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第十四章
夢-05
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シドニア領皇居へと霊子転移で訪れたカルファスとアルハットの両名は、顔見知りの従者に声をかけてシドニアに許可を得て資料を探す事を伝えると、まずはシドニアの自室に向かった。
「ねぇアルちゃん」
「何ですかカルファス姉さま」
「シドちゃんの部屋に春画とか置いてないかなぁ」
「なんで人のデリケートな部分を探そうとするのですか姉さま!?」
「えー、シドちゃんも男の子だしそう言うの興味あるお年頃なんじゃないかなぁって!」
「姉さま、シドニア兄さまは女しかいない姉弟の中で頑張っているのですから心労を増やさないであげて下さい……」
「逆だよぉ。私たちとシドちゃんは、今までそういう『家族だったら当たり前の事』をしてこなかったのが原因で、ここまで捻じ曲がっちゃったんだもん。
……ま、全員同じ母親じゃないっていうのも要因ではあると思うけどね」
シドニアの自室は普段サーニスやワネットによる整理が行き届いているからか、それともシドニアの几帳面さからか、整理が整った部屋である。
部屋の壁に設置された本棚にあるのは、棚分けされているだけでも『国防省活動記録』や『改正法案決議議事録』、『広報一覧』や『広報検閲済み回収資料』等々……。
「広報検閲済み回収資料とやらは、ちょっと気になりますね」
「あー、それ大した事ないよ?」
「しかし、社会的にシドニア兄さまの失脚を狙っている場合は、こうした検閲されたモノをネタにしようとするのでは?」
「シドちゃんがそんな足の着く保管するはずないじゃない。それ、まとめてあるのは全部、民間広報事業社によるデマを押さえて回収しただけだから、そんなの広報事業社もタレ込まれたって世に流せないし、仮に流した事業社があったら潰さないといけなくなっちゃう」
「あ……」
試しに幾つか、記事を参照してみるが、やはりシドニア領政府の提示した改正法案を妙な形に解釈し、民衆を扇動しようとするデマ記事であったりが多く、アルハットは途中で読むのが苦痛になったのでぱたんと資料を閉じた。
「もしシドちゃんが揉み消さなきゃダメな案件は全部形に残らないように処理してるよ。だから災い関連も全然表に出ないよう細工されてるじゃない。
アルちゃんは普段そういうの、部下の人にやってもらってるでしょ? 良い皇族や皇帝になりたいなら、シドちゃんとかアメちゃんの、そういう部分は見習いなさいね?」
「……ええ、ドラファルドを筆頭に、色々と私の預かり知らぬ所に手を回して貰っていますので、私もそうした勉強は、しなければならないのでしょうね」
「シドちゃんとアメちゃんはその辺、全部自分でやってるんだよ? サーニスさんとかに回してもある程度はやってくれるかもしれないけど、シドちゃんの方が上手だしねぇ~」
「……どうして、姉さま達は、そうやってシドニア兄さまの事を、本人の前で褒めてあげないのです?」
資料を棚に戻しつつ、首を傾げて問うたアルハットの言葉に、カルファスが目を見開いた。
「え……褒める?」
「私は、よく姉さま方に褒められます。少し前までは、そうした称賛というのが嫌味に聞こえていましたが……今は、少しですけど、素直に聞く事が出来ます」
三人の姉、一人の兄、そうした存在によって守られてきたアルハットは、自分自身の力というのを卑下しながら育ってきた。
しかし、今はそうした自分の実力を、ある程度しっかりと認識しつつ、他者と上手く付き合う事の重要性を説かれ、肩の荷を下ろす事が出来ている。
「でも、シドニア兄さまには、味方がいないような気がするんです」
「わ、私はシドちゃんの味方だよ!? ……そりゃ、シドちゃんの全部を認める訳じゃないけど、でもシドちゃんだって、私の大切な弟で……うん……」
多くを認める事が出来ていなかったとしても、カルファスにとっては、シドニアが可愛い弟であることに違いはない。
だが――確かに、カルファスはそうした弟の付き合い方に、少し戸惑いがある事は確かであった。
「……そっか、私、シドちゃんとそういう話を、全然してこなかったんだね……」
「それには、何か訳があったんですか?」
「そんな、大した理由はないよ?
