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第十九章
戦う理由-03
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「彼女はこの星で生活をしていくに連れ、感情を有するようになった事で、個性を手にしたのでしょう。……マリルリンデが言うように『臆病者で責任感が強い』という、ごく普通の少女としての性格を」
皆が最初に出会った時のクアンタは、非常にクールで物事に動じない彼女が特徴的で、今もそう大きく変わっているわけではない。
だがしかし、根底にある部分は確かに成長を遂げ、今やそうして悩み、苦しむ事が出来る程にまで、彼女は成長を遂げたのかもしれない。
「一つ、良いかの」
そんなクアンタの話題が出た事で、アメリアは口から僅かに空気を漏らすかのような、小さい声で言葉を発した。
アメリアに皆の視線が集中し、彼女は苦しげな表情を浮かべたまま、ため息と共に、皆へ問う。
「吾輩らは……このままリンナやクアンタに、吾輩らの都合を押し付けて良いのかの?」
「……アメちゃん、どういう事?」
彼女らしからぬ、弱弱しい声を聞いて、カルファスはアメリアに寄り添いながら、尋ねる。
「これまでリンナやクアンタを味方として引き入れる事が出来たのは、リンナを守ると言う大義名分があったからじゃ」
リンナは災いに狙われていた。
その膨大な虚力を狙われていた。
生み出す刀に大量の虚力を注ぎ込んでいたからこそ、彼女の刀が必要だった。
「じゃが、これからリンナが打つ刀は全て、父であり師匠であるガルラに叩き折られるやもしれん。……それは、父が娘を否定する行為そのモノじゃ。あの優しく繊細な子であるリンナが、そうした父の暴挙に、何時までも耐えられる筈も無い」
これまで生み出した刀も、これから生み出す刀も、ガルラはきっと叩き折りに現れる。
そうした彼の存在に、何時かリンナの心までが折られてしまう可能性だってある。
「リンナが、マリルリンデやガルラの側に就けば、少なくともこれから作り出す刀を折られる理由などないじゃろう」
「姉上は、リンナが敵側に回ってもおかしくないと、そう言いたいのですか?」
分からん、とアメリアは呟きながらも、次の瞬間には口を大きく開いて叫ぶ。
「だって、そうじゃろう!? 誰だって大切な人を失えば、それに対する復讐をしたくなるものじゃ! ガルラが、マリルリンデが、どれだけ大義名分をかざそうが、これは人類に対する復讐じゃ!」
人類への復讐自体に、正当性があるとはアメリアも言わない。
だが失った事の悲しみを、恨みを抱き、行動するモノを止める、理知整然とした説得など誰が出来るものかと、アメリアの言葉は止まらない。
「リンナは父が向こう側におる! シドニアとリンナは母・ルワンを失い……そして、ルワン達・姫巫女……リンナの同胞たちは、吾輩ら皇族の所業によって滅ぼされてしまった。それに対する吾輩らへの復讐を、リンナが絶対にせんと誰が言い切れる!?」
否、むしろアメリアは、リンナにそうした復讐心を抱いて欲しいと、そう願ってすらいる。
「吾輩はリンナが、心を壊さずにいてくれるのならば、むしろ敵側に寝返ってくれる方がよほど良い……ッ! 長らく離れた父と、共通の敵である吾輩らを倒すと、そんな風に考えてくれた方がよほど……っ」
アメリアはこれまで、自分の母までが仕出かしてきた独裁の罪を背負い続けて来た。
それでも彼女がその重圧に負けず、先代までの所業を打ち消し、良き独裁者になれた理由は、そうして「人に寄り添う」独裁者であろうとしたからだろう。
シドニアには出来ない。
イルメールには出来ない。
カルファスにも、アルハットにも出来はしない。
彼女達は、そこまで人間を、愛せてはいない。
しかしアメリアは――それだけ人間を、人間の善性も悪性も含め、愛し尽くしている。
「クアンタもそうじゃ。クアンタも、今はフォーリナーという呪縛に囚われておる。自分の大本が仕出かした罪や、これから起こしていく罪を防ぐために、マリルリンデという同胞と共に戦いたいと願わん等、誰が保障できる?」
