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学園都市編

96話 鬼灯の災難

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 狐耳付きフードの隙間から、チラリと姿を覗かせている髪の毛は人間界を統べる王様と同じクリーム色。
 横たわる少年の顔は狐面が覆っているため確認する事が出来ないけれども、きっと王とよく似た顔をしているだろう。
 瞳は薄い水色であれば国王の息子で間違いない。
 少年の容姿を予想した理事長が若かりし頃のユタカの姿を思い起こして小刻みに肩を震わせる。
 寝返りをうつ事によって上半身を起こしたヒビキが、フードに手をかけると後頭部に腕を回して紐を引く。
 狐面に手を添えて取り外すとヒビキの容姿は理事長の予想を見事に裏切ったのだろう。
 大きく肩を揺らした理事長が、あんぐりと口を開きヒビキを指さした。

「ユタカに、そっくりではありませんか」
 ぽかーんとした表情を浮かべる理事長は若かりし頃のユタカを思い浮かべていた。
 しかし、目の前の少年は現国王の容姿とそっくりだった。
 髪型と身に纏う雰囲気を国王に似せれば瓜二つとなるだろう。

「ユタカが成長していないのか、それとも君の成長が早いのか」
 戸惑う理事長が今のヒビキと同じ年齢。16歳だった頃のユタカの姿を思い起こす。

 今は学園の理事長を務めている青年が銀騎士団特攻隊隊長として王に仕えていたのはユタカが13歳から17歳になるまでの間。
 ある出来事が切っ掛けとなって、ユタカを守る事が出来なかった理事長は銀騎士団をやめる事を自ら申し出た。
 過去の出来事を思い起こした理事長が表情を曇らせる。

「ユタカとの久々の再会だった事もあって舞い上がっていたため気づく事が出来なかったのですが髪型は違えども容姿は、あの頃のままの様な気がしますね」
 考えを口にしていた理事長が途中で口ごもってしまう。

「てっきりユタカは立ち直っているものだとばかり思っていたのですが、やはり精神的な負担が大きかったのでしようね」
 険しい表情を浮かべた理事長の言葉の意味が理解できずに唖然とするヒビキが首を傾げる。

「近いうちに、もう一度ユタカに会わなければなりませんね」
 一人で考えを口にして結論を出した理事長の表情に笑みが戻る。
 無意識に考えている事が全て口に出てしまったのか、それともユタカの精神面が不安定である事を息子であるヒビキに敢えて知らせたかったのか理事長の考えは分からない。
 しかし、父の精神に大きな負担が掛かるような出来事が過去に起こった事実を覚えておく事に決めたヒビキは眉尻を下げる。

「さて、ギルドカードの更新を怠っていたヒビキ君にはFクラスに編入を行ってもらう事になります。学園内での装備や武具の購入は全てギルドカードをパネルにかざす事により行う事が出来ます。寮の扉を開く鍵の役割を果たすのもギルドカードなので、カードは絶対に無くさないようにしてくださいね」
 懐に手を添えたヒビキが小さく頷いた。

「中にはカードを奪い取ろうとする生徒もいますので、気を付けて下さいね。盗難を防ぐためにカードに防壁や結界を常に張り巡らせている生徒もいます。ヒビキ君は魔法や術を上手いこと発動する事が出来ない状況にいるのはユタカから聞いていますのでカードを無くした、または奪われた場合は私が詮索魔法を発動して探し出しますので、すぐに理事長室に来てくださいね」
 ヒビキが床に両手を添えると理事長に向かって深々と頭を下げる。

「お世話になります」
 クリーム色の髪の毛がヒビキの顔を覆い隠しているため、その表情を確認する事は出来ない。
 まさか、頭を下げられる何て考えてもいなかった理事長がヒビキの肩に手を添える。

「顔を上げてください。もう一つ伝えなければならない事がありました。学園内には時折1レベルから50レベルのモンスターが出現します。倒す事が出来ないと判断した場合すぐに、その場から逃げ出してください。ヒビキ君が病み上がりである事はユタカから聞いています。決して無茶をしないようにしてくださいね。約束ですよ」
 言葉を続けた理事長が腰を上げると一歩足を引く。
 小さなため息を吐き出すと共に、何だか疲れ切った様子の理事長が足をソファーの角に打ち付ける事により鈍い音がする。

「わっ、ちょっ」
 手をじたばたと動かして何とか姿勢を整えようとした理事長が、仰向けにソファーの上に倒れこむ。
 ソファーの上に倒れこんだため衝撃が和らいだ事に対して安堵したのだろう。
 息を吐き出した理事長が肘をつき、ゆっくりと上半身を起こす。
 
「大丈夫ですか?」
 口元を手で覆い隠すヒビキは驚いたのだろう。
 目を見開いたまま恐る恐る声をかける少年の姿を見て、理事長は眉尻を下げて苦笑する。

「驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。大丈夫です。どうやら洞窟内へクエストを遂行しに行った生徒が傷を負って戻って来たようです。一人は完全に意識を失っている状況ですね。すみませんが、私は生徒達の回復を行うために正門に向かいます。ヒビキ君は、このまま寮へ向かってください」
 学園を包み込むようにして詮索魔法の発動を行っていた理事長が、一早く学校敷地内に足を踏み入れた生徒達に気がついた。

