は、吐く。経験済みだ。
それでも、ひとつだけ希望を感じていたのは本当だ。もし、子供を産むことが出来れば、それと一緒に何かを放出することが出来れば、この原因不明の病も改善されるかもしれない。
なんの根拠もない推論だが、今の私はこんなものに頼るしかなかったのだ。
それに、なんだかんだ子供は好きだ。毎日つきっきりで世話をしなくてはならないのは心配だが、まぁ、大丈夫だろう!
早速、名前を決める作業へと取り掛かった。
9ヶ月もすれば、お腹は膨らみ、病院にも妊娠がバレてしまったが、それでも多少なり祝福はされた。
狭い部屋で腹の中の子供と会話をする。会話と言っても言葉を理解出来るわけが無いので、さすりながら優しく名前を呼びかけるだけ。
小さな幸せを噛み締め、1粒の涙が頬を伝ったその瞬間。
「いたっ!」
下腹部に激痛が走った。
何が起こった?それより、子供は?
自分の心配よりも先に子供の命を危惧し、慌ててお腹をさする。
少し振動が伝わる、生きてはいるようだ。しかし、
「位置が、変わってる?」
毎日のように触っているからわかる。前までは、こんな所に頭はなかった。
「胃袋に異物が入れば吐いていたのではなく……」
体内に異物が入れば吐いていた……ということか?
そんな心配をしているうちにも、我が子は私を昇ってくる。
壁という壁を、肉という肉を突き破って、喉元まで。
呼吸が出来ない。脳みそは痛みや苦しみからの解放より、酸素を求めている。
鼻をめいっぱいに広げて空気を取り込もうとするも、その度に腹部にビリビリと刺激が加わる。
ついに床に潰れるように倒れた。それでもお構い無しに、喉を強引にこじ開けるようにして、それは昇ってきた。
「おぎゃあああああ」
私の口から漏れたそれは、私の声なのか、我が子の声なのか、ついぞ知ることは無かった。
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