優しく、臆病で、責任感が強い少女へと成長を遂げたクアンタを、アメリアは祝福したい。祝福したいからこそ、彼女はクアンタがそうと決意した事を、否定などしたくなかった。
「……もう、吾輩らの都合を二人に押し付け、二人を戦いに巻き込む事は、止めにせんか……?」
これまでに、彼女達は十分戦ってきた。
刀が必要だったからこそ戦いに巻き込まれていく彼女達の姿を、アメリアはずっと見続けてきて、守り続けたつもりではあるけれど、今後も彼女達を守れる保証などどこにもない。
「アメリア、オメェの意見は正しい」
そうして語ったアメリアの言葉を、願いを、イルメールは姉として受け止めた上で、首を横に振った。
「だが、それはリンナや、クアンタが決める事だ。オメェの言う通り、オレ等はアイツ等を戦いに巻き込み過ぎた。でもだからこそ、これから先もアイツらを守ッていく義務が、オレ等にはある」
リンナとクアンタが、そうした先の未来を決める必要があるのだと、イルメールは断言する。
「ガルラの奴も、リンナに言ッてたンだろ? 『オメェの言葉で言うんだよ』ッて。オレも、それに同感だ。クアンタはリンナを守る為に、リンナもクアンタを守る為に、これまで戦ッてきた」
そうした願いを、イルメールは否定しなかった。
クアンタはリンナが戦おうとする事を止めさせようとしていたようだが、それを決めるのはリンナである事も伝えて来た。
「アメリア、もしオメェが本気でそう思ッてンなら、その気持ちを正直に、リンナやクアンタに伝えてこい」
「……良いのか?」
「テメェの気持ちを言葉や行動にしないで相手に伝わッて欲しいなンざ、ガキや老人の戯言だゼ?」
チラリと。
イルメールはアメリアから視線を、サーニスへと向けて、ニヤリと笑った。
そしてイルメールが手を伸ばし、机の上に出された皇族用の刀――【リュウオウ】を、彼へと差し出す。
「オレが元々持ってた【ゴウカ】はまだ折られてねェからな。ソイツを持ってけ」
「……ありがとうございます、イルメール様」
刀を受け取ったサーニスが帯に帯刀した後、アメリアへ手を差し出す。
彼女も決意を決めたようにサーニスの手を取り、会議室を飛び出していく光景を、全員が見届ける。
「良いのですか?」
「何がだよアルハット」
「リンナとクアンタの事です。精神的に不安定な二人に、そうしたアメリア姉さまの言葉が、想いが届いてしまえば、敵対する可能性も十分に」
「そン時はそン時だ――オレはただ、アイツらのカドデ、てヤツを祝うダケだ」
この時イルメールが浮かべた笑みは、アルハットにとって――少し、大人びたモノに見えた。
**
積み込まれた鋼に、藁灰を付け、泥を均一に塗り込み、火所へ入れ、熱する。
今までの経験と肌で感じる、彼女なりの最適によって熱された鋼を台へ乗せ、何度も何度も、均一の力で打ち込む。
打ち込む、打ち込む、打ち込む。
平たく伸ばされた鋼に切れ込みを入れ、折り曲げ、塊に戻し、また藁灰を付けて泥を塗り、熱して、また打ち込む。
だが何か――何かが足りない。
リンナは、そうした打ち込みの最中、ずっと考え続けていた。
ガルラがリンナの刀を鈍だと言った意味を。
確かに警兵隊や皇国軍用に打った刀は全て、量産を目的としたものであったが故に、玉鋼のランクも低く、製造工程も省略した部分が多い。
だがサーニスやクアンタが用いていた【キソ】や【カネツグ】は、そうした省略等は無く、皇族専用として打った刀と同等の技術を詰め込んだ筈である。
なのに何故、皇族専用は彼の及第点を受け、キソやカネツグは折られたのか。
そこには父なりの、明確な違いがある筈だった。
「、アッ……っ」
熱された鋼に水をかけながら金槌を打ち付ける事による小さい水蒸気爆発。それに顔を近付け過ぎていたリンナの肌を僅かだが焼いた。
素人のようなミスをしてしまった、と恥じながら、首元に巻いた布で顔を拭き、リンナは被鉄用に打ち込んでいた鋼を見据え――舌打ちをした。
「ダメだ……ダメだダメだッ!!」
金槌を乱雑に放棄しながら、リンナは火所の火を止め、その上で工房を離れた。
特に意味があるわけではない。しかし刀工は打ち手の心を現す鏡であり、そうした心此処に非ずと言った様子では、もっと玉鋼を無駄にするだけである。
