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第9章
第153話
しおりを挟む翌日、早朝に俺はロンじいさんの家にいた。目の前でじいさんは相変わらず機械をいじくっている。部屋の壁では、ヨシノが目を閉じて背を預けている。
ちなみにロゼッタは街を散策、スサノオは昨日と同じく図書館にいる。エレナは遅れて遊郭に向かっており、紅葉は部屋でまだ寝ている。
ここに来る前にベルベットを拘束しろと命令が出ていて部屋を訪ねたが、やはりどこにもいなかった。なので今日の俺の仕事は、ベルベットの捜索と引き続き鎖の調査だ。
「それで、うちの陛下が話をつけくれるみたいですよ。」
「そんなので あいつがやめると 思っとらん」
「相変わらず下手くそな川柳だな…。それより、なんで俺に皇国の話を?」
「大昔 1人の少女が こう言った」
「少女?」
「いつの日か 神の使いが 現ると」
「使い?使徒か何かか?そんなエヴァみたいな…。それと、アルガリスさんはなんで皇帝の部下に?」
ヨシノは目を閉じながら答えた。
「あやつが地下を去る前にうちも同じ事を聞いたが、何も言わなかったぜよ。…まぁおそらく、うちらを殺すと脅されとるんじゃろ。」
「そういう事ですか…。」
その時、部屋の扉が勢いよく開けられた。入り口には、肩で息をするウサピョンが立っている。
「た、大変だぴょん!」
「いや、どう見てもあんたの方が大変そうだけど…。」
「そんな事言ってる場合じゃないぴょん!お前…危ないぴょん。」
「………は?」
「というか、こうなったらもうこんなの着てらんねぇな。」
「待て、その声…。」
急にウサピョンの声が男に変わったと思ったら、ウサピョンは着ぐるみの中でゴソゴソ動き出した。この声は…少し前にいなくなった人の声にそっくりだ。
「う、嘘でしょ…ニコチン切れたって、そういうわけ?」
「ふぅ…暑いなこれ。お!久しぶりだな、レイ。たばこあるか?」
うさぎの頭が外れると、そこには黒い眼帯をしたレギルがいた。
「な、なんでこの国に?!」
「そんな話は後だ、それよりこれ見ろ。」
レギルは俺に1枚の手紙を渡してきた。内容は、『人族浄化計画について』と書いている。
「なんですかこれ…。」
「今日の朝フロストに渡された。実行は明日の午後、俺が手術を今日受けてから1日おくみたいだな。」
「手術?」
「八将神のやつらは、全員体に魔力を貯める小さな水槽みたいな物を既に埋め込んでいる。」
「それって…」
「魔法の使える、亜人族の誕生だ。」
レギルの言葉に、部屋にいた俺たちは息を呑んだ。
午前中、王城の会議室にテオスと、ウサピョンを除いた八将神が集まっていた。
「じゃあ、みんな集まったようだね。午後には始めるけど、覚悟はいいかな?」
「あの…ウサピョンさんは?」
「あぁ、彼は別にいいんだ。」
カナが小さく手を挙げて聞いたが、テオスは当たり前のように答えた。
「それより、みんな覚悟はいいかな?今日でこの国は生まれ変わる…新たな種族の誕生だね。やめるなら今のうちだけど、大丈夫?」
テオスは8人を見ながら、嬉しそうに笑った。何人かの表情はあまり良くない。
「反対する者はいないようだね。それじゃあ今からみんな配置についてくれ、健闘を祈るよ。」
かくして、テオスの計画は始まった。
それは、レギルと王城にいるダライアス陛下のところへ向かっている時だった。
突如街のあらゆるところから爆発音と、人々の悲鳴が聞こえた。
「一体何が?!」
「まさか…あいつら先に始めたのか?」
「あの手紙はダミーって事ですか?」
「潜入バレてたか…。」
すぐに俺は陛下のいる部屋に転移すると、陛下も窓の外を見て驚いていた。カイザーも側で目を見張っている。
「何が起きているんだ?」
「わかりません、ただ…とんでもない魔力を持つ者が100、いや200ほど。前の魔物の大氾濫より厄介かもしれません。ひとまず、異空間に入っていただけますか?」
「…わかった。」