私が十三歳くらいの時までは、ワネットちゃんが私を何度も何度も殺しにかかってきてたから余裕なかっただけだしー、それ以降はワネットちゃんがシドちゃんの従者になっちゃったしー、他にもお母さんが差し向けた対魔師とか魔術師が毎日多く押し寄せてたから、色々余裕なかっただけで……」
「いえ結構大した事あるんじゃないですかソレ!?」
「もー、そんなの良いから、資料探そうよ資料!」
アルハットに過去の事を色々と詮索されることが好ましくないと考えているカルファスが、資料の背表紙を乱雑に指で掴んで、めくる。
だがそれを選んだ理由は適当ではない。
広報一覧、それも現在から五年前までの広報をまとめた資料である。
リンナの父であるガルラは、幼い頃のリンナに刀匠としての腕を叩き込んでいる過去を持つ。
つまり、現在十五歳のリンナが、刀匠になるまでに費やした期間としてはここ最近から数年前程と推定できるし、であれば死に起因する何かがあったとしても、それも数年前までであろうと予想が出来る。
「ガルラさんって人が、どうやって死んじゃったのか、気になるところだね」
「そう言えば、リンナからそうした事は聞いていませんね」
「まぁお父さんの死因とかあんまり話したくないよねぇ~。私たちみたいにシドちゃんがパーティ中に殺しちゃいました~とか明るい話題じゃない限りさぁ」
「明るい話題じゃ無くないですか!?」
「ヤエさん曰く、リンナちゃんは姫巫女の末裔で、ガルラさんは姫巫女の刀を献上する刀匠の一族って話だもんね。その辺は、ヤエさんも話してくれなかったなぁ~。クアンタちゃんの事は色々聞いたのに」
「? クアンタの事、ですか?」
「あー……ごめん。忘れて」
以前、暗鬼を殺しに向かった際にヤエと色々話したことは、カルファスだけに留めている。
「領民のデータとかまとめてあればいいんだけど、流石にそうなると領役場にしか情報は無いかなぁ」
「そちらのデータは私達でも個人情報の関係で、閲覧は調査令状無しには難しいかもしれないですね」
「令状でっち上げる?」
「いえ、マリルリンデが求めていた資料とやらがこのシドニア皇居にあるというのならば、そちらも気になりますし、後回しにしましょう」
シドニア皇居に本来ない資料をマリルリンデが誤解して襲撃した、という事も考えられはするが、しかし五災刃を一人も引き連れず、彼一人で強引に押し入ろうとしていた事を考えると、マリルリンデはある程度この皇居内にある事に自信か確信があったと思われる。
それが何かわからずとも、見れば関係性を割り出せる可能性もあり得るので、このままそれを探そうとするも……。
そこで、ジジジと霊子同士の接触音という、二人が聞き慣れた音を聞いた瞬間、ギョッと背後を見据えた。
「――オォ、カルファスにアルハットじャねェか」
白銀の頭髪、三白眼、そして黒の貫頭衣、ニヤついた表情。
そうした特徴が、アルハットとカルファスの両名には、会った事は無いが話によく聞く、マリルリンデという男の特徴と一致した為、ソファと床に座らせていた足を起こし、戦闘態勢を整えた。
「まぁ待てッテ。その態度ジャ、オレが何モンかは分かッてんだァナ?」
「マリルリンデ、かな?」
「アァ。……ちなみにさ、あのワネットはいねェよなァ? アイツ、善良なオレをいきなり殺しにかかってきたからよォ」
「善良とは聞き捨て難いわね。マリルリンデ、大人しくなさい、ひっ捕らえるから」
アルハットが動こうとする寸前、カルファスが彼女を制して首を軽く横に振った後、マリルリンデへと向き直る。
「マリルリンデ、貴方はこの皇居にある資料とやらを見たい。……それも、襲撃して一日も経たずに再侵入を試みる位には、その情報を欲しがってる、って事で良いんだよね?」
「話が早いじゃねェかカルファス」
「貴方は、何の情報を欲しがっているの?」
「ナぁニ、ホント大したモンじャねェよ? 多分、テメェ等二人が『ソレ?』って言いそーな位には、ナ」
カカ、と。目だけ笑っていないマリルリンデの笑みを見据えて、カルファスがアルハットの腕を引きつつ、自分の背中よりも後ろへと配置する。
(カルファス姉さま、まさか情報を易々と渡すつもりで?)
