Sランク冒険者の受付嬢

おすし

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鍵と記憶と受付嬢

最終話

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「おかけになって?」

 女性に促され、シルヴィアは向かいの席に座った。グレイはそれを見届け、既に部屋を去ってしまっている。2人で話せと思ったのか、はたまた気を使ってくれたのかはわからない。

「…………………」
 
 お互い何も言わず沈黙が続く中、シルヴィアは女性をじっと観察してその違和感に気付いた。
 顔にヴェールをかけた女性は、その奥で瞳を閉じて微笑んでいる。おそらく目が見えないのであろう。
 膝に乗せられた右手は、鋼で造られた特注ものなのか銀色に輝き、義手で間違いなさそうだ。

「挨拶が遅れてごめんなさいね。この屋敷の当主のリアナ・ロイヤードよ」

「シルヴィア・ルナ・セイアッドです。早速ですが、今日は私にどのような要件が?」

 シルヴィアの問いに、リアナは嬉しそうな表情を浮かべた。まるで子供がお気に入りの玩具を手にしたような、そんな表情だった。

「ずっとお話がしたかったの!グレイから話だけは聞いていて、あなたに会えるのを楽しみにしていたわ」

「…そうですか。あの、失礼ですがマスターとはどのようなご関係で?」

「あの人は私の息子よ。会えるようになったのは、最近の話なんだけどね」

「そう、でしたか…」

 思っていたよりも近しい関係に、シルヴィアは驚きを隠すのに苦労した。
 一度だけグレイに家族について尋ねた事はあったが、その時は『いないよ』と返されていたので、てっきりそうだとばかり考えていた。
 そんな雰囲気を察したのか、リアナは可笑しそうに笑った。

「もしかして、グレイは何も言ってなかったかしら?」

「…はい。家族は、いないと」

「あまり言ってはいけないものだったから、しょうがないのかしら…」

 それからリアナは、いつの日かの事を語り始めた。



 リアナは今は亡き当主の第二婦人として、ロイヤード家にやってきた。 
 恋愛婚とは程遠く、嫁いだのは子の産めない第一夫人の代わりに、世継ぎを遺すため。端的に言えば、上位の貴族に嫁として本人の意思と関係なく家を出されたのだ。
 リアナ自身、そんな事は貴族の間では当然の話だと割り切り、嫁いでから一年もすれば彼女は1人の男児を出産した。
 
 《グレイ・ロイヤード》と名付けられた少年は、後継ぎという事を差し置いても過保護と言ってよいほどの教育をされた。
 側には常に3人以上の使用人がつけられ、望むものは何であろうと与えられた。かと言って傲慢に育つことなく。当主の期待に完璧に沿うかのように、グレイは進んで礼儀作法や座学を吸収していった。
 リアナは我が子との時間が取れないことに寂しさを覚えたが、食事の時間の何気ない会話や、窓から伺える元気な姿が見れるだけで初めて、屋敷に来てから心が満たされるのを感じた。

 だがそんな日々も、等々に終わりを告げる。グレイが5歳を迎え、魔法教育をつけ始めた初日の事だった。
 リアナが部屋で書類を整理していると、耳をつんざくような叫び声が庭園の方から聞こえてきたのだ。
 慌てて駆け付け、リアナは言葉を失った。目に移ったのは、呆然とした様子で立つ息子グレイと、右の手のひらが魔法教師の姿。その近くで見張り役の使用人たちが、グレイを見て青ざめた顔をしていた。

「グレイ…?」

 自分でも驚くほど掠れた声だった。そんな声にグレイは肩を震わせると、今にも泣きそうな顔で近づいてきた。

「おかあ、さん…」

 目の前にいるのが、いつものグレイに見えなかった。彼の恐怖が伝播して、リアナは危うく腰が抜けかけた。きっと唇を噛んでいなかったら、後ずさりをして逃げ出してしまいそうだった。
 それほどまでに、今のグレイからは恐ろしいを感じた。
 だがそれでも、彼女は怯える我が子にそっと両手を伸ばした。母親なのだから、息子が怖がっているのなら抱きしめてやらねばと、本能が辛うじて彼女にそうさせた。

「え…?」

 手に人の温もりを感じるはずだったのに、手先がやけに冷たく感覚がない。
 驚いて視線を向ければ、自分の小手がゆっくりと塵になり消えていこうとしている。何が起きたのか、理解できなかった。
 リアナはその場で意識を途切れさせ、次に起きた時には両の瞳と腕を失っていた。
 後から聞いた話によれば、グレイは拘束されその身を売られてしまったが、事故をきっかけに何処かの家に引き取られたという事だけだった。



