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第三章
アメリア・ヴ・ル・レアルタ-07
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「まぁ、吾輩一人の感傷はどうでもよい。実際に女性の卵子だけで子を育む技術が発展したのは、人類の進化に貢献した素晴らしい実験と言えよう。――しかし問題がさらに発生したのじゃ」
「それが、男女比に関わる部分だな」
「その通りじゃ。卵子だけで生まれた子供は、確実に女子として生まれるのじゃ。結果、この実験を行って二十年経った現在、技術実験保護地域には女性が多くおり、男女比が二対八にまでなった、というわけじゃ」
チラリと、クアンタは馬車の外を見据え、疲れも知らぬ黒子たちを見据えた。
「あの黒子たち、全員男だろう?」
「よくわかったのぉ」
「全員かどうかは確定では無かったが、少なくとも私が相対した三人は男だと分かっていた。相手をした時の感覚で判断しただけだが」
「その通りじゃ。奴らは技術実験保護地域で生まれた男の試験管ベイビーでな。――問題点をあげるとすれば、遺伝子的な改造を施して、身体能力が通常の人間よりも優れている事くらいか。故に奴らは通常の生き方が許されぬ黒子となった」
「それはまた何故?」
「簡単な話だよ。通常の人間よりも優れた身体機能を有した新人類とも言える存在を多く世に送り出してしまえば、常人の多くが彼らの優位性に勝つ事が出来ず、職にあぶれてしまう。
だから彼らは表世界に決して姿を見せず、皇族の影として存在する事で存在価値を浪費するのが一番と、前アメリア領主は決定したのだ」
「その決定を下し、使い物になる程度に成長した頃には、吾輩が領主に成り代わってやったがな!」
と、そんな会話をしている間に、馬車がゆっくりと速度を落とし始めた。アメリアが「休憩じゃな」と言葉にし、下車すると、そこは小さな村の前で、クアンタに下車するよう命じた。
「小一時間程休憩とする。この村に小休止できる茶屋がある故、そこで続きを話そうではないか」
全体的に木造の建築物が目立つ、農村とも言える村をさっさと歩いていくアメリアに付いていくクアンタとシドニア。その周りを囲うようにして黒子たちが足並みを揃えて並走する。
「おお、アメリア様じゃ」
「平伏平伏……」
「平伏はよいぞ民草。吾輩の姿を見る事が出来た名誉、しかとその老体に刻むがよい」
村人に手を振りながら歩む彼女の後ろで、刀と剣に一応手を付けながら、クアンタがシドニアへ小声で問う。
「この村、若者の姿が一切ないが」
「このファルフェ村は、アメリア領が定める六十代以上の為に設立された準難点労働基準地区だ。つまり肉体的な労働が年齢故に難しい者達の為に用意された農村で、野菜などの農作物管理と、一部加工業が主産業だ」
「話を聞いている限り、アメリア領は徹底した管理社会ともいうべき国家体制だな」
「国家ではなく領土だが、まぁその通りだ。大まかに分けると……
幼い子供から十代後半までを中心とした教育施設地区・フェファルス市。
皇国軍や警兵隊等も含めて建設業等の肉体労働を担う二十代から四十代までの若者世代で構成される労働都市・フォーロス。
五十代までの農産業全体を担う労働基準地区・フィルムス村。
そしてここが、先ほど説明した六十代以上の準難点労働基準地区・ファルフェ村。
首都であるファーフェは少し特殊だが、基本的にアメリア領民は生まれてから死ぬまでを管理されている、徹底した労働管理社会だ。象徴であるアメリア以外に貧富の差は無く、職業選択の自由も無い代わりに、安定した生活を約束されている」
「ちなみに、今向かっている茶屋というのも」
「アメリア領運営による休憩配給所……とでもいうべきか」
辿り着いた先には、確かに古き良き茶屋と言えよう店があり、そこには多くの老人がたむろし、茶をすする。
「アメリア様じゃ」
「今日も茶が美味いですよ」
「ほう、どれ。店主、吾輩と愚弟、シドニア領からの客人に一杯ずつ頼む!」
老人の挨拶に笑顔で応対し、運ばれてきたお茶と、何やら大福にも似た菓子を口にしたアメリアに、シドニアが「毒見はよろしいので?」と尋ねた。
「吾輩に毒を仕込む輩がいるのなら、それは吾輩が領主足りえる器ではないという事に他ならん。……ん、良い茶葉で淹れられた茶じゃな! 渋みが良く出ておる」
「ここでの飲食に、金銭は必要ないのか」
「アメリア領での取引は金銭取引ではなく、労働基準での取引じゃ。一応余所と取引する為に貨幣制度自体はあるが、あくまで領土政府が他領土や他国と貿易する時にしか使用せん。こ奴らの中には紙幣を見た事ない奴もおるんではないか?」
「労働基準での取引――つまり、労働をした時間や労力によって、受けられる配給などが異なってくる、という事か?」
「概ねその様なものじゃ。領民は与えられた労働をこなす事によって配給を受けられる」
「仮に体調不良等によって労働が出来ない場合は」
「心配ない。その場合はそれまでの労働基準上、適切と思われる福利厚生をあてがい、条件付きで別途配給が受けられるんじゃ。
例えばこの村におる爺婆共は、大抵の者が風邪で休暇申請を出しても、三日位は配給を受けられるぞ。まぁその間の配給が少しショボくなるし、こ奴らはショボいのイヤじゃと働いてしまうがな」
