魔法少女の異世界刀匠生活

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第十七章

神霊-08

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 神霊【パワー】は、リンナとアルハットの隣にちょこんと膝を曲げて座り、イルメールに笑いかけている。


〈イルメールとはどの位会っていないかな?〉

『んー、あの時はオレが五歳だったから……多分二十一年だな! 脳筋脳筋言われてるけどオレだって引き算位は出来て』

『イルメール姉さまの年齢は二十八歳なので、五歳の頃に会っているという事は二十三年前です』

『凡ミスだぜ!』

『二桁の計算を間違えないでくださいイルメール姉さま……』

〈二年なんて数字では誤差だよ誤差! ボクなんか二百年前に何があったかも詳しく覚えてないしねっ〉

『四十六億歳ともなると、まぁそうでしょうね……』

〈あはっ、やはり人間とのお話しとは楽しものだ! ヤエちゃん、皆を連れてきてくれてありがとう! ボクが直々に褒めてあげようっ〉


 無邪気に、楽しそうに笑ってイルメールとの再会を懐かしむパワー。

  そんな彼女に礼を言われながら、ヤエはクアンタの『彼女は一体』という言葉に答える為、パワーの身体に触れようとするが――しかし、その手が彼女に触れる事は無い。


「神霊、というより概念は確たる肉体を持つわけではない。言ってしまえば幽霊と言った存在と同種のモノだ。今は私の認識している姿と声を、お前たちの脳に直接データを送り、あたかも見えていたり聞こえているかのように誤認させているだけだ」

『……幽霊、か』


 幽霊という言葉を聞いて僅かながらに反応をするクアンタだったが、ヤエは説明を継続する。


「だから本来はヒトに認識されない。存在する次元が異なると言ってもいいだろう。で、その次元の違いがあるにも関わらず視認できる魔眼が【神霊識別】というもので、イルメールはコレがあるから見えるし、触れる事も出来る」


 先ほど、イルメールはクアンタたちに視認できていなかったパワーとハイタッチをしていたようだし、むしろイルメールからすれば『オメェ等には見えなかったのか』といった所だろう。


『オメェ神さまだったのか』

〈そーだよイルメール! だからキミは、ボクの事を崇め奉る必要があるんだよっ! さ、その筋肉でいっぱいになったお肌を触らせるのだっ〉


 イルメールのムキムキとしている腹筋に小さな手が触れ、彼女は嬉しそうな表情で笑う。


〈……そっかぁ。二十三年かぁ。そんな短い間に、ボクよりも小さかったイルメールが、こんなに大きくなったんだね。おばあちゃん嬉しいよよよー〉

『舐めんなよパワー! オレの筋肉はまだ成長途中だ! もっともっとスゲー筋肉にして、オメェを驚かせてやるからな!』

〈ふふっ、楽しみにしてるよっ〉


 さて、と言葉にしながら、パワーはイルメールの筋肉に触れる事が出来て満足と言わんばかりに、少しだけ表情を引き締めると、クアンタたちの前に立った。


〈ヤエちゃんから聞いてるよね。ボクは、君達で言う所の神さまだ。イルメールに筋トレの方法とか、痛みに耐える方法とかを教えたのもボクだよ〉

『神は、人間を決して救いはしないと、以前聞いた事があるのだけれど……貴女は、パワーはイルメール姉さまと、随分仲が良かったのね』

〈そりゃーね。四十六億もの年月を、人間と触れ合う事も無く生きて来たボクにとって、ボクの姿を見る事が出来る、ボクの声を聞く事が出来る、ボクの身体に触れる事が出来る、そんな存在と友達になりたいと考える事は、決して不思議な事じゃないだろう?〉


 悠久とも言える時を、数多の生物をただ見ている事しか出来なかった神霊・パワー。

  彼女はそんな時、一人の少女と出会った。

  否、出会っただけではない。

  話す事も、触れる事も出来る、ただ一人の少女と、邂逅したのだ。

  それがイルメールという、当時五歳の幼い少女である。


〈ボク達神霊には、信仰を向けられたが故に芽生えた感情や意思がある。確かにヤエちゃんが言うように、神は決して無差別に人間を救わないけれど、ボクの事をしっかりと認識してくれるイルメールの事を助けたいと思うなんて、当たり前の事じゃないかな?〉

『つまり……気に入った人間には、色々と手を貸してくれる、という事?』

〈勿論、全部・全員を助けるワケじゃないし、そもそも出来る事だって限られる。ボクに出来る事なんか、泉の管理をする事と、力を求める人に対してちょっとしたお手伝いをしてあげる事位さ。それこそ、イルメールにしてあげた事位ってヤツ〉

『でもそれは……裏を返せば、人間に対して悪意を抱いている神霊だっているかもしれない、という事にならないかしら?』


 アルハットの何気ない問いに、パワーは浮かべていた笑みを消して――小さく、頷いた。


〈そうだね。例えばヤエちゃんと同化する前の【コスモス】なんかは、人間を嫌っていたよ。ヤエちゃんが同化していなければ、今頃知的生命体を滅ぼしていたかもしれないほどに〉


 ヤエはその言葉に対して、何も言わない。ただ目を閉じ、立っているだけだ。


〈ボクはそれなりに人間が好きだよ。力の求め方が一人ひとり異なって、見ているだけでも面白い。……まぁ、それでもやっぱり、人間の悪性というのは、気分が少し悪くなる。例えばこの星における、姫巫女の一族虐殺を指示したレアルタ皇国の皇族達には、正直殺意を覚えたよね〉


