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本編

勇者VS勇者一行

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「ヒスロア・ノースドラゴン」

「ウェストラ・イミテイト」

「カースッ・アルマーニ!!」

 静寂。

「身を切り裂いて…」

「己を成せ」
「己を成せ」

 二者の詠唱が重なるとともに、靄の揺蕩う其々の瓜二つな姿の分身が切り裂かれ、蜃気楼は霧散した。

 ウェストラは二人に、勇者は五人へと。

 巨躯に匹敵する肥大化した腕を振り翳し、耳を劈く咆哮を上げて、突き進む。

 五人へと為った勇者は離散する。

 カースに二人を残し、自らを含む二人で血気盛んなウェストラを囲った。

 土石と砂埃が舞い上がる最中にも、煙の影から仄かに浮かび上がるカースは、無闇に縦横無尽に両腕を振るっていた。

「……」

 ポタ。
 
 たった一滴の清澄なる透く雫が、勇者の肩先の鎧を掠めて、糸も容易く切り裂いた。
 
 そして勇者の鎧をも貫く、大雨が降り注ぐ。

「爆雷」

 幾千万を超える黄金を帯びた雷光が疾風迅雷の如くに迸り、俄かに紅き燈を灯す。

 囂々たる爆炎が辺り一帯を覆い尽くした。

 爆風に髪を靡かせるウェストラは周囲に目を凝らしつつ、魔導書の新たなる頁を開く。

 暴れ回っていた筈の精霊が、眠りに堕ちたかのように、ぐったりと項垂れて静かに眠りについていた。

「汝、我の求めに今一度、応えよ」
「聖なる光を帯びて、獰悪を極めし真似事を為す憐れな賢者を檻に閉ざせ」

 神出鬼没な勇者たちが唐突に言葉を放つ。

 三人目の勇者が爆炎が盛んに燃え上がる中、心から物ともせずに猪突猛進に突き抜ける。

「万、勇者、成せ。律せ!か…」
「律せ」

 紅き瞳が異なる水晶体へと変わりゆく。

「チッ!」
「サンクトゥスカヴェア」

 一人の勇者が瞬く間に駆け出し、一瞬にしてウェストラの懐に掻い潜った。

 鳥籠たる牢に閉ざされた二人。狭き空間で其々の刃が交差する。

 氷剣の鋒が鉄格子にぶつかり、思わぬように振るえぬ最中に、短剣を存分に振るう。

 胸を容易く貫くとともに、盾代わりに勇者を二人の視線の前に向けた。

「爆ぜろ」

 だが、勇者の全身が燦々たる燈を灯した。

「はっ!?」

 再び、轟音とともに爆ぜる。

 逃げ場のないウェストラは、猛き紅焔と爆煙に瞬く間に呑まれていく。

 その頃、遠方で見ていた白装束たち。

「ど、どうされますか!?ゆ、勇者様の増援に……行かれた方が」

 一人の白装束の男が戦慄く。

「不要。あれほどの戦闘では、下手な助力は却って足手纏いであろう。今は此処で様子を窺おう」

「……ハッ。承知致しました」

「それにしても、凄まじいな」



 ウェストラは灰も残らぬほどに焼け焦げていくが、幾度となくその身を立ち所に治癒を繰り返し、かろうじて原型を保っていた。

 そんな真っ只中、勇者は燃え上がる炎の渦へと悠然と闊歩し、歩み寄っていく。

 無愛想極まる面差しに紅き鱗を纏い、さながら赤竜のような形相となって。


 跪くようにして蹲るウェストラを、侮蔑を含んで、ただただ手を拱く。

 そして、瞼から剥き出しになった鋭い眼球の矛先を勇者へと向け、未だ尚、灰はおろか、燃えることすらしない魔導書を握りしめる。

「っっ!!」

「この炎の中では、呼吸することさえままならないだろう。お前は焼き尽くされて死にゆく定めだ」

「なん。っで先代を……殺した?」

 勇者は、その一言に激昂する。

 鬼気迫る形相を浮かべ、空を裂くような咆哮とともに土石の刃を頭上へ振り翳した。

 その瞬間、ウェストラは静かに微笑んだ。

 眼前に迫った刃は、自らを禦ぐ氷の仮面となって形を変えていき、粉砕音が響き渡る。

「爆ぜろ」
「解」

 三度、ウェストラの懐へ潜り込む。

 その言葉を発した途端、印を結ぶ手から上腕を覆い隠す程の爆炎を放った。

 ただ瞠目した。

 右腕の有様を。

「乱用し過ぎた結果だ」

「これがリスクか……」

 三度、閃光。

 迫り来る業火から逃げるように、退く。

 満身創痍のウェストラは、茫然と膝立ちで天を仰ぐ。

「ハァ……。此処が終着点か」

 ガラ空きの喉笛に刃の鋒を添え、侮蔑を含むように見下ろしていた。

「言い遺したことはあるか」

「死ねよ、贋作」

「まだ死ぬ訳にはいかないんだ」
 
 勇者を呑み込むほどの人影が、背後から包み込むように覆い隠した。

「ヴァァァァ!!」

 徐に見上げる勇者の頭上に、両の手を重ねた鉄槌が降り掛かる。
 
 前髪に触れる寸前、大地を踏みしめる自らの足場を泥濘に嵌め、弧を描いた鉄拳は、掠めるだけで、カースの眼下の大地に叩きつけられた。

 土石の雨が飛び交い、粉塵が舞い上がる。

 ウェストラを挟み込むように、双方は数メートルと距離を空け、悠然と睨み合う。

 大地に大剣を突き立てるとともに、忽然と宙に刀を創り出した。

「お前はこの刃の脅威を、どれ程理解している?」

「……」
 
 柄を両の手で握りしめ、重心を低く落としながら、眼下に紫紺の陣が色濃く発光する。

「それは、お互い様だろう」

「さっさと逃げろ、馬鹿がっ!」

「成長しない者などに、明日はない」

「成長?己の力量を見誤るなよ」

 疾くに陣に足を乗せ、刃を斜に振るう。

 目にも止まらぬ速さを維持し、ウェストラをも纏めて断ち切るように、迫り来る。

 ウェストラの瞳に映り込む、鋼の刃。

 だが、其を遮って、無数の鱗が宙に舞う。

「っ!?」

 数多の鱗を何重にも重ね、幾層もの楯なる防具を右腕へと集中し、眼前へと翳した。

 一縷の火花が迸り、耳を劈く金属音が鳴り響く。

 そして、拳は虎視眈々と勇者の顔面を捉えていた。

「此処で無様に死ぬといい」
「この程度でこの刃を禦ぎ切れるとでも?」

 前傾姿勢に身構えた巨躯が、後ずさる様に大地を抉り取りながら徐々に押されていく。

「今死して、無き明日を想え」

「っ!?死ぬ気か!」

 ウェストラの新たなる詠唱に、カースは思わず一瞥する。

「無論、全員道連れだ!」

「……フッ」

 カースは静かに微笑んだ。

「余所見か?随分と余裕があるようだな。紅、白、黄、蒼……」

 膨らむ籠手から燻る炎。
 発した順に色が変わっていく。

 未だ尚、渾身の拳を惜しむ中でも、時間は流れ、詠唱は終わりへと進んでいく。

「サラマンダー……」
「供し、泡砲刺衝、大気を変えよ」
「ヴァァァッッ!」

 三者の得物は其々の元へと牙を向く。
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