魔法少女の異世界刀匠生活

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第四章

感情-10

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 正方形の塊は、シドニアの声に合わせて溶けだし、彼の両腕と両足を金色の鎧が覆った。

  ほとんど全身を覆う通常のゴルタナと異なり、覆われる部位としては腕当と手甲、膝当と脛当と鉄靴の部位だけ。

  頭部は勿論首から下の胴体は決して鎧が覆われることは無く、男が首を傾げる。


「ソレ、ホントにゴルタナかよ?」

「ああ、ゴルタナさ。姉と妹に作らせた、特別製のね」


 右手に持つ長剣。シドニアはそれを構えると、下方から上方へと剣を振るう。

  ただそれだけの動き。ただの素振り。災いがいたわけでも、近くにいるから牽制したというわけでもない。

  にも拘わらず、彼の振るった剣より放たれた衝撃が、辺り一面に暴風として顕現し木々を揺らしたばかりか、今男の身体を僅かに持ち上げ、彼の周りにいた災い数体さえ、為す術もなく消滅していく姿を見届けた。


「っ、オイオイオイ、ンだそりャァ。

 ――ゴルタナからマナを剣に出力して、それを衝撃波として放つッてカンジの術式か? もう剣術じゃねェよ、ンなもん、もう魔術の域だろ?」

「だから苦手なのだよ。剣士たるもの剣技において最強を競うべきと、一番上の姉に教わっていたにも関わらず、私は立場上、こうした『象徴』としてのゴルタナしか所有を許されていないのだからね」


 今一度、今度は左方から右方に向けて振るった一閃。

  狙いは、今まさに敵対する男。

  振るわれた剣より放たれた衝撃波。

  それは既にカマイタチと呼んでも遜色のない、鋭い刃の切れ味を有する暴風であったが、それが男の身体を切り裂くより前に、右腕を振り上げた男の放つ青白い光が、男の足元にある土を隆起させ、土の壁として顕現し、今彼の身を守って、暴風によって破壊される。


  破片が男の頬をかすめるが、傷口を拭う様に触れると傷は塞がり、癒し終えた。しかし、笑みは決して浮かべない。

  むしろ、詰まらないとでも言いたげな表情でシドニアを睨みつける。


「貴様、錬金術師……いや、魔術師でもあるな。手に持つその本からはマナの流動も感じられるし、それが外部魔術媒体だろう。つまり魔術回路と物質変換回路の二つを持ち得る両術氏、という事か。だがその再生能力はわからんな」

「オイオイどうした。こン位、イマドキ珍しかぁねェだろうよ」

「そうだな、魔術師兼錬金術師というのは、特段珍しくはない。私も技量こそ拙いがそうである故に分かる。しかし珍しいのは、その技量だ。錬金術師としても魔術師としても、一生涯それに費やしてようやく達する事の出来る技術を有している」

「お褒めに預かり光栄だよ、シドニアの領主サマ」

「貴様は何者だ」

「ニンゲンじゃねェってのは、気付いてくれてっか?」

「ヒトと同じ形をしていようが、ヒトとして生きるつもりの無い者を、私は人外と呼んでいる。そうした女に心当たりがあるのだが、果たして貴様はどちらだ?」

「ヒトとして生きる? ンな事考える人外いねェッつのォッ!」


 強く、男が右足を地面へと踏みつけた瞬間、シドニアも強くその場から踏み込み、男へと向けて駆け出した。

  一瞬で男の眼前へと近づいたシドニアに、けれど焦る様子もないまま、青白い光が一帯に走った。

  まるでシドニアの腹部を貫こうとしているように、鋭く尖った土の槍として隆起した地面。

  無理矢理身体を捻らせて、その攻撃を回避したシドニアが地面を数回転した後に短剣を地面に刺し込むことで減速、抜き放つ勢いを利用して衝撃波を男に向けて放つが、それも隆起した土の壁が遮る上、今度はその衝撃波が内包する威力を計算した厚さの壁によって、決して崩れることは無かった。


