飛び立つことはできないから、

緑川

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第七羽 大野の過去

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 また嫌な人たちと面を合わせて、相不変に人気の少ない場所で、言葉を交わしていた。

「では、先日の通り、説明お願いしますね」

「じゃあ、俺が……」

 相川が名乗り出て、饒舌に語り出した。

 事の概要を掻い摘んで説くと、大野先生は嘘と言わんばかりに白眼視を向けて訝しむ。

「大まかな内容については理解しましたが、その非現実的なお話が事実と云う、証拠は何処にあるんでしょうか?」

「過去に身内を亡くしました」

「それが偶然ではないと?」

「おそらくは……ですが」

「天羽君。誰のでも見えるんですか?」

「いえ、運の良し悪しかは分かりませんが、たまにしか見えません。多分……」

「学校以外で公衆の面前や、大通りの人混みの中などで、それは一度でも見えましたか?」

「いいえ」

「そうですか……。取り敢えず、私は教頭と掛け合ってみますね。状況証拠が無い以上は、憶測の域を出ませんので、我々教師には、手の出しようがありません」

「つまり、犯人探しは俺たちの仕事ってことですね」

「はい、よろしくお願いします」

 こうして、新たなる共犯者を迎え入れた、俺たちは、次の手段に着手し始めた。

 まぁ、結局することは変わらないのだが。

 瞬く間に長ったらしい、授業の時間は流れてゆき、また傍に相川を添え、廊下を進む。

「秀治!」

「うわ」

 品性の欠片も無いような連中が群れを成して、廊下の真ん中を考えなしに塞いでいた。

 その僅かな隙を強引に掻い潜る者たちに、怪訝な形相を浮かべ、理不尽に睨み付ける。

「痛ってぇなあ!おい!謝れよ!」

「あぁ、悪い」

「どこ見て歩いてんだよ」

 どんな道を歩めば、大衆の面前で堂々と、そんな生き恥を晒せるのだろうか。

 その無様な姿は、暴君さながらであった。

「またサボりかよ!」
「やば、めっちゃ悪じゃん」

 数人の女子たちが、突き刺すような眼差しを、俺に向けていた。

 悪口が顔に出ていたのかもしれない。
 次からは改めよう。いや、遭わない為の努力に全ての心血を注ごう。

「あたしたちこれからカラオケ行くんだけど、秀治も一緒に来るでしょ?」

「いや、これから用事があるんだ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ……また今度」

「あぁ、悪いな」

 こんな稚児の癇癪紛いの行動に、泰然とあしらう相川の姿は女神さながらであった。

 ほんの僅かな、一瞬だけに過ぎないが。

「行こうぜ」

「あぁ。あれって、お前の友達?」

 その場を逃げるように後にしていく最中、一人の女子がまだ俺の背を突き刺していた。

 気取られぬように、ひっそりと一瞥する。

「チッ」

 感じ悪そうな人だ。それ以外に特筆して上げる印象はなかった。

「は?そんな訳ないだろ。周りの連中の格が下がるだろうが」

「なら、何で付き合ってんだよ?」

「面倒な連中とも一定の距離を保って、接していないと、後々厄介な事になるからな」

「へー、大変だね」

「他人事だな」

「他人事だから」

「それにしてもあの先生は何が目的なんだろうな」

「さぁな、過去に何かあったんだろ」

「過去ね。やっぱ虐められてたのか?」

「あるいは、その逆かも」

「どちらにせよ、俺たちの味方だよな?」

「味方って、おい……。まぁ、邪魔立てしたければ、とっくに何かしらしてきているだろうし、多分協力関係だよ」

「お前、これからどうするんだ?また行くのか?」

「もう少しやりたいことがあるから、また行くけど、色に良くない変化があれば、直ぐに帰ってくるよ。お前はどうするんだ?」

「情報収集。と言いたい所だが、今日は家の用事もあるし、あんま、できそうに無いな」

「誰よりも張り切っていた癖に、やっぱ使えないなお前」

「ただ屋上でだべってるだけの奴に言われたくないね。ほら、さっさと行けよ」

「言われなくても、行きますよ」

 相川とは別の道に進んでゆき、屋上への階段を淡々と登っていく。

 この選択がどれ程の効果を発揮するのか、正直、定かでは無いし、逆に言えば最悪のルートにもなり得てしまう。

 けれど、俺にできるのはこれだけだろう。
 今日は少しだけ踏み込んでみよう。

 そう意気込んで、光の絶たれた暗がりの屋上前の扉を開いた。

 いつものように煩わしく先を遮った障壁を大回りで避けていき、その先へと辿り着く。

 まるで、同じ時の中で生きているかのような、変わらぬ姿をした彼女の傍らに佇んだ。

 静かに、そして、緩やかに振り向く。

 足音だけでその張本人に行き着くほどに、足繁く通っていたお陰もあって、戸惑いも、躊躇も、怯えもなく、偽りの笑みを見せた。

「また来たんだね」

 また。まただ。その台詞。
 おんなじ事ばかりを閉ざされた口から零し、予想だにしないことは決して行わない。

 さながらゲームのキャラクターだ。

 俺は生気の篭らぬその一言に、また、言葉を詰まらせながら、下手くそな困り顔をし、絶対に尻に悪いであろう床に腰を下ろす。

「あはは。ご、ごめんね」

「良いの。別に、大丈夫だから」

 俺と視線がぶつかった途端、頻りに目が泳がせて、やり場に困り果て、夕日に行き着く。

 徐に一瞥する。

 天の輪を。

 ……牛乳色に染まりつつある。

 けれど、今日も交わす話題は変わらない。また、取るに足らない言葉を並べ立てるのだろう。

 でも、そんな時間でさえ、あっという間に過ぎてゆき、またイヤな人たちと面を合わす。

「少し聞いても宜しいでしょうか?」

「何ですか?天羽君」

「先生は何故、俺たちに助力してくださるんですか?」

「教師として当然の事。と、豪語したいですが、私にも色々ありましてね。順を追って、説明したいんですが、その後に大丈夫ですので、私も疑問を宜しいでしょうか?」

「えぇ……別に構いませんけど」

「ありがとうございます」

「そうですね、前置きに話したような、堅苦しく長々とした話になる程、詰まってもいないので、要約すると、私は傍観者でした」

 その一言で風貌の全てに納得がいった。
 ひ弱でありながらも、周囲に目を配り、まるで肉食獣に狩られんと、ご機嫌ばかりを伺うような誰相手にでも下手にでる動き。

 俺たちに対し、さながら重役社員に常に頭を下げるような、露呈する謙った態度。

「……」

 それから、自らを蔑んだ言葉を並べ立てる内容は、まるで校長の惰性と自分本位に溢れたかスピーチのように、一切、俺の頭に入ることはなく、頭の中から抜けていった。

「まぁ、そんな所ですかね。私は第三者ではありませんので、ハッキリと言いますが、見ているのに、目を背けるのも立派な共犯者ですよ」

「……」

 まるで自らに言い聞かせるように放った。

「そうですね」

「それで、天羽君。先の疑問の件ですが…」

「あぁ、はい。何ですか?」

「君は心が強いと思いましたので直球でも、宜しいですね?」

「えぇ、はぁ」

「君はずっと知っていたんじゃないですか?このことを全て、何もかも」

「は?」
「は?」

 俺たちの言葉が被さるとともに、前述の言葉が瞬く間にフラッシュバックしていった。
 
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