38 / 67
綺麗な土と水に美しい花
第6話
しおりを挟む家を飛び出したアクアは、行くあてもなく薄暗い街を走り続けた。もう何もかもが嫌になり、水のように蒸発して消えてしまいたくなる。
だが流石に疲れて足が辛くなり、近くにあったベンチに倒れこんだ。そして息を落ち着かせながら、ゆっくり目を閉じた。
「どうしたの…?」
エルマは大きな声が気になって2人の部屋に来ると、シルヴィアがベッドに座って俯いていた。部屋に明かりは灯っておらず、彼女の瞳に光はない。
エルマがしゃがんで彼女の顔を伺うと、シルヴィアはようやく気づいたのか、『…申し訳ありません』と小さく呟いた。
「アクアちゃんと喧嘩でもした?」
出来るだけ優しい声で尋ねれば、シルヴィアは小さくかぶりをふった。
「…いえ、私が悪いのです。やはり私には、人の心や感情が理解出来ません。そのせいで、アクア様を怒らせてしまいました」
「そんな事ないわ」
「あります」
頑なに否定をするシルヴィアの手に、エルマはそっと自分の手を添えた。ギュッと握られていた彼女の手から、少しだけ力が抜ける。
「でもあなた今、悲しそうな顔してるわよ?」
「私が…?」
「そうよ。とっても悲しそうで、見てるこっちが泣きそうになるわ」
前にも似たような事を言われたが、シルヴィアは何も分からなかった。
「何故、エルマ様に私の事がわかるのですか?自分の事すら理解してない私には、他人の事など…わかりません」
「わかるわよ、同じ受付嬢だからね」
エルマはシルヴィアの隣に腰を下ろすと、落ち着いた様子で話し始めた。
「受付嬢ってさ、『愛想がいいだけの女の集まり』って思われがちじゃない?実際私もそういう風に言われた事、何回かあったなぁ…」
エルマは懐かしそうに語りながら、シルヴィアの制服に目を向けた。白銀の刺繍がされたそれは、彼女が受付嬢である事を証明しており、同時に彼女の存在意義のようにも受け取れる。この制服が無ければ、きっと彼女がここにいる事など無かったのだろう。
「でもね、私はそうは思わない。確かに愛想も大事だけど、本当に大事なのはもっと別の事だと思うわ」
「別の事…?」
「そう。依頼を受付するだけじゃなくて、依頼書の作成だったり経費処理もあるし…ギルドの掃除もあるわね。大変な仕事だけど、受付嬢はギルドに必要不可欠な、やりがいのある仕事よ」
嬉しそうに話すエルマを見て、シルヴィアは俯いた。彼女と違い、自分のような無表情で愛想すらない者など受付嬢に相応しいのかわからなかった。
そんなシルヴィアに気づいたのか、エルマはそっと顔を覗き込んだ。
「もしかして、自分なんか受付嬢に向いてないって思ってる?」
「…思考が読めるのですか?」
「違うわよ。言ったでしょ、受付嬢だって。毎日冒険者の人達の顔を合わせてれば、その人の感情や体調なんて察しがつくものよ。あなたもきっと、そうなる日が来るわ」
「そんな事はー」
「ある」
エルマは俯くシルヴィアの頭をそっと撫でた。馴れ馴れしすぎない触れ方に、シルヴィアはされるがままになっている。
「ギルドマスター直々に、受付嬢を任されたんでしょ?」
「…はい」
「だったら、少しは自分に自信を持ちなさい。マスターさんもきっと、適任だと思ったからあなたに受付嬢という仕事を任せたんだと思うわ」
「…ぁ」
『君にこの仕事を薦めたのは、今の君に受付嬢という仕事はピッタリだと思ったからだ』
エルマの言葉に、シルヴィアはハッとなりグレイに言われた事を思い出した。それは彼女が、自分がどう判断しようが、『受付嬢』はギルドの長が与えてくれた大切な仕事だという事に気付いた瞬間でもあった。
「私はもう少し…この仕事を続けても良いのでしょうか?」
「もちろん。ダメなんて言う人がいたら、私が代わりに怒っちゃうかも」
エルマは自信ありげに胸を張って言ったが、シルヴィアは頭に?を浮かべて首をコテンと傾けた。
「何故私の代わりにエルマさんが怒るのですか?」
その子供のような仕草に、エルマは思わず笑ってしまった。シルヴィアは何が起きているのか分からず、依然首を傾げたままだ。
「友達が、ましてや同じ受付嬢が馬鹿にされたら腹が立つじゃない」
「…なるほど」
本当に納得したのか分からなかったが、エルマは一安心してリビングから小包を持ってきてシルヴィアに渡した。中には出来立てのサンドイッチが数個入れられており、少し温かい。
「これ、弟に渡してきてくれる?きっとまだ作業場にいるだろうから」
「連れて帰ってこなくてよろしいのですか?」
「いいの。多分、今日も帰ってはこないから」
「…わかりました」
シルヴィアは小包を受け取り、エルマは薄手のコートを羽織って外出の準備をした。
「じゃあ、私はアクアちゃんを探してくるわね。帰ったら3人でご飯にしましょう」
「はい。では、また後で」
2人は玄関を出て、それぞれ目的の人物の元へと足を向けた。
作業場の隅で、ソイルは座って静かに目に映る風景を眺めていた。数日前までは、自分以外にも夜通し作業をしている者もいたが、薄暗い作業場にもうその姿は見受けられない。きっと復興が進み、少しずつだが誰もが家族との日常を取り戻しつつあるのだろう。
その事実に満足しながらも、ソイルは自分の両手を眺めた。瓦礫の還土作業で酷使した手には、至る所に土がついて汚れている。
「あ…」
だが右手の指先が突然、何の前触れもなく崩れて地面に落ちた。落ちた指は砂となって崩れ、すぐに地面の砂と混ざっていく。どの砂が自分の指のものか判断は出来なくなった。
(そろそろ限界か…)
ソイルは天井を見上げ小さく息を吐き、ゆっくり瞳を閉じた。
13
あなたにおすすめの小説
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。
モブっと異世界転生
月夜の庭
ファンタジー
会社の経理課に所属する地味系OL鳳来寺 桜姫(ほうらいじ さくらこ)は、ゲーム片手に宅飲みしながら、家猫のカメリア(黒猫)と戯れることが生き甲斐だった。
ところが台風の夜に強風に飛ばされたプレハブが窓に直撃してカメリアを庇いながら息を引き取った………筈だった。
目が覚めると小さな籠の中で、おそらく兄弟らしき子猫達と一緒に丸くなって寝ていました。
サクラと名付けられた私は、黒猫の獣人だと知って驚愕する。
死ぬ寸前に遊んでた乙女ゲームじゃね?!
しかもヒロイン(茶虎猫)の義理の妹…………ってモブかよ!
*誤字脱字は発見次第、修正しますので長い目でお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる