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第十九章
戦う理由-04
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「答えが……見つからないんだ。どうすれば最善なのか、その解を定める事が出来ない。だから、ずっと考えて考えて……それでも分からないから、心も体も、まるで底なし沼に沈んでいっているように、重い」
これまでリンナは、彼女から見えるクアンタの弱い所はいくつか見て来たつもりだった。
しかし今回は、ただ弱い部分なだけではない。本当に、心が弱っている。
雨に濡れながら震える子犬の様に……クアンタは、沈んだ表情と共にリンナへと潤んだ視線を向け、訪ねる。
「私は、どうしたらいいのだろう。私は、お師匠さえ守れるならば、それで良いんだと思っていた……だが、今はこの星の全てを、守らないといけないと……そうした考えが頭にずっとこべりついて、離れないんだ」
「……アタシにも、分かんないよ」
何せリンナも同じ気持ちを抱いているから。
クアンタのように、この星を守りたい等という大層な目的ではない。けれど、クアンタと同じく、心を惑わされて、困惑している。
「アタシは……何がしたいんだろう。どうしたいんだろう。それをどれだけ考えても、答えなんて出ないんだ」
父・ガルラの行おうとしている事は、人類の選別は、本来あってはならない暴虐でしか無いと考えている。
だがガルラとマリルリンデは二百年もの月日で、人類の醜い部分を見続けてきたのだ。
そして人類の醜さ故に、彼らが守り続けて来た姫巫女の一族はもう、リンナ一人になってしまったのだと言う。
――そうした恨みを、辛さを、そして何より大切な仲間を殺されたり辱められたりした事を怒り狂った事を、全てに絶望してしまう事を、否定など誰が出来ようか。
「親父のやろうとしている事を、娘である筈のアタシが止めないでどうするって、分かってるんだ。でも、それをどう止めなきゃいけないのか、分からない。……いけない事だって倫理を突き付ける事も、理屈っぽい言葉を並び立てるのも、いいかもしれない。けど、それはアタシの言葉じゃない」
ガルラがリンナへ叱咤したように、この答えはリンナの言葉で叫ばれるべきだ。もしこの答えを自分の言葉で語る事が出来ないのならば、リンナは今回の件に手を出す理由などない。
「そうだ。アタシはずっと……この力を手にした時から、勘違いをしてたんだ」
自分のマジカリング・デバイスを取り出して、その固く、薄い板を握り締めながら、この力がどれだけ強大なのか、この力がどうして必要なのかを考える。
だがその答えは既に、ガルラが幼いリンナへ、既に教えていたのだ。
『戦いってのは、それが行われちまった時には、既に負けてんだぞ』と。
それを守り続けて来たつもりだった。心で噛みしめていたつもりだった。
だが本当に――それを理解できていたのだろうかと、今更ながらに思う。
「アタシはこれまで、この力で戦う事が出来れば、戦ってきた。それ自体が間違いだなんて思ってない。……でもアタシはこの間、マリルリンデへ、ただの暴力を突き付ける所だった」
それは自分の心が弱かったからだと、リンナは自分自身を卑下した。
「この力は、どっちも互いに引っ込みがつかなくなって、初めて振らなきゃいけない力だ。そして振りかざした後にも、振りかざしたという責任が伴う……その責任を背負う覚悟も無いアタシに、マリルリンデを罵倒する権利も、親父たちを止める資格も、無いんだ」
ああ――と、そこでリンナは一人、納得した。
そうした心の弱さが、刀工に現れているのだ。
きっと【キソ】や【カネツグ】を打っている時に抱いていた想いと、皇族用の五本を打っていた時の想いが、決定的に違うんだろう。
――だが、それが何かが分からない。
リンナもクアンタも、自分の心に巣食う何かに蝕まれて、それ以降ただ押し黙る事しか、出来なかった。
