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第二十章
餓鬼とアルハット-01
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シドニア・ヴ・レ・レアルタは、シドニア領皇居にある自室兼執務室で、頭を抱えながら項垂れていた。
イルメール、及び部下であるサーニスより報告された内容を聞いて――ワナワナと震えながらも、何とか声を捻り出す。
「アメリアは、死んだ……という事か?」
現在は朝日が昇りかけている深夜である。アメリア領へと向かっていた筈の馬車が突然シドニア領皇居へと訪れ、何事かと思案する暇も無く、イルメールとサーニスの二者がやってきて、事実であろう出来事を語った。
――昨夜、ラフェエルタ高原にてガルラ、マリルリンデと接触。そこに現れた餓鬼の置換能力により、アメリアが姿を消した事を。
「……分かりません」
「分からんでは無いだろうサーニスッ!!」
机を強く叩き、サーニスへと怒鳴りつけるシドニアの声は随分と余裕がない。
そして普段であれば、それを咎める立場にあるイルメールも、今回ばかりはシドニアを咎める事はしなかった。
「シドニア、サーニスは悪くねェ。オレのミスだ……スマン」
「――っ」
素直に頭を下げ、謝罪をするイルメールに、シドニアはそれ以上何も言う事が出来ず、ただ行き場のない怒りを、壁を殴る事で発散し、短く呼吸を繰り返す。
「……すまない、サーニス。冷静さを欠いた」
「いえ……お叱りは、ごもっともで、ございます……っ」
餓鬼の置換能力に関しては、分かっていない事の方が多い。故にシドニアの問いである「アメリアは死んだのか」という問いに関しては、答える事は難しいだろう。
だが現状、餓鬼の置換能力によって消滅した人物やモノ等が発見された例はない。
――生存は、絶望的であると言っても良いのだろうが、しかし確証がない故に、分からないという回答に不思議はないのだ。
「……あぁ、くそ。頭が回らん……っ」
とにかくアメリアの生存が絶望的という事になれば、本来は対処せねばならぬ問題が山積みである筈だ。
そして現状、アルハットもカルファスもこの場にはいない。
イルメールを除き一番最初に報告を受けた、アメリアと同じく皇族である筈のシドニアが各所対応問題を判断せねばならぬという事は、彼も分かっているが――実の姉が死んだやもしれんという事実を受け止め、即座に気持ちや頭を切り替える事が出来る程、彼は経験豊富という訳ではない。
「シドニア様、まずは落ち着いて、内政に滞りを起こさぬよう、黒子たちへの報告が最優先でございます」
そして現状、執務室にいる面々の中で一番冷静でいるのは、間違いなく現シドニアの従者であるワネットであろう。
彼女はシドニアの右斜め後ろからそう声をかけると、シドニアもしばしの沈黙の後に頷いた。
「……そうだな。確か、アメリアはこうした事態に際して表舞台に立てる影武者を用意していた筈だ」
緊急事態時、皇族達に万が一の事があった場合にも対応が出来るようにする影武者というのは、シドニアとアルハットにも用意されている。
問題は――アメリアの影武者を用立てて皇族の椅子に座らせても、彼女ほどの能力は勿論ない、という事に他ならない。
「だが、そこは考えても始まらんな。……ワネット、連絡を頼めるか」
「かしこまりました」
急ぎ、執務室を出るワネットを見届けた後、シドニアはようやく落ち着いてきた事を確認した上で、サーニスとイルメールに、問う。
「我々の中で、一番餓鬼の能力に精通している人物は、アルハットとカルファスだな?」
「カルファス様もアルハット様も、餓鬼との交戦経験がございます。……ですが」
「もし餓鬼の能力で消された奴やモノがどこにあるか、なんつー事が分かるなら、事前に言ってるだろォよ」
「……まぁ、だろうな」
シドニアの言うように、餓鬼の置換能力についてを理解し、そして戦闘経験が一番豊富であるのは間違いなくアルハットとカルファスではある。
両者とも、戦闘は一回のみ、そして単純な戦闘回数だけで言えばリンナの方が二回とあるが、しかし彼女は理知的に相手の戦闘方式を研究するという戦い方はしない。必然的に研究者であるアルハットとカルファスの二人に意見を窺った方が良いという事にはなる。
