70 / 285
第七章
秩序を司る神霊-05
しおりを挟む
「ここからはブリジステ諸島について等より、クアンタが主体の話となる」
「私か」
これまでは話に参加する形でしか目立たなかった彼女が主題の話。
カルファスとアルハットはそれに興味を抱き、僅かながらに姿勢を正した。
「クアンタ――というより、フォーリナーは虚力を取り込む事によって生存が可能となる。まぁ早い話、フォーリナーにとっての食事だな」
「肯定だ。しかし私たちフォーリナーが何故虚力というエネルギーが必要なのか、それは私も知り得ない情報だ」
「そこは私も話す事が出来ない。所謂干渉できる範囲外だ。しかし話せるとすれば――クアンタ、お前は前に私へ聞いたな? 『感情を付与したか』と」
「そうだ。その際神さまは私へ『付与していない、それはお前が人間として成長した証だ』と」
「その通り。お前とマリルリンデは、フォーリナーとの通信が断絶された事により、全の一としてではなく、独立した個として己を会得した。故に経験等を積み重ねる事により感情を得る事に成功している」
「マリルリンデもか?」
「ああ。奴はこの星に二百年近くいる古参だ。故に感情の揺れ幅で言えば、お前よりも高いだろうよ」
「私はそう思えなかったのですが」
シドニアが口を挟む。
彼は、この面々で一番マリルリンデというフォーリナーと対峙した者だ。
「ほう。どうしてそう思うんだ、シドニア」
「奴には語りましたが、奴は確かに可笑しさを表現する者でした。一見、喜怒哀楽の【喜】と【楽】を表現しているかのように、身振り手振りと声でそう振舞うのです。
――しかし、表情だけが笑っていない。まるでそうして可笑しいと感じている自分を演じているようにね」
「クアンタはそれより、感情を表現しているように思えると?」
「私はクアンタの昔を知りません。ですからどの程度、感情を変化させたかはともかく、確かに表情において感情表現は豊かでは無いかもしれません。
――しかし、リンナの一挙手一投足に、落ち込んだり悲しんだり、時には怒ったり、そうした感情表現は、あのマリルリンデよりも自然に思えます」
シドニアは、アメリア程に知略や策略、策謀に富むわけではない。
しかし、これまで多くの人間と接し、人間の良き所も愚かしい所も、全てを見据えてきた男と言っても過言ではない。
そんな彼が、クアンタの事をそう評価したのならば、それは正しいのかもしれない。
「概ね私も同意見だ。確かにマリルリンデは一見、喜怒哀楽の【喜】と【楽】を多く表現しているように見えて、その実、一切笑ってなどいない。
むしろ奴が一番多く表現するのは【怒】だろうな。――何故怒りを感じているか、そこまでは私も読み取れんが」
また話は逸れたが、と首を振るヤエに、シドニアも申し訳ないと一言謝罪した。
「虚力は何度も言う様に、感情を司るエネルギーだ。そして本来、有機生命においては個体差こそあるにせよ、メス個体が虚力を多く有する。
理由は様々あるが、一番大きい理由はやはり『種の生存本能故』であり、種の存続を望むのなら感情の起伏が激しくなった方が好ましいという要因もある。
また遺伝的な要因も大きく、リンナさんも多く虚力を有していた姫巫女の家系だからこそ、常人よりも遥かに多い虚力を有する、というわけだな」
そして、この虚力は循環していると言う。
「虚力が感情を生み出し」、「生み出された感情が虚力となり」、「虚力が体内に蓄積され」、「虚力が感情を生み出す」という循環だ。
災いは女性へ襲い掛かり、彼女たちの体内にある虚力を全て奪ってしまう。故に循環する虚力の流れを完全に止めてしまい、感情が二度と作れなくなってしまう、という事であるという。
「クアンタには元々、その体が生存を果たす為に必要な虚力が存在していた。それは感情を作り出す為のモノでは本来ないが、フォーリナーから切り離されたお前は個としての自分を認識した事で、結果として感情を生み出す為にも作用しだした、という事だ」
「そうした虚力は、感情を生み出す以外に、私に役立つモノなのか?」
「ああ、色々とな。何に役立つかは、干渉範囲外だがな」
こんな所か、とまとめ終わったヤエは「あー喋り疲れたぁ」と畳に寝そべった。
