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第二十一章
生きる意味-08
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カルファス・ヴ・リ・レアルタは、辺り一面に花畑が広々と続いている世界の只中に用意された椅子へ腰かけ、目の前に出されたティーカップの縁を指でなぞりながら、男――成瀬伊吹の目を見据える。
彼はずっと、カルファスと目を合わせながら、微笑みを崩さずにいる。
だがカルファスからすれば、そうした微笑みを常に浮かべている男ほど、信用できない者は無い。
笑顔とは相手の信用を勝ち取る手段であり、手段の後に結果がある。
そしてカルファスの経験上――結果を求める人間は、他者を出し抜く事に長けている。
故に笑顔を常に浮かべる者は、まず疑ってかかるべきであると考えるのである。
「毒は入っていないよ」
「分かってる。でもごめんなさい、気にくわない男から出されたモノを口にしないようしているのよ」
「実に疑り深い事だ。……それに、どんな毒物が混入していたとしても、君の本体を破壊できるわけでは無いのに」
「私の本体と繋がってるパスを経由して魔術的な介入行為を行う事は出来るわ」
「簡単に言うけれど、俺は魔術師でもなんでもない。君のいうような魔術行使は第六世代魔術回路でも持たねば不可能だろう」
「アルちゃんから聴いている。貴方……神霊【シン】の持つ能力を。それが事実ならば、この場所にいる限り行えてしまう。だから疑ってかかっているのよ」
そうかい、と相槌を打つ伊吹が、紅茶を一口飲んだ後、別の質問を行う。
「所で君は、どうしてこの空間に来られた?」
「理由は幾つかあるわ。長くなるけれど、聞く?」
「ああ。興味深いからね」
「まずはヤエさんがアルちゃんとクアンタちゃんの意識を連れて行った時、私は気絶している二者の脳波パターンを計測したわ。すると彼女達は『起きている時と同様の脳波パターンを出していた』のよ。つまり、寝ているように見えて寝ていない、という状態ね」
睡眠時、人間の脳が出す脳波パターンは二つに分類できる。浅い眠り……レム睡眠時のパターンと、深い眠り……ノンレム睡眠時の脳波だ。
だがクアンタとアルハットはその時、外見上は眠っているように見えても意識はハッキリと保たれており、レム睡眠・ノンレム睡眠時の脳波パターンとも食い違っていた上、クアンタに関しては聴覚機能もガルラやリンナ、シドニアの会話を聞ける程、意識以外はしっかりと稼働していたという。
「意識が覚醒状態にあった理由は、脳を稼働状態にした上で意識をデータに変換して別の空間に送信していたからだね。もし肉体から完全に意識を消し去ってしまえば脳も睡眠時等の稼働に切り替えてしまう。そうなってしまえば意識を別の次元に送信する事も出来なくなるから」
まずは必要な内容の説明を一つ終わらせたカルファスだったが、しかし伊吹は顎に指を乗せて感心を彼女へ向けている。
「次に私は二者の意識データが送られた空間がどう言ったものか、二人の脳波が『どこに向けて送信させられているか』を確認する為、次元観測から行ったわ」
「次元観測?」
「私の持つ独自魔術の一つで、固定空間魔術と呼ばれるものがあるのだけれど、これは別次元とゴルサ次元の断層にある虚無……つまり何もない空間という性質を利用した、世界の理から断絶された場所に作られた擬似的な世界魔術があるの」
「Bから聴いてはいたし、俺も君の動向は追っていたつもりだったが……本当に君は、神の力を有する俺からしても、規格外だ。正直、排除するべきか悩むほどにね」
つまりカルファスには、そうした固定空間を作り出す上で、次元の断層を認識する為の知識と技術を持ち――断層を感知できるという事は、断層を超えた先にある世界をも識別する事は可能、という事である。
