魔法少女の異世界刀匠生活

ミュート

文字の大きさ
上 下
102 / 285
第十章

五災刃-08

しおりを挟む
 時を同じくして、アメリア領首都・ファーフェでの事。

  既に夜も更け、視認性が非常に悪いにも関わらず、ファーフェの街は街灯で明るく照らされ、その行き交う人々の顔までもが良く見える。

  豪鬼――高い身長と肩まで伸びる髪の毛を下した青年が、男女行き交う街並みを悠然と歩いている。

  アメリア領の徹底された管理社会で、いざ警兵隊や皇国軍人等に声をかけられても問題が無いよう、先日ファーフェで暮らす若い男性の領民管理カードをくすね、所持している。どれだけでも誤魔化す事が可能というわけだ。


「えっと……名前はトール、管理番号は8467890……長いな、覚えるの、面倒になるんだが……気が想い」


 カードに書かれた領民管理カードの名前と、管理番号を記憶し、そのまま配給所の椅子に腰かけ、紅茶を頂きながらファーフェの道を馬車に乗りながら手を振る皇族の一人――アメリアへと視線をやった。


「聞け、民草よっ! このレアルタ皇国で刀の製造に関わる唯一の少女であり、指定文化保護機関認定を予定しておるリンナ刀工鍛冶場の長、刀匠・リンナを近々アメリア領に誘致し、会談を行う予定じゃ! その際には華やかな歓迎パレードを行う予定であるからして、皆もそれに尽力してほしいのじゃっ」


 彼女の高く、しかし不快では無い声が高らかに響き、民は声を叫び返事とする。

  うむ、うむと民の声を聴きながら馬車の窓から顔を出すアメリアを、豪鬼は「隙だらけだな」とだけ吐き捨ててから、ゆっくりと前へと進む馬車に近づいていく。

  人込みに紛れれば、街灯によって明るく照らされていると言っても人相は隠れ、見つけづらくなる。

  こちらはアメリアの姿を堂々と眺めながら、しかし向こうは豪鬼という存在に気付く事も無く、簡単に近付く事が出来るこの機会を、逃すわけにはいかない。


  一本の黒く短い刃――クナイを取り出し、人込みに紛れながら少しずつ近付き、その脳天に突き刺せるタイミングを図ろうとした、その時である。


 ――ファーフェに住まう人々が一斉に、豪鬼の方へ視線を寄越し、同じくクナイを取り出したのだ。


「っ、な、なんだ……?」


 怪しまれないよう、平静を装って周りに声をかける。見た事がない顔だと認識されている可能性はあるが、しかし冷静に対処しなければ余計に怪しまれるだけである。


「おい貴様」


 馬車が足を止め、その場で降りたアメリアと、彼女を守る様に三人の黒子たちが立ち塞がる。

  そんな彼女の視線も同じく豪鬼に向けられていて、豪鬼は事前に調べたアメリアの情報を信じ、膝をついて額を地面に擦り付け、平伏の姿勢を取った。


「はっ、アメリア様っ」

「見ぬ顔じゃの」

「そう……でしょうか」

「名と、領民管理番号を言うがよい。照会する」

「名は、トールと……管理番号は、8467890でございます」


 事前に記憶しておいて本当に良かったと心で自分自身を褒めつつ、決して声をどもらせる事なく、自然と読み上げる事が出来た豪鬼だったが、しかし彼女は何のデータを参照する事なく首を傾げ、笑った。


「おかしいぞ。トールは主より後七センチほど身長が引くい百七十二センチ程度の男じゃ。それに髪型も、顔立ちも異なる。

 そもそもトールは持病持ち故、この時間は医療施設での診察を行っておるはずじゃ。故にトールがこの時間、外を出歩いている事自体がおかしい。


 ――そして何より、今の時間は民草に外出禁止令を出しておった筈なのにのぉ」


  彼女の言葉を聞いた瞬間、豪鬼は伏せていた身体を飛び退かせて、民衆と思しき者達から距離を置く。

  しかし、民衆と思しき者たち――つまり領民に扮したアメリアの私兵である男たちが、一斉に黒子を羽織り、その手に持つクナイを構えながら、アメリアの前に。

  その数は、優に二百を超えるであろう。


「さて、答え合わせをするぞ。まず貴様、災いじゃな?」

「……何故、こうなった……? オレには、よくわかっていないのだが」

「口を慎み、質問に答えよ。貴様、吾輩を誰と心得る? 無礼な者には真相を与える事無くただ殺す事も出来ると知れ、痴れ者」


 ギロリと睨みつけるアメリアには隙が多い。

  しかし、その周囲を囲み、アメリアを守る黒子たちの数と、その一人ひとりが警兵隊や皇国軍人を優に超える身体能力を持ち得ると理解できるからこそ、豪鬼は息を呑みながら、クナイを下ろし、頷いた。