「詳しくは寮同室者に聞いてくださいね」
 ソファーから腰を上げて部屋の出入り口に向かって足を進める理事長の足取りは急ぎ足だった。

「寮は南側。窓から見える煉瓦造りの建物です」
 ドアノブに手をかけると、背後を振り向いた理事長が窓の外を指さした。
 寮の位置を説明すると共に室内から足を踏み出した理事長が身を翻す。

「何かあったら必ず私を頼って来るのですよ。くれぐれも無茶はしないようにしてくださいね」
 扉の隙間から顔を覗かせて再び念を押すようにしてヒビキに無茶をしないようにと伝えた理事長がパタパタと足音を立てながら走り去る。
 唖然としていたヒビキは無言のまま、返事をする事もなく慌ただしく走り去る理事長を見送た。
 室内に取り残されたヒビキが口元に手を添えて考える素振りを見せる。
 すぐに考えは纏まったようで一人で納得したヒビキは小さく頷いた。

「あぁ。詮索魔法を発動していたから集中力が散漫になっていたのか」
 理事長が集中力散漫だった理由に気づくと小刻みに肩を震わせる。
 ゆっくりと腰を上げて立ち上がると狐面を取り付けるために後頭部に腕を回す。
 紐をしっかりと結ぶと綺麗に修復された窓を開き窓枠に足を掛けた。
 狐耳付きのフードを深々とかぶり直すと窓の外へ体を移動させたヒビキが窓を閉める。
 窓枠から手を放す事により重力に従って降下を始めたヒビキの体は空中で一回転する。
 姿勢を整えるために続けて両手を大きく広げた所で、4階の窓から飛び降りるヒビキの姿を視界に入れてしまったのだろう。
 生徒達の甲高い悲鳴が上がる。

「無茶をしないでくださいと言ったばかりですが」
 正門玄関へ移動していた理事長が生徒達の視線を追いかけて急降下するヒビキの姿を視界に入れる。
 思わず本音を口にした。

「彼にとっては、4階の窓から飛び降りる事は無茶とは言わないのでしょうか」
 ため息を吐き出すと共にヒビキから視線を逸らした理事長が副会長に魔力を分け与える。
 生徒達の心配をよそに、近くの木の枝に足を掛けたヒビキは反動を利用して後方宙返りを行うと正門に足をかける。
 正門を蹴りつける事により、空中に飛び上がったヒビキが木の枝に足をかけると後方宙返りを行って更に高く空中に飛び上がる。
 素早く木の枝に着地をしてから、目の前に広がる大きな建物を視界に入れたヒビキが今更ながら重要な事に気が付いた。

「俺の部屋は何処?」
 寮の位置は聞いたものの、どの部屋を訪ねれば良いのか聞き損ねていた事に気づいたヒビキが声を漏らす。
 再び理事長の元へ向かうために身を翻そうとする。
 寮に背を向けて、理事長のいる学校正門へ向かおうとした所で背後の窓が開く音がした。

「おい、何処へ行くんだよ」
 窓から身を乗り出してヒビキのケープの裾をつかみ取った生徒が、今にも木の枝から飛び下りようするヒビキに声をかける。
 中性的な声を耳にして背後を振り向いたヒビキが目を見開いた。
 毛先の跳ね上がった真っ赤な髪。
 真っ赤な瞳を持つ鬼灯を指さして首を傾げたヒビキが疑問を抱いて問いかける。

「縮んだ?」
 唖然とするヒビキの視線の先には予想外の人物の姿があった。
 髪型や瞳の色や顔立ちは鬼灯であるけれども目の前で、窓から身を乗り出している人物はどう見たって10代。

「縮んだ。じゃなくて若返ったと言ってくれ。魔力を上手く使えないヒビキの護衛として学園都市に向かう事に決まったんだけどさ、満面の笑みを浮かべた妖精界の王様に術を掛けられて気がついたら若返っていた。あの人は絶対に敵に回してはいけない相手だな。扱う事の出きる術の底が見えない」
 眉間にしわを寄せる鬼灯を呆然と眺めていたヒビキが狐面に手をかけると紐を引き取り外す。
 窓枠に足をかけて室内に足を踏み入れると狐面を手にしたヒビキの表情は唖然としたまま。
 窓を閉めて鬼灯に視線を向けたヒビキが一瞬の沈黙後、吹き出した。
 激しく咳き込むヒビキが小刻みに肩を震わせる。

「目線の高さが俺よりも下とか。いくつ?」
 眉尻を下げて何とか笑みを引っ込めようと試みたヒビキが鬼灯の腹部を指先で突っついた。

「12歳? それとも13歳かな?」
 自らの腹部に右腕を回して肩を震わせるヒビキが口元に手を添える。

「ごめん。聞き方を間違えた。何年生? クラスは?」
 乱れた呼吸を整えるために床に膝をつき息苦しそうにしているヒビキが深呼吸をする。
 鬼灯の学年とクラスを問いかけた。

「1年Sクラス。ヒビキの一つ下の学年になる」
 ヒビキにつられるようにして床に腰を下ろした鬼灯が胡坐をかく。

「15歳にしては小さ……痛い」
 鬼灯の姿を呆然と眺めたヒビキが思わず本音を漏らそうとしたところで、鬼灯はヒビキの横腹に人差し指を突き刺した。
「まだ成長期が来る前だからな。俺の成長期は17になってからだ」
 笑い過ぎて疲れ切っているのだろう、眉尻を下げたヒビキが苦笑する。
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