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第七章
秩序を司る神霊-06
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見送りは良いと言ったヤエが、庭に出た後にリンナが刀を打つ工房へと向かう。
途中、多く放棄された刀のなり損ないを見据えた。
完成されたモノとは異なり、刃も無い、ただ形が歪となったり、玉鋼の炭素量配分が上手くいっていなかったもの等、そうした物達一つ一つに触れていく。
「……全く、どいつもこいつも、大量の虚力を注ぎ込まれてやがる」
「ではそれも、武器となり得るという事かしら」
「見送りは良いと言っただろうがアルハット」
背後から声をかけたアルハットの言葉を受け、彼女に向けて刀のなり損ないを投擲する。
それを受け止め、バチリ――と手から光を放ったアルハットは、本来刀のなり損ないである筈のモノを、地面へと突き刺した。
刃も通されているが、しかし土置きなどがされていないから波紋の映りも無い、ただの刃でしかないそれを。
「お前、刀好きなのか?」
「美術的な価値があると思っているわ。だからこそリンナ刀工鍛冶場という存在については知り得ていた」
「何なら玉鋼の錬成、お前が手を貸しているもんな」
クククと笑うヤエを無視し、地面へ突き刺した刃に布を巻き、持ち上げ、振るう。
「この刃にも虚力が込められていると考えればいいの?」
「ああ。だがソイツをリンナさんに見せたら『出来損ない』と言われるぞ」
「分かっているわ。こんな、芸術的な価値のない、錬成によって生み出した、時間も労力も注ぎ込まれていない刃を、私だって刀なんて呼ばないわ」
「いいやそうじゃないよ。単純に刀として不適切だからだ」
ヤエが放ったのは、小さな石だ。それを錬成によって生み出した刃で受け、弾き飛ばすが――しかし、ガキンと音を鳴らして、真っ二つに折れてしまう。
「元となった刀のなり損ないから炭素量の調整を変えていない上、元が折り返しの最中で止めてる芯鉄だけなモンだから、刀程の堅牢さはないよ」
「けれど、いざという時の武器にできるわ」
「ああ――だがそれはお前たち皇族の武器たり得ない。お前たちはリンナさんに特注で刀を作ってもらえばいいのさ」
「では誰の武器になると?」
「クアンタだよ。――お前には伝えておく。奴の力と、中にあるマジカリング・デバイスの拡張性についてな」
霊子端末を出せ、と言った彼女の言葉に従い、差し出された霊子端末に、ヤエが触れる。
クアンタが自身の持つ情報をアップロードしたように、ヤエもまた一つの情報を入れ込んだ。
「もう一つ、教えてくれないかしら」
「話せんかもしれないが」
「私も、そうした神霊と同化すれば、貴女と同等の女になれるの? ……私には、特別な力なんてない、錬金術の素養だって、きっとシドニア兄さまが真面目に学べば、私以上になれる。だから」
「アルハット、お前は周りと比較する事なく自分を卑下する癖を正した方がいい。シドニアは周りと比較して自分を客観的に見れているが、お前はそうですらない。ただ、劣等感の塊だ。
ああ、確かにお前の言う通りだよ。錬金術なんて、使えたらちょっと便利な能力でしかない。
事前に用意した物質を加工が出来るだけ、しかも刀みたいに確かな技術によって生まれる、ヒトがこれまで積み重ねて来たモノまでを再現し得る力はない。私だってリンナさんに匹敵する刀を生みだせと言われたら『無理だ』と答えるよ。紛い物は出来るが、本物には遠く及ばない」
だがな、と言葉を挟むヤエに、アルハットは視線を送り続けるが、しかしヤエは彼女と目を合わせることは無い。
「魔術だって錬金術だって剣技だって、それぞれに得意不得意があって、時に使い分けが必要であると言うだけだ。錬金術しか取り柄が無いと嘆くことは無いし、私の様に神霊と同化して、神術と呼べるような力を持つ必要なんかないさ。
――まぁ、私は確かにお前らよりは強いが、退屈なものだぞ。こうした会話しかできず、お前たち人間と同じように、困難に立ち向かう事が出来ないのは。まるで、物語から弾き出されているような感覚だ」
パチンと指を鳴らした瞬間、彼女の姿は闇に消えた。
別れの言葉は特になく、アルハットはしばし、自身が作り出した、刃だったモノを見据えた後、そこら辺に放り投げ、リンナ宅へと戻ろうとする。
「よぅ、錬金術師サマ同士のお話は終わったか?」
「イルメール姉さま」
「オメェは相変わらず小せぇ事で悩ンでるな。筋肉を鍛えろ筋肉を。そうすりゃ小せぇ事なんかどうでもよくなるぜ?」
イルメールは、恐らく物陰からヤエとアルハットの会話を聞いていたのだろう。彼女はズンズンと強く両足で歩き、先ほどアルハットの作り上げた刃を持ち上げ、自分の手が切れる事など気にせず、ブンと振るった。
「別に悪いモンじゃねェと思うがな」
「ダメなんです。ダメなんですそれでは。リンナの刀には遠く及ばない」
「アルハットよぉ。神サマも言ってたが、そいつぁオメェの悪いクせだ」
「何を」
「何で何事でも一番になろうとする? オメェはこのレアルタ皇国内で一番の錬金術師サマだろ? なのに刀匠でも一位になりたいってか? そりゃ我が妹ながら、ちょっと欲張りさんってモンだ」
「別に、そういう訳では」
「オレはよ、筋肉しか取り柄のねェ女だよ。考え事は嫌いだ、オメェ等のように魔術とか錬金術とかは知ろうと思えねェ、ましてや内政なんざやる暇あるなら一人でも多く国賊を殺していった方がマシな国作り出来ると考える様な、シドニアやアメリアから見たら愚かモンかもしれねェ。
けどオレはそれでいい、細かい事はそれが得意なアメリアやシドニアの仕事で、オレの仕事は一人でも多く、この国に仇成す奴を殺す事。オレにはそれだけの力があると自負してらァな」
「私には、そうした力もありません」
「オレより頭いいじャねェか、オレより、レアルタ皇国内の誰よりも、錬金術に精通してるじャねェか、オレ達他の皇族よりよォ、クアンタの事を理解してやれてるじャねェか。
……何でも一人でやろうとすンな。オメェに出来ねぇ事は誰かがやる。でもオメェにしか出来ねェ事が訪れたなら、その時はオメェが皆を助けろ」
バシンと背中を叩かれたが、しかし僅かによろける程度の力で叩いてくれたのか、それ程痛くはなかった。
「ガラにもねぇ事言っちまったな」
アルハットに表情を見せる事無く歩き出すイルメールの背中は、大きかった。
鬼の形相にも似た筋肉の集合体、歩く圧気、アルハットはそうした姉の姿を見ていた。
彼女の言いたい事は分かっているけれど――しかし偏屈とした自分の精神が、そう易々と変わる筈ないではないかと、表情を歪ませながら。
途中、多く放棄された刀のなり損ないを見据えた。
完成されたモノとは異なり、刃も無い、ただ形が歪となったり、玉鋼の炭素量配分が上手くいっていなかったもの等、そうした物達一つ一つに触れていく。
「……全く、どいつもこいつも、大量の虚力を注ぎ込まれてやがる」
「ではそれも、武器となり得るという事かしら」
「見送りは良いと言っただろうがアルハット」
背後から声をかけたアルハットの言葉を受け、彼女に向けて刀のなり損ないを投擲する。
それを受け止め、バチリ――と手から光を放ったアルハットは、本来刀のなり損ないである筈のモノを、地面へと突き刺した。
刃も通されているが、しかし土置きなどがされていないから波紋の映りも無い、ただの刃でしかないそれを。
「お前、刀好きなのか?」
「美術的な価値があると思っているわ。だからこそリンナ刀工鍛冶場という存在については知り得ていた」
「何なら玉鋼の錬成、お前が手を貸しているもんな」
クククと笑うヤエを無視し、地面へ突き刺した刃に布を巻き、持ち上げ、振るう。
「この刃にも虚力が込められていると考えればいいの?」
「ああ。だがソイツをリンナさんに見せたら『出来損ない』と言われるぞ」
「分かっているわ。こんな、芸術的な価値のない、錬成によって生み出した、時間も労力も注ぎ込まれていない刃を、私だって刀なんて呼ばないわ」
「いいやそうじゃないよ。単純に刀として不適切だからだ」
ヤエが放ったのは、小さな石だ。それを錬成によって生み出した刃で受け、弾き飛ばすが――しかし、ガキンと音を鳴らして、真っ二つに折れてしまう。
「元となった刀のなり損ないから炭素量の調整を変えていない上、元が折り返しの最中で止めてる芯鉄だけなモンだから、刀程の堅牢さはないよ」
「けれど、いざという時の武器にできるわ」
「ああ――だがそれはお前たち皇族の武器たり得ない。お前たちはリンナさんに特注で刀を作ってもらえばいいのさ」
「では誰の武器になると?」
「クアンタだよ。――お前には伝えておく。奴の力と、中にあるマジカリング・デバイスの拡張性についてな」
霊子端末を出せ、と言った彼女の言葉に従い、差し出された霊子端末に、ヤエが触れる。
クアンタが自身の持つ情報をアップロードしたように、ヤエもまた一つの情報を入れ込んだ。
「もう一つ、教えてくれないかしら」
「話せんかもしれないが」
「私も、そうした神霊と同化すれば、貴女と同等の女になれるの? ……私には、特別な力なんてない、錬金術の素養だって、きっとシドニア兄さまが真面目に学べば、私以上になれる。だから」
「アルハット、お前は周りと比較する事なく自分を卑下する癖を正した方がいい。シドニアは周りと比較して自分を客観的に見れているが、お前はそうですらない。ただ、劣等感の塊だ。
ああ、確かにお前の言う通りだよ。錬金術なんて、使えたらちょっと便利な能力でしかない。
事前に用意した物質を加工が出来るだけ、しかも刀みたいに確かな技術によって生まれる、ヒトがこれまで積み重ねて来たモノまでを再現し得る力はない。私だってリンナさんに匹敵する刀を生みだせと言われたら『無理だ』と答えるよ。紛い物は出来るが、本物には遠く及ばない」
だがな、と言葉を挟むヤエに、アルハットは視線を送り続けるが、しかしヤエは彼女と目を合わせることは無い。
「魔術だって錬金術だって剣技だって、それぞれに得意不得意があって、時に使い分けが必要であると言うだけだ。錬金術しか取り柄が無いと嘆くことは無いし、私の様に神霊と同化して、神術と呼べるような力を持つ必要なんかないさ。
――まぁ、私は確かにお前らよりは強いが、退屈なものだぞ。こうした会話しかできず、お前たち人間と同じように、困難に立ち向かう事が出来ないのは。まるで、物語から弾き出されているような感覚だ」
パチンと指を鳴らした瞬間、彼女の姿は闇に消えた。
別れの言葉は特になく、アルハットはしばし、自身が作り出した、刃だったモノを見据えた後、そこら辺に放り投げ、リンナ宅へと戻ろうとする。
「よぅ、錬金術師サマ同士のお話は終わったか?」
「イルメール姉さま」
「オメェは相変わらず小せぇ事で悩ンでるな。筋肉を鍛えろ筋肉を。そうすりゃ小せぇ事なんかどうでもよくなるぜ?」
イルメールは、恐らく物陰からヤエとアルハットの会話を聞いていたのだろう。彼女はズンズンと強く両足で歩き、先ほどアルハットの作り上げた刃を持ち上げ、自分の手が切れる事など気にせず、ブンと振るった。
「別に悪いモンじゃねェと思うがな」
「ダメなんです。ダメなんですそれでは。リンナの刀には遠く及ばない」
「アルハットよぉ。神サマも言ってたが、そいつぁオメェの悪いクせだ」
「何を」
「何で何事でも一番になろうとする? オメェはこのレアルタ皇国内で一番の錬金術師サマだろ? なのに刀匠でも一位になりたいってか? そりゃ我が妹ながら、ちょっと欲張りさんってモンだ」
「別に、そういう訳では」
「オレはよ、筋肉しか取り柄のねェ女だよ。考え事は嫌いだ、オメェ等のように魔術とか錬金術とかは知ろうと思えねェ、ましてや内政なんざやる暇あるなら一人でも多く国賊を殺していった方がマシな国作り出来ると考える様な、シドニアやアメリアから見たら愚かモンかもしれねェ。
けどオレはそれでいい、細かい事はそれが得意なアメリアやシドニアの仕事で、オレの仕事は一人でも多く、この国に仇成す奴を殺す事。オレにはそれだけの力があると自負してらァな」
「私には、そうした力もありません」
「オレより頭いいじャねェか、オレより、レアルタ皇国内の誰よりも、錬金術に精通してるじャねェか、オレ達他の皇族よりよォ、クアンタの事を理解してやれてるじャねェか。
……何でも一人でやろうとすンな。オメェに出来ねぇ事は誰かがやる。でもオメェにしか出来ねェ事が訪れたなら、その時はオメェが皆を助けろ」
バシンと背中を叩かれたが、しかし僅かによろける程度の力で叩いてくれたのか、それ程痛くはなかった。
「ガラにもねぇ事言っちまったな」
アルハットに表情を見せる事無く歩き出すイルメールの背中は、大きかった。
鬼の形相にも似た筋肉の集合体、歩く圧気、アルハットはそうした姉の姿を見ていた。
彼女の言いたい事は分かっているけれど――しかし偏屈とした自分の精神が、そう易々と変わる筈ないではないかと、表情を歪ませながら。
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