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第五章
皇族、集結-08
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サーニスの言った言葉にクアンタが「は?」と彼女らしからぬ素っ頓狂な声すら上げてしまうが、シドニアも頷いたので、事実ではあるのだろう。
「奴は、私やサーニスに剣技を教え込んだ張本人だ。その技量はレアルタ皇国において、最強だ」
「お前やサーニスに最強と言われる実力者とはな。しかし何で、そんな奴が出会い頭に喧嘩を売ってくるばかりか、お師匠の家に降ってきた?」
「そういう人なんだよ、私の姉弟で比較的まともなのは私とアメリア位だ……っ」
「お話は終わりかぁ? ――んじゃあ行くゼェエエエエッ!!」
声を張り上げただけで、三人の身体が浮く程の衝撃波が、辺り一帯を襲った。
しかしそれだけで終わる筈もなく、倒壊した家宅の木材を強く蹴りつけ、今それらを吹き飛ばすほどの勢いで駆け出した彼女――イルメールの体が、いつの間にかサーニスの眼前に。
「はや」
「遅ェエッ!!」
急遽レイピアを放棄、振り下ろされようとした大剣の柄へ、ゴルタナで覆われた両腕を用いて掴み、抑え込もうとするも、しかし圧倒的な質量及び、イルメールの腕力と筋肉を以てして放たれた一閃を完全に止める事が出来なかった。
「ぐ、ぐううう、がっ!!」
刀身に叩き切られる事は避けたが、しかし重量を直に受けたサーニスの体が地面へと叩きつけられる。
彼の心配をする暇もなく、シドニアは実の姉であるイルメールに向け、真剣を素早く二撃振り込むものの、しかし大剣を放棄して身軽となった動ける筋肉は、シドニアの振るう剣の動きを完璧に見切って避けるばかりか、その腰を捻った鋭い拳の一打を、シドニアの腹部に叩き込んだ。
「そぅりゃフッ飛べやぁアアアアアアッ!!」
「ぐ――ぼぁッ!」
シドニアらしからぬ、嗚咽を吐き出す声と共に、彼の身体が刀工鍛冶場近くの森林へと、文字通り吹き飛ばされた。
そちらに視線をやりたくとも、一瞬でも気を抜けば、本当に殺されると実感したクアンタは、刀を構えながらジリジリと距離を取り、女性へと口を開き、問う。
「貴女は何の目的で、こんなことを?」
「アァ? 目的だ? ンなモンが戦いに必要かよ」
「必要ないというのか」
「無いね。シドニアやアメリアなんかはそこん所に大層な理由を持ちだすんだろうがヨォ、オレにゃ関係ねぇよ。戦いたいから戦うって事だ。理由なんかそれ位単純な方が分かりやすいじゃねぇか」
「……初対面の相手にこういうのは、あまつさえ皇族に言う事ではないかもしれないが、言わせてもらおう」
「アァ」
「狂ってるな」
「ハハッ、気持ちのいい正論ありがとぉよ! 所でお前、見た所人間じゃねェな? ――面白れぇ」
ペロリと、唇を舌で拭ったイルメールと、刀を握る手に力を込めたクアンタが、同時に動いた。
一瞬でその場を飛び退き、互いに距離を取った二人。
イルメールは先ほど放棄した大剣を振り回しながら地を蹴り、鋭い横払いによる一閃がクアンタを襲うも、同じく地面を蹴って宙に浮いたクアンタが、その刀身に手を付け、跳ねる。
宙に浮いたクアンタが、手加減など知らぬと言わんばかりに空を蹴り、今彼女に向けて刃を振り切ったが、しかし寸での所でバク転した彼女は、振り切られた刃を空中で蹴り飛ばした。
互いに獲物が無くなるも、しかし隙を作ってはならぬとクアンタが拳を振るう。
彼女の顎と、頭部を狙った、正確で速い一打ずつを、避け、受け、流す。
その動きは、確かにシドニアとサーニスの師と言えるほどに洗礼され、無駄が一切見当たらない。
「ゴルタナ展開した奴より動く! その上オメェの戦闘能力も高ぇ! 名前は!?」
「っ、クアンタ!」
拳を止めれば、即ち死だと実感するクアンタが次々に放つ拳や蹴りを受けるイルメールが、今クアンタの拳を受け流して僅かに姿勢を崩した隙を見計らい、回し蹴りを叩き込む。
寸での所で鞘による防御が間に合うものの、しかしバキバキと音を鳴らして砕けていく鞘。
