魔法少女の異世界刀匠生活

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第十四章

夢-08

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 アルハットの肩を押すようにして彼女をカルファス側に突き飛ばすと、彼女の身体を受け止めながら「待ちなさい!」と叫ぶカルファスの声を聞く事なく、マリルリンデは彼の持つ本を地面へと叩きつけ足で踏みつけた。

  瞬間、バラバラと本の頁が一枚一枚宙を舞い、その頁から溢れる様にして、漆黒の影――名無しの災いが姿を現した。


「じャあなカルファス、アルハット――リンナに、よろしく」

「待ちなさいと言って――ッ!」


 カルファスが、全ての言葉を言い終わるよりも前に、マリルリンデが青白い霊子の塊に分離するかのように消えていく。

  霊子移動まで使役できる彼がどのようにしてそうした技術を取得していたのかは気になるが、今は十、二十と増え続け、今や開け放たれた廊下にもギッシリと詰め込まれるようにして存在する名無しの災いに対処する方が先決である。


「……アルちゃん、皇居内にいる従者さん達の避難、お願い」

「カルファス姉さま」

「ゴメン、ちょっと一人にして。……今すっごくイライラして、大暴れしたい気分だから……ッ!!」


 彼女らしからぬ、殺意に塗れた表情を見据えて、アルハットは顎を引きながら資料室の窓を開け放ち、飛び降りていく。

  三階だが、彼女であれば着地は用意であろう。


「ああ、もう、イラつくイラつくイラつく……!!

 家族の事をこんだけしっちゃかめっちゃかにされるの、マジでイライラするんだね……!」


  カルファスに近づく数体、その者達に襲い掛かるのは、漆黒の矢とも言うべき一閃。

  カルファスの指より放たれた黒の光は、バチバチと音を奏でながら災いを貫き、その身を吸い込むようにして、消し去っていく。


「【哭雷一閃】……!」


 魔術の基本は【強化】【変化】【操作】の三つであり、名の通った魔術師はこの三つの同時使役や応用使役を繰り返す事により、神秘に匹敵する異業を成す事が出来る。

  カルファスの繰り出した【哭雷一閃】は、大気中を変化させて一種のブラックホール状態を作り出すばかりか矢状に変化させ、操作を行い射出する事で、ブラックホールの矢を生み出す技だ。

  行われる使役は【変化】【変化】【操作】の三つと単純ではあるが、魔術の使役には通常【詠唱使役】と【短縮使役】があり、通常は詠唱使役を行った方がマナの投入量が多くできる為に威力は増す為、この三つを使役するだけでも一射ごとに時間が必要となる。

  通常の魔術師であれば、短縮使役で空間にブラックホールを生み出す等という偉業を果たす事が出来ず不発で終わる事だろうが、しかしカルファスはそれを成せる。

  アルハットの開発した魔術支援用デバイスがあるという事もあるが――彼女の擬似脳と繋がる、オリジナルのカルファスが計算機となり、こうした魔術使役に必要な演算を可能な限り短縮できるようされているという事情もある。

  今の哭雷一閃で部屋に群がる災いは消し去れたが、廊下にいる災いはまだ健在だ。

 そして哭雷一閃の射程範囲は数十メートルと短いようで長く、多用すればシドニア皇居に務める従者や彼ら彼女らを避難させようとするアルハットに誤射してしまう可能性だってある。


「ッ!」


 今、廊下からドアを突き破る様に現れた数体の災いに向け、カルファスは左手、右手と連続して、二本指を触れさせた後、災いの振るう腕を避けつつ、拳をその腹部と思しき個所へと当て、殴り付ける。

  威力としては女性の腕力でしかない。ある程度腹筋を鍛えた者であれば、耐える事の出来る威力であろう。

  だが、彼女の腕力ではなく、彼女の拳から放たれた斥力場にも似た別の圧力によって衝撃が腹部から背中を貫き、一瞬の内に消し去っていく。

  それを次々に襲い掛かろうとする災いの、顔面、胸部、腹部へと連続して叩き込んでいき、廊下へと出て、未だに数えきる事の出来ない程いる事を確認しつつ、今後は右足首辺りに軽く二本指を当て、力を込めた。


「【剛撃打破】――!」


 天井が高いシドニア皇居の廊下を蹴りつけると、それだけで廊下の床が抉れ、しかし跳んだカルファスはそれを気に留める事無く空中で一回転、そのまま右足を突き付け、まるで背中にスラスターがあるかのように勢いよく身体を、災いの一郡に向けて叩きつけた。

  三階廊下床に叩きつけられた健脚、しかしそれによってシドニア皇居三階にある窓ゲレスや扉が全て吹き飛ぶ程の衝撃が襲った。

  風圧、衝撃、砕けるゲレスや床の材木が辺りを飛び交い、三階廊下は既に無く、カルファスも一階エントランスに落ちたが、片足で綺麗に着地し、体勢を崩す事なく状況の再確認を行う。。

  近くにいたおおよそ十数体の災いが消滅した事を確認したカルファスは、未だ残る災いに向け、チッと舌打ち。


「接近戦はワネットちゃんとの戦いを思い出すから、あんまり好きじゃないんだけど」


 すると彼女は、念のため備えていたと言わんばかりに懐から一本の剣を取り出した。

  懐に収まる事が出来る程に短い、刃渡りで言えば二十センチ程度のごく短い剣だが、鞘から抜き放つと同時に両面の刃に指を付けた。

  瞬間、空間が捻じ曲がる様にして、刃の長さが変わった。

 正確に言えば大量のマナを長さを六十センチ程の刃渡りに変化させたものであるが、マナそのものに鋭利な切れ味という性質を付与する【変化】を行っている事から、短い剣を一時的に長くすることが出来る方法ともいえる。