そんな時である。
馬車の車輪が転がるような音が聞こえて、リンナは思わず顔を上げた。何度か聞いた音、しかしこうした音を響かせる来客など限られる。皇族の方々か、リエルティック商会のヴァルブだが、ヴァルブは本日集荷及び取引予定にない。
つまり、皇族だ。
庭で足を止める馬。それと同時に、馬車の扉が大きく開かれ、馬より降りたサーニスが手を差し出すと、彼に引かれてアメリアが降りてくる。
「アメリア様?」
縁側からアメリアの姿を確認したリンナとクアンタ。そして彼女達の姿を見て、アメリアは一度笑みを浮かべたが――しかし、すぐに口を結んで、何といえば良いのかを決めかねているかのような表情で「突然すまんの」と、まずは謝罪した。
「少し、主ら二人と、話をしたいのじゃ」
「いえ、どうぞ上がってください」
縁側に腰かけたアメリアに続いて、リンナも腰を下ろした。クアンタはサーニスと目を合わせるが、彼は「少し厨房をお借りします」と言って靴を脱ぎ、台所で硬水を温め始める。恐らく紅茶を淹れるつもりだ。
クアンタがそんな彼へと近付き、サーニスもそれを咎めはしない。
「今日は二人に、ちょっと伝えたい事があっての」
縁側からの声は良く通る。故にクアンタにもアメリアの声は聞こえる。
「主らは、吾輩らに義理や義務感を持っておるんじゃないか、とな」
「義理や義務感……ですか?」
「リンナは敵に父がおる。そしてクアンタは、同胞であるマリルリンデがおる。……そうした中で我々皇族に尽くしてくれるのは、主らが吾輩らに、そうした義理や人情で協力してくれている可能性も否めんと思ってのぉ」
それ自体に、リンナは否定できない。
結局な所、これまでリンナは金が介在した仕事として、皇族や警兵隊、皇国軍用の刀を打ち続けてきた。
だが、もし人類の危機にリンナの刀が絶対に必要だと言われた場合、ガルラやマリルリンデ側に就くのではなく、アメリア達皇族側に就いただろう。
それは、確かにガルラやマリルリンデの野望とする人類粛清を受け入れがたい事も理由にはなるが、結局の所、リンナやクアンタは「皇族達五人と親しくなってしまった」のだ。
「吾輩は、主らが敵に回ってしまっても、仕方ないと思っとる」
「そんな、敵に回るなんて」
「それだけの罪も業も、我ら皇族は積み重ねてきたと言うておるのじゃ。故に、マリルリンデやガルラという者共が行おうとする復讐も、認めはせんが否定もせん」
以前、源の泉に向かう道中で、姫巫女達の亡骸を相手取る事になったイルメールも、同様の事を言っていたと、リンナは思い出す。
『オレ等より前の皇族が色々やらかしてンなら、その結果をオレ等が受け止め、償い、次に繋げてかなきャなンねェ……それが、オレ達【力ある者】の責務だ』
リンナはイルメールの言葉を、その時は何となく受け取っていたかもしれない。
だが間違いなく、皇族達はそうした罪の積み重ねを受け止めつつ、しかしそれらを背負う【覚悟】を抱いている。
「……強いなぁ。みんな」
膝を折り、顔を隠しながら呟いたリンナの言葉を、アメリアはただ聞いていた。
彼女の頭を撫で、身を寄せ、その上で問う。
「のぅ、リンナ、クアンタ。主らは、もう戦わずとも良いのじゃ。主らはもう、傷つく必要なぞないのじゃ」
無理に皇族へ刀を作り続ける必要などない。
無理にこれからの戦いに関わろうとする必要は無い。
相手は父や同胞であり、相対する皇族は、そうした相手に狙われ、戦うだけの理由がある。
二者には、もう力を振りかざし合うしか、解決する方法はないのだ。
ガルラやマリルリンデは『これまで失った命の為に』戦う。
アメリア達皇族は『これから命を失わせない為に』戦う。
それに、もうリンナやクアンタを巻き込める筈も無いと――アメリアは嘆いた。
「主らは吾輩にとって、とても大切な子じゃ。大切な子じゃからこそ……主らにはもう、傷ついて欲しくないんじゃ」
アメリアの言葉を受けながら、抱き寄せられたリンナは、アメリアの温かさを感じる。