緩衝材にはなり、衝撃を和らげることに成功したクアンタは地面を転がりながらも姿勢を正し、視界を確保。
すると、レイピアと双剣を構え、イルメールの背後から切りかかる、シドニアとサーニス。
二者の剣劇を避け、刀身に殴りかかる事で全てを弾き飛ばし終えたイルメールだが、彼女は強く地面を殴りつけ、その衝撃によって全員が動きを止めざる得なかった。
「……ったく、クアンタはともかく、シドニアとサーニスは落第だ! オメェら内政ばっかで訓練サボってやがったな!?」
「つぅ……っ! あ、貴女と違い、私は、剣だけに生を捧げる等出来ないのですよ……っ」
今まで受けたダメージを抱えながらも前を向くシドニアと、彼を守ろうと立ちふさがるサーニス。しかしイルメールは、既に二者へ大した興味を持っていないと推察できる。
「ハッ、勉強や政治だけ出来るお坊ちゃんが何を守れるってんだぁ? オレがこのシドニア領に攻め込めば、三日で征服できるってのになぁ!」
「貴女はそうやって筋肉でしか物事を図らない単細胞でしょう!? 事実、貴女の統治するイルメール領は経済がまるで回っていない! アメリアが色々と手を回さねば、三日でイルメール領は崩壊していたぞ!?」
「つってもよぉ、オレより強い奴がイルメール領に居ねぇんだぜ? つまりオレがトップとして領土を導いた結果が最良って事だろ?」
「どうしてそうなると言うんだ!?」
何やらシドニアとイルメールの議論 (?)が白熱しているので、刀工鍛冶場の隅で黒子たちに守られながら優雅にお茶を飲むアメリアの元へ向かい、声をかける。
「あのイルメールという女、放置していいのか?」
「吾輩に振らんでくれ。吾輩、奴、キライじゃ。脳みそまで筋肉で出来とる単細胞で、本当に吾輩とシドニアの姉なのか、常々疑問に思っとるのじゃ」
その表情はへの字に曲がっている。本当に姉として認めたくないのだろうと一目見てわかるというのは新鮮だったが、しかしそう呑気にしていられない。
「……ん、アメリア。お師匠はどうした?」
気を失い、アメリアに介抱されていた筈のリンナがどこにもいない。アメリアも「あれ?」と首を傾げながらキョロキョロと周りを見渡すも見つからなかった。
「さっきまでそこで横になっとったんじゃがのぉ。おおい黒子共、リンナはどこぞ行ったか?」
声をあげて黒子に聞くと、黒子の一人が刀工鍛冶場の工房を指さした。辛うじて倒壊を免れている工房に向かったクアンタだが、中には誰もいない。
しかし、その火所には炎が舞っていた。
先ほどまで留守にしていた筈なので本来ならば火所が稼働している筈もない。つまり、リンナが稼働させたというわけなのだが、いったいどこに――と探していた時だ。
「大体な、オレはオメェらより強いんだから、オメェ等がオレよりも頭が悪いってのは自明の理って奴だろ!」
「だからどうしてそうなる!? 理論の組み立てが全くできん!」
「だって脳みそって筋肉なんだろ? つまり筋肉は脳みそ、オレは全身が筋肉で出来てる、つまりオレの全身は脳みそ、つまりオレはお前たちより頭がいい!」
「いや確か脳は神経細胞と血管の集合体だから筋肉は含まれていなかったと記憶しているが!?」
「でもよく言うじゃねぇか脳筋って! つまり脳にも筋肉あ――ウンッ!」
ゴウンと、イルメールの頭部に強く何かが叩き込まれた。
振り込まれたのは、一メートル半ほどの長さを持った巨大な金槌だった。
ハンマーは程よく熱されて赤く光り輝き、千何百度の熱を帯びていると一瞥するだけで判断できる。
その金槌を振るい、イルメールの頭部を殴打した人物が、表情を引き締め、怒りを露わにする、リンナだ。
彼女は、前のめりに倒れ「キュウ……」と小動物のような声をあげて気絶するイルメールに向けて叫び散らした。
「オオオォイッ!! アンタ、ウチの家どうしてくれてんのさ――ぁ!? もしもぉーしっ!! 聞こえてますかーぁっ!? あーんっ!?」
呆然とするシドニア、サーニス、アメリア、クアンタの姿を気にする事無く、気絶するイルメールの頬をぺしぺしと平手で叩きながら叫び散らすリンナ。
