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第七章
秩序を司る神霊-04
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カルファスとアルハットは、頷き「やはりね」と言わんばかりに納得を表現していたが、しかしアメリアやシドニア、イルメールは疑問を呈する。
「そんな伝承のある家系の出という事なら、リンナに家名があって然るべきではないのですか?」
「同感じゃの。確かにこの国は内部紛争やら貴族・華族主義思想の変革、様々あったが、しかし家名を失くす程に落ちぶれる事はそう無いと思うのじゃが」
「なぁアルハットー、カメーってなんだ?」
「我々で言うレアルタという家の名ですイルメール姉さま……」
「あ、なるほどな!」
イルメールだけは別の所に引っかかっていたようだが、問題はない。
「簡単な話――リンナさんは元々捨て子だったんだ。このリンナ刀工鍛冶場の前刀匠・ガルラが赤ん坊だったリンナさんを拾い、自分の子として育てただけの事だよ」
「どうして捨てられていたのかしら~」
素朴な、カルファスの問いに、ヤエはそこで表情をしかめる。
「そこは説明できないんだ」
「『干渉できぬ範囲』という事かの?」
「その通りだ」
しかし、リンナの過去については、特に重要では無いだろうとした皆は、ヤエに次へと促す。
「……まぁ、そうだな。赤子だったリンナさんの事は、そう大した内容じゃない、うん。だがこうした話になるだろうな、と思っていたからこそ、リンナさんが寝ている間に済ませておきたかった」
「つまりじゃ、そこさえ知られなければ、リンナへ説明しても構わない、という事かえ?」
「――いや、なるべく姫巫女の家系である事も隠したい。可能ならばリンナさんへと説明は控えて欲しい」
「ちなみにそれについて、詳細な説明は可能かえ?」
「お前の想定通りだよアメリア。説明できない」
「なる程の。では黙っておるとしよう。続けよ」
話が早くて助かる、としたヤエは、頭を抱えながら、しかしコレは話せるなと考えた上でか、続ける。
「本来【姫巫女】というのは、刀を用いて災いを滅する使命を受け継いできた家系だ。四百年以上前のブリジステ諸島では災いが世に知れ渡り、姫巫女の家系も多く存在していたとされている。
だが、災いが年々減少していくと共に、姫巫女の家系は衰退し、やがて【刀】という存在までもが衰退していった」
「確かに刀は、百年以上前から衰退し、現在はリンナ刀工鍛冶場でしか生産されない美術品扱いとなりましたが、そもそも刀がこのブリジステ諸島で重宝されていた時代があったのは、そうした【災い】の存在があったから、だったのですか?」
シドニアの推察に、ヤエも頷く。
「元々、刀匠は王族に献上する刀と、姫巫女の家系に献上する刀の二種を作っていたとされている。
そしてリンナさんの父・ガルラは、元々姫巫女の家系に献上する刀を作る、刀匠の血筋だった」
「そして、リンナはその姫巫女の家系――少々、話が出来過ぎて無いかしら」
アルハットが呟くも、しかしヤエは答えない。聞こえていないわけではないだろう。あえて答えぬ事で、それを返答としたのだ。
「本来であれば、リンナさんが刀を持ち、災いと相対する姫巫女になるべきだったろうよ。
しかし、状況が変わった。発生件数が減少していた災いの数が二十年前と今年、異常なまでに増加したんだ。
――リンナさん一人では対処しきれぬ程に」
「けれど一ついいかしら~」
語尾を伸ばし、優し気な声は出しているが、しかし目は笑っていないカルファスの質問に、ヤエも頷く。
「神さまはさっきから『リンナちゃんの打つ刀が必要だ』と言ってたわよね。『リンナちゃんの力が』じゃなくて。それは、どういう事なの?」
「まさにそのままの意味だよ。
姫巫女の家系が、元々はどの様に災いを討滅していたか。災いは、影の塊である自己の身体を虚力によって繋ぎ留めて存在する者達だ。
故に姫巫女達は『刀に虚力を浸透させた刃で斬り』、身体を繋ぎ留める虚力の流れを乱す事によって討ち滅ぼしていたんだ。