(ここで無駄に時間をかけて何も情報に進展が見込めないよりは、私たちがマリルリンデを監視して情報を引き出す方が、明らかに進展が見込める。
それに、私は子機だから良いけど、アルちゃんには代わりがいない。殺すわけにもいかない今、戦力が整ってない現状での戦闘は、好ましくない。つまり、捕らえるのも難しいって事)
「ねぇアルちゃん」
「何ですかカルファス姉さま」
「シドちゃんの部屋に春画とか置いてないかなぁ」
「なんで人のデリケートな部分を探そうとするのですか姉さま!?」
「えー、シドちゃんも男の子だしそう言うの興味あるお年頃なんじゃないかなぁって!」
「姉さま、シドニア兄さまは女しかいない姉弟の中で頑張っているのですから心労を増やさないであげて下さい……」
「逆だよぉ。私たちとシドちゃんは、今までそういう『家族だったら当たり前の事』をしてこなかったのが原因で、ここまで捻じ曲がっちゃったんだもん。
……ま、全員同じ母親じゃないっていうのも要因ではあると思うけどね」
シドニアの自室は普段サーニスやワネットによる整理が行き届いているからか、それともシドニアの几帳面さからか、整理が整った部屋である。
部屋の壁に設置された本棚にあるのは、棚分けされているだけでも『国防省活動記録』や『改正法案決議議事録』、『広報一覧』や『広報検閲済み回収資料』等々……。
「広報検閲済み回収資料とやらは、ちょっと気になりますね」
「あー、それ大した事ないよ?」
「しかし、社会的にシドニア兄さまの失脚を狙っている場合は、こうした検閲されたモノをネタにしようとするのでは?」
「シドちゃんがそんな足の着く保管するはずないじゃない。それ、まとめてあるのは全部、民間広報事業社によるデマを押さえて回収しただけだから、そんなの広報事業社もタレ込まれたって世に流せないし、仮に流した事業社があったら潰さないといけなくなっちゃう」
「あ……」
試しに幾つか、記事を参照してみるが、やはりシドニア領政府の提示した改正法案を妙な形に解釈し、民衆を扇動しようとするデマ記事であったりが多く、アルハットは途中で読むのが苦痛になったのでぱたんと資料を閉じた。
「もしシドちゃんが揉み消さなきゃダメな案件は全部形に残らないように処理してるよ。だから災い関連も全然表に出ないよう細工されてるじゃない。
アルちゃんは普段そういうの、部下の人にやってもらってるでしょ? 良い皇族や皇帝になりたいなら、シドちゃんとかアメちゃんの、そういう部分は見習いなさいね?」
「……ええ、ドラファルドを筆頭に、色々と私の預かり知らぬ所に手を回して貰っていますので、私もそうした勉強は、しなければならないのでしょうね」
「シドちゃんとアメちゃんはその辺、全部自分でやってるんだよ? サーニスさんとかに回してもある程度はやってくれるかもしれないけど、シドちゃんの方が上手だしねぇ~」
「……どうして、姉さま達は、そうやってシドニア兄さまの事を、本人の前で褒めてあげないのです?」
資料を棚に戻しつつ、首を傾げて問うたアルハットの言葉に、カルファスが目を見開いた。
「え……褒める?」
「私は、よく姉さま方に褒められます。少し前までは、そうした称賛というのが嫌味に聞こえていましたが……今は、少しですけど、素直に聞く事が出来ます」
三人の姉、一人の兄、そうした存在によって守られてきたアルハットは、自分自身の力というのを卑下しながら育ってきた。
しかし、今はそうした自分の実力を、ある程度しっかりと認識しつつ、他者と上手く付き合う事の重要性を説かれ、肩の荷を下ろす事が出来ている。
「でも、シドニア兄さまには、味方がいないような気がするんです」
「わ、私はシドちゃんの味方だよ!? ……そりゃ、シドちゃんの全部を認める訳じゃないけど、でもシドちゃんだって、私の大切な弟で……うん……」
多くを認める事が出来ていなかったとしても、カルファスにとっては、シドニアが可愛い弟であることに違いはない。
だが――確かに、カルファスはそうした弟の付き合い方に、少し戸惑いがある事は確かであった。
「……そっか、私、シドちゃんとそういう話を、全然してこなかったんだね……」
「それには、何か訳があったんですか?」
「そんな、大した理由はないよ?
