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第十章
五災刃-09
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アメリアには本来、何の戦闘能力も持ち得ない。錬金術や魔術に触れてこそいるものの、個人に特出した能力があるわけではなく、彼女を殺す事自体は容易である筈だった。
――であるのに、この状況は何だ?
豪鬼は、深々とため息をついた後、ガシガシと頭を掻いた。
「……本当、メンドクサイ」
「どうする? 主は捕われ尋問される方を選ぶか、それともそれを拒絶し、ただ朽ちていくか。選べるが」
「いいや、選択肢は別にあるよ……ここから逃げればいいだけだからな」
降伏の意志は無しと判断した黒子たちが、アメリアの周囲で警護する三人を除き、一斉に動き始める。
彼の周囲を囲むように円を描き、今まさに豪鬼へと一斉に放ったクナイ。
それは全て――豪鬼の眼前、その刃が肉を貫く前に失速し、そして地へと落ちた。
そして地へ落ちた瞬間、レンガによって整地された地面が、重みに耐える事が出来なかったかのように亀裂を走らせ、そして元来軽い刃である筈のクナイが放たぬ鈍い衝突音を響かせた事で、アメリアは目を閉じ、音を聞き続けながら思考を巡らせる。
「ふむん……主の周辺空間の変化、否、重量変化かのぉ……?」
だがそんな彼女の声が聞こえぬと言わんばかりに、黒子が手に構えたクナイを直接、豪鬼へと刺し込んでやろうと言わんばかりに突撃しに来たが、しかしクナイを持つ腕が丸ごと地面へと落ち、急ぎクナイを放棄して数歩、下がる。
「ああ、本当に……面倒だ」
忌々し気に、豪鬼は表情を歪ませながら指をパチンと鳴らす。
瞬間、先ほどまで姿勢を正しながら、豪鬼へと襲い掛かる隙を見計らっていた筈の黒子たちが、一斉に前のめりになって倒れ出したどころか、額を地面に擦りつけながら起き上がれぬと言わんばかりに藻掻いている。
「ふむ、分かったぞ。主、特定の物や人物に対して、重力の操作が出来ると推察するが、どうじゃ?」
「……早いな、何故分かった……? これを見て重さを変化してるんじゃないかと仮定しなかったのはアンタが初めてだ」
「何。重量変化を行っただけならば黒子共は立ち直る事は容易じゃったろうし、そもそも重量変化だけで投げ放たれたクナイがあそこまで急に失速するのはどうものぉ」
「だが正しいよ……あぁ、気が重くなる程にね」
とはいえ、それ以上の情報を、何より皇族の中で一番思考能力の富んだアメリアに知られる利点は無いと、後退の為に周りを観察しようとした、その時である。
馬車が一台、ファーフェへと訪れて、中から一人の青年が姿を現す。
レイピアと打刀【キソ】の二本をベルトに固定した、銀髪と丸眼鏡が印象強い、長身の武人である。
「遅いぞサーニス!」
「申し訳ございません――このご無礼は、そこの不埒者を斬るか捕らえる事で償います」
アメリアの声に青年――サーニスが、豪鬼の姿を見据えながらキソの刃を抜き放ち、一歩一歩距離を詰めていく。
「貴様、名を名乗れ」
「……豪鬼。オレはこの名前、キライなんだけどね」
「良い名だな。では疾く死ね」
豪鬼は彼の振るう刃に対し、重力操作を行おうとしたが、しかしそれは叶わなかった。
あまりに早い刃の一閃、それと同時に彼の鋭い殺気が内包される視線を見た瞬間、豪鬼は心の底から溢れる恐怖に駆られ、刃よりも彼の肉体を先に、重力操作を行った。
星に引っ張られる感覚と共に、サーニスの動きが抑制される。
グ、と身体を強張らせ、少しも動く事が出来ぬ中、豪鬼はホッと息をつきながら距離を開け、声をかける。
「死なないよ……オレは、そういうの、キライなんだ」