が、そこでアルハットとカルファスが、ヤエへと近付き、その手を握る。
「ん、なんだなんだ。私モテモテか? よせ、私は子供を作らん主義だ」
「いえ、貴女の生殖云々に興味はありません」
「それよりー、クアンタちゃんに錬成してたじゃない! アレ何してたの教えて教えて教えてーっ!」
「止めろカルファスぶっ飛ばすぞー」
手をブンブンと振り回し、グワングワンと揺らされるヤエだったが、確かにそこは話していなかったなと身体を起こし、クアンタを指さした。
「クアンタの身体に、魔術行使に必要なマナ貯蔵庫と魔術回路、錬成に必要な物質変換触媒回路を埋め込んでやったんだよ。だから後はお前らがクアンタに、魔術と錬金術を教えてやれ。私は疲れた」
ここまで長々と話したのは初めてだ……と言ったヤエが立ち上がり、帰ろうとする直前。
ヤエがそこで、頭を押さえて、立ち尽くす姿を、皆が怪訝そうに、見据える。
「……神さま、どうした」
「どうして、どうして私は今まで忘れていた……いや、確かに、確かにそほど、重要ではないかもしれないが、しかしこれではまるで」
ブツブツと自分の中で整理をしようとするヤエだったが、しかしすぐに皆へ「聞け」と声を放つ。
「最後に一つ、マリルリンデの使役する災いに関して、言える事があったのを思い出した」
全員の視線がヤエへ向く。彼女も、まだ僅かに疑念を抱くような表情をしていたが、伝えるべき事を、声にする為、口を開く。
「マリルリンデは、災いを使役している。使役する理由・出来る理由は言えないが、しかしどう言った勢力を持ち得るかは言える」
「勢力――つまり、先ほど話に出た、名有りと母体についての情報じゃな」
「ああ、そうだ。奴は既に四体の名有りと、一体の母体を手中に収め、その五体と共に多くの名無しを使役する組織を作り出した。
組織名は――五災刃(ごさいじん)。
およそレアルタ皇国の有する皇国軍や警兵隊を合わせても尚、同等以上の戦力を有する、大軍団だ」
**
ブリジステ諸島のレアルタ皇国内のとある山奥に、一つの屋敷が存在する。既に長く使われていない家屋は朽ち、その屋敷に人が住んでいるとは誰もが思う事は無いだろう。
男――マリルリンデは、屋敷の中へと入り、床に敷かれた木のギィギィと鳴る音を楽しむ事も出来ぬまま一つの部屋へと入り、そこから地下へと至る為の階段を下りながら、その先に待つ五人の男女に、視線をやる。
「――オォ、揃ッてンな、五災刃共」
地下室は、廃墟内に作られた部屋とは思えぬ程に小綺麗な場所だった。西洋風の長机と共に六つの椅子が用意されており、その上座だけ空いているが、しかしそこはマリルリンデの席である。
腰かけ、彼は肘をついて――彼ら【五災刃】へと、命令を下す。
「リンナを無力化すりャ、オメェ等に敵うヤツァいなくなる。だがソレにはドーしたッて、皇族連中が邪魔だ。
――奴らを排除しろ、方法は問わねェ」
マリルリンデの言葉に、恐らく五災刃の面々は、言葉を投げかけてきたのだろう。
色々と言っているのだろうが、しかし現在、マリルリンデの聴力機能は停止されていて、何も聞こえない。
やがて、マリルリンデの耳には何も聞こえていないと知った五災刃の内、四人は席を外して思い思いの行動に向かった事だろう。
その中で一人。
豊満な乳房と、そのお腹をぽっこりと膨らませる、妊婦にも似た女性だけが、マリルリンデへと寄り添った。
長い黒髪。顔立ちは若そうに思えるが、しかし母性を感じる事の出来る温容さもある。
女性は、フフとマリルリンデへと笑いかけると、彼の唇に、そっと口づけた。
瞬間、マリルリンデの聴力機能が動作を始め、彼は耳の穴に小指を入れ込むと、急に入ってくる環境音に、目を細める。
「これで、聞こえるようになりましたわね」
女性の声がしっかりと聞こえる。
【母体】である彼女は、多くの虚力を蓄えているからこそ、マリルリンデの身体機能維持に必要な虚力を、時々分け与えてくれるのだ。
「アァ――サンキュゥ【愚母】」
「いいえ。わたくし達の方こそ、あなた様に感謝をせねばなりません。
――こうして組織化された我々・災いにとって人類等、わたくしが愛すべき、赤子も同然ですもの」
