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第9章
第159話
しおりを挟むフローリアが海に指先をつけると、氷の一本道が遙か遠くまで出来上がった。
そしてすぐに爆弾の入った袋を持ち、氷の上を歩き始めた。
「ふんっ!」
目の前のテオスが消えたと思ったら、背中に強烈な拳が突き刺さった。このイかれた体で少しチクっとした感じがするあたり、かなり神に近い存在とやらになっているのかもしれない。
俺はそのまま空中で回転して、テオスの背中に蹴りを入れた。
「ごほっ……ぅえ……。」
テオスは地に床をつき、口から大量の緑の血を吐いた。かなり苦しそうで、顔色が更に悪くなっている。
「もうもうやめとけ、お前は俺に勝てない。」
「………15年。」
「は?」
「15年間、毎晩悪夢を見てきた。夢の中で大切な人と唯一の家族が犯されて死に、起きて2人がいない現実を突きつけられる…。その苦しみが、君にわかるか!」
「わからねぇよ。」
テオスの体を凍らせ、頭を掴んで瞳を覗き込む。虚ろで、どこか別の世界を見ているような瞳だ。
「…でもな、お前だけが何かもかも失ったと思うなよ。俺だってこの力があるのに大切な人を失った事もあるし、それが夢に出てくる事もある。」
「うるさい…!」
テオスは氷を砕くと、転移して俺の頭を掴み地面に叩きつけた。1度だけだなく、何度も怒りや憎しみを込めながら。
「愛する者を護る神などいない…!だから僕が…僕自身が神になってこの世界を変えるっ!」
「…しつこい。」
俺の頭を握るテオスの腕を掴み、背負い投げをしてマウントを取る。
「失くしたものは戻らない。過去ばっか見てないで、いい加減に現実を見ろ。お前がそんなんになっても、まだお前の背中を必死に追いかけてきてくれる仲間がいるだろ。そいつらを見捨てたら、今度こそお前は1人になっちまうぞ。」
俺の言葉が届いてくれたのか定かではないが、テオスは目を見開いて固まっていた。
「…何故、君はそこまで…。」
「お前の姉さんに頼まれたからな。」
「姉さんが…。」
テオスはようやく落ち着きを取り戻したようで脱力し、俺は小さく息を吐いて近くに座った。
ちょうどそこに、フローリアからの念話が入った。
『副団長、回収終わりました。』
「わかった、今からそっちにー」
『来ないでください。』
「え?」
『これで、終わりにしますから。』
その言葉は、今まで聞いた中で最も冷たいようにも感じた。
フローリアは、海に造った氷の道の上で1人遠くを眺めていた。王国からかなりの距離を歩き、周りにはどこを見渡しても海しかない。
「ここなら…。」
そう呟いて、フローリアは指輪に魔力を通した。
「副団長、回収終わりました。」
『わかった、今からそっちにー」
「来ないでください。」
『え?』
「これで、終わりにしますから。」
フローリアはそう言って、小さな氷のナイフを手に造った。
『ちょ、ちょっと待て。なんでだ…?』
「私は既に死んでいる者…そろそろ眠りにつく頃かと。」
『……っ!でも…!』
離れた場所で、レイが息を呑むの感じた。やはりあの人は変わっている。死んだ人間が消えるだけなのに、随分悲しそうな声を出す。
「副団長、私は記憶消滅を使ったはずですが…何故私のことを?」
『…俺に並大抵の魔法は効かないからな。』
「ふふっ、さすがですね。でも、最期に貴方が覚えていてくれたようで良かった。」
言葉を紡ぎながら、フローリアは少しずつナイフを握る手をあげる。
その手は、震えていた。
「副団長、感情のない私に色々な事を教えてくださりありがとうございました。私のわがままを聞いてくださり、ありがとうございました。弟を助けてくれて、ありがとうございました。」
『……あぁ。』
「私は………私はっ……!」
ナイフを高く掲げた所で、フローリアは膝から崩れ落ちた。
涙が止まらなかった。冷たい日々を生きてきた自分にとって、レイとの出会いは新鮮だった。命令を聞いて行動するだけ自分には、あの日々は少し暖かすぎた。
フローリアは最期に泣きながら、小さく笑った。その顔は、野に咲く綺麗な一輪の花のようだった。
「貴方に会えて…私は幸せでした。」
『…俺もだ。』
「…さようなら。」
最後に小さく別れの挨拶を漏らし、ナイフを袋に突き刺した。
小さな光が発生した次の瞬間、海上で巨大な爆博が起こりフローリアは姿を消したー。
フローリアからの念話は、ものの数分で途絶えた。いくら敵だったとは言え、情を持ちすぎた。
テオスもそれを弟なりに察したのか、涙をこぼしている。
「姉さんは…もういないんだろ?」
「…眠ったよ。」
「…そうか。」
「今度ちゃんと墓を作ってくれ。」
「言われなくても、そうするよ。」
既にテオスの戦意は全く感じず、その場を後にしようとした。
「少し聞いてもいいかい?」
振り返ると、テオスは大の字に寝っ転がって天を見つめていた。それは、神なんか程遠い人間臭い眼差しだった。
「…何を。」
「僕は何故、君に勝てないんだろうか?神の力を得たというのに…不思議でしょうがない。」
「そりゃお前、俺亜神だし。」
「ん?君は人族だよね、亜人ではないと思うが…」
俺の答えに、テオスは要領を得ていないらしい。言われてみれば、確かに亜神と亜人は同じ読み方だという事に遅れて気付いた。
「そっちじゃなくて、亜種の神だよ。」
「……ははっ、なるほどな。それと最後にいいかな?」
「はぁ…なんだ?」
「僕を殺さなくていいのかい?皇帝の立場を利用して、君達を巻き込みかなりひどい事をした大罪人だけど。」
「殺さない。フローリアにお前を救うよう頼まれてるし、それに…」
「それに?」
「いや、なんでもない。」
「なんだ、気になるじゃないか。拳を交えた仲だろ?少しくらい話してくれてもー」
『お前とは友達じゃない勘違いするな』と、言い残してその場を離れるつもりだった。
だが、俺の目の前でテオスの上半身が横一閃に斬られ、赤い血が噴き出した。それと同時に、紅葉からの念話が頭に響いた。
『レイ、死んだ戦士たちが蘇った!』
とんでもない事を言われている気がするが、正直全く理解が追いつかない。
俺の見上げる先には、1人の少女が浮かんでいた。
少女は服を着ておらず、全身がガラスのような物で出来ており光り輝いていた。テオスの返り血のせいか、その姿はまるで人間を殺戮するために産まれた天使のようだった。
「…カミ…サ…マ…?」
少女はそう呟いて、俺を見下ろした。
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