「結構じゃ、それを回答と受け取ろう。吾輩らも貴様ら名有りという存在には興味がある故な。そのまま大人しくしていれば、命までは奪わんと約束するぞ」


 豪鬼は何も言わず、ただ虚力の消費を抑えるべく、無防備を晒し、彼が無防備であればあるだけ、向こうも警戒を薄れさせる。


「では貴様の質問に答えてやろうではないか。とは言っても単純明快じゃがな」

「オレ達……五災刃が皇族を狙うと……思っていた、という事か」

「ボソボソと喋る男じゃのぉ。まぁ良いが――そう考えん方が阿呆じゃろうて。

 主らのどいつが殺したかは知らんが、カルファス領でイルメールの育てた先鋭皇国軍人が三人も殺されておる状況じゃ。奴らは名無しの災いにすら勝利できる人材である筈なのに、それらが夜盗程度に殺されるとは考え辛い。

 しかしそれらの犯行が災いであると仮定した場合、リンナの事を狙っている筈じゃのに、何故か皇国軍人を先に狙い、殺しにかかった。

 という事はじゃ、現状の目的はリンナになく、皇国軍人が護衛すべき皇族か、国家そのものと見るべきじゃ。そして国家そのものを狙っているのならば、結局は各領地を統治する皇族を狙うのが一番である」


 連ねられる理論の組み立てを聞きながら、そうでは無いと言わんばかりに首を振り「それも気になるが」と言葉を発す。


「そもそもだ……さっきまで民衆に化けていたこいつ等……アメリアの私兵だろう? それに、先ほどの言葉が正しければ……領民には外出禁止令を出していたという事」

「その通りじゃ」

「オレ達が、そもそも今日狙いを定めると分からなければ……そんな大それた、民衆に外出禁止令を出して、私兵を領民に偽装し、何気ない日常を演じさせるなんて、手段を用いる筈がない……ていうか、アンタ領民一人一人のデータ、頭に叩き込んでるのか……? スゲーな」

「領民の事を誰よりも一番知るべきなのは吾輩じゃろう。故に全領民の顔と名前は記憶しておるわ。

 それに――何故『そうした手段を用いる筈がない』と決めつける?」

「……なに?」

「そもそも何事においても最悪のケースを想定せん阿呆に領主等務まると思っとるのか?

 刀の配備が間に合っておらず、まだ警備に関しても手薄となりかねない現状が、主ら災いにとっては一番の好機であろうに。

 その好機を狙って来られると困る故、それに対処する。難しい事でもない、それだけの事じゃ」

「……もし、今日オレが、アンタに対して仕掛けてこなかったりすれば、どうしたんだ……?」

「聞きたいかえ? そもそも今日の災い対策はこの民衆偽装の他に二十四個想定しておるし、さらに明日以降の対処としても三十一個程度想定しておるが」

「……いや、やめとく。つまりは、こうした手段だって対処手段の一つでしかないから……これが無駄になったとして、今出来る全部の対策を試す予定だったという事だな」

「その通りじゃ」

「……あぁ、ホントにもう、気が重い」


 人的資源と準備を惜しみなく行い、ただ災いを炙り出し、誘いこみ、対処し得る方法を無数に試す事としたアメリア。

  そしてその誘いに……豪鬼はまんまと乗ってしまったと言う状況だ。


「主らやり方を聞いていて、一つ思った事を言わせて貰うとするかのぉ。

 貴様ら、自由気ままに動きすぎじゃ。それも同時にの。時間を無駄にせん性分なのか何なのか知らんが、そもそも昨日今日で大きく動かなければ、吾輩らも時間経過と共に警戒を薄れさせたじゃろうに、連日行動なぞするからそうなるのじゃ。


  ――我々皇族を、たかが人間と侮りおったのか? であれば不敬にも程があろう、雑種」
しおりを挟む

処理中です...