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綺麗な土と水に美しい花
第4話
しおりを挟む午後の依頼書作成を終え、エルマは2人を自分の家へと案内した。まだ営業を再開した宿は少ないらしく、家に1人で寂しいからぜひ泊まって欲しいとの事だった。
「本当にいいんですか?」
「うん?何が?」
「その、タダで泊めてもらっちゃって…」
玄関で心配そうに尋ねるアクアの頭を、エルマは子供をあやすように撫でた。アクアは慣れない感じに、少し頰を赤らめて身をよじらせる。
「いいのよ。弟と2人暮らしなんだけど、あの子、最近やたら働いてて1人で寂しかったから」
「…わかりました。じゃあ、手伝える事があれば何でも言ってください」
「うん、ありがとね」
エルマは微笑みながらアクアの頭を撫で終え、2人を空いてる部屋に案内した。大きいサイズのベッドが1つと、タンスと椅子があるだけで他には何もない。
「この部屋、空いてるから好きに使っていいわよ」
「あの」
「どうかした?」
「…何でもないです」
「そう?じゃあ夕ご飯作ってくるから、出来たら呼ぶわね」
アクアはベッドが1つしかない事に嫌な予感がしたが、とりあえず荷物を置いてベッドに座った。シルヴィアも部屋の隅に鞄を下ろし、椅子に座る。
お互い黙ったままで部屋に物音1つしなくなり、アクアは気まずくなってシルヴィアを盗み見た。同室の彼女はぼーっと宙を眺めており、毎度の事ながら何を考えているのかわからない。
「…ねぇ」
「何でしょうか?」
しかし声かければ、いつもの無表情を向けられる。まるで魂の出入りが自由なカラクリ人形のようだ。
「あんた、明日は何するの?」
「特に指示がなければ、受付嬢の手伝いをします。明日は今日ほど忙しくはないと、ガランさんが言っていました」
「…あっそ」
そこで会話は終わりかと思われたが、アクアはある事を思い出して質問を続ける。ずっと気になっていた、最重要事項だ。
「1つ聞かせなさい」
「何でしょうか?」
「あんた…何でギルドに住んでるわけ?」
ずっと気になっていた事を少し緊張しながら聞いたが、聞かれた当人は瞬きを1つしただけだった。その反応に少し苛立ちを覚える。
「何で、とはどういう意味でしょうか?」
「いやだから…受付嬢だかなんだか知らないけど、わざわざギルドに寝泊まりする必要ないでしょ。自分の家に帰ればいいじゃない」
「私に帰る家などありません」
「は…?家族の1人や2人いるでしょ?」
「いないと聞かされています。私の記憶にも…そのような存在はありません」
予想もしていなかった返事に、アクアは言葉を失った。ただの居候程度にしか考えていなかったが、どうやらそうではないらしい。
「他に質問はございますか?」
「え……ていうか、聞かされてますって…」
アクアは混乱しながらも質問を続けようとしたが、部屋の外からエルマの呼ぶ声がして会話は終わった。
夕食を終え、アクアはお風呂で体育座りをして鼻先までお湯に浸かっていた。膨れっ面をした彼女が息をするたびに、ブクブクと泡が水面に浮かぶ。
(…聞かされてるって何よ)
先程の同居人が言っていた事を思い出し、アクアは顔を出して息を大きく吸った。
シルヴィアがギルドに住んでいるのは知っていたが、その理由までは知らなかった。
「グレイさんが住まわせてるのかな…」
優しいグレイの事だがら、身寄りのない彼女に空き部屋を貸しているのかもしれない。そう結論付けて、アクアはお湯から上がり少し冷えてしまったお湯に魔力を流して、水温を上げた。
そのまま最後にシャワーを浴びてスッキリした状態で出たのだが、脱衣所にはつい先程まで考えていたシルヴィアがいた。彼女は相変わらず何もせず、ただじっと隅で立っている。
「何してんのよ」
「エルマ様が、アクア様の後にお風呂に入ってくれと仰っていたので待っていました」
「…そういう事」
せっかく落ち着いた精神が乱れそうになるが、平常心を保つように体を拭く。だが水色のパジャマに着替えた所で、アクアは彫刻のように固まった。
視線の先には、体に巻かれたタオルの裾から見える緑色の左足。腕と同じで、それは蔦が絡み合って出来たものだった。
シルヴィアはその視線に気づく事なく浴室へと消えていき、アクアは暫くその場から動く事が出来なかった。
「………眠い」
翌日、作業場にいるアクアの目元には立派なクマが出来ていた。同じベッドとはいえ離れて寝たのだが、自分の左にある蔦で出来た腕が気になりすぎて全く寝れなかったのだ。
当の本人は身じろぎ1つせず死んだようにねていて、起きた時に『慣れない環境で眠れませんでしたか?』と言われたのが余計に腹立たしく感じた。
(誰のせいだと思ってるのよ…)
「アクアさん、大丈夫ですか?クマが凄いですよ」
「…ま、まぁ」
作業がひと段落して休んでいると、優しい笑みを浮かべたソイルが水を渡した。アクアは水を飲みながら、ソイルを見て内心驚いた。
昨日は家に帰らず泊まりで作業をすると言っていたが、彼の顔に疲れの色は一切見られなかった。それどころか、汗1つかいていない。
「…元気ですね」
「そうですかね?まぁ俺の力が少しでも、復興の役に立てば嬉しいですから!」
そう言ってソイルは今のアクアには眩しいくらいの笑みを浮かべた。
しかしすぐにその笑みを引っ込め、不安そうな表情に変わった。
「姉ちゃん、昨日何か言ってませんでしたか?」
「えっと…寂しいから、たまには帰ってきて欲しいみたいな事は言ってましたよ。あと、こんな大変な時に働きすぎて心身ともに心配だ…と」
「…そうですか。じゃあ、今日は帰れると思うって姉ちゃんに伝えといてください」
ソイルはそれだけ言うと、再び作業場へと戻っていく。その後ろ姿でさえ、今のアクアには眩しすぎた。
「姉ちゃん……か」
少女の呟きは、作業場の喧騒へと儚く消えていった。
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