「私か」
これまでは話に参加する形でしか目立たなかった彼女が主題の話。
カルファスとアルハットはそれに興味を抱き、僅かながらに姿勢を正した。
「クアンタ――というより、フォーリナーは虚力を取り込む事によって生存が可能となる。まぁ早い話、フォーリナーにとっての食事だな」
「肯定だ。しかし私たちフォーリナーが何故虚力というエネルギーが必要なのか、それは私も知り得ない情報だ」
「そこは私も話す事が出来ない。所謂干渉できる範囲外だ。しかし話せるとすれば――クアンタ、お前は前に私へ聞いたな? 『感情を付与したか』と」
「そうだ。その際神さまは私へ『付与していない、それはお前が人間として成長した証だ』と」
「その通り。お前とマリルリンデは、フォーリナーとの通信が断絶された事により、全の一としてではなく、独立した個として己を会得した。故に経験等を積み重ねる事により感情を得る事に成功している」
「マリルリンデもか?」
「ああ。奴はこの星に二百年近くいる古参だ。故に感情の揺れ幅で言えば、お前よりも高いだろうよ」
「私はそう思えなかったのですが」
シドニアが口を挟む。
彼は、この面々で一番マリルリンデというフォーリナーと対峙した者だ。
「ほう。どうしてそう思うんだ、シドニア」
「奴には語りましたが、奴は確かに可笑しさを表現する者でした。一見、喜怒哀楽の【喜】と【楽】を表現しているかのように、身振り手振りと声でそう振舞うのです。
――しかし、表情だけが笑っていない。まるでそうして可笑しいと感じている自分を演じているようにね」
「クアンタはそれより、感情を表現しているように思えると?」
「私はクアンタの昔を知りません。ですからどの程度、感情を変化させたかはともかく、確かに表情において感情表現は豊かでは無いかもしれません。
――しかし、リンナの一挙手一投足に、落ち込んだり悲しんだり、時には怒ったり、そうした感情表現は、あのマリルリンデよりも自然に思えます」
シドニアは、アメリア程に知略や策略、策謀に富むわけではない。
しかし、これまで多くの人間と接し、人間の良き所も愚かしい所も、全てを見据えてきた男と言っても過言ではない。
そんな彼が、クアンタの事をそう評価したのならば、それは正しいのかもしれない。
「概ね私も同意見だ。確かにマリルリンデは一見、喜怒哀楽の【喜】と【楽】を多く表現しているように見えて、その実、一切笑ってなどいない。
むしろ奴が一番多く表現するのは【怒】だろうな。――何故怒りを感じているか、そこまでは私も読み取れんが」
また話は逸れたが、と首を振るヤエに、シドニアも申し訳ないと一言謝罪した。
「虚力は何度も言う様に、感情を司るエネルギーだ。そして本来、有機生命においては個体差こそあるにせよ、メス個体が虚力を多く有する。
理由は様々あるが、一番大きい理由はやはり『種の生存本能故』であり、種の存続を望むのなら感情の起伏が激しくなった方が好ましいという要因もある。
また遺伝的な要因も大きく、リンナさんも多く虚力を有していた姫巫女の家系だからこそ、常人よりも遥かに多い虚力を有する、というわけだな」
そして、この虚力は循環していると言う。
「虚力が感情を生み出し」、「生み出された感情が虚力となり」、「虚力が体内に蓄積され」、「虚力が感情を生み出す」という循環だ。
災いは女性へ襲い掛かり、彼女たちの体内にある虚力を全て奪ってしまう。故に循環する虚力の流れを完全に止めてしまい、感情が二度と作れなくなってしまう、という事であるという。
「クアンタには元々、その体が生存を果たす為に必要な虚力が存在していた。それは感情を作り出す為のモノでは本来ないが、フォーリナーから切り離されたお前は個としての自分を認識した事で、結果として感情を生み出す為にも作用しだした、という事だ」
「そうした虚力は、感情を生み出す以外に、私に役立つモノなのか?」
「ああ、色々とな。何に役立つかは、干渉範囲外だがな」
こんな所か、とまとめ終わったヤエは「あー喋り疲れたぁ」と畳に寝そべった。
が、そこでアルハットとカルファスが、ヤエへと近付き、その手を握る。
