魔法少女の異世界刀匠生活

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第十一章

カルファス・ヴ・リ・レアルタ-01

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 まだ朝日が昇りきっていない早朝、リンナ刀工鍛冶場の庭に薄手のシャツとジャージのズボンだけをまとったクアンタが立っていた。

  彼女は涼やかな風に吹かれながらも目を閉じ、腰に備えた刀に触れる。

  目ではなく、手から伝わる感覚だけで刀の位置をしっかりと認識した彼女は、Uネックのシャツを僅かに開けるようにして摘まみ上げると、その胸元……というより彼女の体内から排出されるように出現した、地球で言う所のスマートフォンに似た魔法少女変身システム、マジカリング・デバイスを右手で掴み、頭頂部のボタンに触れる。

  画面に表示される〈Magicaring Device MODE〉の表記と共に奏でられた〈Devicer・ON〉という機械音声を聞き届けた彼女は、マジカリング・デバイスを持つ手を前面へと強く突き出した。


「変身」

〈HENSHIN〉


 空へ向けて放り投げたクアンタの眼前へ、重力の法則に従い落ちてくるデバイス。

  その画面に左手の人差し指で触れた瞬間、画面から放たれる光に包まれたクアンタは、その身に赤を基本色としたフリルとスカートの目立つ戦闘服を展開し、変身を遂げた。


  斬心の魔法少女・クアンタ。


  彼女は先ほど感覚で理解した刀の柄に右手でしっかりと握ると、膝を曲げて姿勢を落とし、しかし常人には認識しえぬ程の駿足で、刀を振り、斬る。

  風によって流れてきた木の葉を横切った刃だが、しかし木の葉はまるで斬られた事自体に気付いていないように地面へと落ち、その瞬間に真ん中から綺麗に切れ目を入れ、分断された。


「――」


 彼女の振るう刃――打刀は、クアンタの師匠であり、刀匠でもあるリンナの打った【カネツグ】と呼ばれる刀で、クアンタはこの刀を気に入っていた。

  長さもそうだが、その輝かしい刃の波紋を見ていると、どこか自身の存在理由などを忘れさせてくれるような、謎の高揚感が得体のしれない感覚として彼女を襲い、そしてそれを不快に思えなかったのだ。

  コクリと頷き、クアンタは変身を解いた。

  変身前の、薄手のシャツとジャージのズボンというラフな格好には戻ったが、しかし気にする事無く庭を歩み、すぐ近くにある工房へと向かう。


「おはよ、クアンタ」

「おはようお師匠」


 僅かに眠そうにしていた少女――その銀のショートヘアと小さな体が印象強いリンナという女性は、工房内の掃除をすると同時に火所に炭を投入し、手慣れた手付きで火を点けると、温度の上昇具合を自分の肌と炎の色で観測しているようで、しばしその作業に時間を食った。


「えっと、納品予定の刀って何本だっけ」

「計九本、二ヶ月以内の納品を注文されている。種類は打刀が五本、脇差が四本だ」

「んじゃ十二本作っときましょ。金具屋とかがたまに不良出す時あるし、ヴァルブの奴に嫌味言われたくないからね」


 汗ばむ彼女の額、しかし彼女は決して辛そうにはせず、火所の温度調節を終えた。


「ホントはアンタにも打って貰いたいんだけどさ」

「致し方ない。どの工程で刀に虚力が注ぎ込まれるか分からぬ関係上、私が下手に手を入れ、対災いに役立たない状況は無くしておきたい。私はあくまで補助という役割をせざるを得ない、というワケだな」

「ゴメンね。でもその納品予定終わったら刀の配備予定数を賄えるんでしょ? それまでアンタは見学ねっ」


 ニヒヒ、と笑った彼女の表情と相反して、無表情のクアンタ。しかし彼女の表情は何時も変わらないので、リンナも気にせず玉鋼の選定に入り、その後【水へし】と呼ばれる作業に入っていく。