――イルメールの言う論理に従えば、レアルタ皇国を統治するに相応しい人物が、リンナという事になった。
「奴は、私やサーニスに剣技を教え込んだ張本人だ。その技量はレアルタ皇国において、最強だ」
「お前やサーニスに最強と言われる実力者とはな。しかし何で、そんな奴が出会い頭に喧嘩を売ってくるばかりか、お師匠の家に降ってきた?」
「そういう人なんだよ、私の姉弟で比較的まともなのは私とアメリア位だ……っ」
「お話は終わりかぁ? ――んじゃあ行くゼェエエエエッ!!」
声を張り上げただけで、三人の身体が浮く程の衝撃波が、辺り一帯を襲った。
しかしそれだけで終わる筈もなく、倒壊した家宅の木材を強く蹴りつけ、今それらを吹き飛ばすほどの勢いで駆け出した彼女――イルメールの体が、いつの間にかサーニスの眼前に。
「はや」
「遅ェエッ!!」
急遽レイピアを放棄、振り下ろされようとした大剣の柄へ、ゴルタナで覆われた両腕を用いて掴み、抑え込もうとするも、しかし圧倒的な質量及び、イルメールの腕力と筋肉を以てして放たれた一閃を完全に止める事が出来なかった。
「ぐ、ぐううう、がっ!!」
刀身に叩き切られる事は避けたが、しかし重量を直に受けたサーニスの体が地面へと叩きつけられる。
彼の心配をする暇もなく、シドニアは実の姉であるイルメールに向け、真剣を素早く二撃振り込むものの、しかし大剣を放棄して身軽となった動ける筋肉は、シドニアの振るう剣の動きを完璧に見切って避けるばかりか、その腰を捻った鋭い拳の一打を、シドニアの腹部に叩き込んだ。
「そぅりゃフッ飛べやぁアアアアアアッ!!」
「ぐ――ぼぁッ!」
シドニアらしからぬ、嗚咽を吐き出す声と共に、彼の身体が刀工鍛冶場近くの森林へと、文字通り吹き飛ばされた。
そちらに視線をやりたくとも、一瞬でも気を抜けば、本当に殺されると実感したクアンタは、刀を構えながらジリジリと距離を取り、女性へと口を開き、問う。
「貴女は何の目的で、こんなことを?」
「アァ? 目的だ? ンなモンが戦いに必要かよ」
「必要ないというのか」
「無いね。シドニアやアメリアなんかはそこん所に大層な理由を持ちだすんだろうがヨォ、オレにゃ関係ねぇよ。戦いたいから戦うって事だ。理由なんかそれ位単純な方が分かりやすいじゃねぇか」
「……初対面の相手にこういうのは、あまつさえ皇族に言う事ではないかもしれないが、言わせてもらおう」
「アァ」
「狂ってるな」
「ハハッ、気持ちのいい正論ありがとぉよ! 所でお前、見た所人間じゃねェな? ――面白れぇ」
ペロリと、唇を舌で拭ったイルメールと、刀を握る手に力を込めたクアンタが、同時に動いた。
一瞬でその場を飛び退き、互いに距離を取った二人。
イルメールは先ほど放棄した大剣を振り回しながら地を蹴り、鋭い横払いによる一閃がクアンタを襲うも、同じく地面を蹴って宙に浮いたクアンタが、その刀身に手を付け、跳ねる。
宙に浮いたクアンタが、手加減など知らぬと言わんばかりに空を蹴り、今彼女に向けて刃を振り切ったが、しかし寸での所でバク転した彼女は、振り切られた刃を空中で蹴り飛ばした。
互いに獲物が無くなるも、しかし隙を作ってはならぬとクアンタが拳を振るう。
彼女の顎と、頭部を狙った、正確で速い一打ずつを、避け、受け、流す。
その動きは、確かにシドニアとサーニスの師と言えるほどに洗礼され、無駄が一切見当たらない。
「ゴルタナ展開した奴より動く! その上オメェの戦闘能力も高ぇ! 名前は!?」
「っ、クアンタ!」
拳を止めれば、即ち死だと実感するクアンタが次々に放つ拳や蹴りを受けるイルメールが、今クアンタの拳を受け流して僅かに姿勢を崩した隙を見計らい、回し蹴りを叩き込む。
寸での所で鞘による防御が間に合うものの、しかしバキバキと音を鳴らして砕けていく鞘。
緩衝材にはなり、衝撃を和らげることに成功したクアンタは地面を転がりながらも姿勢を正し、視界を確保。
すると、レイピアと双剣を構え、イルメールの背後から切りかかる、シドニアとサーニス。
