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学園都市編

113話 緊急クエスト発生

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「見事に固まってしまったわね」
 話している最中にも拘わらずヒビキと視線が合って、口ごもってしまった会長を見てアヤネが苦笑する。

「本当ですね。まだ視線を合わす事すらままならないとは一度、出直した方が良さそうですね」
 副会長が苦笑する。

「そうね。また後日、改めて訪ねた方が良いわね。ごめんね。そろそろ自分達の寮に戻る事にするね」
 このまま、この場にとどまっていてもいい。
 しかし、とどまっていれば会長にストレスをかけ続けることになる。
 もともと、自室に戻ると言っていた会長を無理やり手を引くことにより連れてきたのは自分だと反省をしたアヤネが腰を上げる。

「またね」
 アヤネ達を見送るために、その場に立ち上がったヒビキが小さな声で呟いた。

「この時間帯はモンスターが出現する確率が高い。送って行こうか?」
 ヒビキに続き腰を上げた鬼灯がアヤネに声をかける。

「ありがとう。でも、大丈夫よ。会長と副会長がいるからね」
 頼りにしてるわよと言葉を続けたアヤネが会長の背中を叩く。続けて会長の肩に腕を回して、顔を覗き込もうとしたアヤネの腕を会長が慌てて振り払った。

「触れられるのは嫌だと何度も言ってるだろ」
 何度もアヤネに言った言葉である。下手に触れられると女である事に気づかれてしまう。
 ただでさえアヤネはボディタッチが激しく、急接近してくる事が多い。

 顔を逸らして距離を取ろうとする会長は真剣な顔をする。
「別にいいじゃない。会長からは私に触れてくるのに、私には触れさせてくれないなんて寂しいじゃない」
 頬を膨らませたアヤネが愚痴を漏らす。

「話すときの距離が近いんだよ。アヤネは女って自覚があるか? 胸を押し付けてくるな」
 会長の表情は必死である。
 アヤネから逃れるために足を引き後ずさりをすると、身を翻して出入り口へ向け足を進める。
 アヤネが口を開くのを待つ気は無いようだ。
 言い逃げである。
 
「意外。会長は、そんな事は気にしない人だと思っていた」
 会長の意外な一面を知ることになったアヤネは唖然とする。
 てっきり逆切れか、それとも恥ずかしがるか。会長の腕に胸が触れていた事実を知ったアヤネの反応を予想していたヒビキは戸惑っている。

「そんな事?」
 全く予想外の反応を見せたアヤネに対して疑問を口にする。
 アヤネも魔王と同じように羞恥心が無いのだろうか。
 それとも単なる強がりか。
 妹の性格が分からなくなってしまった。
 てっきり、人懐っこくて素直な性格をしているのだと思っていれば、羞恥心を持っていないような発言をする。
 アヤネの発言を耳にしてヒビキが小さなため息を吐き出した。
 鬼灯は傍観者を決め込んでいる。
 
 どうやらヒビキのアヤネに対する問いかけは、会長やアヤネの耳には入らなかったようでヒビキの隣に佇んでいた鬼灯だけが反応を示す。
 副会長は表情に笑みを浮かべたまま無言である。


 アヤネに背中を押されるようにして部屋を後にした会長が廊下へ出るなり安堵する。
「駄目だ。緊張した」
 声をかける所か視線を合わせる事が出来なかった。
 話の途中で言葉を詰まらせてしまったため、悪い印象を与えてしまっただろう。
 与えてしまった悪いイメージを後日、訂正しなければならない。

 アヤネは人と話す時の距離感が非常に近い。
 つい数分前に触れられるのは嫌いだと言ったばかりだと言うのに、ほぼ密着した状態でアヤネは会長に声をかける。
「まさか、視線を合わせられない何てね」
 茶化すようにして会長に声をかけるアヤネは、不安な気持ちを会長や副会長の前では出さないようにと心がける。
「だから、近いんだよ」
 アヤネの言葉が耳に入ってこない。
 距離を取ろうとする会長に向かって、アヤネは膨れっ面を浮かべる。

「距離感が近すぎると相手を不快にさせる事もあるんだよ」
 半ば強引にアヤネの体を突き放した会長が逃げるようにして走り出す。

「随分と仲がいいんだね」
 会長を追いかけるために全力で走り出したアヤネの姿を眺めていたヒビキが、寂しそうに呟いた。

「えぇ。会長とアヤネさんは仲が良いですよ」
 走り去っていく会長とアヤネを見送っていた副会長が苦笑する。

 見事に置いて行かれてしまった副会長に気づいたヒビキが声をあげて笑う。

「取り残されてるし」
 副会長を指差して、ぽつりと呟いた。

「そうですね。置き去りにされてしまいました」
 取り残されたことを気にする様子もなく答えた副会長が笑顔を見せる。

「後を追う気は?」
「無いですよ。私は、ゆっくりと自室に戻ります」
 のんびりとした足取りでヒビキの元に向かって足を進める副会長は、基本的にマイペースな性格をしているのだろうか。
「副会長の性格が、いまいち良く分からないんだよな」
 洞窟内で見た副会長の姿を思い起こす。

「それはお互い様です」
 優しくヒビキの肩に手を置いて、口を開いた副会長が苦笑する。

「ヒビキ君は強いですが、洞窟の中は集団行動をするモンスター達のたまり場となっています。くれぐれも気をつけてくださいね。アヤネさんの事を頼みますよ」
 笑みを取り外して、真剣な眼差しをヒビキに向ける。
 