「あっ――らよっとっ!!」


 シドニアからは見ることの出来ない、壁の向こう側。

  男は壁へ右手の拳を強く突きつけ、その壁を破壊する。

  視界確保ではない。むしろ、シドニアの思考を遮るためだ。

  飛来する壁の破片。しかし鎧で遮られていなくとも、細かい飛来物程度であれば僅かに魔力の膜で覆われるゴルタナを装着している現在は問題ない。

  問題はそちらに思考を持っていかれる事。

  突如崩れ去って、シドニアへと襲い掛かる土のツブテに気を紛らわせる事もなく、むしろ警戒して男へ視界をやる彼だったが、一瞬遅く、自身の上、上空に顕現されていた土の弓矢が、男の鳴らした指の音に合わせて落下してきた事に気付く。

  まるで推進力を有しているかのように、真っすぐシドニアへと急速に射出された弓矢の雨を、乱雑に長剣と短剣の一閃ずつを振るう事で放つ衝撃によって弾き飛ばし、やり過ごす。


「ちぃっ!」

「オラオラどおしたぁ!? オレみたいな屑にしてやられてンじゃねェぞお坊ちゃんよォッ!」

「、っ」


 二度、三度と、まるで児戯のように地面を蹴りつける度、発光する火花。だがシドニアは表情をしかめた上で、眼前で光る青白い火花へ、短剣を放棄した左手を伸ばした。

  彼の手からも、同じく青白い火花が発生する。

  次々に生み出されていく、地面より生まれし土の槍だったが、次第に形を崩して土へと還っていく姿を見届けた男は「おおっ」と感服の声を上げた。


「なンだよなンだよっ! オメェだって錬金術使えンじゃねェかよ!」

「貴様ほどではないが、物質変換の逆算錬成程度ならば可能だ」

「謙遜すンなよ王子様ァ! テメェら皇族は、自分の技能に対するモノサシがデカ過ぎだ! だァからニンゲンなンつう低俗なイキモンを見てイライラしちゃうんですよねェヘヘヘヘッ!!」

「その笑い方、気に食わん。――どうにも演技じみている」


 シドニアの言葉に、男は何もいう事はなく、しかし動きを止めた。


「いや、演技じみている、ではないな。実際演技なのだろう。何もおかしいと思えていないのに、おかしいと思う人間を演じている人外。それが貴様だ。違うか?」

「……どうして、ンな事が言える?」

「貴様はさっきから、話し方や言葉の節々、身振り手振りを用いた表現で可笑しさを演じているが、一切笑顔を浮かべていないからね。実にチグハグだよ。それでおかしいと思わんヒトはいないだろうよ」

「笑顔ねぇ。オラぁもう、数百年近くこの地で生きてッけどヨォ、一度もちゃんと笑えた事がねェ。強いて言えば――こンなカンジかァ?」


 白い歯をニッと見せながら、口角を重々しく上げた男の笑い顔。不自然すぎる彼の表情に、シドニアは問う。


「君は、クアンタという女を知っているのか?」

「クアンタぁ……? いンや、知ら」


 言葉の途中で。

  男は急に、頭を押さえて膝をついた。

  何が起こっているのか、それがこちらを乱すための罠か、それともまた別の何かか。

  それを思考していたシドニアに向けてキッと鋭い視線を向けた男は、地面に触れて一瞬、光を灯らせると同時に、岩の短剣と形容できる小さな武器を構えて、シドニアへ向けた。


「オォオオイッ! この通信、テメェの差し金かァ!?」

「通信……? 何を言っている……!?」

「違う……? じゃあ、なンだコレ……、ッ、わかンねェけど、コイツぁ、同類のカンカクじゃぁねェか……ッ!」


 シドニアから見て男は、喜怒哀楽の『喜』は上手く表現できていなさそうであるが。

  しかし『怒』は強く表現しているように思えた。


  手に持っていた岩の短剣を地面に向けて投擲。刃と地面がぶつかり合い、僅かに地面を抉ると、そこが起点となり、強い振動が一帯を襲う。

  地震、とシドニアが口にしようとした瞬間、男は地面を強く蹴り、その上でどこかへと飛び去って行く。

  だが、まだ追える。

  シドニアのゴルタナは皇族専用故、特殊技能に優れてこそいるが、実用化されているゴルタナより速度が落ちている。

  故にゴルタナの展開を解除した上で、彼は空を舞う男の姿を追いかける為、走り出す。


  方面としては――恐らく、クアンタとサーニスが災いと戦っている、ファーフェへと繋がる道である。
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