陛下はその場に残りたそうな表情をしていたが、安全のために異空間に入ってもらった。
「カイザーさん、どうしますか?」
「騎士として、これを見過ごすわけにもいかない。第五の分隊長はいないんだよな?」
「はい。ですが、先程レギルさんと会いました。」
「なんであいつがこの国に…まぁいい、それなら…」
カイザーはこの国の地図を取り出し、真ん中の王城を中心にして三等分にした。そして右上から1、2、3と素早く書いた。
「1がお前と魔道士団第二分隊、2がレギルと第五分隊、3が俺と騎士団第二で引き受ける。サレアと残りの騎士団は、各自国民の避難に向かわせる。避難場所は…地下の遊郭か、そこもダメだったらこの城でもいい。」
「了解です。」
部屋に入ろうとしていたサレアと合流し、王国関係者控え室にいる団員達にカイザーが指示をしてすぐに行動に移った。
城を出た所にはロゼッタ・紅葉・スサノオ・エレナの4人が既に待っていた。
街の遠くの方では火事が起き、黒い煙が上がっている。
「マスター…スズリ様のクローンのような方が…。」
「わかってる。とりあえずエレナは俺と、ロゼッタはレギルさんの所、スサノオはカイザーさんの所に行ってくれ。」
「わかりました。」「心得た。」
ロゼッタとスサノオはすぐに飛んでいき、エレナと紅葉だけが残った。
「妾はどうすればいいんじゃ?」
「この城にテオスがいるかもしれないから、いたら止めてくれ。」
「わかった!…って、これはそうも行かぬな…。」
紅葉の視線の先には、先程まではいなかったスズリのクローンが突然何十体も現れ、城門の前に立ちはだかっていた。
「紅葉、頼めるか?」
「心配するな、それより終わったらご褒美じゃな。」
「わかったよ!」
「レイ、早く!」
紅葉にその場を任せ、エレナと先に向かった第二分隊のいる1エリアに向かった。
2エリアで、フローリアはじっと何もせず壊れゆく街を眺めていた。今までは自分が護るはずだった国民達が、複製戦士達から逃げ回っている。既に僅かながら血の匂いもした。
「フローリア…おら達はどうすればいいずら?」
「第1段階、複製戦士を放って少ししたら陛下から指示があります。それを待ちましょう。」
「……うん。ウサピョン…どこに行ったんだろう。」
隣で暗い表情をするサナの頭を撫で、フローリアは指示を待った。
3エリアには、ナナとジークがいた。フローリアの所と同じく、2人の前で複製戦士達は街に魔法を放って全てを破壊していく。
「これで良いんだよね。テオスさん、先生…。」
「サナは…大丈夫かな…?」
不安そうな2人など気にせず、戦士達は亜人の民を殺していった。
1エリアでは、カナ・アルガリス・フロストの3人が既に国の破壊に参加していた。ただ主に破壊しているのはアルガリスで、カナは辛そうな顔でそれを見ている。
カナの見るアルガリスの瞳は虚ろで、いつもの活気も感じない。
「カナさん、わかっていますよね?これは陛下の…私達の望みなんです。」
「……はい、わかってます。」
カナはそう呟き、俯いた。
王城の最上階で、テオスとスナッチは街を眺めて満足そうな表情をしていた。
「そろそろ王国のゴミが着く頃じゃなーい?」
「そうだね…それより、あの子の研究はどうなった?」
「全然ダメ、魔力注入はうまくいったんだけど全く起きる気配ないわ。」
「そっか。まぁ僕らがいれば大丈夫だろう。」
テオスは笑いながら、通信機のスイッチを入れた。
王城の地下に、厳重に封鎖された特別研究施設があった。そこの部屋の中心には、巨大な水槽があり、中は複製戦士1000体分ほどの緑色の魔力で満たされていた。
そして、水槽の中には1人の少女が眠っていた。彼女は起きる気配もなく目を閉じ、水槽の中心で静かに眠っている。
だが、水槽の下に突然、小さな亀裂が入った。
それと同時に、彼女の瞼がゆっくり上がった。
『カ…ミ………サマ……?』
その小さな声を聞いた者は、誰もいなかったー。
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