玄関から居間へと向かい、ちゃぶ台で帳簿を整理するクアンタの肩に、手を乗せる。
「クアンタ、大丈夫?」
「……問題無い。お師匠こそ、大丈夫か?」
「あ、はは。あんま大丈夫じゃ、無いかも。……ケッコーな量の玉鋼、ムダにしてる」
強がるように笑みを浮かべるリンナと、そうした強がりさえもする事が出来ないクアンタの、沈んだ表情を合わせながら、二者はしばし沈黙した。
丸いちゃぶ台、座る所など他に幾らでもあるのに、リンナはクアンタの隣に座り、汗をかいた体をあまり密着させないようにだけ気を付けながら、小さく、呟くような声で、問う。
「クアンタはさ、この星を守りたいの?」
「……どうなのだろうか。分からない」
クアンタは自分の気持ちに、折り合いをつける事が出来ないでいる。
彼女とて分かっているのだ。
既に滅んでしまった本当のゴルサという星の事を想っても、その星が蘇る事は無い。
仮にこの星を守る為に戦ったとして、それが本当のゴルサに対する報いでもなければ、自己満足でしかない事も。
「私は、マリルリンデの言う通り、責任感の強い臆病者なのかもしれない。……この星に住まう人類は既に、元々存在したゴルサとの繋がり等無いのに……私を、本来あったゴルサを滅ぼしたフォーリナーの同類だと……拒絶されるのではないかと……少し、怖い」
「怖い?」
「源の泉へ向かった時、姫巫女達の亡骸に襲われた際に感じた感覚と同じだ。そう考えるだけで、身体が僅かに震え、寒気を感じ、けれど身体に異常が無いからこそ、違和感があるんだ」
だからこそクアンタは、マリルリンデの言葉に、揺れ動いた。
勿論人類の八割を淘汰する事に意味などない。それを許容してフォーリナーからの侵略を回避した所で、残る二割の人間で長きに亘る未来で進化を果たす事など出来るのかと聞かれれば、それにも疑問符が浮かぶ。
だが、もし将来にフォーリナーが侵略を企て、その時に守る手段が無かったら。
八割所ではない。この星そのものが滅ぼされてしまう。
否、フォーリナーに侵略されるだけならば、正しい世界の容なのかもしれないが、今度はこの偽りのゴルサまでもが、神を名乗る者達……成瀬伊吹や菊谷ヤエ(A)という脅威によって、自分たちに不利益だからという理由だけで、滅ぼされてしまうかもしれない。
皆が最初に出会った時のクアンタは、非常にクールで物事に動じない彼女が特徴的で、今もそう大きく変わっているわけではない。
だがしかし、根底にある部分は確かに成長を遂げ、今やそうして悩み、苦しむ事が出来る程にまで、彼女は成長を遂げたのかもしれない。
「一つ、良いかの」
そんなクアンタの話題が出た事で、アメリアは口から僅かに空気を漏らすかのような、小さい声で言葉を発した。
アメリアに皆の視線が集中し、彼女は苦しげな表情を浮かべたまま、ため息と共に、皆へ問う。
「吾輩らは……このままリンナやクアンタに、吾輩らの都合を押し付けて良いのかの?」
「……アメちゃん、どういう事?」
彼女らしからぬ、弱弱しい声を聞いて、カルファスはアメリアに寄り添いながら、尋ねる。
「これまでリンナやクアンタを味方として引き入れる事が出来たのは、リンナを守ると言う大義名分があったからじゃ」
リンナは災いに狙われていた。
その膨大な虚力を狙われていた。
生み出す刀に大量の虚力を注ぎ込んでいたからこそ、彼女の刀が必要だった。
「じゃが、これからリンナが打つ刀は全て、父であり師匠であるガルラに叩き折られるやもしれん。……それは、父が娘を否定する行為そのモノじゃ。あの優しく繊細な子であるリンナが、そうした父の暴挙に、何時までも耐えられる筈も無い」
これまで生み出した刀も、これから生み出す刀も、ガルラはきっと叩き折りに現れる。
そうした彼の存在に、何時かリンナの心までが折られてしまう可能性だってある。
「リンナが、マリルリンデやガルラの側に就けば、少なくともこれから作り出す刀を折られる理由などないじゃろう」
「姉上は、リンナが敵側に回ってもおかしくないと、そう言いたいのですか?」
分からん、とアメリアは呟きながらも、次の瞬間には口を大きく開いて叫ぶ。