  襲い掛かろうとする災いの数は、既に十四体にまで減っている。これで大魔術の使役はマナの使用効率が悪いと言う点も大きいが――先ほどまでの【哭雷一閃】と【剛撃打破】という、彼女にとっての中技を放つ事でスッキリしたのか、今は災いを倒す事だけに集中している。


「ふッ――!」


 背後と正面から襲い掛かる災いの腕をしゃがみつつ同時に避け、その両足を切り裂くように右足を軸にした三百六十度の振り払いを行う。

  転げ落ちる二体の災いと、空中から襲い掛かる三体の災い、どちらを先に対処するか等、考える必要も無い。

  剣を持ったまま、両手を合わせる事によりパンと乾いた破裂音を奏でる。

  瞬間、剣にまとわりついて刃状に形成されていたマナが一斉に放出され、力場となって地面に転がる二体、空中から襲い掛かろうとした三体の災いを吹き飛ばして、消し去っていく。

  残り九体の災いは――と群がり今まさにカルファスへ襲い掛かろうとした一群を捉え、動こうとした瞬間。


「カルファス姉さま!」


 倒壊する二階廊下から顔を出し、懐にあったマッチ棒に火を付けて投げると、それに向けてパチンと指を鳴らした。

  アルハットの行った水素爆発錬成が一瞬で空中を燃やすように爆ぜたが、しかしそこに災いは無い。

  それは――カルファスへのパス。

  カルファスもそれが分かっていたからこそ、アルハットの起こした水素爆発に向けて指を向け、その爆発を収縮させるように左手に集め、数センチ程の球体に変化させると、それを襲い掛かろうとする災いの一郡に向け、投げた。

  カルファスによって操作された火炎球が残る九体の災いに向けて伸びていき、一体一体の胸部を正確に貫いていく。

  それによって爆ぜ、消え去っていく名無しの災い討伐を確認したカルファスは――ニコリとした笑顔をアルハットに向けて、彼女も返答をするように微笑んだ。

  階段や廊下がほとんど半壊してしまっている状態故、アルハットは廊下から飛び降り、衝撃を殺すようにしてエントランスに着地した。


「カルファス姉さま、これからどうしましょう」

「……うん、そうだね。冷静に考えなきゃ」


 マリルリンデとのイザコザで冷静さを欠いていたカルファスが、今まで得た情報を基に動かなければならない事は、二つ。

  一つはマリルリンデによる野望の阻止。これは彼の大目標である筈の【人類滅亡】もそうであるが、今は小目標であると思われる【投獄中のルワン・トレーシーとの接触】を回避する必要がある。

  もう一つは、シドニア達への報告だ。これも早ければ早い程次の一手に動く事が容易になるし、そもそもアメリア領にあるルワンが投獄されている施設がどこにあるか、アルハットもカルファスも知らぬ状況では、シドニアやアメリアに報告をしてから動く他ない。


「じゃあ霊子移動ですぐに向かって」

「……待って」


 ピクリ、と。

  目付きを僅かに変えたカルファスが、振り返る。

 得体も知れない気配、そして何よりも重々しい雰囲気によって彼の存在を感じ取れたカルファスに向けて、その男が声をかける。


「カルファス、アルハット。悪いがお前らは、ここでオレが足止める。

 ……ボスがここで、何をしてたかは知らないが、な」


 名有りの災い、五災刃の刃が一つ、豪鬼が、シドニア領皇居の扉を開けて、現れたのだ。

  その普段から重たいまぶたで必死に二者を睨みつけると、彼は右手を前面に押し出す。

  ズン、と感じる重力の圧が、カルファスとアルハットの両者を襲う。

  アルハットはグ、と呼吸をするようにしてその重力圧に耐えているが――しかし、カルファスは、何とか身体を起こして彼女を守る様に立ち塞がった。


「……驚いたな、アンタはイルメールやサーニス程に脳筋じゃないと思ってたが」

「それは、こっちの台詞かな……豪鬼くん、この間私が暗鬼ちゃんをブチ殺してたの、見てたじゃん……! それで、怖がってるんじゃないかな、なんて思ったけど……?」


 重い体を何とか制御しつつ、しかし時間稼ぎが必要だと言わんばかりに軽口を叩いたカルファスの言葉だったが――彼は思いの外、その言葉を重く受け止めたように、口を開く。


「……暗鬼がお前のコト、怖がってる」


 彼も僅かに、震える左手を右手で抑えるようにして、恐怖を表した。

  だからこそ――カルファスは反対に、口を閉じた。


「オレは、アイツよりもちょっと早く産まれてる、兄ちゃんだから……少しはアイツの為に、戦わなきゃならない」


 震える左手を拳にし、愚直に、真っすぐにカルファスへと襲い掛かろうとする豪鬼に、カルファスがまるで左腕だけは暗鬼の重力操作から逃れたように疾く動かして、拳と拳を合わせた。

 衝撃が、シドニア皇居全体を、襲った。
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