そして、刀匠となったリンナさんは自分でも気付いていないが、作り出す刀全てに、虚力を注ぎ込みながら打っていた。
それは姫巫女の家系に生まれた者としての、本能でもあったのだろうが――ここまで言えば、分かるな?」
長い話を嫌うイルメールが、その時ばかりはニヤリと笑い、結論を述べる。
「つまりまとめるとよ、リンナの打つ刀にゃ虚力が注ぎ込まれてっから、その刀なら、ナアリって奴や母体って奴も、殺せるっつー事だな!?」
「その通りだ」
表情を明るくさせるのは、シドニア、アメリア、カルファス、イルメール。
しかし、アルハットとクアンタは反対に表情を僅かにしかめ、目を合わせて手を上げる。
「……一つ、いいだろうか」
「ええ、私も一つ」
「分かっている。が、皆に分かりやすく言ってくれ」
そしてヤエも、表情が僅かに暗い。
「お師匠に確認を取る必要はあるが、皇国軍や警兵隊全員が名有り・母体の災いへの対応を可能にするには、刀の在庫が足りない上、追加製造をする設備も貧弱と言わざるを得ない」
「それと、刀の素材となる玉鋼もアルハット領で錬成生産しているのだけれど、相応数用意しないといけなくなる。その上、刀に使える玉鋼の錬成は、一流の錬金術師でも難しいわ」
二者はこの中で唯一、刀について一定の知識を有していた。だからこそ、そうした懸念事項を口にしたのだ。
「刀というのは一本作るのにどれ位時間がかかるものなのじゃ?」
「私もまだ勉強中だが、お師匠の製法だと一日一本、そしてそこから鍔や柄等を職人に依頼する形となるらしく、それらも含めると一ヶ月に一本、それを毎日続けてようやく一日一本ペース、と言えるかもしれない。これは設備や、その鍔や柄などの職人も関係していると思うが」
となれば準備に莫大な時間がかかると言っても過言ではなくなる。
シドニアが脳を回し、ひとまず情報精査が多くなればなるほど良いとして、思い付きで言葉を放つ。
「例えば、刀の製造を他鍛冶場に依頼して大量生産、虚力を刀に込めると言う工程をリンナに依頼すると言うのはどうだろう」
「悪くない考えだが難しいな。先ほどは簡単に言ったが、リンナさんの【虚力を注ぎ込む】という行為は、一本一本を丁寧に作り上げる事によって成せる業なのだろう。
まぁつまり【刀に愛情を込める】みたいなモノだ。その工程が無い、自分の愛情を叩き込めない刀に対して、それは無理も等しいだろうな」
「……全く、感情を司るエネルギーというのは厄介だな」
「だが何にせよ、現状では名有り・母体の災いに対抗する術が、リンナさんの打つ刀にしか無いと言う事は理解してくれたな?」
課題はあるが、しかしヤエの言う通り、彼女が重要であることは間違いない。
そして、シドニアの懸念通り、マリルリンデというフォーリナーが何故リンナを狙うのか。
それは、ほぼ間違いなく、リンナの打つ刀がマリルリンデの使役する災いの脅威となるからで、彼女の持つ虚力量は重要では無かったのだ。
「では残り、虚力についてと、マリルリンデというフォーリナーについてだが――正直ここからは、先ほどまでの話以上に目新しい事は無いと思ってくれていい。リンナさんにも聞かれて特に問題は無いから、急いで話す事も無い」
ふぅ、と息を吐くヤエの姿に――アメリアとシドニア、そしてアルハットの三人は、視線を合わせた上で、問う。
「――随分と、リンナに気遣っているのですね、神さまは」
「余程リンナがお気に入りかえ?」
「ん……まぁな。色々と」
「――姫巫女の家系である事を相当隠したい様子で、しかも捨て子だったリンナを拾ったガルラの事も、色々なのね」
「まぁ、想像に任せる」
そしてヤエも、三人へ強く視線を向けた後、コクリと頷き、黙る。
(気付いておるな、シドニア、アルハット)
(ええ。――幼い頃に捨てられたリンナに、何やら秘密がありそうで、しかも彼女はそれを、我々に気付かせようとしている)
(そして、彼女の父・ガルラについても、話せないからこそ、私たちが不自然さに気付くよう振舞ってるわね)