「そして二者の意識が送信されている先、脳波が送られている先の次元に、ぽっかりと空いた穴のような、小さな空間を発見した。それが、ココ」
地面へと指を向け、息を吐いたカルファスは「意識データだけを送り込むのは、次元の違いをなるべく干渉させない方法ね」と感心を込めて言葉にする。
「次元と次元の間、虚無と呼ばれる空間には時間の概念が無い。故に時間経過を気にせずに研究とかを出来る場所として固定空間があるのだけれど、そうした時間の概念が無い空間を経由する事によってか、次元間移動は時の流れに違いが生じる」
例えばカルファスは先ほど、ゴルサという世界からこの空間に一分も時間をかけずに到着する事が出来たが、ゴルサでは現在、どれだけの時間が流れているかも分からない。
「ヤエさんと貴方からしたら、クアンタちゃんやアルちゃんには一秒でも長くゴルサに居て欲しい。でも二人は説明を要求していた。時間の概念が異なる空間に身体ごと持っていく事は、何か懸念事項がゴルサで起こった場合、瞬時に対応する事が難しい可能性がある。だから、意識データだけを送った形ね」
「意識だけならば、時間の概念が異なる空間にも送れると?」
「少なくとも影響を小さくする事はできる。可逆圧縮方式で二者の意識を圧縮し、意識をこの空間内で解凍するだけでも、次元間渡航による全体影響を十分の一以下へ閉じ込める事は出来るわ」
そして送られている次元さえ分かってしまえば、固定空間魔術を会得しているカルファスにとっては、次元間渡航をする事自体はそほど難しくない。
正確に言えば難しい事ではあるが、出来ない事ではない。親機の持つ計算能力を五十パーセント、この次元間渡航の演算に回し、二十五パーセントの計算能力を思考回路維持に投じればいい。
「私も別の子機に任せてる皇族としての仕事があるから、これ以上演算能力を割くわけにはいかないし、残り二十五パーセントしかない状況で魔術使役を行う事も難しいから、戻るまで私は戦闘に参加できない。――私としても、一種の賭けとしてここにいる、という事だね」
もし何か、レアルタ皇国で異変が起こったとしても、カルファスはそれを認識できる程の解析能力は持たないし、認識出来たとしても対処できる能力も使役出来ない。
カルファスが狂人じみた優秀さを有するがこそ、それが活用できる場で活用できないという状況は、レアルタ皇国としても不利益だ。
「では、どうして君はそんな賭けをしてまで、俺に接触を?」
「分かっているんでしょう」
「ああ。だが君の口から聴かせてくれ」
「そうやって他人を下げ、他人を見下す事しかしない。神っていうのはどうしてそうなのかな」
「安心してくれ。これは俺自身の性格故だ。神が皆そうであるわけじゃない。……まぁ強大な力ゆえに尊厳が肥大化してる奴は確かに多いけれどね」
本当に安心させる気があるのか分からぬ言葉でそう言った彼にため息をつきつつ、カルファスは決して頭を下げるつもりは無いと言わんばかりに、眼力を強めた。
「私の妹、アメリアちゃんを助ける手助けをしてほしい」
「君は、アメリア・ヴ・ル・レアルタが生きていると?」
「生きているかどうかの判断はまだついていない。けれど、アメちゃんそのものが燃やされたわけじゃない。次元のどこかに転移させられたと見るべき。そして、空間を認識するとかならともかく、次元という無限の海で、人を見つけ出すなんて事は流石の私でも難しいし、時間をかけた分だけ生存率が危うくなる。となると、神の力でも借りなければならないでしょう」
「ヤエに頼めばいい」
「あの人はこういう時は役に立たない。私たちに手を出す事が出来ない役割の彼女に頼むというのは時間の無駄でしかないわ」
「俺がどうして手を貸すと思った?」
