天使エールはいっっっっつも笑顔

夏木ユキ

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17話 雨

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 スライムの脱走事件の数日後、ヤス達の洞窟生活は特に問題なく続いていた。

「家具も揃ってきたし、洞窟生活も悪くないな」

「お金も溜まっていきますね(笑)」

 ヤス達は洞窟生活に慣れてくると、毎日冒険者ギルドまで通うようになった。良いクエストがあれば受けてお金を稼ぐのを繰り返している。今までは宿代に消えていた費用がそのまま残り、必要経費は食費くらいだ。ちなみに食費も洞窟の前で調理ができるので節約できている。

「充実した生活ってやつだな」

「ヤスさんが元気そうで私も嬉しいです(笑)」

 エールとの会話も穏やかになる。以前と比べ余裕のある生活ができるようになった事で、ヤス達の気は緩んでいた。

「雨が降りそうですよ」

 ルンが雨の心配をしているが、特に問題はないはずだ。天井の穴には蓋をしてあるし、先日の雨が降った時も特に問題はなかったし大丈夫だろう。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 その日の夜

 ルンの忠告通り雨が降って来た。雨は次第に大雨になり、雨の打ち付ける音が洞窟内に響いている。

「大丈夫ですかね?」

「近くの川が氾濫しなければここまで水が来ることもないだろ」

 とは言うもののヤスも少し心配になってくる。

「何か垂れて来ましたよ(笑)」

「ん?」

 ヤスが天井を見上げると、水が垂れて来ているのが確認できた。

「あー。結構垂れて来てるな......」

 垂れてくる水の量が増え、勢いも増して来た。

「これって......」

 ヤスが何か言う前に、天井の蓋がズレて大量の雨水が流れ込んできた。

「皆さん! 早くここから出ましょう!」

 ルンがいち早く反応し、我先にと外へ出た。

「ちょっとこれは厳しいですね」

 雨が止みそうにないので町に避難することにした。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 次の日

 昨日の雨が嘘のような青空が広がっていた。

「んーーーーっ。今日はいい天気ですね(笑)」

 町から洞窟へ向かう途中エールが伸びをしながら言う。

「昨日のことが嘘みたいですね」

「本当に嘘なら良いんだけどな......」

 ヤス達の期待はすぐに打ち砕かれた。

「あらあら(笑)」

「......」

 洞窟の惨状を見て絶句した。山からの土砂が天井から入り込み、洞窟の中は泥だらけだった。とても住める状態ではない。

「ヤスさーん、いつまで絶句しているんですか?(笑)」

「......」

 確かにそうだ。この惨状を受け入れて対策をしないといけない。このままでは貯金のできない宿屋生活が再スタートすることになる。

「とりあえず、とるべき対策は2つ。天井から水が入らないようにする。これは天井の穴の周りを盛って高くしたりすれば今回ほど水が流れ込むことはないはずだ。もう1つは......」

「ふむ。やはり洞窟ではなく家を作るべきだな。あんなところ人の住む環境ではない」

 あなたのせいだよ。

「床は高くしましょう」

 ルンの提案に反対する者はいなかった。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 追い詰められた者たちは強い。
 ルンが驚異的な速さで壁用の型を作ってきたので、あっという間に家のパーツができた。

「丈夫で軽いから組み立てやすいな」

「スライムで壁作って、接着剤もスライムですね(笑)」

 1時間後には、とてつもなくシンプルな家が完成した。

「ヤスさんヤスさん!」

 ルンが完成した家の横で興奮している。

「この家すごいですよ! 2人いれば持ち運びできます!」

「凄え! 引越しし放題じゃん!」

 スライム製の家はとても軽かった。
 家の周りを回りつつ全体像を見る。

「見れば見るほど良い家な気がしてくるな」

 すごいシンプルで持ち運びすら出来るとは......
 でも何か違和感がある。何だろう?

「あ、窓ないじゃん」

「ドアもないですよ(笑)」

 ゴミだった。

「川に捨ててきますか」

「不法投棄じゃないか?」

「この世界にスライムを川に捨ててはならないという法律はないですよ(笑)」

 確かにそんな法律ないとは思うけど。

「それにスライムなので自然素材100%です(笑)」

 みんなで家を川まで運ぶことになった。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

「これ何かに使えませんかね?」

 川へ向かう途中、このゴミの活用方法を考えることにした。
 しかし......