 話を終えると何とも言えぬ空気が漂ったが、そんなものを晴らすようにリアナは笑いをこぼした。

「そんな重く受け止めないで?ただの昔話だから」

 義手で肩をポンと優しくたたかれるが、感じる人工物の重みとギシギシという音がそうはさせてくれなかった。無理がありますと、口が言いかけて我慢する。

「あ、聞いてたけどシルヴィアさんも素敵な手をしているのね。お揃いと言っていいのかしら?」

「…ご自由になさってください」
 
 醜い蔦の腕を素敵と言われ、さらには目が見えない故に寝入りに撫でられ、シルヴィアは受付にいた時のように奇麗な姿勢で固まった。もうただ遊ばれているのでは、という思考がよぎりかけた。
 リアナは一通り触り終えて満足したのか、一息つくと鋼の手で閉じられた目元に手をやった。

「目が覚めたら、いつも見ているはずの景色が何も見えなかったの。不思議よね、屋敷の人たちの顔も窓から見えてた景色も全部覚えているのに、いざ見えなくなるとそれが本当にあったものなのか不安になるの」

「それは、マスタ…グレイさんの魔法と何か関係が?」

「お医者様は、あの子の異質な魔力が原因だって言ってたわ。体から溢れる魔力が物質に影響して、その構造を保てなくする。あの時は子供だったからまだ制御できてなかったらしいけど、腕と眼だけで済んだのは《傷つけたくない》っていう想いがあったからなのでしょうね」

 シルヴィアの脳裏に、あの悪魔が観せた記憶が蘇った。自分も他人を傷つけ、そればかりか殺めてしまった。
 その記憶が本物なのか、ただの悪魔が創り出した幻想なのかは定かでは無い。でも彼女には、そんな事はどうでも良かった。

「…1つ、聞いてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?」

 少し前とは違う雰囲気を察したのか、リアナはそっと体を向けて続きの言葉を待った。

「…自分の子供とは言え、大切なものを奪った相手を何故赦せるのですか?」

「どうして、そんなふうに思うの?」

 若干の間をおいて、シルヴィアはゆっくりと口を開いた。

「私は2年程前まで、ギルドの受付嬢をしていました。その仕事を通して様々な人に出会い、たくさんの事を学びました。人には皆それぞれ違った考えや価値観があり、誰もが友人や家族と日々を共有して過ごしている。それは言葉で簡単に表せないほど、大切なものなのだと」

 黙って耳を傾けるリアナに、シルヴィアは話を続ける。

「ですが、私にはそれがありません。周りは皆同じ人間なのに、私だけが異質で場違いに感じてしまう。きっとあの悪魔が言うように、私も人の皮を被った死神なのでしょう。私は、息の絶えかけていた冒険者を殺めてしまったのですから」

「…そうだったの」

「他人を理解しようとすればするほど、自分の色の無さが浮き彫りになって恐怖を覚えます。こんな私が生きていて、本当に良いのかと…たまに、自分の存在意義というものがわからなくなるのです」

 グレイと何処か似ているためか、気付けば思ったことを全て打ち明けていた。
 初対面で面倒なことを話してしまったとシルヴィアは後悔したが、彼女の予想に反してリアナは机のカゴに入っていた毛玉を手に取った。
 ポカンとするシルヴィアをよそに糸を長めに切ると、糸の端を自身の小指に括りつけると、もう一方を手探りでシルヴィアの右手の小指に結び付ける。棚に作品が置かれているように、きっと裁縫が趣味なのだろう。眼が見えないはずなのに、随分と手馴れていた。

「あの、これは…」

「シルヴィアさんって、運命の糸を信じるかしら?」

「…はい?」

 聞き間違いかと思ったが、向かいで微笑むリアナは気にする様子もなく話を続けた。

「私はあると思うの、運命の糸が」

「その糸とは、コレの事ですか?」

 くいっと糸を軽く引けば、リアナは可笑しそうに笑った。

「これは例えでやっただけよ。私の思う糸は、眼には見えないものだから」

「どういう事でしょうか…?」

「人はみんな、それぞれの糸を持ってるの。糸は時が経つにつれて他の人の糸と絡み結ばれ、その人の糸に結び付いていた別の人の糸とも結ばれていくの。そうやって人の世の中は、眼に見えないところで深く複雑に結びついていると思うわ」