「貸すかどうかなんて分からないわ。ただ貴方は自分の役割みたいなもので手をこまねいたりしないと、アルちゃんの話を聞いている限りで判断しただけ。そして、拒否させる気も無いわ。……力づくでも、貴方を従わせる」
現在いる場所は偽りのゴルサでも、地球でもない。源が存在する惑星内という訳でもない。つまり、現在カルファスはマナ貯蔵庫にマナを補給する方法を失っている状況だ。
それに加え、話に聞いている限りでは、この成瀬伊吹という男は、こうした『彼が作り上げた世界』では、どんな願望でも叶える事が出来る。
彼へ喧嘩を売るような今回の行為は、一見すると無謀にも見えるが――しかしカルファスには自信があった。
彼・成瀬伊吹を、カルファスの味方に取り入る事が出来る、と。
「三つ、聞かせてくれ」
伊吹はそこで笑みを消した。
普段、笑みを浮かべている者が笑みを消した時、それが最も正念場となる。
カルファスは何を問われるのか、頭の中で幾つも想定しつつ、問いを待つ。
「一つ。君はどうして俺に頼る? 君達の星にはパワーもいるし、他の神々に頼るという手もある」
「こっちも、理由は三つ。一つはパワーさんとかの神霊を私が識別する目を持たないから。一つはパワーさんとかの神霊には次元間渡航や次元に関する能力が見受けられないから。もう一つは貴方の能力が次元に新たな世界を形成する能力だから」
「つまり次元のどこかへと送られたアメリア・ヴ・ル・レアルタを救出するには、俺の能力が一番適役だと考えた、という訳か」
この問いは予想がついていたし、恐らく伊吹もこの回答は予想済みだっただろう。
しかし故に、カルファスはミスをしたか、と感じつつも、続く彼の言葉を聞いた。
「二つ。何故先に泉の管理者となったアルハットに頼み、泉の力を手にしなかった? 俺へ助けを求めるよりも確実性があっただろうに」
「私としても泉の力は興味深いけれど、そこは自制をしなくちゃと思ってね。思った以上に泉の力は強大過ぎる。私の魔術回路であの高純度のマナを取り込んでしまえば、人類に与える影響が大きすぎる。私がこれ以上強大な力を持っちゃったら、貴方達からしても冗談じゃなく排除対象でしょう?」
「君は自分の才能を理解しつつ、自制する心もあると」
「……まぁ、前に泉へ行った時に軽く暴走して皆に迷惑かけたからね。だからって部分も大きいよ」
成瀬伊吹は、恐らく人間観察という点に強い興味を持っている。
否――人間観察ではない。恐らくは「人間や生命体の有する特徴的行動」という点に興味を持っていると予想出来る。
カルファスは事前にアルハットへ、この成瀬伊吹という男の印象を問うた時、こう答えたのだ。
『そう、ですね。まるで、物語を愛でるのが好き、みたいな印象を持つ人でした』
『物語を?』
『ええ。去り際に私へ「偽りのゴルサという星の物語を、楽しく拝見させて貰うとするよ」と言っていた事が要因なんですが……』
そしてカルファスも成瀬伊吹という男と相対し、今まさに会話を交わす事により、そのアルハットが抱いた印象は正しかったと再認識する。
より深くカルファスが彼へ抱いた印象を言えば、彼は「世界を一種の物語として認識」しており、加えて「登場人物に魅力があればあるほど認めやすい傾向がある」のだと認識した。
彼はカルファスの回答に正当性など求めていない。理屈付いた回答などは求めていない。
ただ、面白さや奇抜さ、その内に秘める信念の大きさなどを見ているとしか思えない。
カルファスが自分の持つ技能や才能を以て、無茶を道理に変えた事を語る時、彼は興味深そうに、面白そうにその話を聞く。
事実をただ述べている時のカルファスを見る彼は、笑みこそ浮かべているが、心の底から笑って等いない。
そうした違いを読み取るのは、アメリアの得意分野ではあるけれど、カルファスも出来ない事ではない。