彼女の体温というだけではない。
それは彼女の心から放たれた言葉や想いが、リンナに伝わっているのだと感じたのだ。
「クアンタ」
そんな二者の姿を見続けていたクアンタに声をかけたサーニスが、今紅茶を三人分淹れた湯呑をおぼんに乗せて運び、ちゃぶ台に置いた後、再び庭へと身を出した。
「来い」
庭へ出たサーニスが指を動かし、クアンタをそう呼び出した。
普段のクアンタならば「何故」と問うても良かっただろうが、今の彼女にはそうした思考も回らずにいる。
ただ、玄関から靴を履き、庭へと出て――そこでサーニスが、一本の刀を鞘ごとクアンタへ渡した。
「皇族用の刀だ」
「それは、分かる。リエルティック商会へ流し、皇族に搬入される予定だった、リュウオウだ」
だが何故この刀を、と。
そう問おうとした瞬間、クアンタはゾワリとした気配を感じ取り、その場から飛び退き、戦闘態勢を整える。
「……サーニス」
「気配を感じ取れるか、クアンタ」
「これほど膨大な殺意、見抜けぬ筈がない」
「ならば、その刀を渡した理由は、分かるだろう」
突然の事に、驚いたのはクアンタやリンナだけではない、アメリアも同様だ。
戦闘態勢を整え、今にも殺し合いに発展しそうな殺気を放つサーニスという存在に、呆然と口を開くしか、リンナとアメリアには、出来ない。
「【ヘンシン】しろ、クアンタ。本気で来い」
「戦う理由が無い」
「いちいち相手に戦いの是非を問うか」
クアンタとサーニスの間に開かれた距離は約二十メートル。
だがそんな距離は、二者が互いに踏み込めば、一瞬で詰める事の出来る距離。
――否、違う。
サーニス一人が踏み込めば、詰める事の出来る距離だ。
「――ッ」
サーニスがレイピアの柄を握り、抜き放ち、腰を落とした状態で足を踏みこんで、真っすぐ駆け抜けると、クアンタの眼前へとレイピアの先端を突き付けた。
寸での所でクアンタが身体を横倒しにする事で顔面に放たれた一突きを避ける事は出来たが――何時、どのタイミングで二突目があったか、クアンタも把握できなかったが、いつの間にか右腕が貫かれ、抜かれていた。
「――これでも戦いの是非を問うと?」
「サーニス……ッ!」
これまでリンナは、彼女から見えるクアンタの弱い所はいくつか見て来たつもりだった。
しかし今回は、ただ弱い部分なだけではない。本当に、心が弱っている。
雨に濡れながら震える子犬の様に……クアンタは、沈んだ表情と共にリンナへと潤んだ視線を向け、訪ねる。
「私は、どうしたらいいのだろう。私は、お師匠さえ守れるならば、それで良いんだと思っていた……だが、今はこの星の全てを、守らないといけないと……そうした考えが頭にずっとこべりついて、離れないんだ」
「……アタシにも、分かんないよ」
何せリンナも同じ気持ちを抱いているから。
クアンタのように、この星を守りたい等という大層な目的ではない。けれど、クアンタと同じく、心を惑わされて、困惑している。
「アタシは……何がしたいんだろう。どうしたいんだろう。それをどれだけ考えても、答えなんて出ないんだ」
父・ガルラの行おうとしている事は、人類の選別は、本来あってはならない暴虐でしか無いと考えている。
だがガルラとマリルリンデは二百年もの月日で、人類の醜い部分を見続けてきたのだ。
そして人類の醜さ故に、彼らが守り続けて来た姫巫女の一族はもう、リンナ一人になってしまったのだと言う。
――そうした恨みを、辛さを、そして何より大切な仲間を殺されたり辱められたりした事を怒り狂った事を、全てに絶望してしまう事を、否定など誰が出来ようか。
「親父のやろうとしている事を、娘である筈のアタシが止めないでどうするって、分かってるんだ。でも、それをどう止めなきゃいけないのか、分からない。……いけない事だって倫理を突き付ける事も、理屈っぽい言葉を並び立てるのも、いいかもしれない。けど、それはアタシの言葉じゃない」