  水へしは、玉鋼を熱して打ち延ばし、見ずに入れて急冷させる事である。

  工房の隅でその様子を見ていたクアンタにも既に見慣れた光景ではあるが、面白い発見もあった。

  クアンタは触れた時に物体の成分解析だったりを行える機能が備わっているし、何であれば触れた際に、錬金術の基本として教わった解析術学を応用し、構造等の情報解析も行えるようになっている。

  しかし、リンナはそうした力を使わず、ただ目で見て、触れるだけで、炭素量の選別や不純物の有無などを即座に見極め、炭素量の多少と不適切な玉鋼をせっせと選別していく。

  それが所謂「経験によってなせる技術」であるのだとクアンタも理解するが、しかしそんな彼女の関心など気にも留めず、彼女は次に行う【積み込み】へと移行していく。

  その時間、僅か一時間ほど。

  そうしている間に、工房の近くまで誰かが訪れている事に気付いたクアンタが「お師匠、トワイスだ」とリンナへ話しかけると、頷きながら「玄関に三本あるから、ついでに持ってってもらって」と指示した。

  クアンタが工房から出ると、国営運送業者の制服をまとう若い男が「ちわっすっ」と声を上げながら頭を下げる。


「少し待ってくれ」

「あいよ。クアンタさん、リンナは今日も随分精が出てるみたいだね」

「弟子としても鼻が高い」


 声だけをかけてリンナ宅の玄関を開ける。そこには包装された三個の荷物があり、それを抱えてクアンタはトワイスへと渡す。


「はい、確かに。じゃ、コレ今日の分ね」

「こちらも確認した」


 運送料と、一パルドをチップとして握らせたクアンタは、トワイスから五つの荷物を受け取り、その包装された荷を開ける。


「――コレは」

「ん、届いたみたいね」


 布切れで汗を拭いながら、クアンタの開けた荷の中身を確認するリンナ。


「クアンタ、後どれ位でヴァルブの奴来る?」

「時間からして後一時間ほどだ」

「ん。じゃあ値の交渉は任せるよ」

「了解」


 そうしたリンナとの会話はそこそこに、クアンタはリンナが手に付けていない荷の一つを持ち上げ、その鯉口を切った。

  カチ、と僅かに音を鳴らしながら、刃の紋様が少しずつ明らかになっていく。

  綺麗に波を打つ紋様と、その鋭く伸ばされた刃は、見事なまでに芸術として仕上がっている。


「……お師匠」

「ん? なにクアンタ」

「何と言って交渉するべきか、上手く言語化出来ないのだが、言えるとしたら拙い言葉になる。……私、この刀が欲しい」

「ダメだぞ!? この五本とも皇族専用の刀として特注受けた刀だからな!?」

「むぅ……私が現在持っている全財産を投じても、確かに原価すら回収できない。残念だが諦める他ないのか……っ」

「普段のアンタからは想像できない程のグヌヌ顔してんな!? そんなその刀良い? まぁ、そりゃあ皇族専用って事で極上の玉鋼使ってたし、分からんでもないけどさぁ」

「もしシドニアを殺す事でこの刀が手に入ると言うのならば、私は奴を殺すかもしれない」

「そこまで!?」


 既にクアンタがリンナの弟子として、そしてリンナ刀工鍛冶場の経理及び事務作業担当となってから、二ヶ月の時が過ぎている。

  災いによる被害は現在も発生しているが、名有り――五災刃と呼ばれる強力な個体による攻撃行動は、シドニア領とアルハット領に現れた暗鬼と斬鬼、アメリア領に現れた豪鬼の事件から一ヶ月以上経過しているが、その間報告は挙げられていない。

  リンナ刀工鍛冶場は現在リエルティック商会と臨時独占契約を結ぶ事により、皇族専用及び皇国軍・警兵隊が使用する刀の製造に明け暮れている。

 シドニアがリエルティック商会を介さずに購買した六本の刀の売値という初期投資金を用いて、ある程度作業場の改修に資金を充てた事、製造工程を僅かに簡略化する事によって、原価を落とした廉価版の刀を量産する事となったリンナは、毎日休みなく働いている。
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