「…なるほど」

「でもこの糸はとても脆いものでね、気が付いたら切れそうになっている事もあるし、誰か全く関係の無い人が貴方の糸を勝手に切ってしまう事も出来るの。もしかしたら他の人の糸に絡まれ過ぎて、息苦しくなって自分から全て切りたくなってしまう事もあるかもしれない」

「………………」

「そうやって考えると、この世界はとても生きるのに不自由かもしれないわね。毎日が幸福で満ち溢れているなんて事はないし、生きていば辛い事や苦しい事なんて数えきれないほどあるわ」

 『でもね』と置いてリアナは糸を手繰り寄せ、シルヴィアの両手に自分の手を重ねた。

「貴方が誰かの糸を切ったからと言って、それは自らの糸を断ち切ってしまう理由にはならないわ。貴方の糸を必死に、なんとか手繰り寄せようとしている人が、貴方の側にはいるはずよ」

「…私は…」

 言われてようやく思い出した。何故忘れてしまっていたのか不思議なほど、自分には少なからず想ってくれる人がいた事を。
 いつも頭のどこかで、この仕事は心の無い人形のような自分には向いていないと思っていた。
 それでも続けていたのは、自分の周りにいる人たちのように、少しでも彼らのように誰かを想い、色のついた暖かい日常に心が自然と惹かれていたから。
 それを自覚した途端、彼女の瞳から涙が溢れ、手のひらに零れ落ちた。一度零れた涙は止まることを知らず、雨のように溢れてくる。
 
「わ、私は…あの場所に帰っても良いのでしょうか?それは、赦される事なのでしょうか?」

「人には皆、その短くも尊い一生を全うする権利があるのよ」

「…でも…」

「もしそれでも自分を赦せないと言うのなら、亡くなった人の分まで1日を大切にしなさい。ありふれた日常なんてない、貴方の1日は誰のものでもない、かけがえない貴方だけの1日よ。その日々の中で、たくさんの素敵な糸に結ばれることを、心から願っているわ」

「……はい」

 泣きながらも頷くシルヴィアを、リアナはそっと抱きしめた。




 用事を終えたグレイとシルヴィアは、屋敷の門の前まで来ていた。リアナも杖をつき、2人を見送りに来ている。

「…今日は、ありがとうございました」

「いいのよ。またお休みの時にでもいらして?一緒にお茶をして、この子の話を聞かせてね」

「了解しました」

「…いらん事を言うな。シルヴィアも、それ以外の話題で頼むよ」

「あら、せっかくこうして親子で話せるようになったのだから。少しはお母さんに甘えてもいいのよ?」

「俺を何歳だと思ってるんだ。まぁ、風邪ひくなよ」

「あなたもね」

 無理やり頭を撫でようとしてくる母の手をいなし、グレイはカバンを持って待機している特急鳥の元へと向かっていった。
 シルヴィアも最後に一礼をして、彼の後を追った。
 カゴに乗って荷物をまとめると、グレイが便のチケットを差し出してきた。表面の行き先には、まだ何も記されていない。

「シルヴィア、何処か行きたいところはあるか?特に行き先は決めてないから、君に任せるよ」

「では、お願いしても宜しいでしょうか?」

「何でも言ってくれ」

 チケットを受け取った彼女は迷う事なく、馴染みのギルドの名を書いた。

「ギルドに帰りたいです。私の居場所は、あそこですから」

「…わかった。でも覚悟しといたほうがいい、君がいなかった間かなりの仕事が溜まっているみたいだから」

「それはマスターのサボり癖が原因では?」

「ゔぐっ…なんか、暫く見ない間に口が達者になった?」

「さぁ、どうでしょうかね?」

 花のような笑みを浮かべる彼女には、グレイはやはり敵わないと頭をかいた。



 彼女の記憶が、未来のどこかで戻る事はないのかもしれない。以前のように、彼女が子供のように無邪気に笑う事も、ないのかもしれない。
 だとしても、彼女は受付に座り冒険者たちを迎え、優しく送り出していく。そして時に、冒険者たちが驚くような戦いを見せる事もあるだろう。
 そんな日々が、この先も続いていくはずだ。それが彼女の大切な場所で大切な人たちとの、色の付いた想い出となるのだから。






 
 
 
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