だが今度はイルメールの言う通り、彼女達がもし餓鬼の置換能力によって炎へと置き換えられたモノがどうした形となるのかを把握しているのならば、それを共有しない理由はない。
故にこれまで共有がなかった事を鑑みれば「分からない」か「分かった所でどうしようもない」かの二択となり、どちらにせよシドニア達の欲する回答ではない、という事だ。
「……姉上は、落ち着いているように見えますが」
「アホか。落ち着いてるワケねェだろ。何回餓鬼を殺しても、晴れる事のねェ苛立ちだこんなモン……ッ」
だが、彼女は言葉こそ荒げさせているが、しかしそうした苛立ちを必要以上に出そうとはしない。
苛立ちはあるし、怒りもあるだろうが、しかしそれだけを考えて対処せねばならぬ問題に対応が出来ぬ、という事を避けたいのだと考えられる。
「オレ等が考えなきャなンねェのは、オレ等の苛立ちについてなんかじゃねェ。……もっと直接、ダメージが直結するアイツ等についてだ」
「……リンナ、そしてクアンタ、ですね」
そう。言葉は悪いが、シドニアやイルメール、サーニスも……ここにはいないが、ワネットやカルファス、アルハットも、皇族の面々で誰かが犠牲になる、死ぬ事になる危険性は、何時だって考えていた。
現状は戦時中と言っても違いは無く、皇族の中で一番冷静でいられなさそうなカルファスでさえも、事態を受け止めさえすれば、冷静に判断を下せるだろう。
――問題はリンナと、以前までは問題無かっただろうが、現在の臆病で責任感が強いという個性を得てしまった、クアンタである。
「シドニア、オメェに判断を任せてェ。……リンナとクアンタに、アメリアの事を伝えるかどうか」
「……伝えぬのは、不誠実というものだが」
だが二者の性格からして、アメリアが餓鬼によって消滅してしまったという事実は、重たく受け止める事は間違いない。実際に事態としては重たいものではあるが、しかし今後二者が心の平静を保てるのであれば、伝えぬ事もまた一つの解決方法ではあるかもしれない。
「自分は――伝えるべきと、考えますが」
サーニスの忌憚の無い意見。彼がこうした皇族による判断が必要な場面で、自分の意見を主張する事は珍しく、シドニアは彼へ「どうして?」と問う。
「いえ。ただ、彼女達ならば……しっかりと受け止める事が出来ると、思っただけであります。確証は、無いのですが」
「……そうか」
だがサーニスは皇族という立場に囲まれつつも、一番リンナやクアンタに近い位にいる。故に彼の意見は十分に有用だろうと考えたシドニアは頷いた。
「分かった。伝えるとしよう」
「なら――サーニス、オメェがクアンタとリンナに伝えてくれ。シドニアは、諸々やらなきャならねェ対処、頼む」
そう頼んだイルメールが、それまで座っていた椅子から立ち上がり、部屋から退室しようとする前に、シドニアは尋ねなければならない事を尋ねる。
「姉上はどちらに?」
「ちょっくらカルファスの所に行って、その足で色々と、な。馬一頭、借りるぜ」
手を軽く振りながら部屋を後にした姉の姿を見届けた後、シドニアは深く息をつき、目を揉んだ。
「……私は薄情かもしれん」
「と、言いますと?」
「アメリアが死んだかもしれないというのに、実感が湧かず、涙も流れないんだ。……その場にいればもう少し違ったのかもしれないが」
シドニアとて、血を分けた姉が死んでしまって、悲しまぬ程に非情であるつもりはない。むしろ彼は自分自身を、ある程度感情的な人間だと考えている。
であるのに――姉であるアメリアが死んだかもしれないという事実を受け止め、それでも尚涙が流れず、実感が出来ぬという事に、少なからずショックを受けているのだ。
「自分も……アメリア様が、どこかで生きていてくれているのならと、考えてしまいますが……この考えは、あまりに能天気すぎる考えなのかもしれません」
「だが、大事の前に取り乱されたとしたら、私も辛い。君が冷静でいてくれる事が何より救いなんだ。……もう一度、謝らせてくれ。先ほどは、声を荒げてしまって、申し訳ない」
「いえ。シドニア様のお言葉は正しく、そして実の姉君がお亡くなりになられる悲しみは、同じく姉を持つ身として、想像に難くありません。どうか頭をお上げ下さい」
頭を下げるシドニアに頭を上げてくれと頼むサーニスの言葉を受け、彼もゆっくり頭を上げて、考えねばならぬ事を思考する。
