魔法少女の異世界刀匠生活

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第十五章

母親-06

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 五年前、十一月十日。

  シドニア・ヴ・レ・レアルタの生誕祭でレアルタ皇国全体が賑わう中、当のシドニア本人が何をしていたかというと、その日は何もせずに自室で休んでいた。

  勿論、彼はこの時から既に公務の一部を担ったりする事で実務を学んでいたが、ヴィンセント・レアルタがシドニア領主としても兼任している事から、次期シドニア領主となるシドニアにあまり多く仕事は無く、またその日は部下であるサーニスの計らいによって、生誕祭前の休暇として仕事を片付けられてしまったのだ。

  彼には、休みの日に楽しむ趣味なども無かった。

  これまで彼は次期皇帝になるという目標の為に生きていたと言っても過言ではなく、皇族としての公務が無かったとしても、姉のイルメールによる武術訓練や剣技の稽古、そして勉学に励む事によって時間を余すことなく使ってきた。

  その日も――そうするべきであった筈なのに、どうにもそうする気分になれなかった。


「……明日、私は父を殺す」


 シドニアの生誕祭当日、その誕生パーティの中で、父であるヴィンセント・レアルタに近付き、隙をついて殺害する計画は、その後の処理に至るまで完璧に計画を練っている。

  だが紛いなりにも血を分けた父親を殺す事に変わりなく、また人を殺す行為に身を染める事も、初めての事になる。

  如何にそれまで、ありとあらゆる物事を万全・盤石に進めて来たシドニアとて、緊張も、物怖じもする。

  何度心の中で「これは正しい事なのだ」と。何度心の中で「奴を殺さねばこの国に未来はない」と考えても、二の足を踏んでしまう事は、十七歳となる少年にとってはあまりにも当たり前の事である。

  であるのに、彼は自分の周りにいる人材を鑑みて、きっと彼ら彼女らであれば、どういう結論であろうと迷う事は無いだろうに、自分は何を迷っているのだと、自らの心を傷付けるのだ。


「イルメールなら迷わず父を殺す。私の様に罪がどうとかなどを考えず、気にくわないからと。

 カルファスはきっと悩むが、それはその選択の先にあるモノに対して悩むだけだ。

  アメリアも迷わず父を殺す。むしろ殺すだけじゃ飽き足らず、あらゆる形骸化した仕組みを破壊する為に、徹底的に。

  ミサ……アルハットは、きっと殺さないんだろうが、それは彼女の優しさと倫理観故であり、私のように下手な罪悪感で手をこまねくだけではない。

  私は――私はただ、自分が手にかけたくないだけだ。

  人を、父を、殺したらきっと、後に戻れなくなる。それを分かっていながら、けれどそれしか道は無いと決めつけ、父を殺す為に準備をし――その上で、グダグダと悩む」


 どれだけ自分が周りと違うのかを、現実を突きつけられているような気がして、深いため息をついた、その時の事だ。

  シドニアの部屋をノックする音が響き、シドニアは身体を起こして「誰だ?」と問う。

  サーニスも、従者のワネット他、使用人は全員、今日はシドニアの声かけをしない事となっている筈だ。であれば、シドニア領皇居の人間ではないだろうと考えて問うた言葉は――思いも寄らぬ人物から返答が来た。


『シドニア、入ってもいいかしら?』


 母の、ルワンであった。


「……母さん?」

『ええ。ちょっとだけ、お話をと思って』


 扉には施錠がされている。シドニアは軽く身なりを整えた後、扉へと近づいて施錠とドアを開けると、そこには優し気な微笑みを浮かべる母・ルワンの姿があって、彼女が通りやすいように部屋の扉を大きく開けた。


「どうぞ」

「ありがとう」


 彼女は部屋に入ると、シドニアの殺風景な部屋を見てクスリと笑う。


「貴方、本当に無欲なのね」

「無欲、ですか?」

「ええ。貴方位の歳であれば、遊び道具一つでもあって良いでしょうに。勉学用の本や資料だけ」

「……私は、他の姉やアルハットと違い、自分の成すべき事や、やりたい事など、ありませんから」


 ルワンがシドニアのベッドに腰かけ、シドニアは椅子に座り、何か用かと問う前には、彼女が一つの箱を持っている事に気付いた。


「それは?」

「プレゼント。開けてみて」


 それは正方形で可愛らしい包装が成された、掌サイズの小さなプレゼントボックスで、ルワンから受け取りつつ、シドニアは困惑しながらも、彼女の言う通り封を開けた。

  中には、小さな指輪が一つだけ入っていた。

  透明な宝石が埋め込まれているだけのシンプルな指輪で、彼はそれを見据えつつ――首を傾げた。


「何故、プレゼントを?」

「何故って……明日、貴方の誕生日じゃない」


 シドニアが、誕生日にプレゼントを母から渡されたのは初めてであると記憶している。

  故に彼は彼女からの頂き物を、誕生日プレゼントと認識出来なかったのだ。


「……私はこれまで、貴方に母親らしい事をしてこれなかった。きっとこれから貴方は、立派な皇族となり、このシドニア領を率いて、何時の日かお姉さん達と、次期皇帝の座を争う事になるのでしょうね」


 ルワンは、シドニアに渡した指輪を一度取ると、その指輪を右手の中指にはめた。


「コレね、元々私が使っていた指輪なのよ。

 ……今更、母親面するんじゃないぞ、なんて言われるかもしれない。

  けど、これから先、そうした皇帝争いの中で、何か辛いことがあっても、この指輪を私だと思ってくれれば……私が貴方と共に居ると思ってくれれば、それが貴方の力になるんじゃないかな……なんて、ちょっとクサい事を考えちゃったの」