「おい、豪鬼と言ったな」
「……? なんだ」
「貴様はもっとハッキリ言葉を発しろ。相手が聞きやすい言葉をな」
「ああ……オレ、そういうのも、キラ」
キライだから、と言いかけた豪鬼に向かい、今右足を踏み込んだサーニス。
刃を強引に鞘へ納め、地へと引っ張られる身体をそれなりに動かせている彼の姿を見て、思わず言葉を失ったのだ。
「……はぁ? いや、いやいやいや、なんで動けるんだ……!? お前だけ通常より五倍の重力を受けてるみたいなモンなんだぞ……!?」
「確かに、身体は重いが、動ける……ッ!!」
今、ぴょんと地面を蹴って僅かに身体を浮かしたサーニスが、重力操作の影響で引力が強まっている結果、地へと落ちるスピードが増している事に気付く。
そして、その上で腕をぐるんぐるんと回し、どれだけ身体が重く、動きにくくなっているかを意識した上で、左腕を引きつつ、右手を眼前で構えた。
その動きは、確かに機敏というには遅いが、しかし常人であれば地面へ身体をうつ伏せて倒れている程の重力においては、異常としか言いようの無い姿である。
「……お前、バケモノかよ……?」
「バケモノ、か。災いである貴様に言われたくはない。……それに、真のバケモノは我が師であり、自分等は彼女の足元にも及ばない」
「ああ、そうか……よぉっ!」
豪鬼が投げ放つクナイ、その空を切りながらサーニスの額目掛けて飛来する一本の刃を寸での所で首を動かすだけで避けたサーニスが、今地面を強く蹴りつけ、数メートル程離れた位置にいた豪鬼に向けて拳を振り込む。
重力操作によって動き自体は遅いが、しかしその鋭い拳の一撃を受けてはいけないと、攻撃を躱しながら地面に転がるクナイを拾おうとする。
だが、その数手早く、地面に転がるクナイを強く踏みつける様にしたサーニスによって、クナイが回転しながら宙を舞い、そのクナイ目掛けて、拳を振るった。
シュパン、と空を斬る音と共に、豪鬼の頬を捉えたクナイとサーニスの拳。
そのあまりに重々しい一撃が直撃となり、近くの住居まで吹き飛ばされていく豪鬼の姿を、アメリアはニヤリと笑いながら見据えている。
「っ、」
「逃げるなよ。今の自分は動きにくいんだ。そこでジッと大人しく、殺されるか捕らえられるかだけを考えて待っていろ」
「……そう言われて、逃げない奴があるかよ……っ」
住居の瓦礫を押しのけ、立ち上がった豪鬼へと迫ろうとするサーニスだったが、しかしその前に彼はふわりと身体を浮かし、空を舞う。
「飛んだ……!?」
「重力操作をすりゃ、これ位はな……サーニス、アンタとは二度とやり合いたくない……って事だけはわかったよ」
じゃあな、と声を放ちながら空を駆けて飛んでいく姿を見据えるサーニスの身体が、豪鬼の姿が見えなくなると同時に軽くなる。
「逃がしてもうたの」
「申し訳ございません、アメリア様」
「まぁ良い。これで吾輩らが一筋縄ではない存在であると認識させる事が出来たじゃろうて。そして向こうが手をこまねいている間に、リンナへ刀の増産を急がせ、次の手に入る事が出来るのでな」
と、そこでアメリアがサーニスの拳を見据える。
先ほど、クナイごと豪鬼を殴りつけた影響か、その拳を真っ赤に腫れさせ、裂傷も見受けられたので、彼の手を取りスカーフを巻きつけ、一言。
「よぉやったわ。流石じゃの」
「……ハッ、ありがとうございます」
「皇居に戻り、各皇族めに文を出すぞ。ある程度、敵の情報が得られただけでも十分じゃ」
「かしこまりました!」
――二者の間に、今は決して愛情こそは無いけれど。
しかし、互いに互いの事を認め合い、そうしてそれぞれが出来る事をやるという姿は、黒子たちから見ても新鮮な姿であったと思われる。
――であるのに、この状況は何だ?
