魔法少女の異世界刀匠生活

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第十七章

神霊-11

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「かつては共に災いと戦った君が、まさか災いの頭目になっているとは思っていなかったよ。マリルリンデ」

「そう言うオメェは、今までどうしてたンだ?」

「聖堂教会はレアルタ皇国以外にも勢力を伸ばしていたし、皇国内にもシンパは点在して僕の後押しをしてくれる。これまでは対災いへの準備期間、というわけだ。そして今日、ようやく大々的に動く事が出来るようになった」

「なるほどナァ。十五年もの間、娘をほったらかしにする理由にしちャ、ちョッくら弱い気もするが」

「そう、娘だ。――ガルラめ、リンナを姫巫女としてではなく、刀匠として育てようとするなど、奴は愚かとしか言いようがない」


 やれやれと首を横に振りつつ、ガルラの話題になった時からミクニの表情は――歪んでいた。

 それは、かつての旧友を、既に死んでいる者を語る表情では無いと、マリルリンデでさえも感じる。


「ナァ――ガルラを斬ったのは、お前か?」


 マリルリンデの問いに、ミクニは決して口を開かない。

  だが、狂気に歪んだような表情を震わせて、目を見開いた彼の姿によって、それが彼にとっての解答なのだと、マリルリンデは結論付けた。


「なンで、奴を殺そうとした?」

「殺そうとした? それは言葉の使い方が間違っているよマリルリンデ! 僕は、殺したんだよ! あの、共に戦っている時から気にくわなかった浮浪人みたいな男を。……ルワンが、僕という男に惹かれず、奴なんて言う得体の知れない男に惹かれていた時から、ずっとずっと気にくわなかった奴を、この僕がなァ!!」


 四年前の一月十八日。

  ミルガスの街中で、ガルラは何者かが振るったバスタードソードによって斬られ、その後行方が知られていない。

  警兵隊による調査によると、現場には致死量の出血が確認されていた事もあり、ガルラは死亡した事になっている。

  バスタードソードは警兵隊シドニア領首都隊所属のワズルという人物に貸与されたものだったが、後にワズルは事件当日に帰省での休暇を取っていた事が確認され、容疑は晴れた。

  なお、警兵隊によるスキャンダルを求めた民間広報事業社がワズルの無実が証明されていたにも関わらず、ワズルが容疑者であるという記事を流布しようとしていた所を、シドニア領政府による検閲の結果、差し止められている。


「だから言ッたロ? オメェみてェな男だから、ルワンは惹かれなかッたンだ。ガルラみてェな男だから、ルワンは惹かれたンだ」

「だが最終的にルワンを抱き、子を産ませたのは僕だ。奴よりも、僕の方を選んだんだ。君はフォーリナーなんていう存在だから人間との子を作れない。故に僕かガルラかを選べる中で、ルワンは僕を選んだ。つまり、ルワンの中で僕の方が優秀で、抱かれたいと思っていたというわけだ!」

「……ク、ククク。そうか、オメェだけは知らなかッたンだよな……ガルラが女遊びとかも出来なかッた、子を作らなかッた理由をよ」


 何故自分が笑われたのか、それを理解できていなかったミクニは、しかし自分がバカにされたのだと言う事実だけには気付き、顔を赤くする。


「……お前らは何時もそうやって、僕だけを除け者にするッ!! 僕はお前ら、災いと戦う者たちを支援してきたッ! 金の面でも、情報隠蔽という面でも、皇族の助けを無しにそれだけの事を出来たのは、僕の政治手腕があってこそだろう!?」

「オメェは特に何もしてなかッたロ? オメェの親までが作ってきた権力を、オメェの家名を使って動かしてたダケ。確かに助かッてはいたケドよ――オメェに助けられてたッてカンカクは、薄いわな」


 左手に、かつてガルラが打った打刀を顕現させたマリルリンデ。刃を抜き、距離の離れたミクニに向けるだけして、まだその贅肉に包まれた身体を斬る為に、動きはしない。


「質問に答えろヨ。なンで、ガルラを殺そうとした?」


 未だ「殺した」という言葉に正そうとしないマリルリンデに、ミクニは僅かに舌打ちをしたが、それは彼がフォーリナー故に言葉の使い方を誤っていると判断し、彼の問いに答える事とした。


