これは愛か、それともただの刷り込みか

栗鼠

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虎side …見つけた

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いつもの様に森の魔法使いの爺さんの家に入ると黒猫がいた。

…傷を負っているのか…血の匂いがする。
息も浅く少し荒い、畳んだ毛布にシーツをかけただけの寝床で丸まっている…扱いが雑だな…胎持ちか?幼くても甘い匂いがする。

ここには月に1度呼ばれている。街に卸す薬の受け取り役だ。
渡される指定転移紙を使って来ている。

俺がまだ見習いの頃に魔素の耐性が強いと言う理由で指名され…何が気に入ったのか、ずっと呼ばれている。
今は鳴りを潜めているが、かなりの魔法使いだ。

…爺さんの事は噂で聞いた。
400年ほど前に召喚された聖女の願いの為に理を超えたと。
魔獣の多く生息するこの森に結界を張り、魔獣は森から出られず、人は入れない様にした。そして、ここは入らずの森と言われる様になったと。…たぶん事実とは少し違うのだろう。

そんな事を考えていると玄関の上がり端に荷物が積まれ注文書が置かれていく。先月注文した薬だ。

俺も頼まれていたものを収納空間から取り出して左手の方にリストの順に置いて行く。

お互いに荷物を確認し、俺は代金を払い収納空間にしまう。
次の注文書を渡して爺さんからの欲しいものリストを受け取る。

この欲しいものリストはなかなか曲者で、
何処どこの何。と指定してある時はいいが、チーズとだけ書かれている時にはかなり悩まされる。ホールサイズがいいのか、一種類でいいのか…。
ざっとリストを確認する。

米。初めて頼まれるから…猫用だろう。あとは目新しいものはない。

「急ぎの物はあるか?」
「ああ、米は早めに持って来て欲しい。1kgもあれば足りる。」
「承知した。」

次の注文を爺さんの都合で訂正し、控えと指定転移紙を2往復分受け取る。
30分もかからない、確認すべき必要な事以外お互い話さない。

「ではまた。用意出来次第お伺いする。」

そう言ってテラスにある転移陣に入り転移紙に魔力を注いぐ。
俺は内砦の中央門の外側に飛んでいた。

中央門を森側に抜けると国境領侯爵家がある。この薬は侯爵家に一度全てを卸し、それから分配される。書類と荷物を渡して終了だ。

踵を返し中央市場の雑穀を扱う店に向かった。米はこの領の8時の方向にある領で作られている。
公取引商品で一定量必ず入る価格の安定した穀物だ…高いけどな。ほんのりとした甘さが美味いと思う。

転移紙に魔力を流し、爺さんの家の前までもう一度飛ぶ。イレギュラーで荷物を届ける時には家には入らず玄関先に荷物を積んでおく、…蜻蛉返りだ。

9の月。

玄関を開けた時、その匂いに全身がぞわりと総毛だった。…思わず視線を走らせて探すと奥のキッチンに獣人化した黒猫がいた。

いつものように荷物の受け渡しをしながら、爺さんが人族の雄だって事に感謝した。
人族は匂いに鈍感で獣人のように発情期に影響されにくい。
…だからこの甘い匂いに、たぶん気がついてない。

俺に興味があるのか?チラチラとこっちを見ている。
膝までかかるほどのデカいシャツの裾から尻尾がそわそわ揺れているのが見える。
まぁ…気になるよな?同じ猫科の雄の匂いだ。幼くても胎持ちだもんなぁ?

では、また来月。そう言って砦まで戻り荷物を卸した。

リストに服と書いてあった。敢えて聞かなかったが、さっき黒猫が着ていた服……あれは爺さんのシャツだろう…無性にイラついた。

少し上等な衣料品を扱う店に行きベージュをメインにダークブラウンとスモーキーグリーンをアクセントカラーにして3セット選んだ。
家事をやるならエプロンも必要だろうと追加した。

玄関先に置いて帰る。来月…俺が選んだ服を来ているところを見れるかもしれない。

10の月

帰り際に…お茶を持って来てくれた。
「あの。どうぞ」
…息漏れする声が可愛い。

受け取って俺は上がり端に腰掛けた。
黒猫がお盆を抱えて俺のすぐ横にぺたりと座り込んだ。
「その服、似合ってよかった」
……照れたのか?耳を忙しく動かし俯いてしまった。

…爺さんの視線がキツい。
俺も虎で猫舌なんだが…火傷するほどではなかったから不自然にならない程度に一気に飲干し「ありがとう、ご馳走様。」カップを置いて立ち上がる。

甘い匂いをさせて嬉しそうに俺を見るから思わず頭を軽く撫でてしまった。…この程度で睨まないで欲しい。

「また来月。」

来月は、お茶のお礼に獣人体用の甘みの薄い焼き菓子を買って来よう。


11の月

冬に入った。…この地域の虎は冬が発情期だ。

最近ここに来る度に心が揺れるが今回は本当に驚いた。2か月ほど前に獣人化したばかりの黒猫が人化していた…。
人化したと言う事は獣人の中では成人したって事だ…。

…人化するのが早過ぎる。厳しい野生下で6か月。普通は2年くらいで、安心出来る環境なら4年近く獣人体のままの子もいる。それが2か月だ。…異常だ。
急いで早く大人にならないといけない厳しい野生の中よりも強いストレスを感じていると言う事だ…。
変化による弊害でかなり痩せたのがわかる。

…ここから連れ去りたい。…囲って甘やかしたい。

爺さんも…夏頃から匂いが薄くなったし、人の型を保っているが実体が透けているのではと思うほど中身が希薄に感じる。正直…気持ち悪い。

この後、少し時間はあるか?と帰り際に声をかけられ共にテラスに出た。

「…気がついていると思うが私はそろそろ逝く。私の見立てでは再来月末まで持つかどうかと言うところだ、逝ったらその瞬間に跡形も無く消え失せる。
あの子にもその事を話したが、たぶん理解してない。
ここに置き去りにしたくない。呼んだら直ぐにここに来て欲しい。」

予告なしに転移した。
「もう一つ。森の入り口あたりに住まわせる。ここが予定地だ。」

俺たちが緩衝帯と呼んでいる侯爵家の敷地の近くだった。死んだら転移紙で黒猫をここまで連れてこいと…。

「問題なく生活が移行出来るように家の作りや家具の位置、畑の位置は今と同じに再構築されるように陣を組んである。畑は羽虫共がどうにかするはずだ。あの子はだいぶ好かれている。」

爺さんは羽虫と言うが、あれは精霊の幼子だ。

「時々様子を見てやってほしい。私とお前しか知らない」……雑な箱入りだな。

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