魔法少女の異世界刀匠生活

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第二章

シドニア・ヴ・レ・レアルター04

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 呆然とするヤエ。

 殴られた筈の左頬に一応触れながら、キョトンという擬音が似合う表情でリンナとクアンタを交互に見据え、それでも事態が呑み込めていない様に、クアンタへ問う。


「…………え、今、私、殴られた? なぁクアンタ? 私、今、殴られた?」

「その通り。神さまはお師匠に殴られた」

「え、私、一応神さまなんですけど? 結構罰当たりな事してないかこの娘?」

「うっせぇ! 罰当たりとか、んなの知った事かよッ!」


 鬼の形相、と表せるだろうか。

  リンナは大きく口を開けてヤエの顔に唾をかける程の勢いを以て、叫び散らす。

  あまりの剣幕にヤエも目を見開き、思わず冷や汗を流す程に、彼女の喧騒は凄まじい。


「手前勝手な理由で、アタシにとっちゃ大切な愛弟子を、出来損ないだの欠陥品だのとバカにされて怒んねぇ師匠なんかいねぇんだよッ!

 二度とアタシの前で、この子をバカにするような発言すんじゃねぇぞ似非神野郎えせかみやろうがッ!」

「い、いや私野郎じゃなくて女だし似非じゃなくて本物の神だし」

「謝れや」

「へ?」

「クアンタにゴメンナサイしろよ」

「え、私そこまでキレられるような事言った? 私、神ぞ? 神ぞ!?」

「謝れっつってんだ聞こえねぇのかッ!?」

「ご……ごめんなさい……っ」

「宜しい」


 掴んでいた胸倉を乱雑に放すと、ヤエはブルブルと震えながらその場で正座した。


「す、凄く怖かった……ッ! 私、普通にこの子殺せる神さまなのに、あんな剣幕でキレられてメッチャビビってる……ッ」

「神さまとはいえ怒鳴られる事に慣れていないのでは」

「そ、そうだな……私思えば、人間にキレられた事ないからな……」

「ヒトに怒られた事のねぇ奴が神さまたぁ世知辛い世界だねチキューってトコは。ヒトの気持ちがわかんねぇ神さまに偉そうな事言って欲しかねぇっつの!」


 未だに怒り心頭と言った様子のリンナに恐怖しながら、ヤエが「じゃ、じゃあ私帰ります……」と立ち上がり、庭へ出た。


「あ……そうだクアンタ。感情についてだが、私は特にお前をいじっていない。そしてお前の中にあるマジカリング・デバイスが影響を及ぼしている可能性もほとんどないだろう」

「そうか」

「だが一つ言えるとすれば、この世界に降り立った事で、お前は今やフォーリナーの先兵ではなく、一人の人間となったのかもしれん、とは言える」

「それはどういう意味だ」

「フォーリナーと接続が切れた事によって【全の一】ではなく、個としての自分を認識した結果、お前は自分の力だけで物事を考えるようになった。

 自我や感情とは自分の認識力を働かせて、知り得る事や知り得ない事を体験・経験するによって揺さぶられ、生まれ出るものだ。

  ……またキレられるかもしれないが、お前は確かにフォーリナーとして欠陥品になったかもしれない」

「マジでキレるか? あぁ~ん?」

「ひえっ、ち、違うんです話を聞いてくださいっ!」


 神さまと自称する割には人間に怯える彼女が面白くて、リンナは少々気が紛れたので彼女の言い分を聞く事とする。


「その、確かに本来のクアンタは感情などを持ち得る理由のない、ただの兵器だった。その観点で言えば確かにお前は欠陥品でしかない。

 だが、フォーリナーから乖離したお前に感情が生まれたのならば、それは欠陥ではなく【成長】だ」

「成長――私が、フォーリナーの一である筈の私が、成長とは」

「フォーリナーから乖離して物事を自分で考えるようになり、その形を人として模っているのなら、お前は人であるのだろう。その上で感情が生まれたなら、それを成長と言わず何という」

「……確かにそれは、成長と言うべき、なのかもしれない」

「私はそうなると見越してお前をこの世界に送り込んだ、とは言っておこう。だからお前は、よく考える事だ。

 人間とは考える事によって成長する生き物だ。それを実感すれば、お前はより高位な存在となれるだろうよ」


  ではな、とクアンタには軽く手を振るだけだったが、縁側に立って彼女を見届けるリンナへは「大変失礼しましたリンナさんっ!」と深々頭を下げ、空中に指で円を描くように、腕を回す。

  すると、円は世界と世界を繋げる【門】となった。

  門をくぐる様にした彼女を確認した一瞬で門は姿を消し、クアンタにもリンナにもその姿が見えなくなる。


「アイツ、ホントに神さまなん?」

「彼女曰く【秩序を司る神】と同化した、元人間との事だ。故に秩序の乱れが生じた場合に何かしらの対処をしなければならないと言っていたので、私をこの世界に送り込んだ理由は、この世界に何か秩序を乱し得る危機が訪れているのかもしれない」

「よくわかんねぇけど――ま、いいわ。今日は疲れたしさっさとメシ食って寝ましょ」

「私に食事は必要ない。お師匠だけで食べてくれ」

「必要ない訳……って、ああ。アンタ宇宙人だから、人間の食べ物食わないって事?」

「否、栄養摂取の必要性が無いだけで、食事は可能。現在は味覚も存在する」

「んじゃあ一緒に食べてよ。師匠だけ食ってて弟子に飯食わせないって、アタシ的になんかイヤ」

「了解」


 リンナに手を引かれながら、再び食卓に座って用意されたご飯に手を付けていく二人。

  クアンタは先ほどヤエが食べていた物の残りを、リンナはそれに対して「新しくご飯よそおうか?」と聞くが、彼女は「これで良い」と納得した上で、箸を口に運ぶ。


「お師匠」

「ん? 何さクアンタ」

「私は、お師匠で言う所の宇宙人だ」

「そーらしいね」

「それでも、私をこのまま弟子にしてくれるのだろうか?」

「意味わかんねぇ。今ん所なんも悪い事してねぇ子をさ、何で追い出さなきゃなんねーのさ」


 クアンタの肩を叩きながら、リンナはニッと明るい笑顔で言う。


「確かに、アタシはまだアンタの事を何も知らない。付き合いがまだ一日もないし、それに加えて宇宙人だ何だ、神さまがなんだとか、もうわけわっかんねぇよ?

 でもさ、その一日だけでアタシは、アンタがとっても良い子なんだってわかった。

  ヴァルブに刀が奪われそうになった時、アンタはアタシの為に、神さま曰く無いハズの感情を震わせてさ、怒ってくれたじゃん。

  そんな良い子を、アタシは絶対に放っておかない。

  何年でも、何十年でも、アンタが一人前の刀匠になるまで、アタシがアンタを育ててやる!」

「……感謝する、お師匠」


 クアンタは、決して表情を動かさない。

  勿論意識して頬を吊り上がらせたりして、笑い顔を作る事は出来るけれど、感情に任せて表情を彩る事が出来る女ではない。


  けれど、リンナは彼女の目を見て、クアンタが少しだけ、喜んでくれているように見えた。


  ――ほんの一瞬だけだったけれど、それが見間違いでは無い事を、リンナは強く願うのだった。
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