豪鬼は、深々とため息をついた後、ガシガシと頭を掻いた。
「……本当、メンドクサイ」
「どうする? 主は捕われ尋問される方を選ぶか、それともそれを拒絶し、ただ朽ちていくか。選べるが」
「いいや、選択肢は別にあるよ……ここから逃げればいいだけだからな」
降伏の意志は無しと判断した黒子たちが、アメリアの周囲で警護する三人を除き、一斉に動き始める。
彼の周囲を囲むように円を描き、今まさに豪鬼へと一斉に放ったクナイ。
それは全て――豪鬼の眼前、その刃が肉を貫く前に失速し、そして地へと落ちた。
そして地へ落ちた瞬間、レンガによって整地された地面が、重みに耐える事が出来なかったかのように亀裂を走らせ、そして元来軽い刃である筈のクナイが放たぬ鈍い衝突音を響かせた事で、アメリアは目を閉じ、音を聞き続けながら思考を巡らせる。
「ふむん……主の周辺空間の変化、否、重量変化かのぉ……?」
だがそんな彼女の声が聞こえぬと言わんばかりに、黒子が手に構えたクナイを直接、豪鬼へと刺し込んでやろうと言わんばかりに突撃しに来たが、しかしクナイを持つ腕が丸ごと地面へと落ち、急ぎクナイを放棄して数歩、下がる。
「ああ、本当に……面倒だ」
忌々し気に、豪鬼は表情を歪ませながら指をパチンと鳴らす。
瞬間、先ほどまで姿勢を正しながら、豪鬼へと襲い掛かる隙を見計らっていた筈の黒子たちが、一斉に前のめりになって倒れ出したどころか、額を地面に擦りつけながら起き上がれぬと言わんばかりに藻掻いている。
「ふむ、分かったぞ。主、特定の物や人物に対して、重力の操作が出来ると推察するが、どうじゃ?」
「……早いな、何故分かった……? これを見て重さを変化してるんじゃないかと仮定しなかったのはアンタが初めてだ」
「何。重量変化を行っただけならば黒子共は立ち直る事は容易じゃったろうし、そもそも重量変化だけで投げ放たれたクナイがあそこまで急に失速するのはどうものぉ」
「だが正しいよ……あぁ、気が重くなる程にね」
とはいえ、それ以上の情報を、何より皇族の中で一番思考能力の富んだアメリアに知られる利点は無いと、後退の為に周りを観察しようとした、その時である。
馬車が一台、ファーフェへと訪れて、中から一人の青年が姿を現す。
レイピアと打刀【キソ】の二本をベルトに固定した、銀髪と丸眼鏡が印象強い、長身の武人である。
「遅いぞサーニス!」
「申し訳ございません――このご無礼は、そこの不埒者を斬るか捕らえる事で償います」
アメリアの声に青年――サーニスが、豪鬼の姿を見据えながらキソの刃を抜き放ち、一歩一歩距離を詰めていく。
「貴様、名を名乗れ」
「……豪鬼。オレはこの名前、キライなんだけどね」
「良い名だな。では疾く死ね」
豪鬼は彼の振るう刃に対し、重力操作を行おうとしたが、しかしそれは叶わなかった。
あまりに早い刃の一閃、それと同時に彼の鋭い殺気が内包される視線を見た瞬間、豪鬼は心の底から溢れる恐怖に駆られ、刃よりも彼の肉体を先に、重力操作を行った。
星に引っ張られる感覚と共に、サーニスの動きが抑制される。
グ、と身体を強張らせ、少しも動く事が出来ぬ中、豪鬼はホッと息をつきながら距離を開け、声をかける。
「死なないよ……オレは、そういうの、キライなんだ」
「おい、豪鬼と言ったな」
「……? なんだ」
「貴様はもっとハッキリ言葉を発しろ。相手が聞きやすい言葉をな」
「ああ……オレ、そういうのも、キラ」