「うん。任せてよ」
 筋肉の無い腕を持ち上げて、ぺしぺしと叩くヒビキを見た副会長の表情に笑みが浮かぶ。

「それはしない方がいいですよ。華奢なんですから、説得力がなくなります」
 クスクスと笑う副会長は洞窟内で見せた男前な一面をなかなか出そうとはしない。
 きっと、校内では素を隠して日々を過ごしているのだろう。
 室内には鬼灯もいるため、本来の性格を晒す気は無いのだろう。

「素を知っているから、穏やかな副会長の姿って何だか気持ちが悪い」
 突然何を言い出すのやら。
「きも……」
 危うく素が出そうになった副会長が言葉をつまらせた。

 あんぐりと口を開いたままヒビキを眺めていると再び、ヒビキが爽やかな笑顔を浮かべて口を開く。
「うん。気持ち悪い」
「失礼な。一度ならず二度までも、そうはっきりと言うか?」
 ぽつりと言葉を続けたヒビキに対して副会長が透かさず突っ込みを入れる。

「ニヤニヤしながら気持ち悪いと言われても説得力が無いんだよ。完全に人の反応を見て楽しんでいるよな」
 ヒビキを指差して考えを口にした副会長に対して、ヒビキは真面目な顔をする。
「え、真顔で言えばよかった?」
 ぽかーんとした表情を浮かべたヒビキが首をかしげて問いかけた。

「真顔で言われたら、それはそれで苛立つけどさ」
 ヒビキの問いかけに対して考えを覆した副会長が苦笑する。

「何故猫を被った生活をしているの? 別に無理して笑顔を浮かべている必要は無いと思うけど?」
 首を傾げたヒビキの表情は真顔である。

「常に笑顔を浮かべていれば、人と喧嘩になるようなことにはならないだろ? 笑顔を浮かべてさえいれば、外面を気にして素直に思ったことを咄嗟に口にする事もなくなったからヒビキ君も試してみればいい」
 ヒビキの問いかけに対して考えを口にした副会長が首を傾げて問いかける。
「何、その表情は……」
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるヒビキに声をかける。

「素で話している副会長に君づけされると鳥肌が……」
「悪かったな」
 腕を胸の前で交差させて、撫でるヒビキが表情を強ばらせると、言葉を続けた副会長が苦笑する。

「ヒビキでいいよ」
 冗談ではなく本当に鳥肌がたった。
 君づけではなくて呼び捨てを所望したヒビキは眉尻を下げる。
「分かった」
 ヒビキの言葉を素直に受け入れた副会長は笑顔で頷いた。

 和やかな雰囲気に包まれている室内で
「なぁ。会話の途中で口を挟んでしまってごめん。窓の外を眺めていたんだけど、ふと巨大なモンスターが視界に入り込んだ気がして俺の勘違いであればいいけど」
 今まで大人しくヒビキと副会長の会話を耳にしていた鬼灯が口を開く。

 ヒビキと副会長が、鬼灯の視線を追って窓の外に視線を移してすぐに学園敷地内に変化が現れる。
 
 ブーブーブーブーと突如、校内に緊急事態を知らせる警報が響きだす。
 緊急クエストが発生しました。
 続けて、緊急クエストが発生した事を知らせるアナウンスが流れだす。
 けたたましく鳴り響く警報は止まる気配がない。
 それどころか激しさを増し、校舎を包み込むようにして巨大な結界が張り巡らされた。
 

 緊急クエストに戸惑う副会長。
 窓の外を凝視している鬼灯。
 そして、冷静に
「リンスールからの贈り物か? それにしてはレベルが高すぎる気もするけど」
 窓に顔を寄せて、ヒビキ達のいる室内を覗きこんでいる巨大なトロールを前にしてヒビキが考えを口にする。

「なんて呑気に状況を判断している場合ではないだろ。狩りに行くぞ」
 落ち着いた様子でヒビキに声をかけた鬼灯が腰をあげると、窓を開けて窓枠に足をかけた。

「ちょ、待て待て待て。何を考えてるんだよ。飛び降りる気か」
 鬼灯の肩を掴み、今にも窓から飛び下りようとする鬼灯に副会長が声をかける。

「鬼灯は飛行術を扱えるから平気だよ。それより、俺達は早く正面玄関に向かうよ。咄嗟に張り巡らされた結界は時間をかけて、ゆっくりと張り巡らされたものよりも脆い。時間がないよ。早く!」
 ヒビキが素早く副会長にパーティの申請をする。

「俺も戦うのか? 魔力切れなんだけど……」
 突然の出来事に考えが追い付かない副会長がパーティに入ることを渋っている。

「トロールの周囲を動き回っているドワーフを倒すとレベルは上がるよ。俺も鬼灯も回復魔法は使えないから、万一のときは助けてほしい。だから、早く行くよ」
 副会長に拒否権はない。
 ヒビキに背を押されるがまま身を翻して、寝室の扉に向かって足を進めようとした副会長の肩とヒビキの肩に鬼灯は手を添える。

「庭へ降り立つだけなら、二人を数秒間浮かすことは可能だよ」
 爽やかな笑みを浮かべる鬼灯が強行手段をとる。
「浮かすことは可能って、そんな爽やかな笑顔で言われたって……ちょ、待て!」
 表情を強ばらせた副会長の制止の声も聞かずに、鬼灯は魔力によって作り出した透明な膜に副会長とヒビキを包み込んで窓から飛び降りた。

「嘘だろ!」
 空中で後方宙返り。
 暗闇の中に浮かぶ月が視界に入り込み、たまらず副会長が悲鳴をあげる。
 
「猫を被っているどころではないか」
 ぽつりと考えを漏らしたヒビキに
「あるわけ無いだろ」
 余裕がないはずの副会長が、透かさず突っ込みを入れる。
 落ち着いた様子で副会長に声をかけたヒビキもまた、突然の鬼灯の行動に驚き冷や汗をかいていた。
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