視線だけでそうした会話を成す三者に気付きながらも、しかしあっけらかんとした様子で、ヤエが「では残り、虚力とマリルリンデについてだ」と再開した。
「そんな伝承のある家系の出という事なら、リンナに家名があって然るべきではないのですか?」
「同感じゃの。確かにこの国は内部紛争やら貴族・華族主義思想の変革、様々あったが、しかし家名を失くす程に落ちぶれる事はそう無いと思うのじゃが」
「なぁアルハットー、カメーってなんだ?」
「我々で言うレアルタという家の名ですイルメール姉さま……」
「あ、なるほどな!」
イルメールだけは別の所に引っかかっていたようだが、問題はない。
「簡単な話――リンナさんは元々捨て子だったんだ。このリンナ刀工鍛冶場の前刀匠・ガルラが赤ん坊だったリンナさんを拾い、自分の子として育てただけの事だよ」
「どうして捨てられていたのかしら~」
素朴な、カルファスの問いに、ヤエはそこで表情をしかめる。
「そこは説明できないんだ」
「『干渉できぬ範囲』という事かの?」
「その通りだ」
しかし、リンナの過去については、特に重要では無いだろうとした皆は、ヤエに次へと促す。
「……まぁ、そうだな。赤子だったリンナさんの事は、そう大した内容じゃない、うん。だがこうした話になるだろうな、と思っていたからこそ、リンナさんが寝ている間に済ませておきたかった」
「つまりじゃ、そこさえ知られなければ、リンナへ説明しても構わない、という事かえ?」
「――いや、なるべく姫巫女の家系である事も隠したい。可能ならばリンナさんへと説明は控えて欲しい」
「ちなみにそれについて、詳細な説明は可能かえ?」
「お前の想定通りだよアメリア。説明できない」
「なる程の。では黙っておるとしよう。続けよ」
話が早くて助かる、としたヤエは、頭を抱えながら、しかしコレは話せるなと考えた上でか、続ける。
「本来【姫巫女】というのは、刀を用いて災いを滅する使命を受け継いできた家系だ。四百年以上前のブリジステ諸島では災いが世に知れ渡り、姫巫女の家系も多く存在していたとされている。
だが、災いが年々減少していくと共に、姫巫女の家系は衰退し、やがて【刀】という存在までもが衰退していった」
「確かに刀は、百年以上前から衰退し、現在はリンナ刀工鍛冶場でしか生産されない美術品扱いとなりましたが、そもそも刀がこのブリジステ諸島で重宝されていた時代があったのは、そうした【災い】の存在があったから、だったのですか?」
シドニアの推察に、ヤエも頷く。
「元々、刀匠は王族に献上する刀と、姫巫女の家系に献上する刀の二種を作っていたとされている。
そしてリンナさんの父・ガルラは、元々姫巫女の家系に献上する刀を作る、刀匠の血筋だった」
「そして、リンナはその姫巫女の家系――少々、話が出来過ぎて無いかしら」
アルハットが呟くも、しかしヤエは答えない。聞こえていないわけではないだろう。あえて答えぬ事で、それを返答としたのだ。
「本来であれば、リンナさんが刀を持ち、災いと相対する姫巫女になるべきだったろうよ。
しかし、状況が変わった。発生件数が減少していた災いの数が二十年前と今年、異常なまでに増加したんだ。
――リンナさん一人では対処しきれぬ程に」
「けれど一ついいかしら~」
語尾を伸ばし、優し気な声は出しているが、しかし目は笑っていないカルファスの質問に、ヤエも頷く。
「神さまはさっきから『リンナちゃんの打つ刀が必要だ』と言ってたわよね。『リンナちゃんの力が』じゃなくて。それは、どういう事なの?」
「まさにそのままの意味だよ。
姫巫女の家系が、元々はどの様に災いを討滅していたか。災いは、影の塊である自己の身体を虚力によって繋ぎ留めて存在する者達だ。
故に姫巫女達は『刀に虚力を浸透させた刃で斬り』、身体を繋ぎ留める虚力の流れを乱す事によって討ち滅ぼしていたんだ。
そして、刀匠となったリンナさんは自分でも気付いていないが、作り出す刀全てに、虚力を注ぎ込みながら打っていた。
それは姫巫女の家系に生まれた者としての、本能でもあったのだろうが――ここまで言えば、分かるな?」
