魔法少女の異世界刀匠生活

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第十章

五災刃-05

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 ちゃっかり、アルハットの活躍を民衆に周知させる事も含めて指示するシドニアと、強かな彼に苦笑するリンナ、そして未だに項垂れ、真っ青な表情のドラファルド。

  リンナは、ドラファルドに近付き、声をかけた。


「……あのー、大丈夫っすか?」

「あ、ああ……だ、大丈夫だ」


 とは言っても、彼は随分と青ざめているので、リンナはため息をつきながら、少しだけ世間話をする事に。


「……多分、アルハットはイルメールとかカルファス様とかに、ドラファルドさんの事言ったりしないっすよ?」

「……なぜ、そう言える?」

「だって、ドラファルドさんのやり方が間違ってたわけじゃないって、あの人知ってたから。んでもって、こうも言ってた。

『ドラファルドはずっと私の事を支えてくれていた。お母さまの事も。だからあの人の事を、私は責める事なんか出来ないし、私の不始末を怒ってしまった事を、謝らないといけない。

 もし災いと意図して協力してるならともかく、彼が何も知らずに利用されているだけなら、彼を許してあげないと』って」


 今回、ドラファルドのミスは、どう足掻いてもイルメール達がドラファルドを殺しに来る為、アルハットを傀儡にする計画が上手くいかないという事を除けば、災いである暗鬼と手を結んでしまった事だけ。

  しかも、ドラファルドは暗鬼が災いではなく、特殊な能力を持つ子供であるとしか知り得ていなかった。

  それは、恐らくアルハットもクアンタも、理解している事だろう。


「アルハットは、結局まだ一人で全部決めたり、そういう決断力とかは無いかもしれない。誰かが支えてあげなきゃいけない。

 だから、もしドラファルドさんがもっともっと、アルハット領を良くしたいと願うなら、アルハットと協力してやって。

  今のアルハットが『こうしたい』って言ってさ、ドラファルドさんが『それはこういう理由でダメ』とか『それは良い、じゃあこうしよう』みたいに後押ししてあげりゃ、きっと良い領土運営できますよ」

「……私は、アルハットに、いや、この本来はこのレアルタ皇国という国自体に喧嘩を売るところだったのだ。

 勝つつもりでいた、いずれは皇族政治を打破し、いつの日か民衆に優しい、優れた国家に私がしてやると、そう願っていた。

  だが、歴史とはいつの世も、負けた者が悪で、勝った者が正義となる。つまり、戦わずして敗北してしまった私には、そうした権利などない」

「アタシはさ、正直そういう悪とか正義とか、よくわかんない。……だって、どっちも正しいんでしょ? どっちも間違ってないんでしょ?

 その方法が、手段が間違ったとしても、願った理想や想いが間違いじゃないなら、間違えないように色々話し合って、決めてくのが、民主主義って奴なんじゃないかなぁ、なんて思うんだけど?」


 リンナの言葉は、ただの綺麗事だ。

  だが、しかしそうした綺麗事を、アルハットは望んでいるのだと、彼女は言う。


  ――そして、ドラファルドが知る限り、彼が元々使えていた、アルハット・フォーマもまた、そうした綺麗事を叶える為、自分の手を汚す事もいとわなかった存在だと、思い出す。


「もしアンタが、ただの野心だけで、ただアルハットなんて存在に統治されるのが許せないって言うだけの阿呆ならさ、そうやって負けた事にウジウジしてさ、塞ぎ込んでりゃいいよ。