「だって、そうじゃろう!? 誰だって大切な人を失えば、それに対する復讐をしたくなるものじゃ! ガルラが、マリルリンデが、どれだけ大義名分をかざそうが、これは人類に対する復讐じゃ!」
人類への復讐自体に、正当性があるとはアメリアも言わない。
だが失った事の悲しみを、恨みを抱き、行動するモノを止める、理知整然とした説得など誰が出来るものかと、アメリアの言葉は止まらない。
「リンナは父が向こう側におる! シドニアとリンナは母・ルワンを失い……そして、ルワン達・姫巫女……リンナの同胞たちは、吾輩ら皇族の所業によって滅ぼされてしまった。それに対する吾輩らへの復讐を、リンナが絶対にせんと誰が言い切れる!?」
否、むしろアメリアは、リンナにそうした復讐心を抱いて欲しいと、そう願ってすらいる。
「吾輩はリンナが、心を壊さずにいてくれるのならば、むしろ敵側に寝返ってくれる方がよほど良い……ッ! 長らく離れた父と、共通の敵である吾輩らを倒すと、そんな風に考えてくれた方がよほど……っ」
アメリアはこれまで、自分の母までが仕出かしてきた独裁の罪を背負い続けて来た。
それでも彼女がその重圧に負けず、先代までの所業を打ち消し、良き独裁者になれた理由は、そうして「人に寄り添う」独裁者であろうとしたからだろう。
シドニアには出来ない。
イルメールには出来ない。
カルファスにも、アルハットにも出来はしない。
彼女達は、そこまで人間を、愛せてはいない。
しかしアメリアは――それだけ人間を、人間の善性も悪性も含め、愛し尽くしている。
「クアンタもそうじゃ。クアンタも、今はフォーリナーという呪縛に囚われておる。自分の大本が仕出かした罪や、これから起こしていく罪を防ぐために、マリルリンデという同胞と共に戦いたいと願わん等、誰が保障できる?」
優しく、臆病で、責任感が強い少女へと成長を遂げたクアンタを、アメリアは祝福したい。祝福したいからこそ、彼女はクアンタがそうと決意した事を、否定などしたくなかった。
「……もう、吾輩らの都合を二人に押し付け、二人を戦いに巻き込む事は、止めにせんか……?」
これまでに、彼女達は十分戦ってきた。
刀が必要だったからこそ戦いに巻き込まれていく彼女達の姿を、アメリアはずっと見続けてきて、守り続けたつもりではあるけれど、今後も彼女達を守れる保証などどこにもない。
「アメリア、オメェの意見は正しい」
そうして語ったアメリアの言葉を、願いを、イルメールは姉として受け止めた上で、首を横に振った。
「だが、それはリンナや、クアンタが決める事だ。オメェの言う通り、オレ等はアイツ等を戦いに巻き込み過ぎた。でもだからこそ、これから先もアイツらを守ッていく義務が、オレ等にはある」
リンナとクアンタが、そうした先の未来を決める必要があるのだと、イルメールは断言する。
「ガルラの奴も、リンナに言ッてたンだろ? 『オメェの言葉で言うんだよ』ッて。オレも、それに同感だ。クアンタはリンナを守る為に、リンナもクアンタを守る為に、これまで戦ッてきた」
そうした願いを、イルメールは否定しなかった。
クアンタはリンナが戦おうとする事を止めさせようとしていたようだが、それを決めるのはリンナである事も伝えて来た。
「アメリア、もしオメェが本気でそう思ッてンなら、その気持ちを正直に、リンナやクアンタに伝えてこい」
「……良いのか?」
「テメェの気持ちを言葉や行動にしないで相手に伝わッて欲しいなンざ、ガキや老人の戯言だゼ?」
チラリと。
イルメールはアメリアから視線を、サーニスへと向けて、ニヤリと笑った。
そしてイルメールが手を伸ばし、机の上に出された皇族用の刀――【リュウオウ】を、彼へと差し出す。
「オレが元々持ってた【ゴウカ】はまだ折られてねェからな。ソイツを持ってけ」
「……ありがとうございます、イルメール様」
刀を受け取ったサーニスが帯に帯刀した後、アメリアへ手を差し出す。
彼女も決意を決めたようにサーニスの手を取り、会議室を飛び出していく光景を、全員が見届ける。
「良いのですか?」
「何がだよアルハット」
「リンナとクアンタの事です。精神的に不安定な二人に、そうしたアメリア姉さまの言葉が、想いが届いてしまえば、敵対する可能性も十分に」
