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学園都市編

124話 想定外の出来事である

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 銀色の丸眼鏡が印象的。
 肩にかかる長さで切り揃えられた髪は手入れされ、さらさらのストレート。
 見るからに身なりに気を使っている男性の性格を、アヤネは勝手に神経質な人なのだろうと決めつけた。

「仲間に入れてくれるかな?」
 ヒビキの背に身を隠すために、そそくさと移動する。
 ひょっこりとヒビキの背中から顔だけを覗かせて、男性を指さすと小声で呟いた。
 
「分からない。仲間に入れてくれるといいけど……」
 アヤネの問いかけに対して淡々とした口調で言葉を続けたヒビキは、はたしてギルドランクがFランクである自分を仲間に引き入れてくれるのだろうかと疑問を抱いていた。

 まるでお父様みたい。
 無言のままクエスト一覧表を眺めている男性と、父親である国王をアヤネは頭の中で照らし合わせていた。
 父親と雰囲気の似ている男性を気にかけているものの、声をかけることが出来ずにいる。
 アヤネが背後に身を隠してしまったため、仲間に入れてもらうための交渉はヒビキが一人で行わなければならない。
 ヒビキは深呼吸をすると、緊張した面持ちで男性の元へ歩み寄る。

「お兄さん達も洞窟を通過しようとしているのですか?」
 なんともか細い声が出た。
 弱々しく放たれた言葉を、はたして男性は聞き取ることが出来たのだろうか。
 もう一度問いかけた方が良いのではないのかとヒビキの中で疑問がく。

「そうですが……何か?」
 クエスト一覧から視線を外す。
 青年の視線がヒビキを捉えたため、どうやら声は届いたようだ。
 なんの感情も籠っていないような、淡々とした口調で青年は呟いた。

「俺達も洞窟を抜けて隣街の学園都市に向かおうと思っているのですが、仲間に入れてくれませんか?」
 普段は初対面の相手に対して、明るく人懐っこい人物を演じて接触をするヒビキだけど、今回は緊張をしているため演じるどころの話ではないようだ。

「ギルドランクをお尋ねしても?」
 やはり、男性の口調は変わらず淡々としたものだった。

「俺はFランクです。アヤネはAランクです」
 Fランクであることを伝えれば男性は仲間に入れることを拒否するかもしれない。
 Aランクであるアヤネだけを仲間に入れると言い出すかもしれない。

 優劣ゆうれつ批評ひひょうする男性に、ヒビキは嘘をつくのは嫌だという理由で、素直に自分がFランクであることを伝える。
 
「因みにレベルは157だよ」
 アヤネが小声で呟くようにして言葉を続けたため、ヒビキの顔から血の気が引く。

「俺は、人に言えるようなレベルではありません」
 アヤネが自らのレベルを口にしたため、剣士である青年や彼の仲間である魔術師達の視線がヒビキに向く。
 アヤネに続き、ヒビキも自らのレベルを口にすると考えたのだろう。
 魔界だけではなく、妖精の森の神殿でレベル上げを行ったヒビキのレベルは既に350を越えていた。
 しかし、レベルが350を越えている事は普通ではあり得ないことであり、Fランクでありながらレベルを答えてしまえば神経を疑われる事になるだろう。

「Fランクのレベルは1から10程度。よくもまあ、Fランクの身でありながら仲間に加わりたいと言えましたね」
 男性の口調は変わらぬまま、素直に思ったことを口にしたのだろう。
 レベルを答えなくとも、Fランクでありながらパーティへ入れてほしいと頼んだことにより神経を疑われてしまった。
 表情がピクリとも変わらないため、彼の感情を読むことは出来ない。
 しかし、視線はヒビキからクエストの詳細が記載される用紙へ移ったため、Fランクと聞きヒビキ達から興味は失せたか。

「すみません。せめて、アヤネだけでもパーティに入れてくれませんか?」
 普段なら、今のやり取りで仲間に入れてもらうのは無理だと判断をして、一人で洞窟内に足を踏み入れていただろう。
 しかし、今回はアヤネがいるため、ここで引き下がる事は出来ない。
 深々と頭を下げて頼んでみる。

「彼女を私達のパーティに入れた後、貴方一人だけで洞窟を通過しようとお考えでしたらやめた方が良いと思いますよ。Fランクの身でありながら仲間に入れて欲しいと訪ねる勇気に感心していたのです。大抵の者は足を引っ張るからと、声をかけることすらしないでしょうから。私達の足を引っ張らないのであれば、共に洞窟を抜けることは構いません」
 男性からの返事は、全く予想とは異なっていた。
 誉められているのか、貶されているのか分かりづらい言い方ではあったものの、どうやら仲間には入れてくれる気でいるようだ。

「仲間に入れてくれるって! 良かったね」
 大人しく男性とヒビキの会話に、聞き耳を立てていたアヤネが嬉しそうに呟いた。
 ヒビキにだけ聞き取れるような小さな声なのは、やはりまだ剣士である青年に対して気を許してはいないのか。
 小声ではしゃくアヤネの姿を横目に見たヒビキが苦笑する。
 クエスト用紙から視線を外すと、男性の視線はヒビキに向けられたまま固定される。
 
「洞窟中央には集団で襲いかかってくるドワーフが屯っています。仲間は多ければ多いほどいいでしょう。しかし、自分の身は自分で守ってください。私は人を守りながらモンスターの退治が出来るほど器用ではありませんから」
 伝えたいことだけ伝え終えると、青年の視線はヒビキから外れてテーブルの上に移動する。

「私はSランク、レベル177の剣士です。魔術を扱うことも可能です。彼女はCランク、レベルは58の魔術師です。彼はDランク、レベルは31の魔術師です。一時の仲間です。名乗り合う必要は無いでしょう」
 結局、一度も表情を変えることなく言葉を続けた青年は一枚の資料を指差した。

「ドワーフ討伐のクエストの発行をお願いします」
 視線の先で、男性の会話の相手が受付嬢に移る。
 アヤネは相変わらず、ヒビキの背後に身を隠したままである。

「棘のある言い方しか出来ない人でごめんなさいね」
 呆然と佇むヒビキに、今までただ黙って状況を眺めていた女性が声をかける。
 あでやかで男性を魅了する女性は周囲から沢山の視線を集めていた。

「仲良くなったら失った時が悲しいから、出来るだけ人と関わりを持たずに生きたいんだとよ」
 続けて男性がヒビキの顔を覗きこむ。
 爽やかな笑顔が印象的な男性である。


「朝早くから洞窟を通過しようとしている仲間を求めていたのだけど、昼過ぎになっても声をかけてきたのは、君たちだけなのよね。洞窟を通過するのにどれ程の時間がかかるか分からないから、そろそろ出発をしたほうがいいとおもうのだけど、どうかしら?」
 魔術師の女性が剣士である青年に声をかける。

「人数に不安はありますが、これ以上待機しているわけにもいきませんね」
 ゆっくりと腰をあげた青年は小さなため息を吐き出した。
 洞窟の出入り口付近で狩りを行うものは多い。
 しかし、洞窟を通過するとなると仲間を集めるにも一苦労である。

「ダメ元で洞窟を通過するチームが他にはないのかと募集をかけたんだ。Aランクの彼女が来てくれただけでも心強いだろ」
 魔術師の青年が席を立つ。
 
「強い魔術師が来てくれて良かったわね」
 魔術師の女性が席を立つと、剣士である青年に声をかける。

「そうですね。追々、彼女の扱う事の出来る術を覚えていくとしましょう」
 剣士である青年が淡々とした口調で呟いた。
 剣士である青年とヒビキは接近戦を得意とする。
 青年と連携して、モンスターの討伐を行わなければならない。
 しかし、感情を露にすることなく話を進める青年と連携することが出来るだろうかと不安を抱いていた。

 魔術師であるアヤネは他の魔術師と共に後衛で術を発動する役割を担う。
 杖を両手で握りしめ、構えをとるアヤネはいつでも魔術を発動できるような姿勢をとったまま前進する。
 
「会長や副会長以外とパーティを組むのは久しぶりだから緊張する」
 ヒビキに耳打ちするアヤネは気づいているのだろうか。
 杖の先端がヒビキの腹部に食い込んでいることに。
 笑顔のままであるヒビキが冷や汗を流す。

「まだ街を抜けてすらいないんだ。肩の力を抜いて早くから身構えてると洞窟に足を踏み入れた頃には疲れきってしまうよ」
 ヒビキはアヤネを落ち着かせようと試みた。



 ピロンと高い音がした。

 シエルにパーティに誘われています。加入しますか?

 目の前に現れた文字を読み、青年の名前がシエルであることを知る。
 国王暗殺を企む黒幕と同じ名前である。
 思わぬ場面で思わぬ名前を目にしたヒビキは激しく動揺する。
 しかし、動揺を表情に表すことなく

 はい

 左下にあるボタンを押す。
 
 国王暗殺を企む人物と、目の前に佇む剣士の青年は別人物であるだろうと考えを改めるヒビは高鳴る心臓を落ち着かせようと試みた。
 アヤネにもシエルからのパーティ申請の通知があったようで、アヤネの表情から不安の色が消える。

「何処かで見たことのある人だと思っていたら光魔術を教えるシエル先生よ」
 剣士の青年に対する緊張感や恐怖心が消えたようで、笑顔のアヤネがヒビキの耳元で呟いた。
 ヒビキの考えはアヤネの発言によって見事に覆されることになる。
 目の前を歩く剣士の青年が、国王暗殺を企む人物であることが判明する。
 ヒビキの顔から血の気が引いた。
 もしも、青年がシエルであると知っていれば、絶対に声をかけてはいなかった。
 仲間に入れて貰うなど、もってのほかである。
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