 でも、アンタが見据えたのは国の……アルハット領って所の未来なんでしょ? なら、それはアルハットと一緒に願ったって、作る事の出来る未来じゃんか」

「リンナ……といったな」

「はい」

「どうしてお前は、そこまで私の事を慮る?」

「別に、アンタの事慮ったつもりはねぇけど……そうだね。

 強いて言えばさ、そう言う大きな権力に負けて堪るか、自分がこうしてやるんだって、自分の為じゃなくて、誰かの為を想って動ける奴は、輝いてると思うから」


 それ以上、リンナは何も言わず、シドニアの所へと向かっていく。

  ドラファルドは、そんな彼女に続く事無く、アルハット領皇居の燃え盛る、炎の揺らめきをただ、眺めていた。
  
  
  **
  
  
  アルハットの皇居はただっ広い敷地に建設されており、その周囲は城壁ともいえる壁によって仕切られている。

  城壁の中にも外にも、所狭しと警兵隊が配置され、中にはゴルタナを起動し、装着する者も見受けられる。

  そんな彼らの元に、災いの出現が知らせとして届くのに、そう長く時間が必要だったわけではない。

  警兵隊の一部部隊長を務める存在には、カルファス領魔術開発室が発明した音声通信機材が配備されていて、皇居内の警備を行っていた者から受けた災い出現の通信を受領した瞬間、数分と時間を有する事なく情報が伝播したのだ。

  暗鬼は、城壁から見える森林へと向かう為、事前に想定していたルートで逃走を開始。

  災いである暗鬼はその肉体を黒い粒子にして周囲の風景と同化、その姿を隠匿する事が可能であり、そうした変化を行った上で、城壁の前に立ち、警備を行う警兵隊の一人に向けて飛び、男の肩を蹴る様にして、城壁を飛び越えた。


「?」


 何かが肩に圧し掛かったような感覚を覚えた男は、僅かに視線を肩に向け、首を傾げたが、何も分からず前を向く。

  瞬間、そこには見知らぬ少女の顔が間近にあった。黒髪の短髪と、その身を赤で彩られた煌びやかな衣服で包んだ、随分と派手な女だと認識し、驚きの声を上げる。


「のぁ――ッ!?」

「失礼」


 一言そう謝り、暗鬼と同じく彼の肩に足を乗せ、高く飛び上がった彼女にポカンとしていたが、やがて「彼女が災いなのではないか」という疑念に駆られる。


「た――隊、むぐっ」


 急ぎ、近くにいる筈の警兵部隊隊長に声をかけようとした男だったが、今度は見知った顔の女性が、男の口元に手を当て「叫ばないで」と指示。


「な……あ、アルハット様!?」

「さっきの彼女は災いじゃないわ。まだ周辺に何体かいる筈だから、ゴルタナ装備の人員で対処をお願い。皇居内にはまだ皇国軍人もいる筈だから、そっちと連携してやってもいい」

「アルハット様は何処へ!?」

「皇居の外へ出た災いを追うわ。――私も失礼!」


 肩を踏み台にするのが流行っているのかと勘違いする程に、先ほど男の肩を踏みつけて跳んだ少女と同じ動きで、城壁の外へと向かっていく、領主であり象徴である筈のアルハット。

  あまりに唐突な事態が幾度も発生したから、男は呆然とするしかできなかったが、やがて彼の上官が「災い出現だ、ボーっとすんじゃねぇ!」と頭を殴った事により頭が冷え、事態の収拾に動く事となった。
  
  
  **
  
  
  皇居の敷地より出て、森林地帯の只中で足を止めた暗鬼は、クアンタと呼ばれる少女を、周りの景色と擬態した状態で、身構えながら待つ。

  真っすぐ、自分に向けて駆けてくる少女は、その十メートルほど手前で顎を引き、柄に手を添えて動きを止めた、次の瞬間には、一瞬で間合いを踏み込んだばかりか、抜刀し、鋭い横薙ぎの一閃を暗鬼に向けて振り込んでいた。


「おっと」


 避ける事自体は容易い。暗鬼はそうした攻撃に備え、ありとあらゆる攻撃を想定していた。

  地を蹴ると同時に近くの木を蹴る事で移動した暗鬼の姿はまだ視覚的に捉える事の出来ない状況であろう。

  だが、クアンタはそうして移動する暗鬼の姿が見えているかのように、目で追いかけ、今着地した暗鬼へ向けて、刃を突き付けた。


『何で見えるのさ』

「見えているわけではない。名無しの災いと違い、名有りの災いは全身そのものに虚力が浸透しているみたいだな。どこにいるか、虚力の流れで殆ど分かってしまう」

『ふぅん、なるほど。君はマリルリンデと同じく、虚力の流れが分かる生命体ってわけか』


 ならば姿を隠す必要は無いだろうと、回りの景色と一体化する術を解き、姿を見せた暗鬼に、クアンタは若干の位置修正、すぐにでも斬る事が出来るように準備するも、まだ斬りかかる事は無い。
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