 先ほど、ヤエは姫巫女達の亡骸を前にして、それについてをこう説明した。

『姫巫女達には心安らかな眠りに就いて欲しくて、天然の鍾乳洞であるこの場所まで亡骸を持ってきた、というわけさ』と。

 その、亡骸を鍾乳洞まで運んだ神は、このパワーの事だったのだろう。


〈だからボクは、長らく君たち皇族の人間が、キライだった〉

『だったって事は、今は違うッてのか?』

〈正確に言うと、今の君たちは好きだよ。でも、君達よりも前の皇族達はキライなままだ。……力というのは、他者よりも優れていれば、他者をどれだけでも痛めつける事が出来る。それは暴力という意味でもそうだし、権力という力も同様だ。ボクはどっちの力であっても、その在り方を肯定するけれど、でも力の使い方を誤る事は、好きじゃない〉


 かつて、政治的権能すらも持ち得る姫巫女の一族たちの虐殺を指示したレアルタ皇国の皇族達。

  その力は、権力は、決して良い力の使い方ではなかったと、パワーは断言する。


〈姫巫女達は、その力を以て弱きを守ろうとしていた。である筈なのに、同じく権力という力を持ち得る皇族達は、彼女達の政治的権能と力に恐れ慄き、彼女達が人間に対して刃を向ける事が出来ないと知っていながらも……虐殺の限りを尽くした。美しさという力を持つ姫巫女達を凌辱した。それは、決して許される事じゃない〉


 勿論、例えば侵略であったり戦争であったりに用いられる【力】という存在だってあり、彼女も慈しんでいる。

  それが力を司る神霊である彼女にとって当たり前の事である。


  ――だが彼女にも意思や感情があり、そうした力の使い方を、善悪ではなく感情で受け止めてしまう事もあるのだと、断言した。


〈力には正しいも悪いも無い。けれどね、誤りはある。それは『力を振るえない者へと振るわれる力』だよ〉

『……前にオメェは言ってたッけな。「力っていうのは何かを求める事でようやく意味を成すモノなんだ」……ッて』

〈覚えていてくれたんだね、イルメール〉


 イルメールが自分の言葉を覚えていてくれた事が嬉しかったのか、パワーは僅かにほほ笑み、頷いて、自分の言葉で語る。


〈姫巫女達は、同じ人間を守る為に、力を振るう事を良しとしなかった。けれどそれを良い事に、君たちよりも前の皇族達は、権力という力を振りかざし、彼女達を殺めた。それはとても悲しい事だった〉


 だから、今は亡き彼女達が屍となりながらも、その力をイルメール達に向けて振るえた先ほどは、彼女達にとっても救いだったのだろう、と。

  そして、そうした姿に朽ちた後に、力と力のぶつかり合いによって、ようやく果てる事が出来た彼女達は、ようやく憂いなく終える事が出来たのだろう、と。

  パワーは、イルメールの手に触れて、頭を下げた。


〈ありがとう、イルメール。彼女たちは、こんな日の光も差し込まない薄暗い闇の中で、ただ何時かの終わりを待ち続けていた。その終わりに君が、クアンタちゃんが、リンナちゃんが、立ち会ってくれた。それだけで、彼女達は報われる〉


 クアンタやリンナ、アルハットには、そうして涙を流しながらイルメールの手を握り、頭を下げるパワーの姿が……本当に神霊という人ならざる存在であるのかを疑問に思うほど、感情に富んだモノだと思った。

  彼女はまさに人間の在り方や愚かしさに触れつつ……しかしそれでも、人間の善性や悪性を受け入れている。

  ヒトよりもヒトらしい、ヒトよりも上にあるべき存在、神霊。

  その姿は……とても美しかった。


〈……ちょっと湿っぽくなっちゃった。ゴメンねっ! 君達にはあんまり関係ない事だったのに、色々言っちゃって。人間とのお話がイルメール以来だから、楽しくなっちゃったんだっ〉


 にへ、と無邪気に笑い、顔を赤めた彼女に、リンナは首を横に振る。


『ううん。アタシ、パワーとお話出来て、良かったと思うよ』


 心優しい神さまという存在に触れて、リンナは確かに感情を震わせた。

  彼女の神霊としての在り方だけではなく、彼女を一個人として、尊敬するに値する人物だと、認めたのだ。


〈リンナちゃんはやっぱ、姫巫女の子なんだねぇ。ガルラくんが育ててたんだもん、そりゃ真っすぐで良い子に育つよねっ〉

『え、親父の事を知ってんの?』

〈うん。ガルラくんとはよく〉


 話を遮るように、ヤエが足で強く地面に叩き、ゴンと音を奏でる。洞窟となっているこの場所では反響が大きく、全員が彼女へと視線を送る。


「それよりパワー、どうする? お前の指示とはいえ、この場所が人間に知れてしまった。それも、魔術師のカルファスにもな。その管理を今後もお前がしていくのか、それともこの中の誰かに管理を委託するか」


 そうだった、と思い出すように両手を合わせながら、パワーはイルメールへと視線を向ける。


〈ねぇイルメール。この中で泉を管理するなら、誰が適任かな?〉

『オレに聞くのか?』

〈うん。君はボクの教えた力の使い方を、これまでの人生でより深く学んできたんだ。ならそんな君が認める人物こそが、泉の管理に誰よりも相応しい筈さ。……君はバカだしまぁ無いとして〉

『ん? 今なんかボソっと言わなかったか?』

〈ななななななんでもないよぉー。さぁ誰にするぅ?〉
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