「……決まっている。奴はリンナの身柄を我々、聖堂教会に渡そうとしなかった。僕の子だぞ? なのに奴はリンナを『ありゃもうオレのガキだ』と宣い、渡す事を拒否したッ!!」


 近くにあった石を蹴り、マリルリンデへと飛ばしたミクニだが、彼はその石を避ける事も無く、額に当たった。しかし微動だにせず、ミクニの言葉を聞き続ける。


「だから僕が直々に殺したッ! 斬り捨てた時に奴が浮かべていた表情は、見事なまでに滑稽だった。目を見開き、口から血を吐き出し、何故お前がと言わんばかりに僕の顔を見て、絶望し、地に伏せたッ!!」

「部下にやらせなかッたのか?」

「あんな楽しい事を、誰にもやらせるものかよっ! 奴は、奴だけは僕がこの手で殺したかった……ッ!! 斬った時の感覚は、今でもこの手に残っている……もう一度、いいや何度だってあの感覚を味わいたい程に……ルワンを抱いた時よりも快感だったぁ……ッ!!」


 もう、マリルリンデの表情は、怒りも何もかもを通り越し、無心だった。

  これ以上、彼の言葉を、彼の姿を、まともな精神で聞き続けて、見続けていられないと、聴覚機能と視覚機能をオフにしたかった程に――ミクニという男の存在が、醜く見えた。


「オレァ、お前の事がそこそこ好きだッた」

「……君らしからぬ事を言う。君は感情が希薄で、ルワンの事にもガルラの事にも、関心がなさそうだったのに」

「いンや、アイツ等もアイツ等で好きだッたゼ? アイツ等は真っすぐ、前を見てた。人間を守らにャならねェと、他の事を気にしてる余裕なンぞねェと言わんばかりに、ルワンは刀を振るッて災いを討ち、ガルラはルワンの振るう刀を打ち続け……オレに相談して、姫巫女の【ヘンシン】システムを作り上げた」


 だがミクニだけは、彼らと違っていたと、マリルリンデは語る。


「オメェはずっと戦いの先を見てた。アイツ等よりも高みに至りてェと藻掻いてた。進化を求めてた。オメェの家系が作り出した権力という力を手にしていても尚、それ以上の権力を……聖堂教会ッて力を我が物にしようとしてた」


 そうした進化を求める姿は、マリルリンデやクアンタのような、進化の途絶えたフォーリナーという種にとっては、眩しくて、輝いていて、宝石のような存在だったと、マリルリンデは正直に言った。


「僕は事実、それを成した。つまり僕は、君のお眼鏡に適った、という事だね?」

「アァ……だがテメェは、あのルワンやガルラが望ンだ世界を、何一つ理解しちャいねェ。踏み込ンじャならねェ一線を超えちまッた」


 そんな奴をオレが斬る価値もねェ、と。

  マリルリンデは刀を鞘に収め、どこかへと消した。

  ミクニに背を向けて、どこかへと向かおうとした彼の方へ……ミクニの持つ銃が撃った。

  フリントロック式の銃は、撃つ際の衝撃によって銃口がブレる。だからなのか、それとも最初から狙っていたからなのか、銃弾はマリルリンデの足元に当たり、地面へと鉛は埋まった。


「まだ、僕の用が済んでない」


 マリルリンデは返事をしない。


「マリルリンデ、君は災い……五災刃と言ったか? 現在皇族が対応している案件と手を組んでいる。故に君も本来は処罰の対象だが、そこは僕の権限でどうにかしよう。だから、もう一度僕と共に、災いを討ち滅ぼそう」


 マリルリンデは返事をしない。


「そうすれば現皇族も、我々聖堂教会の優位性に気付く。ルワンの子であるシドニアならば、その優位性を活用する筈さ。何せルワンの子だ。母親の願いを聞き入れない筈もない」