キライだから、と言いかけた豪鬼に向かい、今右足を踏み込んだサーニス。
刃を強引に鞘へ納め、地へと引っ張られる身体をそれなりに動かせている彼の姿を見て、思わず言葉を失ったのだ。
「……はぁ? いや、いやいやいや、なんで動けるんだ……!? お前だけ通常より五倍の重力を受けてるみたいなモンなんだぞ……!?」
「確かに、身体は重いが、動ける……ッ!!」
今、ぴょんと地面を蹴って僅かに身体を浮かしたサーニスが、重力操作の影響で引力が強まっている結果、地へと落ちるスピードが増している事に気付く。
そして、その上で腕をぐるんぐるんと回し、どれだけ身体が重く、動きにくくなっているかを意識した上で、左腕を引きつつ、右手を眼前で構えた。
その動きは、確かに機敏というには遅いが、しかし常人であれば地面へ身体をうつ伏せて倒れている程の重力においては、異常としか言いようの無い姿である。
「……お前、バケモノかよ……?」
「バケモノ、か。災いである貴様に言われたくはない。……それに、真のバケモノは我が師であり、自分等は彼女の足元にも及ばない」
「ああ、そうか……よぉっ!」
豪鬼が投げ放つクナイ、その空を切りながらサーニスの額目掛けて飛来する一本の刃を寸での所で首を動かすだけで避けたサーニスが、今地面を強く蹴りつけ、数メートル程離れた位置にいた豪鬼に向けて拳を振り込む。
重力操作によって動き自体は遅いが、しかしその鋭い拳の一撃を受けてはいけないと、攻撃を躱しながら地面に転がるクナイを拾おうとする。
だが、その数手早く、地面に転がるクナイを強く踏みつける様にしたサーニスによって、クナイが回転しながら宙を舞い、そのクナイ目掛けて、拳を振るった。
シュパン、と空を斬る音と共に、豪鬼の頬を捉えたクナイとサーニスの拳。
そのあまりに重々しい一撃が直撃となり、近くの住居まで吹き飛ばされていく豪鬼の姿を、アメリアはニヤリと笑いながら見据えている。
「っ、」
「逃げるなよ。今の自分は動きにくいんだ。そこでジッと大人しく、殺されるか捕らえられるかだけを考えて待っていろ」
「……そう言われて、逃げない奴があるかよ……っ」
住居の瓦礫を押しのけ、立ち上がった豪鬼へと迫ろうとするサーニスだったが、しかしその前に彼はふわりと身体を浮かし、空を舞う。
「飛んだ……!?」
「重力操作をすりゃ、これ位はな……サーニス、アンタとは二度とやり合いたくない……って事だけはわかったよ」
じゃあな、と声を放ちながら空を駆けて飛んでいく姿を見据えるサーニスの身体が、豪鬼の姿が見えなくなると同時に軽くなる。
「逃がしてもうたの」
「申し訳ございません、アメリア様」
「まぁ良い。これで吾輩らが一筋縄ではない存在であると認識させる事が出来たじゃろうて。そして向こうが手をこまねいている間に、リンナへ刀の増産を急がせ、次の手に入る事が出来るのでな」
と、そこでアメリアがサーニスの拳を見据える。
先ほど、クナイごと豪鬼を殴りつけた影響か、その拳を真っ赤に腫れさせ、裂傷も見受けられたので、彼の手を取りスカーフを巻きつけ、一言。
「よぉやったわ。流石じゃの」
「……ハッ、ありがとうございます」
「皇居に戻り、各皇族めに文を出すぞ。ある程度、敵の情報が得られただけでも十分じゃ」
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