茶をすすりながら、クアンタは今まで得れた情報をまとめていた所で、シドニアがクアンタの脇腹を肘で軽く突き、小声で話しかける。
「それが、男女比に関わる部分だな」
「その通りじゃ。卵子だけで生まれた子供は、確実に女子として生まれるのじゃ。結果、この実験を行って二十年経った現在、技術実験保護地域には女性が多くおり、男女比が二対八にまでなった、というわけじゃ」
チラリと、クアンタは馬車の外を見据え、疲れも知らぬ黒子たちを見据えた。
「あの黒子たち、全員男だろう?」
「よくわかったのぉ」
「全員かどうかは確定では無かったが、少なくとも私が相対した三人は男だと分かっていた。相手をした時の感覚で判断しただけだが」
「その通りじゃ。奴らは技術実験保護地域で生まれた男の試験管ベイビーでな。――問題点をあげるとすれば、遺伝子的な改造を施して、身体能力が通常の人間よりも優れている事くらいか。故に奴らは通常の生き方が許されぬ黒子となった」
「それはまた何故?」
「簡単な話だよ。通常の人間よりも優れた身体機能を有した新人類とも言える存在を多く世に送り出してしまえば、常人の多くが彼らの優位性に勝つ事が出来ず、職にあぶれてしまう。
だから彼らは表世界に決して姿を見せず、皇族の影として存在する事で存在価値を浪費するのが一番と、前アメリア領主は決定したのだ」
「その決定を下し、使い物になる程度に成長した頃には、吾輩が領主に成り代わってやったがな!」
と、そんな会話をしている間に、馬車がゆっくりと速度を落とし始めた。アメリアが「休憩じゃな」と言葉にし、下車すると、そこは小さな村の前で、クアンタに下車するよう命じた。
「小一時間程休憩とする。この村に小休止できる茶屋がある故、そこで続きを話そうではないか」
全体的に木造の建築物が目立つ、農村とも言える村をさっさと歩いていくアメリアに付いていくクアンタとシドニア。その周りを囲うようにして黒子たちが足並みを揃えて並走する。
「おお、アメリア様じゃ」
「平伏平伏……」
「平伏はよいぞ民草。吾輩の姿を見る事が出来た名誉、しかとその老体に刻むがよい」
村人に手を振りながら歩む彼女の後ろで、刀と剣に一応手を付けながら、クアンタがシドニアへ小声で問う。
「この村、若者の姿が一切ないが」
「このファルフェ村は、アメリア領が定める六十代以上の為に設立された準難点労働基準地区だ。つまり肉体的な労働が年齢故に難しい者達の為に用意された農村で、野菜などの農作物管理と、一部加工業が主産業だ」
「話を聞いている限り、アメリア領は徹底した管理社会ともいうべき国家体制だな」
「国家ではなく領土だが、まぁその通りだ。大まかに分けると……
幼い子供から十代後半までを中心とした教育施設地区・フェファルス市。
皇国軍や警兵隊等も含めて建設業等の肉体労働を担う二十代から四十代までの若者世代で構成される労働都市・フォーロス。
五十代までの農産業全体を担う労働基準地区・フィルムス村。
そしてここが、先ほど説明した六十代以上の準難点労働基準地区・ファルフェ村。
首都であるファーフェは少し特殊だが、基本的にアメリア領民は生まれてから死ぬまでを管理されている、徹底した労働管理社会だ。象徴であるアメリア以外に貧富の差は無く、職業選択の自由も無い代わりに、安定した生活を約束されている」
「ちなみに、今向かっている茶屋というのも」
「アメリア領運営による休憩配給所……とでもいうべきか」
辿り着いた先には、確かに古き良き茶屋と言えよう店があり、そこには多くの老人がたむろし、茶をすする。
「アメリア様じゃ」
「今日も茶が美味いですよ」
「ほう、どれ。店主、吾輩と愚弟、シドニア領からの客人に一杯ずつ頼む!」
老人の挨拶に笑顔で応対し、運ばれてきたお茶と、何やら大福にも似た菓子を口にしたアメリアに、シドニアが「毒見はよろしいので?」と尋ねた。
「吾輩に毒を仕込む輩がいるのなら、それは吾輩が領主足りえる器ではないという事に他ならん。……ん、良い茶葉で淹れられた茶じゃな! 渋みが良く出ておる」
「ここでの飲食に、金銭は必要ないのか」
「アメリア領での取引は金銭取引ではなく、労働基準での取引じゃ。一応余所と取引する為に貨幣制度自体はあるが、あくまで領土政府が他領土や他国と貿易する時にしか使用せん。こ奴らの中には紙幣を見た事ない奴もおるんではないか?」
「労働基準での取引――つまり、労働をした時間や労力によって、受けられる配給などが異なってくる、という事か?」
「概ねその様なものじゃ。領民は与えられた労働をこなす事によって配給を受けられる」
「仮に体調不良等によって労働が出来ない場合は」
「心配ない。その場合はそれまでの労働基準上、適切と思われる福利厚生をあてがい、条件付きで別途配給が受けられるんじゃ。
例えばこの村におる爺婆共は、大抵の者が風邪で休暇申請を出しても、三日位は配給を受けられるぞ。まぁその間の配給が少しショボくなるし、こ奴らはショボいのイヤじゃと働いてしまうがな」
茶をすすりながら、クアンタは今まで得れた情報をまとめていた所で、シドニアがクアンタの脇腹を肘で軽く突き、小声で話しかける。
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