私が十三歳くらいの時までは、ワネットちゃんが私を何度も何度も殺しにかかってきてたから余裕なかっただけだしー、それ以降はワネットちゃんがシドちゃんの従者になっちゃったしー、他にもお母さんが差し向けた対魔師とか魔術師が毎日多く押し寄せてたから、色々余裕なかっただけで……」
「いえ結構大した事あるんじゃないですかソレ!?」
「もー、そんなの良いから、資料探そうよ資料!」
アルハットに過去の事を色々と詮索されることが好ましくないと考えているカルファスが、資料の背表紙を乱雑に指で掴んで、めくる。
だがそれを選んだ理由は適当ではない。
広報一覧、それも現在から五年前までの広報をまとめた資料である。
リンナの父であるガルラは、幼い頃のリンナに刀匠としての腕を叩き込んでいる過去を持つ。
つまり、現在十五歳のリンナが、刀匠になるまでに費やした期間としてはここ最近から数年前程と推定できるし、であれば死に起因する何かがあったとしても、それも数年前までであろうと予想が出来る。
「ガルラさんって人が、どうやって死んじゃったのか、気になるところだね」
「そう言えば、リンナからそうした事は聞いていませんね」
「まぁお父さんの死因とかあんまり話したくないよねぇ~。私たちみたいにシドちゃんがパーティ中に殺しちゃいました~とか明るい話題じゃない限りさぁ」
「明るい話題じゃ無くないですか!?」
「ヤエさん曰く、リンナちゃんは姫巫女の末裔で、ガルラさんは姫巫女の刀を献上する刀匠の一族って話だもんね。その辺は、ヤエさんも話してくれなかったなぁ~。クアンタちゃんの事は色々聞いたのに」
「? クアンタの事、ですか?」
「あー……ごめん。忘れて」
以前、暗鬼を殺しに向かった際にヤエと色々話したことは、カルファスだけに留めている。
「領民のデータとかまとめてあればいいんだけど、流石にそうなると領役場にしか情報は無いかなぁ」
「そちらのデータは私達でも個人情報の関係で、閲覧は調査令状無しには難しいかもしれないですね」
「令状でっち上げる?」
「いえ、マリルリンデが求めていた資料とやらがこのシドニア皇居にあるというのならば、そちらも気になりますし、後回しにしましょう」
シドニア皇居に本来ない資料をマリルリンデが誤解して襲撃した、という事も考えられはするが、しかし五災刃を一人も引き連れず、彼一人で強引に押し入ろうとしていた事を考えると、マリルリンデはある程度この皇居内にある事に自信か確信があったと思われる。
それが何かわからずとも、見れば関係性を割り出せる可能性もあり得るので、このままそれを探そうとするも……。
そこで、ジジジと霊子同士の接触音という、二人が聞き慣れた音を聞いた瞬間、ギョッと背後を見据えた。
「――オォ、カルファスにアルハットじャねェか」
白銀の頭髪、三白眼、そして黒の貫頭衣、ニヤついた表情。
そうした特徴が、アルハットとカルファスの両名には、会った事は無いが話によく聞く、マリルリンデという男の特徴と一致した為、ソファと床に座らせていた足を起こし、戦闘態勢を整えた。
「まぁ待てッテ。その態度ジャ、オレが何モンかは分かッてんだァナ?」
「マリルリンデ、かな?」
「アァ。……ちなみにさ、あのワネットはいねェよなァ? アイツ、善良なオレをいきなり殺しにかかってきたからよォ」
「善良とは聞き捨て難いわね。マリルリンデ、大人しくなさい、ひっ捕らえるから」
アルハットが動こうとする寸前、カルファスが彼女を制して首を軽く横に振った後、マリルリンデへと向き直る。
「マリルリンデ、貴方はこの皇居にある資料とやらを見たい。……それも、襲撃して一日も経たずに再侵入を試みる位には、その情報を欲しがってる、って事で良いんだよね?」
「話が早いじゃねェかカルファス」
「貴方は、何の情報を欲しがっているの?」
「ナぁニ、ホント大したモンじャねェよ? 多分、テメェ等二人が『ソレ?』って言いそーな位には、ナ」
カカ、と。目だけ笑っていないマリルリンデの笑みを見据えて、カルファスがアルハットの腕を引きつつ、自分の背中よりも後ろへと配置する。
(カルファス姉さま、まさか情報を易々と渡すつもりで?)
(ここで無駄に時間をかけて何も情報に進展が見込めないよりは、私たちがマリルリンデを監視して情報を引き出す方が、明らかに進展が見込める。
それに、私は子機だから良いけど、アルちゃんには代わりがいない。殺すわけにもいかない今、戦力が整ってない現状での戦闘は、好ましくない。つまり、捕らえるのも難しいって事)
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