「ん、なんだなんだ。私モテモテか? よせ、私は子供を作らん主義だ」
「いえ、貴女の生殖云々に興味はありません」
「それよりー、クアンタちゃんに錬成してたじゃない! アレ何してたの教えて教えて教えてーっ!」
「止めろカルファスぶっ飛ばすぞー」
手をブンブンと振り回し、グワングワンと揺らされるヤエだったが、確かにそこは話していなかったなと身体を起こし、クアンタを指さした。
「クアンタの身体に、魔術行使に必要なマナ貯蔵庫と魔術回路、錬成に必要な物質変換触媒回路を埋め込んでやったんだよ。だから後はお前らがクアンタに、魔術と錬金術を教えてやれ。私は疲れた」
ここまで長々と話したのは初めてだ……と言ったヤエが立ち上がり、帰ろうとする直前。
ヤエがそこで、頭を押さえて、立ち尽くす姿を、皆が怪訝そうに、見据える。
「……神さま、どうした」
「どうして、どうして私は今まで忘れていた……いや、確かに、確かにそほど、重要ではないかもしれないが、しかしこれではまるで」
ブツブツと自分の中で整理をしようとするヤエだったが、しかしすぐに皆へ「聞け」と声を放つ。
「最後に一つ、マリルリンデの使役する災いに関して、言える事があったのを思い出した」
全員の視線がヤエへ向く。彼女も、まだ僅かに疑念を抱くような表情をしていたが、伝えるべき事を、声にする為、口を開く。
「マリルリンデは、災いを使役している。使役する理由・出来る理由は言えないが、しかしどう言った勢力を持ち得るかは言える」
「勢力――つまり、先ほど話に出た、名有りと母体についての情報じゃな」
「ああ、そうだ。奴は既に四体の名有りと、一体の母体を手中に収め、その五体と共に多くの名無しを使役する組織を作り出した。
組織名は――五災刃(ごさいじん)。
およそレアルタ皇国の有する皇国軍や警兵隊を合わせても尚、同等以上の戦力を有する、大軍団だ」
**
ブリジステ諸島のレアルタ皇国内のとある山奥に、一つの屋敷が存在する。既に長く使われていない家屋は朽ち、その屋敷に人が住んでいるとは誰もが思う事は無いだろう。
男――マリルリンデは、屋敷の中へと入り、床に敷かれた木のギィギィと鳴る音を楽しむ事も出来ぬまま一つの部屋へと入り、そこから地下へと至る為の階段を下りながら、その先に待つ五人の男女に、視線をやる。
「――オォ、揃ッてンな、五災刃共」
地下室は、廃墟内に作られた部屋とは思えぬ程に小綺麗な場所だった。西洋風の長机と共に六つの椅子が用意されており、その上座だけ空いているが、しかしそこはマリルリンデの席である。
腰かけ、彼は肘をついて――彼ら【五災刃】へと、命令を下す。
「リンナを無力化すりャ、オメェ等に敵うヤツァいなくなる。だがソレにはドーしたッて、皇族連中が邪魔だ。
――奴らを排除しろ、方法は問わねェ」
マリルリンデの言葉に、恐らく五災刃の面々は、言葉を投げかけてきたのだろう。
色々と言っているのだろうが、しかし現在、マリルリンデの聴力機能は停止されていて、何も聞こえない。
やがて、マリルリンデの耳には何も聞こえていないと知った五災刃の内、四人は席を外して思い思いの行動に向かった事だろう。
その中で一人。
豊満な乳房と、そのお腹をぽっこりと膨らませる、妊婦にも似た女性だけが、マリルリンデへと寄り添った。
長い黒髪。顔立ちは若そうに思えるが、しかし母性を感じる事の出来る温容さもある。
女性は、フフとマリルリンデへと笑いかけると、彼の唇に、そっと口づけた。
瞬間、マリルリンデの聴力機能が動作を始め、彼は耳の穴に小指を入れ込むと、急に入ってくる環境音に、目を細める。
「これで、聞こえるようになりましたわね」
女性の声がしっかりと聞こえる。
【母体】である彼女は、多くの虚力を蓄えているからこそ、マリルリンデの身体機能維持に必要な虚力を、時々分け与えてくれるのだ。
「アァ――サンキュゥ【愚母】」
「いいえ。わたくし達の方こそ、あなた様に感謝をせねばなりません。
――こうして組織化された我々・災いにとって人類等、わたくしが愛すべき、赤子も同然ですもの」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる