魔法少女の異世界刀匠生活

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第十章

五災刃-03

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 ドラファルドの背後に居た暗鬼が、今突き立てられた刃を白刃取りで受け止め、弾いた上で彼女と距離を取る。

  ドラファルドは、いったい何が起こっているか分からないと言わんばかりの表情で立ち上がり「暗鬼!」と声を上げる。


「き、貴様は災いであったのか!? 災いとは全身を黒で包み、意思を持たぬ存在であると聞いているが……っ!?」

「ああ、君がそういう認識であると知っていたから、災いと伝えなかったんだよ。残念だ、君には利用価値があったし、実際いい所を考えていたけれど、アルハットに一歩及ばなかったようだね」


 立ち上がるドラファルドを守る様に、アルハットが彼と暗鬼の前に身体を出し、クアンタがさらに彼女を守るため、刃を抜き放つと同時に上着のボタンを乱雑に引きちぎり、胸元を露出させる。

 体内から排出される、マジカリング・デバイス。それを受けつつ、しかし変身する事なく、暗鬼の言葉と、行動を待つ。


「ボクはね、君に言った通り、アルハットが何か策を用意した場合に『策を用意した』という記憶の障害を与えたよ。……でも、アルハットは結構な力技を幾つも併用して、解消しに来た」

「力技を幾つも併用して、だと?」

「ああ――彼女、光学迷彩を用いて背景と一体化したクアンタと常に行動をする事で、何かトラブルがあってもすぐに彼女から指示を受ける事が出来るようにした事が一つ。

 さらに、彼女の持つ霊子端末に元々君と話す予定の内容を全て書き記し、もしそうした記憶が失われても、すぐに回復できるようにしていた事。

  ――そして、君としていた会話も含め、君を出し抜く方法を三十個以上思案し、記憶が消されてもすぐに思い出せる、トリガーを無数に用意していた事。

  こうまでされたら、もうボクにも対処しようがない。作戦はお手上げだったワケだ」


 だが、解せない事があると。

  ドラファルドも暗鬼も、同じ言葉を口にした。


「た、確かに……そうした方法を取れば、暗鬼の記憶障害を回復する事は可能だっただろう。

 だが、そもそも暗鬼が今回の件に関わっていると考えなければ、そんな対処を行う必要も無かっただろう? なぜ、そうしたというのだ?」


 純粋な質問に、アルハットは決して暗鬼へ警戒を解かず、返答をする。


「暗鬼、あなたは私の記憶を弄ったでしょう? それも、会談前にドラファルドの用意した『メモに目を通す』という内容を」


 それは、ドラファルドが今回アルハットをハメるに至った、一手の一つ。

  クアンタという少女に見惚れているアルハットにした指示を、彼女が忘れるという手。

  しかし、その時はドラファルドも暗鬼という存在を知り得ていないし、あくまで幾つもの報告と共にメモへ目を通すようにお願いする事で、聞き逃したり忘れたりするように差し向けたというだけだ。


「私も最初は自分のド忘れだと思ったわ。けれど、流石の私でも大切な会談に関わる内容を忘れているとは考え辛い。だから、事前にクアンタから伺っていた、貴方の存在を警戒したというだけよ」

「ほう、本当にボクが関わっているか、それも分からないのに? 何とも用意周到な事だね」

「貴方がもし関わっていなかったとしても、多く策や案を用意する事、ドラファルドを出し抜ける方法を用意しておく位じゃ無ければ、彼には敵わないもの」


 ドラファルド・レンダという男はそれだけ強敵だと言ってのけた後。

  アルハットは王服のポケットから無数の六角ボルトを取り出し、暗鬼へと警告する。


「暗鬼。貴方には聞きたい事が沢山あるわ。是非投降してくれると助かるのだけれど」

「冗談。シドニアもアルハットも、リンナもいるこの美味しい状況、ボクが見逃せる筈ないじゃんか」

「そう――クアンタ、捕えなさい」

「了解しました」


 右手で掴んでいたマジカリング・デバイスを構え、頭頂部のボタンを押す。


〈Devicer・ON〉

「変身」

〈HENSHIN〉


 空中へと投げ、落下するデバイスの画面に左手の人差し指で触れるクアンタに合わせ、光を発せられる。

  光が散ると、彼女を斬心の魔法少女・クアンタへと変身させた後、元々抜き放っていたカネツグの刃を疾く、暗鬼の首を刎ねるように横薙ぎに振るった。

  しかし、僅かに回避が間に合った暗鬼が冷や汗を流しつつ、クアンタの顎へ向けて右脚部の回し蹴りを打ち込み、彼女が僅かに動きを止めた瞬間を見計らって、左手を天井へ向けて掲げる。


「行け、雑兵ども」


 瞬間、暗鬼の影から分離するかのように、四体の災いが出現、その漆黒の闇と表現し得る身体をゆらりと動かしながら、クアンタへと襲い掛かろうとする。


「クアンタ、名無しは任せなさい」

「ですが」

「任せろと言ったのよ。――自分の実力は、誰よりも自分が把握しているわ」


 アルハットが空中へと放り投げた、計十二本の六角ボルト。

  同時に、彼女の肉体から放出される青白い光がボルトに触れた瞬間、ボルトは形を変形させていき、先端の鋭利な矢となるばかりか、空中で推進力を得たかのように、一直線に、素早く名無しの災いへと三本ずつ投擲される。

  あまりに高速で飛来したボルトの矢が、名無しの災いを四体同時に貫き、消滅させていく姿を、暗鬼が舌打ちしながら、今度は総数十二体もの災いを呼び寄せると、窓ガラスを割って逃げ出していく。


「追いなさいクアンタ! リンナは私とシドニア兄さまに任せて!」

「……了解!」


 暗鬼が割って、逃げ出した窓ガラスから追いかけるようにして出ていくクアンタを見送った後、襲い掛かる災いからの攻撃を回避しつつ、扉までドラファルドの手を引いて退避開始。


「な、何故私を助けるのだアルハット!」

「当たり前の事よ。私にはそれだけの力がある。力があるのに、守る事の出来る誰かを助けないというのは、それこそ愚かを通り越した愚図よ!」


 部屋の扉を突き破り、木片を散らしながらアルハットとドラファルドへと迫ろうとする災いから逃げながら、アルハットはポケットから一つの試験管を取り出し、蓋をしていたコルクを強引に抜き放つと、その中に収めていた水銀を、床に落とす。


「水銀錬成……ッ」

「行け」


 バチリと、発せられる蒼白い火花と共に、水銀が意思を持つかのようにグニャリと動き出す。

  刃のように形を変えた水銀の剣が、先ほどのボルトの矢と同じく空中に浮き、推力を得たように投擲され、今災いの一体を切り裂くと、今度はアルハットの左手に収まった。


「ドラファルド。あなた、戦闘用の錬成は?」

「わ、私は金属加工位しか……っ」

「そう、なら邪魔よ。逃げなさい」

「し、しかし皇族を放って逃げる等!」

「シドニア兄さまを呼びなさいと言ったのよ。……まぁ、すぐそこにいると思うけれど」


 懐から取り出したマッチに火を付けると、それを災いの集団へ向けて放り投げると同時に、指を鳴らす。

  パチンと音が鳴ると共に、青白い光がマッチの先端から灯る炎に触れると、爆発。

  皇居の一部が吹き飛ぶが、しかしその爆風から守る様にして、アルハットが今煤で僅かに汚れた顔を、手で拭う。


「く、空中の水素濃度を密集させた上での、水素爆発錬成……っ、ば、バケモノか……!?」

「残念ながら人の身よ。貴方だって頑張ればこの位できるわ」

「出来るか! こんなもの天才の所業でしかない!」

「そうかもしれない。でも私は、私自身を天才だと思った事など無いわ。ただ五年間、まともな睡眠を取らずに努力しただけの事だもの。その位、やろうと思えば誰にでも出来る」


 出来て堪るかと言っているのだ、と声を発しようとした次の瞬間、アルハットがドラファルドの襟を乱雑に掴むと、力の限り後ろへと放り投げ、彼を遠ざける。


「良いから逃げなさい! 貴方がそこにいるのは邪魔だと言ったのよ!」


 そしてその言葉は、事実でしかない。

  彼女は先ほどの爆風で殺しきれなかった、残り十一体の災いに向けて水銀によって形作られた剣を振るい、相対している。

  そして彼女が如何に優秀であろうと、数の利とは覆す事は非常に難しいだろう。

  ならば警兵隊か皇国軍の人間を早く呼ばねばと駆けだそうとした所で、皇居の隅から手が伸び、今ドラファルドの手を掴んだ。


「待った」

「な」

「妹の頑張っている所を是非見ていってやってくれ」
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