長い話を嫌うイルメールが、その時ばかりはニヤリと笑い、結論を述べる。
「つまりまとめるとよ、リンナの打つ刀にゃ虚力が注ぎ込まれてっから、その刀なら、ナアリって奴や母体って奴も、殺せるっつー事だな!?」
「その通りだ」
表情を明るくさせるのは、シドニア、アメリア、カルファス、イルメール。
しかし、アルハットとクアンタは反対に表情を僅かにしかめ、目を合わせて手を上げる。
「……一つ、いいだろうか」
「ええ、私も一つ」
「分かっている。が、皆に分かりやすく言ってくれ」
そしてヤエも、表情が僅かに暗い。
「お師匠に確認を取る必要はあるが、皇国軍や警兵隊全員が名有り・母体の災いへの対応を可能にするには、刀の在庫が足りない上、追加製造をする設備も貧弱と言わざるを得ない」
「それと、刀の素材となる玉鋼もアルハット領で錬成生産しているのだけれど、相応数用意しないといけなくなる。その上、刀に使える玉鋼の錬成は、一流の錬金術師でも難しいわ」
二者はこの中で唯一、刀について一定の知識を有していた。だからこそ、そうした懸念事項を口にしたのだ。
「刀というのは一本作るのにどれ位時間がかかるものなのじゃ?」
「私もまだ勉強中だが、お師匠の製法だと一日一本、そしてそこから鍔や柄等を職人に依頼する形となるらしく、それらも含めると一ヶ月に一本、それを毎日続けてようやく一日一本ペース、と言えるかもしれない。これは設備や、その鍔や柄などの職人も関係していると思うが」
となれば準備に莫大な時間がかかると言っても過言ではなくなる。
シドニアが脳を回し、ひとまず情報精査が多くなればなるほど良いとして、思い付きで言葉を放つ。
「例えば、刀の製造を他鍛冶場に依頼して大量生産、虚力を刀に込めると言う工程をリンナに依頼すると言うのはどうだろう」
「悪くない考えだが難しいな。先ほどは簡単に言ったが、リンナさんの【虚力を注ぎ込む】という行為は、一本一本を丁寧に作り上げる事によって成せる業なのだろう。
まぁつまり【刀に愛情を込める】みたいなモノだ。その工程が無い、自分の愛情を叩き込めない刀に対して、それは無理も等しいだろうな」
「……全く、感情を司るエネルギーというのは厄介だな」
「だが何にせよ、現状では名有り・母体の災いに対抗する術が、リンナさんの打つ刀にしか無いと言う事は理解してくれたな?」
課題はあるが、しかしヤエの言う通り、彼女が重要であることは間違いない。
そして、シドニアの懸念通り、マリルリンデというフォーリナーが何故リンナを狙うのか。
それは、ほぼ間違いなく、リンナの打つ刀がマリルリンデの使役する災いの脅威となるからで、彼女の持つ虚力量は重要では無かったのだ。
「では残り、虚力についてと、マリルリンデというフォーリナーについてだが――正直ここからは、先ほどまでの話以上に目新しい事は無いと思ってくれていい。リンナさんにも聞かれて特に問題は無いから、急いで話す事も無い」
ふぅ、と息を吐くヤエの姿に――アメリアとシドニア、そしてアルハットの三人は、視線を合わせた上で、問う。
「――随分と、リンナに気遣っているのですね、神さまは」
「余程リンナがお気に入りかえ?」
「ん……まぁな。色々と」
「――姫巫女の家系である事を相当隠したい様子で、しかも捨て子だったリンナを拾ったガルラの事も、色々なのね」
「まぁ、想像に任せる」
そしてヤエも、三人へ強く視線を向けた後、コクリと頷き、黙る。
(気付いておるな、シドニア、アルハット)
(ええ。――幼い頃に捨てられたリンナに、何やら秘密がありそうで、しかも彼女はそれを、我々に気付かせようとしている)
(そして、彼女の父・ガルラについても、話せないからこそ、私たちが不自然さに気付くよう振舞ってるわね)
視線だけでそうした会話を成す三者に気付きながらも、しかしあっけらかんとした様子で、ヤエが「では残り、虚力とマリルリンデについてだ」と再開した。
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