  言っていて、少し気恥ずかしくなったかのように顔を赤めたルワンの言葉に――シドニアは、思わず噴き出しそうになった笑いを堪える事が出来ずに、鼻が鳴ってしまった。


「本当に母さんは、勝手だ」

「……うん」

「貴方は私が――僕がこの年になるまで、まともに会話すらしてこなかった」

「……うん」

「母さんが何をしていたか、そんな事は僕も知らないし、知ろうとも思えない。けど、それこそホンの少し位、子供と共に居る時間を作ってすらくれなかった母さんが、本当にどうして、今更こんな事を」

「今更、だからよ。

 私は貴方の言う通り、これまで母らしい事を何ひとつしてこなかった。

  母として貴方と共にいる時間すら、作る事が出来なかった。

  ――もしそうした時間を少しでも作る事が出来ていたら、きっと貴方はこんな指輪なんかなくても良かったんでしょうね。

 だから今なの。だからこの指輪なの。今まで触れ合う事が出来なかった、貴方に母親らしい事が出来なかった、母親からの愛情を時間と共に与える事が出来なかったからこそ、せめて形として残るモノで、与えたかった」


 ルワンもきっと、そうした時間を作れなかった事を、シドニアへ母親としての愛情を与えてあげる事が出来なかった事を、悔やんだのだろう。

  そして、今日に至るまで、一人の息子とどう接してよいかもわからず、ただ時間だけが過ぎてしまって、互いに距離を測れずにいたのだ。


「……僕たちはどれだけ、不器用なんだろう」

「ええ、そうね」

「ただ言葉にすれば良かったんだ。『母さんと共に居たい』って。ただ言葉にすれば良かったんだ。『息子へ愛情を与えたい』って。

 なのに、時間がどうだ、立場がどうだ、理由がなんだと言い訳を作り、そうして言葉にする事さえ恐れて、僕たちはここまで、ただ流されて生きて来た。

  ――僕と母さんは、今日この時、やっと家族になれたんだな」


 シドニアは、ずっと心の底で思い描いていたんだろう。

  母親であるルワンと、共に同じ時間を過ごすという、本来当たり前の光景を。

  それを望んでいたのだろう。

 小さな頃から母の愛情を受け取りながら、一人の男として育っていく事を。


  ――それが今、この日。


  何の因果か、父の殺害を行おうとする前日に、ようやく叶ってしまったのだ。


「……母さん」

「なに、シドニア」

「僕と一緒に、逃げてくれませんか?」


 シドニア自身、何故こんな事を言ってしまったのか、分からなかった。

  逃げるとは、何から逃げると言うのだろうかと心の中で自問しつつ、シドニアはルワンの手を握り、彼女の身体を引き、立ち上がらせた。

  それだけで、ルワンはシドニアのしたい事を察したように――微笑みながら、頷いたのだ。


「ええ、逃げましょう」


 それ以上何も聞く事は無く、ルワンはシドニアの手に引かれながら走った。

  シドニア皇居を抜け出し、首都・ミルガスを、何時間と駆け巡ったのだ。

  走っている間、シドニアは無心になれた。

  否、正確に言えば、手を繋ぐルワンの温かさだけを感じる事が出来たのだ。

  共に遊ぶわけでも、共に言葉を交わすわけでもない。

  ただ、彼女と共に居る時間と、彼女の体温を感じる事の出来る時間を、作る為に。


 **
  
  
「何故、シドニアはそのような事を?」


 アメリアの問いに、シドニアは短く「さぁてね」と自傷するように笑う。


「誘拐という形になってしまった理由など、僕が聞きたいよ。あの時の僕は、どうかしていた。

 ただ、色々と貯め込んできたものが、爆発したんだろうな。父殺しの計画や、皇族としての責務、姉達や妹への嫉妬……そして何より、母と過ごす事が出来なかった、虚無だったこれまでが」


 後は単純な話である。

  シドニアとルワンはただミルガスを走り回っていただけだ。発見は容易く、またルワンは他の皇族と違い、警兵隊の人間にも顔が知られた者でもなかった。

  そんな彼女とシドニアが、何者から逃げるように走っていれば、いずれは見つかり、捕まってしまう。

  ルワンはそれを――理解していながら、彼と共に逃げる事を選んだのだ。


「母さんは、母さんと共に逃げようとした僕を庇うように、警兵隊に自ら捕まった。

『シドニアの誘拐を企てたのは私だ』と証言して」


 ルワンは、シドニアの将来を慮って、そうしてシドニアの仕出かした事を自分の罪とした。

  シドニアは自分が彼女を誘拐し、彼女と共に在りたかったと言いたかったのに、それをルワンは良しとしなかったのだ。


「……なァ、ルワン。もしかして、オメェがリンナやシドニアに願った【夢】ってのは」

「ええ。最初は確かに『シドニアが皇族として大成し、リンナが姫巫女の力を語り継いでいく事で、何時の日か現れる災いに対抗する為の力を、勢力的にも政治的にも遺して行く』事が、私の【夢】だった。

 でも、シドニアが私の手を引き、連れ出してくれた時に、分かった。


  ――ああ、この子達に与えるべきは、そんな使命や役割なんかじゃなかったんだ、って。

  ――ただ、子供たちが願う未来や、世界を作ってあげるべきだったんだ、って。
 
 
  今の私が望む【夢】は――ただ『シドニアやリンナっていう我が子が、幸せに暮らしていける世界』よ」
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