「イルメールがカルファスの所へ行くと言うのならば、カルファスへの報告は彼女に一任しよう。もし何かあれば、霊子転移でこちらまで来るだろう」
今、窓から見える景色にて、イルメールが馬の手綱を握りながら駆け出していく光景を視界に入れた。カルファス領まで馬を走らせれば半日もあれば到着するだろう。
「そう言えば、アルハットは? 確かリンナとクアンタの所へ行っていた筈だが」
「実は、先日リンナさんの所へ伺った後、お一人で霊子転移をなされ、どこかへ。一言も無くでしたので、どこにいるかなどは……」
「全く、と嘆きたいが……カルファスとアルハットは元々、そうした単独行動がお好みだ」
研究者の性、というべきか、彼女達は基本他者からの干渉を好まない。故に彼女達への通達は特使を派遣しての伝達が基本である。
「仕方ない。後でワネットに頼んでアルハット領へ特使を派遣する事とする。君はイルメールの言う通り、リンナとクアンタの二人に、事態の報告を」
「かしこまりました」
「それと、リンナとクアンタの護衛、及び今後の連絡も、君に一任するとしよう。別命あるまで、二人の所で待機だ。……ああ、一応相手は女性だ。故に寝泊まりする場所は分けるように」
「自分が、でありますか?」
「本来護衛対象のアメリアがいない今、君を手空きにするよりは余程良い。……それに、リンナも私の妹だ。君に是非、守って欲しい」
「――かしこまりましたっ」
声を張った返事と共に、サーニスは深く頭を下げた後、シドニアの部屋を後にした。
静かな部屋で一人になり、シドニアはそこで込み上げてくる感情に一瞬、戸惑いを隠せなかったが。
「あぁ……今更か」
一筋の涙がポタ、と手に零れると、言葉も溢した。
机の引き出しを開け、そこにしまっていた一つの小さなケースを取り出す。
「……母さん。僕は、貴女に加えて、姉までも失ってしまったのかもしれません」
ケースには、十七歳の誕生日にルワンからプレゼントされた彼女の指輪と合わせ、以前収容施設でルワンがマリルリンデより授かった後、死の間際にシドニアへ託した指輪の二つが、収められていた。
その指輪を何となく――右手と左手の両中指にはめ込む。
少し、彼女の温もりを感じた気がして。
シドニアはワネットが戻ってくるまでの数分間。
ただ一人で、泣き続けた。
イルメール、及び部下であるサーニスより報告された内容を聞いて――ワナワナと震えながらも、何とか声を捻り出す。
「アメリアは、死んだ……という事か?」
現在は朝日が昇りかけている深夜である。アメリア領へと向かっていた筈の馬車が突然シドニア領皇居へと訪れ、何事かと思案する暇も無く、イルメールとサーニスの二者がやってきて、事実であろう出来事を語った。
――昨夜、ラフェエルタ高原にてガルラ、マリルリンデと接触。そこに現れた餓鬼の置換能力により、アメリアが姿を消した事を。
「……分かりません」
「分からんでは無いだろうサーニスッ!!」
机を強く叩き、サーニスへと怒鳴りつけるシドニアの声は随分と余裕がない。
そして普段であれば、それを咎める立場にあるイルメールも、今回ばかりはシドニアを咎める事はしなかった。
「シドニア、サーニスは悪くねェ。オレのミスだ……スマン」
「――っ」
素直に頭を下げ、謝罪をするイルメールに、シドニアはそれ以上何も言う事が出来ず、ただ行き場のない怒りを、壁を殴る事で発散し、短く呼吸を繰り返す。
「……すまない、サーニス。冷静さを欠いた」
「いえ……お叱りは、ごもっともで、ございます……っ」
餓鬼の置換能力に関しては、分かっていない事の方が多い。故にシドニアの問いである「アメリアは死んだのか」という問いに関しては、答える事は難しいだろう。
だが現状、餓鬼の置換能力によって消滅した人物やモノ等が発見された例はない。
――生存は、絶望的であると言っても良いのだろうが、しかし確証がない故に、分からないという回答に不思議はないのだ。
「……あぁ、くそ。頭が回らん……っ」
とにかくアメリアの生存が絶望的という事になれば、本来は対処せねばならぬ問題が山積みである筈だ。
そして現状、アルハットもカルファスもこの場にはいない。