二者の剣劇を避け、刀身に殴りかかる事で全てを弾き飛ばし終えたイルメールだが、彼女は強く地面を殴りつけ、その衝撃によって全員が動きを止めざる得なかった。
「……ったく、クアンタはともかく、シドニアとサーニスは落第だ! オメェら内政ばっかで訓練サボってやがったな!?」
「つぅ……っ! あ、貴女と違い、私は、剣だけに生を捧げる等出来ないのですよ……っ」
今まで受けたダメージを抱えながらも前を向くシドニアと、彼を守ろうと立ちふさがるサーニス。しかしイルメールは、既に二者へ大した興味を持っていないと推察できる。
「ハッ、勉強や政治だけ出来るお坊ちゃんが何を守れるってんだぁ? オレがこのシドニア領に攻め込めば、三日で征服できるってのになぁ!」
「貴女はそうやって筋肉でしか物事を図らない単細胞でしょう!? 事実、貴女の統治するイルメール領は経済がまるで回っていない! アメリアが色々と手を回さねば、三日でイルメール領は崩壊していたぞ!?」
「つってもよぉ、オレより強い奴がイルメール領に居ねぇんだぜ? つまりオレがトップとして領土を導いた結果が最良って事だろ?」
「どうしてそうなると言うんだ!?」
何やらシドニアとイルメールの議論 (?)が白熱しているので、刀工鍛冶場の隅で黒子たちに守られながら優雅にお茶を飲むアメリアの元へ向かい、声をかける。
「あのイルメールという女、放置していいのか?」
「吾輩に振らんでくれ。吾輩、奴、キライじゃ。脳みそまで筋肉で出来とる単細胞で、本当に吾輩とシドニアの姉なのか、常々疑問に思っとるのじゃ」
その表情はへの字に曲がっている。本当に姉として認めたくないのだろうと一目見てわかるというのは新鮮だったが、しかしそう呑気にしていられない。
「……ん、アメリア。お師匠はどうした?」
気を失い、アメリアに介抱されていた筈のリンナがどこにもいない。アメリアも「あれ?」と首を傾げながらキョロキョロと周りを見渡すも見つからなかった。
「さっきまでそこで横になっとったんじゃがのぉ。おおい黒子共、リンナはどこぞ行ったか?」
声をあげて黒子に聞くと、黒子の一人が刀工鍛冶場の工房を指さした。辛うじて倒壊を免れている工房に向かったクアンタだが、中には誰もいない。
しかし、その火所には炎が舞っていた。
先ほどまで留守にしていた筈なので本来ならば火所が稼働している筈もない。つまり、リンナが稼働させたというわけなのだが、いったいどこに――と探していた時だ。
「大体な、オレはオメェらより強いんだから、オメェ等がオレよりも頭が悪いってのは自明の理って奴だろ!」
「だからどうしてそうなる!? 理論の組み立てが全くできん!」
「だって脳みそって筋肉なんだろ? つまり筋肉は脳みそ、オレは全身が筋肉で出来てる、つまりオレの全身は脳みそ、つまりオレはお前たちより頭がいい!」
「いや確か脳は神経細胞と血管の集合体だから筋肉は含まれていなかったと記憶しているが!?」
「でもよく言うじゃねぇか脳筋って! つまり脳にも筋肉あ――ウンッ!」
ゴウンと、イルメールの頭部に強く何かが叩き込まれた。
振り込まれたのは、一メートル半ほどの長さを持った巨大な金槌だった。
ハンマーは程よく熱されて赤く光り輝き、千何百度の熱を帯びていると一瞥するだけで判断できる。
その金槌を振るい、イルメールの頭部を殴打した人物が、表情を引き締め、怒りを露わにする、リンナだ。
彼女は、前のめりに倒れ「キュウ……」と小動物のような声をあげて気絶するイルメールに向けて叫び散らした。
「オオオォイッ!! アンタ、ウチの家どうしてくれてんのさ――ぁ!? もしもぉーしっ!! 聞こえてますかーぁっ!? あーんっ!?」
呆然とするシドニア、サーニス、アメリア、クアンタの姿を気にする事無く、気絶するイルメールの頬をぺしぺしと平手で叩きながら叫び散らすリンナ。
――イルメールの言う論理に従えば、レアルタ皇国を統治するに相応しい人物が、リンナという事になった。
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