「そン時はそン時だ――オレはただ、アイツらのカドデ、てヤツを祝うダケだ」
この時イルメールが浮かべた笑みは、アルハットにとって――少し、大人びたモノに見えた。
**
積み込まれた鋼に、藁灰を付け、泥を均一に塗り込み、火所へ入れ、熱する。
今までの経験と肌で感じる、彼女なりの最適によって熱された鋼を台へ乗せ、何度も何度も、均一の力で打ち込む。
打ち込む、打ち込む、打ち込む。
平たく伸ばされた鋼に切れ込みを入れ、折り曲げ、塊に戻し、また藁灰を付けて泥を塗り、熱して、また打ち込む。
だが何か――何かが足りない。
リンナは、そうした打ち込みの最中、ずっと考え続けていた。
ガルラがリンナの刀を鈍だと言った意味を。
確かに警兵隊や皇国軍用に打った刀は全て、量産を目的としたものであったが故に、玉鋼のランクも低く、製造工程も省略した部分が多い。
だがサーニスやクアンタが用いていた【キソ】や【カネツグ】は、そうした省略等は無く、皇族専用として打った刀と同等の技術を詰め込んだ筈である。
なのに何故、皇族専用は彼の及第点を受け、キソやカネツグは折られたのか。
そこには父なりの、明確な違いがある筈だった。
「、アッ……っ」
熱された鋼に水をかけながら金槌を打ち付ける事による小さい水蒸気爆発。それに顔を近付け過ぎていたリンナの肌を僅かだが焼いた。
素人のようなミスをしてしまった、と恥じながら、首元に巻いた布で顔を拭き、リンナは被鉄用に打ち込んでいた鋼を見据え――舌打ちをした。
「ダメだ……ダメだダメだッ!!」
金槌を乱雑に放棄しながら、リンナは火所の火を止め、その上で工房を離れた。
特に意味があるわけではない。しかし刀工は打ち手の心を現す鏡であり、そうした心此処に非ずと言った様子では、もっと玉鋼を無駄にするだけである。
玄関から居間へと向かい、ちゃぶ台で帳簿を整理するクアンタの肩に、手を乗せる。
「クアンタ、大丈夫?」
「……問題無い。お師匠こそ、大丈夫か?」
「あ、はは。あんま大丈夫じゃ、無いかも。……ケッコーな量の玉鋼、ムダにしてる」
強がるように笑みを浮かべるリンナと、そうした強がりさえもする事が出来ないクアンタの、沈んだ表情を合わせながら、二者はしばし沈黙した。
丸いちゃぶ台、座る所など他に幾らでもあるのに、リンナはクアンタの隣に座り、汗をかいた体をあまり密着させないようにだけ気を付けながら、小さく、呟くような声で、問う。
「クアンタはさ、この星を守りたいの?」
「……どうなのだろうか。分からない」
クアンタは自分の気持ちに、折り合いをつける事が出来ないでいる。
彼女とて分かっているのだ。
既に滅んでしまった本当のゴルサという星の事を想っても、その星が蘇る事は無い。
仮にこの星を守る為に戦ったとして、それが本当のゴルサに対する報いでもなければ、自己満足でしかない事も。
「私は、マリルリンデの言う通り、責任感の強い臆病者なのかもしれない。……この星に住まう人類は既に、元々存在したゴルサとの繋がり等無いのに……私を、本来あったゴルサを滅ぼしたフォーリナーの同類だと……拒絶されるのではないかと……少し、怖い」
「怖い?」
「源の泉へ向かった時、姫巫女達の亡骸に襲われた際に感じた感覚と同じだ。そう考えるだけで、身体が僅かに震え、寒気を感じ、けれど身体に異常が無いからこそ、違和感があるんだ」
だからこそクアンタは、マリルリンデの言葉に、揺れ動いた。
勿論人類の八割を淘汰する事に意味などない。それを許容してフォーリナーからの侵略を回避した所で、残る二割の人間で長きに亘る未来で進化を果たす事など出来るのかと聞かれれば、それにも疑問符が浮かぶ。
だが、もし将来にフォーリナーが侵略を企て、その時に守る手段が無かったら。
八割所ではない。この星そのものが滅ぼされてしまう。
否、フォーリナーに侵略されるだけならば、正しい世界の容なのかもしれないが、今度はこの偽りのゴルサまでもが、神を名乗る者達……成瀬伊吹や菊谷ヤエ(A)という脅威によって、自分たちに不利益だからという理由だけで、滅ぼされてしまうかもしれない。
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