イルメールを除き一番最初に報告を受けた、アメリアと同じく皇族である筈のシドニアが各所対応問題を判断せねばならぬという事は、彼も分かっているが――実の姉が死んだやもしれんという事実を受け止め、即座に気持ちや頭を切り替える事が出来る程、彼は経験豊富という訳ではない。
「シドニア様、まずは落ち着いて、内政に滞りを起こさぬよう、黒子たちへの報告が最優先でございます」
そして現状、執務室にいる面々の中で一番冷静でいるのは、間違いなく現シドニアの従者であるワネットであろう。
彼女はシドニアの右斜め後ろからそう声をかけると、シドニアもしばしの沈黙の後に頷いた。
「……そうだな。確か、アメリアはこうした事態に際して表舞台に立てる影武者を用意していた筈だ」
緊急事態時、皇族達に万が一の事があった場合にも対応が出来るようにする影武者というのは、シドニアとアルハットにも用意されている。
問題は――アメリアの影武者を用立てて皇族の椅子に座らせても、彼女ほどの能力は勿論ない、という事に他ならない。
「だが、そこは考えても始まらんな。……ワネット、連絡を頼めるか」
「かしこまりました」
急ぎ、執務室を出るワネットを見届けた後、シドニアはようやく落ち着いてきた事を確認した上で、サーニスとイルメールに、問う。
「我々の中で、一番餓鬼の能力に精通している人物は、アルハットとカルファスだな?」
「カルファス様もアルハット様も、餓鬼との交戦経験がございます。……ですが」
「もし餓鬼の能力で消された奴やモノがどこにあるか、なんつー事が分かるなら、事前に言ってるだろォよ」
「……まぁ、だろうな」
シドニアの言うように、餓鬼の置換能力についてを理解し、そして戦闘経験が一番豊富であるのは間違いなくアルハットとカルファスではある。
両者とも、戦闘は一回のみ、そして単純な戦闘回数だけで言えばリンナの方が二回とあるが、しかし彼女は理知的に相手の戦闘方式を研究するという戦い方はしない。必然的に研究者であるアルハットとカルファスの二人に意見を窺った方が良いという事にはなる。
だが今度はイルメールの言う通り、彼女達がもし餓鬼の置換能力によって炎へと置き換えられたモノがどうした形となるのかを把握しているのならば、それを共有しない理由はない。
故にこれまで共有がなかった事を鑑みれば「分からない」か「分かった所でどうしようもない」かの二択となり、どちらにせよシドニア達の欲する回答ではない、という事だ。
「……姉上は、落ち着いているように見えますが」
「アホか。落ち着いてるワケねェだろ。何回餓鬼を殺しても、晴れる事のねェ苛立ちだこんなモン……ッ」
だが、彼女は言葉こそ荒げさせているが、しかしそうした苛立ちを必要以上に出そうとはしない。
苛立ちはあるし、怒りもあるだろうが、しかしそれだけを考えて対処せねばならぬ問題に対応が出来ぬ、という事を避けたいのだと考えられる。
「オレ等が考えなきャなンねェのは、オレ等の苛立ちについてなんかじゃねェ。……もっと直接、ダメージが直結するアイツ等についてだ」
「……リンナ、そしてクアンタ、ですね」
そう。言葉は悪いが、シドニアやイルメール、サーニスも……ここにはいないが、ワネットやカルファス、アルハットも、皇族の面々で誰かが犠牲になる、死ぬ事になる危険性は、何時だって考えていた。
現状は戦時中と言っても違いは無く、皇族の中で一番冷静でいられなさそうなカルファスでさえも、事態を受け止めさえすれば、冷静に判断を下せるだろう。
――問題はリンナと、以前までは問題無かっただろうが、現在の臆病で責任感が強いという個性を得てしまった、クアンタである。
「シドニア、オメェに判断を任せてェ。……リンナとクアンタに、アメリアの事を伝えるかどうか」
「……伝えぬのは、不誠実というものだが」
だが二者の性格からして、アメリアが餓鬼によって消滅してしまったという事実は、重たく受け止める事は間違いない。実際に事態としては重たいものではあるが、しかし今後二者が心の平静を保てるのであれば、伝えぬ事もまた一つの解決方法ではあるかもしれない。
「自分は――伝えるべきと、考えますが」
サーニスの忌憚の無い意見。彼がこうした皇族による判断が必要な場面で、自分の意見を主張する事は珍しく、シドニアは彼へ「どうして?」と問う。
「いえ。ただ、彼女達ならば……しっかりと受け止める事が出来ると、思っただけであります。確証は、無いのですが」