 マリルリンデは振り返る事も無く、そのまま一歩、足を前に進めた。


「さらにリンナを手中に収め、優秀な男をあてがい、子を産ませよう。そうすればルワンの望んだ世界は作れるはずだ」

「オイ、それ以上喋ンな」


 流石に聞くに堪えなかったのか、言葉を挟むマリルリンデ。しかしミクニは、それが交渉を進める為に必要だと、声をさらに高める。


「なぜだい? 良い提案だろう? 君はルワンやガルラの望みを僕が理解していないと言ったが、それは間違いだよ。僕は」

「ルワンの望みは、そんな事じャ無かッた。シドニアやリンナッていう、子の幸せを願ッてた。母として近くにいてやれなかッた事を悔やンでた」

「子の幸せぇ? ……ルワンはそんな、詰まらない事の為に、シドニアを庇って捕まっていたのか?」


 ルワンのたった一つ、尊ぶべき子を想う願いすらも「詰まらない事」と吐き捨てたミクニに――マリルリンデはもう我慢する事が出来なかった。

  彼が刀を今一度顕現させた。瞬間、マリルリンデの周囲を囲む者達が一斉に銃口の調整をし、トリガーを引こうとする。

  ミクニもまた、交渉決裂と言わんばかりに冷めた表情で、先ほど撃った銃とは違う銃をホルスターから引き抜こうとした。

  
  その時。


  十二人程、マリルリンデを囲っていた人物たちが、一斉に地へ伏せた。


「……なぁ?」


 今、ホルスターから銃を取り出し、構えて、トリガーに指をかけたミクニが、周囲にいる聖堂教会の構成員達の倒れ伏せた姿を見据え、呆然と口を開いたが。

  そんな彼の、贅肉によって形作られた身体を、綺麗に上半身と下半身で真っ二つに切り裂いた人物がいた。

  ミクニは、自身が斬られている事にすら――気付いておらず、地に自分の身体が横たわり、足を動かせぬと感じた所でようやく――自分がどうなっているかを理解する。


「な――あ、あが……、なぁ……!?」


 上手く言葉を発する事が出来なかった。

  首を後ろへ向けて、今自分を斬った人物を見たからこそ――何といえば良いか、分からなかったのだ。


「ようミクニ。……この四年間、オメェの部下には世話になったよ」

「が……がる、ら……?」

「オメェの部下がずっとリンナの拉致しようとしてたからな。そいつ等を切り伏せてくのはなかなかに骨が折れたよ。……クアンタっつーおっぱい娘が来てからは、だいぶ楽になったケドな」

「なぜ……なぜ、いき……て……?」

「オレはオメェ等、聖堂教会が崇める神さまだからな。死ねねェンだよ」


 かつて、ミクニが自分の手で殺したはずの男――ガルラが、ミクニを斬った刀を逆手で持ちつつ、口を開く。


「じゃあなミクニ。……あん時斬られた傷、今も痛いぜ」

「ぢくじょぉ……ぢくじょぉお……ッ!!」


 ミクニの首に思い切り刃を突き、抜いた。

  瞬間、ミクニ・バーンシュタインという男は死に絶え、ガルラはそこでようやく、和紙で刃を拭う。


「よぉ、マリルリンデ。久々だ」

「……ヨォ、ガルラ。遅かッたな!」


 マリルリンデとガルラは、そこでようやく――旧友と会えた喜びを表現するように、目を細めて、笑う。

  近付き、手を合わせ、何の憂いも無しに、笑い合うのだ。


「……ルワンの事は知ッてッか?」

「会ってきたよ。……ついでにリンナにも、挨拶はしてきた。アイツ、胸全然成長してねェ! ルワンのバインバインが嘘みてェだ。弟子にしてたクアンタっつーオメェの同類の娘っ子は、相当大きいモノをお持ちだったが! ありゃいつか揉んでみてェ!」

「そうかい――なぁガルラ。オレは」

「皆まで言うなや」


 マリルリンデの肩を叩くガルラの手は、マリルリンデが知る彼の、大きくてゴツゴツとした手のままで、それがどこか、マリルリンデにとって嬉しかった。


「オメェの願いは、オレも知ってる。だから、オレはオメェと共に行く」

「……ありがとよ、戦友」


 既に日も落ちてきて、リュート山脈にも夕焼けが僅かに差し込んでいた。

  そんな輝かしい光を――マリルリンデとガルラは「最高の夕焼けだ」と言わんばかりに、日が完全に落ちるまで、ただ見続けていた。
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