ガルラがリンナへ叱咤したように、この答えはリンナの言葉で叫ばれるべきだ。もしこの答えを自分の言葉で語る事が出来ないのならば、リンナは今回の件に手を出す理由などない。
「そうだ。アタシはずっと……この力を手にした時から、勘違いをしてたんだ」
自分のマジカリング・デバイスを取り出して、その固く、薄い板を握り締めながら、この力がどれだけ強大なのか、この力がどうして必要なのかを考える。
だがその答えは既に、ガルラが幼いリンナへ、既に教えていたのだ。
『戦いってのは、それが行われちまった時には、既に負けてんだぞ』と。
それを守り続けて来たつもりだった。心で噛みしめていたつもりだった。
だが本当に――それを理解できていたのだろうかと、今更ながらに思う。
「アタシはこれまで、この力で戦う事が出来れば、戦ってきた。それ自体が間違いだなんて思ってない。……でもアタシはこの間、マリルリンデへ、ただの暴力を突き付ける所だった」
それは自分の心が弱かったからだと、リンナは自分自身を卑下した。
「この力は、どっちも互いに引っ込みがつかなくなって、初めて振らなきゃいけない力だ。そして振りかざした後にも、振りかざしたという責任が伴う……その責任を背負う覚悟も無いアタシに、マリルリンデを罵倒する権利も、親父たちを止める資格も、無いんだ」
ああ――と、そこでリンナは一人、納得した。
そうした心の弱さが、刀工に現れているのだ。
きっと【キソ】や【カネツグ】を打っている時に抱いていた想いと、皇族用の五本を打っていた時の想いが、決定的に違うんだろう。
――だが、それが何かが分からない。
リンナもクアンタも、自分の心に巣食う何かに蝕まれて、それ以降ただ押し黙る事しか、出来なかった。
そんな時である。
馬車の車輪が転がるような音が聞こえて、リンナは思わず顔を上げた。何度か聞いた音、しかしこうした音を響かせる来客など限られる。皇族の方々か、リエルティック商会のヴァルブだが、ヴァルブは本日集荷及び取引予定にない。
つまり、皇族だ。
庭で足を止める馬。それと同時に、馬車の扉が大きく開かれ、馬より降りたサーニスが手を差し出すと、彼に引かれてアメリアが降りてくる。
「アメリア様?」
縁側からアメリアの姿を確認したリンナとクアンタ。そして彼女達の姿を見て、アメリアは一度笑みを浮かべたが――しかし、すぐに口を結んで、何といえば良いのかを決めかねているかのような表情で「突然すまんの」と、まずは謝罪した。
「少し、主ら二人と、話をしたいのじゃ」
「いえ、どうぞ上がってください」
縁側に腰かけたアメリアに続いて、リンナも腰を下ろした。クアンタはサーニスと目を合わせるが、彼は「少し厨房をお借りします」と言って靴を脱ぎ、台所で硬水を温め始める。恐らく紅茶を淹れるつもりだ。
クアンタがそんな彼へと近付き、サーニスもそれを咎めはしない。
「今日は二人に、ちょっと伝えたい事があっての」
縁側からの声は良く通る。故にクアンタにもアメリアの声は聞こえる。
「主らは、吾輩らに義理や義務感を持っておるんじゃないか、とな」
「義理や義務感……ですか?」
「リンナは敵に父がおる。そしてクアンタは、同胞であるマリルリンデがおる。……そうした中で我々皇族に尽くしてくれるのは、主らが吾輩らに、そうした義理や人情で協力してくれている可能性も否めんと思ってのぉ」
それ自体に、リンナは否定できない。
結局な所、これまでリンナは金が介在した仕事として、皇族や警兵隊、皇国軍用の刀を打ち続けてきた。
だが、もし人類の危機にリンナの刀が絶対に必要だと言われた場合、ガルラやマリルリンデ側に就くのではなく、アメリア達皇族側に就いただろう。
それは、確かにガルラやマリルリンデの野望とする人類粛清を受け入れがたい事も理由にはなるが、結局の所、リンナやクアンタは「皇族達五人と親しくなってしまった」のだ。
「吾輩は、主らが敵に回ってしまっても、仕方ないと思っとる」
「そんな、敵に回るなんて」