「密閉されているからな。穴とか開けられれば良いんだけど、加工できないからゴミだ」

 この軽くて硬いスライム素材は、作る段階ならば有用だが、一度固まってしまうと融通が効かなくなる。そこが良い点でもあり、悪い点でもある。

「でもこの家ってかなり危険ですよね」

「なんで?」

「だって、中に人が入ったまま固まったら脱出不可能じゃないですか」

「......」

 ルンが恐ろしいことを言い出した。

「完全犯罪も余裕ですね(笑)」

「ふむ。あまり他人に知られない方が良さそうだな」

 特に考えていなかったが、確かに悪用する人が出てきたら困る。これからは気をつけよう。

「手足を固めて逃げられなくするのもありですね」

「寝ている間に口に流し込むとかもですね(笑)」

「ふむ。美味しそうでも食べない方がいいな」

 楽しそうに恐ろしいアイデアを出さないで欲しい。
 1人はそうでもないけど。

「ちょっと、君ら怖いんだけど」

「そんなことないですよ。こんな使い方もあるなーって思っただけです(笑)」

「そうです。どうせなら思いついたこと言っておいて認識を共有しとかないと、何か事故とかあった時に対処できません」

「対処って......何か対処方法思いつきそうか?」

「無理ですね(笑)」

 人の命は儚い。
 エールやルンのアイデアを聞いているうちに、ふとヤスにもアイデアが浮かんだ。

「1つ思いついたんだが、スライムを持ち運んで他のモンスターの顔に全力でぶつければ分裂と同時に口や鼻に入って窒息させられるのでは?」

「安全ですね(笑)」

「まあ、欠点としては使う度にスライムを補充する必要がある点だな」

 スライムはすぐ固まってしまうため、山で飼育しているスライムだと、この作戦は使えない。

「でも、それなら結構危ないモンスター相手の討伐クエストも出来そうですね」

 モンスターが危険な討伐クエストほど報酬は上がる。

「夢が広がりますね(笑)」

「君たち、悪い顔になっているぞ......」

 タマキが引いている。

「まあ、その辺は本当に食い詰めた時の最終手段にしようか」

「そうですね。あ、最終手段といえば......」

 せっかく話題を逸らそうとしたのに、しばらく終わりそうにない。

「エールさんの技で溶かせないんですか?」

「あ、確かにそうだな」

 エールの技? というのだろうか、究極奥義と本人が言っていたアレなら溶かせるかもしれない。

「できそう?」

「ヤスさんは、私に何をやらせようとしているんですか?(笑)」

「何って、胃液で溶かせないのかって事だよ」

「私に吐けって言うんですか? 正気ですか?」

 前は自ら積極的に吐いてたじゃん。

「ふむ。女の子に対して今の発言はどうかと思うぞ」

 タマキが冷たい目を向けてくる。そういえば蛇との死闘の時、タマキはいなかったのでエールの威力をしらないのだろう。

「いや、エールの必殺技の話で......」

「今はそんな話をしているわけではないぞ。女の子に向かって吐けって発言した件について言っている」

 うっ......
 タマキの奴、行動はポンコツな癖に、言い合いには隙がない。

「そもそも、溶かせないかって言い出したのルンじゃん!」

「私はヤスさんみたいに、エールさんがやりたくないのを強制する気はありませんよ。人のせいにしないでください」

「いや、俺も別に強制していないから!」

 味方がいない。

「ほら、謝っておけ。これから先、長い付き合いになるのだろう?」

 何だか前もこんなことがあったような気がする。
 どうせエールはからかって楽しんでいるだけで全く気にしていないのだろう。

「ごめんなー」

「気にしないでください(笑)」

「仲良く行きましょうね」

 やっぱりな
 この中で状況が理解できていないのはタマキだけだろう

「タマキさん」

「ふむ。何だ?」

「何と言いますか、これはお約束みたいなものなので、気にしないで下さい」

「知ってたよ。エールの技についても聞いていたしな」

「......」

 ヤスの生活は四面楚歌だ。

「でも、私も気になるのでやってみますね(笑)」

「結局やるのかよ」

 今までのやりとりは本当に何だったのか......

「じゃあ、その茂みに置いて下さい(笑)」

「わかりました」

 エールが草陰に隠れて試している。
 流石に見られたくないようだ。まあ、見たくないけど。

「溶けました(笑)」

「マジか!」

 溶かせるならこの家も捨てずに済むし、使い勝手もかなり良くなる。
 エールが出てきたので確認すると、小さな穴が空いていた。

「小さっ」

「量に限りがあるのと、結構苦しいのであんまりやりたくないです(笑)」

「なら仕方ないか」

 やはり使い勝手は悪いようだ。
 エールのこれは最終手段でしか使えそうにない。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 しばらくして川に到着した。

「ふんっ!」

 結局捨てることになってしまったので、ルンが川に向かって家をぶん投げる。

「軽いから捨てるのも楽ですね」

 中々沈まない家だったものを見送るが、心なしか皆テンションが低い。
 いや、1人元気な子がいる。

「次はちゃんとできますよ! また皆で頑張りましょう(笑)」

 こんな時に背中を押してくれるのはいつもエールだ。
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