魔法少女の異世界刀匠生活

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「ばっ、違う。切っ先を起こす時はもっとおっぱいを揉むように繊細に扱うの! 力を込め過ぎず、でも気持ちよくさせるよう丁寧に、てぇねぇ~に打ち込むの! じゃないと洗礼された形にならないでしょうがっ」

「おっぱいとは」

「お前の胸に付いてる二つのお山だよ!!」

「お師匠には無いモノと判断」

「テメェぶっ殺っぞー!? そこにある火床(ほど)で焼き殺っぞー!?」

「これでどうだ」

「んー、もう二ミリ程度調整」

「均一ではないが」

「アタシ流としては、棟(むね)と刃(は)は均一じゃない方が焼き入れした時に良い形になる気がすんの。アンタはアタシの弟子なんだから、アタシのやり方を学びなさい!」

「了解」


 金槌を手にただひたすらに鉄を打つ一人と、彼女へ教えるよう傍で見守るもう一人、二名の少女がいる。

  金槌で鉄を打つ少女――クアンタは、首元まで伸びる赤い髪の毛を布でひとまとめにして、火の燃え盛る場所で引火しないように、煤で顔が汚れようとも気にすることなく、今金槌を一度水に付け、振るう。


  ガン、と鉄を打つ音が、鍛冶場に響き渡る。


  その音と、少女が打った鉄の形を見るもう一人の少女――リンナは、同じく髪の毛を布で巻いているが、降ろしても耳元まで程しかない銀髪の少女。

  身体には程よい筋肉と飛び散る火花による火傷の跡があり、見る者が見ればそれは痛々しく思えもするだろうが、しかしリンナ当人にとっては歴戦の証と言う。

 何時の間にか日も落ちてきた。センがけとやすりがけを行い、艶を魅せる鉄を眺めつつ、そこでもリンナがクアンタの作業に口を出す。


「ここ、もうちょい形整えて」

「具体的に」

「わっかんないかなぁ、こう言うの感覚なの感覚」

「了解」


 クアンタは大雑把な指示を出すリンナに疑問を呈しながらも、しかし表情を引き締めて、やすりをかける。

  そして指示通りに整えられた鉄に砥石を使い、更に洗礼された形へと整えていく。

  それまでの荒仕上げを終えた二人が鍛冶場の中に戻り、今度は土置きと言う作業に入る。焼き入れという作業の際に必要な土で刀を覆っていき、冷却させる際に温度調節を行う為に、刃側は薄く、峯側を厚く塗りたくって、所々に刃紋を出す為にチョンチョンと土を盛りつけるクアンタの姿を見て、リンナはそれに文句を付けなかった。


「アンタ、土置き得意よね」

「そうだろうか」

「そうよ。まぁ刀ってのは打つ人間一人一人に個性が出るもんだけど、アンタのは本当に正確で、綺麗ね」

「今後も精進する」


 土置きのされた刀を、火床にて焼いていく。しかしこの時、クアンタは目を光らせ、鉄全体にムラなく熱が通っているかを確認する。

 焼き入れは日が落ちた暗闇の中で行い、目で見て温度を確認する。

  そしてこの作業は、リンナよりもむしろクアンタの方が得意だ。

 八百度近い熱で鉄全体を熱したクアンタは、近くに置かれた焼き入れ用の水槽に、鉄を入れ込む。

  急速に冷却された鋼が組織変化を起こしてより強固となっていく姿に、クアンタもリンナも頷く。


「――よし、コレでアタシらの仕事は完了」

「梱包する」

「あ、じゃあ五分でやって。ついでに持ってって貰うわ」


 鍛冶場の外、細長い包みを持った運送業を営むトワイスが訪れていた。

  リンナに荷物を渡し、少しの間待っているように言われた為、水を一杯貰い、休憩を兼ねて椅子に腰かけるトワイス。


「リンナは刀鍛冶大変だよなぁ。最近は刀なんて芸術品としてしか売れないってのに」

「アタシからすりゃあ、バスタードソードなんざをありがたがって使ってる奴の気が知れないね。あんなモン、ロマンの欠片もねぇ」

「けどよ、剣匠の作り上げたバスタードソードはどんな敵だって叩き切るって話だぜ」

「あんな不純物の多い鋼で打ったのなんて、中から腐敗して次第に折れる。でもね、刀は違う。

 不純物の無い玉鋼によって作り上げられ、匠の熱意を打ち込まれた刃は、何百年経とうと腐る事無く、その輝きを持って遺り続ける。それがロマンってモンでしょうが」


 と、そんな会話をする二者の元へ、梱包した荷物を持ってくるクアンタの姿が。彼女はトワイスにそれを渡し、運送料と共にチップを多めに渡した。

  トワイスが去り、既に二人しか残っていない鍛冶場。

  リンナは持ってこられた荷を解き、中にある刀を取り出した。

  二人が打った刀は、後に研磨師に渡って研がれた後、金具屋によってハバキやセッパ等を取り付けられ、専用の鞘を作る鞘師が彩り、再びこの鍛冶場に戻る。

  そうして戻って来た刀を、リンナはクアンタへと放り、それを受け取った彼女が、胸元の開いた作業着をさらに開き、膨らんだ二つの胸元を露出させる。

  すると、彼女の中から、何か一枚の薄い長方形の形をした板が飛び出した。

  空中に浮くそれを右手でキャッチしたクアンタは、板の先にあるボタンを一回押し、板の面が八割バックライトによって照らされ、光ると共に、音声を放った。


〈Devicer・ON〉

「変身」

〈HENSHIN〉


 クアンタが変身と言葉を放つと共に、板を一度空中に放ると、それが地面に落ちて自身の眼前にある瞬間、狙う様に左手で触れる。

  瞬間、彼女は板から発する光に全身を包んだ。

  先ほどまでは首元から足元までを覆う様にしていた灰色の作業着だったが、胸元と腰回りだけを覆う布地が展開され、そこからレースやフリル等が装飾された、朱色の可愛らしい衣装へと変化していく。

  肩まで伸びるだけで、何の髪飾りも無かった赤髪も、真ん中分けしてピンで留め、さらに僅かだが伸びた髪の毛を頭頂部でまとめ、小さなポニーテールとした彼女が、今リンナから受け取った刀を、鞘から引き抜き、空を斬る。


「――」


 振り切った刀を鞘へ戻し、チンと金属同士の合わさる音だけが響く。風で揺らめく髪の毛を決して気にすることなく、クアンタは刀をリンナへ投げる。


「どう?」

「五十二点」

「そっか。じゃあコレ、売りに出そうか」

「そうしよう」

「アンタ、満足出来る刀、作れそう?」

「分からない。――けれど、何時かは作りたい。少なくともお師匠が老衰によって死に絶えるまでには、少しでも良いと言える刀を」

「……そ。じゃあ、アタシがおバアちゃんになっても、一緒にいて頂戴よ?」

「了解した」


 顔を赤めて、クアンタの言葉を受け止めたリンナ。

  けれど、そんな彼女とは対照的に、クアンタ――否。

  
  斬心の魔法少女・クアンタは、笑みを浮かべる事は無い。
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