「……そうか」
だがサーニスは皇族という立場に囲まれつつも、一番リンナやクアンタに近い位にいる。故に彼の意見は十分に有用だろうと考えたシドニアは頷いた。
「分かった。伝えるとしよう」
「なら――サーニス、オメェがクアンタとリンナに伝えてくれ。シドニアは、諸々やらなきャならねェ対処、頼む」
そう頼んだイルメールが、それまで座っていた椅子から立ち上がり、部屋から退室しようとする前に、シドニアは尋ねなければならない事を尋ねる。
「姉上はどちらに?」
「ちょっくらカルファスの所に行って、その足で色々と、な。馬一頭、借りるぜ」
手を軽く振りながら部屋を後にした姉の姿を見届けた後、シドニアは深く息をつき、目を揉んだ。
「……私は薄情かもしれん」
「と、言いますと?」
「アメリアが死んだかもしれないというのに、実感が湧かず、涙も流れないんだ。……その場にいればもう少し違ったのかもしれないが」
シドニアとて、血を分けた姉が死んでしまって、悲しまぬ程に非情であるつもりはない。むしろ彼は自分自身を、ある程度感情的な人間だと考えている。
であるのに――姉であるアメリアが死んだかもしれないという事実を受け止め、それでも尚涙が流れず、実感が出来ぬという事に、少なからずショックを受けているのだ。
「自分も……アメリア様が、どこかで生きていてくれているのならと、考えてしまいますが……この考えは、あまりに能天気すぎる考えなのかもしれません」
「だが、大事の前に取り乱されたとしたら、私も辛い。君が冷静でいてくれる事が何より救いなんだ。……もう一度、謝らせてくれ。先ほどは、声を荒げてしまって、申し訳ない」
「いえ。シドニア様のお言葉は正しく、そして実の姉君がお亡くなりになられる悲しみは、同じく姉を持つ身として、想像に難くありません。どうか頭をお上げ下さい」
頭を下げるシドニアに頭を上げてくれと頼むサーニスの言葉を受け、彼もゆっくり頭を上げて、考えねばならぬ事を思考する。
「イルメールがカルファスの所へ行くと言うのならば、カルファスへの報告は彼女に一任しよう。もし何かあれば、霊子転移でこちらまで来るだろう」
今、窓から見える景色にて、イルメールが馬の手綱を握りながら駆け出していく光景を視界に入れた。カルファス領まで馬を走らせれば半日もあれば到着するだろう。
「そう言えば、アルハットは? 確かリンナとクアンタの所へ行っていた筈だが」
「実は、先日リンナさんの所へ伺った後、お一人で霊子転移をなされ、どこかへ。一言も無くでしたので、どこにいるかなどは……」
「全く、と嘆きたいが……カルファスとアルハットは元々、そうした単独行動がお好みだ」
研究者の性、というべきか、彼女達は基本他者からの干渉を好まない。故に彼女達への通達は特使を派遣しての伝達が基本である。
「仕方ない。後でワネットに頼んでアルハット領へ特使を派遣する事とする。君はイルメールの言う通り、リンナとクアンタの二人に、事態の報告を」
「かしこまりました」
「それと、リンナとクアンタの護衛、及び今後の連絡も、君に一任するとしよう。別命あるまで、二人の所で待機だ。……ああ、一応相手は女性だ。故に寝泊まりする場所は分けるように」
「自分が、でありますか?」
「本来護衛対象のアメリアがいない今、君を手空きにするよりは余程良い。……それに、リンナも私の妹だ。君に是非、守って欲しい」
「――かしこまりましたっ」
声を張った返事と共に、サーニスは深く頭を下げた後、シドニアの部屋を後にした。
静かな部屋で一人になり、シドニアはそこで込み上げてくる感情に一瞬、戸惑いを隠せなかったが。
「あぁ……今更か」
一筋の涙がポタ、と手に零れると、言葉も溢した。
机の引き出しを開け、そこにしまっていた一つの小さなケースを取り出す。
「……母さん。僕は、貴女に加えて、姉までも失ってしまったのかもしれません」
ケースには、十七歳の誕生日にルワンからプレゼントされた彼女の指輪と合わせ、以前収容施設でルワンがマリルリンデより授かった後、死の間際にシドニアへ託した指輪の二つが、収められていた。
その指輪を何となく――右手と左手の両中指にはめ込む。
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