「それだけの罪も業も、我ら皇族は積み重ねてきたと言うておるのじゃ。故に、マリルリンデやガルラという者共が行おうとする復讐も、認めはせんが否定もせん」
以前、源の泉に向かう道中で、姫巫女達の亡骸を相手取る事になったイルメールも、同様の事を言っていたと、リンナは思い出す。
『オレ等より前の皇族が色々やらかしてンなら、その結果をオレ等が受け止め、償い、次に繋げてかなきャなンねェ……それが、オレ達【力ある者】の責務だ』
リンナはイルメールの言葉を、その時は何となく受け取っていたかもしれない。
だが間違いなく、皇族達はそうした罪の積み重ねを受け止めつつ、しかしそれらを背負う【覚悟】を抱いている。
「……強いなぁ。みんな」
膝を折り、顔を隠しながら呟いたリンナの言葉を、アメリアはただ聞いていた。
彼女の頭を撫で、身を寄せ、その上で問う。
「のぅ、リンナ、クアンタ。主らは、もう戦わずとも良いのじゃ。主らはもう、傷つく必要なぞないのじゃ」
無理に皇族へ刀を作り続ける必要などない。
無理にこれからの戦いに関わろうとする必要は無い。
相手は父や同胞であり、相対する皇族は、そうした相手に狙われ、戦うだけの理由がある。
二者には、もう力を振りかざし合うしか、解決する方法はないのだ。
ガルラやマリルリンデは『これまで失った命の為に』戦う。
アメリア達皇族は『これから命を失わせない為に』戦う。
それに、もうリンナやクアンタを巻き込める筈も無いと――アメリアは嘆いた。
「主らは吾輩にとって、とても大切な子じゃ。大切な子じゃからこそ……主らにはもう、傷ついて欲しくないんじゃ」
アメリアの言葉を受けながら、抱き寄せられたリンナは、アメリアの温かさを感じる。
彼女の体温というだけではない。
それは彼女の心から放たれた言葉や想いが、リンナに伝わっているのだと感じたのだ。
「クアンタ」
そんな二者の姿を見続けていたクアンタに声をかけたサーニスが、今紅茶を三人分淹れた湯呑をおぼんに乗せて運び、ちゃぶ台に置いた後、再び庭へと身を出した。
「来い」
庭へ出たサーニスが指を動かし、クアンタをそう呼び出した。
普段のクアンタならば「何故」と問うても良かっただろうが、今の彼女にはそうした思考も回らずにいる。
ただ、玄関から靴を履き、庭へと出て――そこでサーニスが、一本の刀を鞘ごとクアンタへ渡した。
「皇族用の刀だ」
「それは、分かる。リエルティック商会へ流し、皇族に搬入される予定だった、リュウオウだ」
だが何故この刀を、と。
そう問おうとした瞬間、クアンタはゾワリとした気配を感じ取り、その場から飛び退き、戦闘態勢を整える。
「……サーニス」
「気配を感じ取れるか、クアンタ」
「これほど膨大な殺意、見抜けぬ筈がない」
「ならば、その刀を渡した理由は、分かるだろう」
突然の事に、驚いたのはクアンタやリンナだけではない、アメリアも同様だ。
戦闘態勢を整え、今にも殺し合いに発展しそうな殺気を放つサーニスという存在に、呆然と口を開くしか、リンナとアメリアには、出来ない。
「【ヘンシン】しろ、クアンタ。本気で来い」
「戦う理由が無い」
「いちいち相手に戦いの是非を問うか」
クアンタとサーニスの間に開かれた距離は約二十メートル。
だがそんな距離は、二者が互いに踏み込めば、一瞬で詰める事の出来る距離。
――否、違う。
サーニス一人が踏み込めば、詰める事の出来る距離だ。
「――ッ」
サーニスがレイピアの柄を握り、抜き放ち、腰を落とした状態で足を踏みこんで、真っすぐ駆け抜けると、クアンタの眼前へとレイピアの先端を突き付けた。
寸での所でクアンタが身体を横倒しにする事で顔面に放たれた一突きを避ける事は出来たが――何時、どのタイミングで二突目があったか、クアンタも把握できなかったが、いつの間にか右腕が貫かれ、抜かれていた。
「――これでも戦いの是非を問うと?」
「サーニス……ッ!」
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