だから――カルファスの存在を、ある程度「物語の登場人物」として認めさせることが出来れば。
そしてアメリアという存在を救う事で、より彼が見たい物語を面白く出来ると認識させることが出来れば。
彼をこちら側に引き入れる事は可能だ。
「最後だ」
彼を引き入れる為に、この回答は重要となる。
悟られぬように息を呑み、彼の言葉を待つ。
すると彼は――僅かに表情を赤めて、ティーカップを持ち上げて、笑うのである。
「君にとって、妹は可愛いかい?」
彼はずっと、カルファスと目を合わせながら、微笑みを崩さずにいる。
だがカルファスからすれば、そうした微笑みを常に浮かべている男ほど、信用できない者は無い。
笑顔とは相手の信用を勝ち取る手段であり、手段の後に結果がある。
そしてカルファスの経験上――結果を求める人間は、他者を出し抜く事に長けている。
故に笑顔を常に浮かべる者は、まず疑ってかかるべきであると考えるのである。
「毒は入っていないよ」
「分かってる。でもごめんなさい、気にくわない男から出されたモノを口にしないようしているのよ」
「実に疑り深い事だ。……それに、どんな毒物が混入していたとしても、君の本体を破壊できるわけでは無いのに」
「私の本体と繋がってるパスを経由して魔術的な介入行為を行う事は出来るわ」
「簡単に言うけれど、俺は魔術師でもなんでもない。君のいうような魔術行使は第六世代魔術回路でも持たねば不可能だろう」
「アルちゃんから聴いている。貴方……神霊【シン】の持つ能力を。それが事実ならば、この場所にいる限り行えてしまう。だから疑ってかかっているのよ」
そうかい、と相槌を打つ伊吹が、紅茶を一口飲んだ後、別の質問を行う。
「所で君は、どうしてこの空間に来られた?」
「理由は幾つかあるわ。長くなるけれど、聞く?」
「ああ。興味深いからね」
「まずはヤエさんがアルちゃんとクアンタちゃんの意識を連れて行った時、私は気絶している二者の脳波パターンを計測したわ。すると彼女達は『起きている時と同様の脳波パターンを出していた』のよ。つまり、寝ているように見えて寝ていない、という状態ね」
睡眠時、人間の脳が出す脳波パターンは二つに分類できる。浅い眠り……レム睡眠時のパターンと、深い眠り……ノンレム睡眠時の脳波だ。
だがクアンタとアルハットはその時、外見上は眠っているように見えても意識はハッキリと保たれており、レム睡眠・ノンレム睡眠時の脳波パターンとも食い違っていた上、クアンタに関しては聴覚機能もガルラやリンナ、シドニアの会話を聞ける程、意識以外はしっかりと稼働していたという。
「意識が覚醒状態にあった理由は、脳を稼働状態にした上で意識をデータに変換して別の空間に送信していたからだね。もし肉体から完全に意識を消し去ってしまえば脳も睡眠時等の稼働に切り替えてしまう。そうなってしまえば意識を別の次元に送信する事も出来なくなるから」
まずは必要な内容の説明を一つ終わらせたカルファスだったが、しかし伊吹は顎に指を乗せて感心を彼女へ向けている。
「次に私は二者の意識データが送られた空間がどう言ったものか、二人の脳波が『どこに向けて送信させられているか』を確認する為、次元観測から行ったわ」
「次元観測?」
「私の持つ独自魔術の一つで、固定空間魔術と呼ばれるものがあるのだけれど、これは別次元とゴルサ次元の断層にある虚無……つまり何もない空間という性質を利用した、世界の理から断絶された場所に作られた擬似的な世界魔術があるの」
「Bから聴いてはいたし、俺も君の動向は追っていたつもりだったが……本当に君は、神の力を有する俺からしても、規格外だ。正直、排除するべきか悩むほどにね」
つまりカルファスには、そうした固定空間を作り出す上で、次元の断層を認識する為の知識と技術を持ち――断層を感知できるという事は、断層を超えた先にある世界をも識別する事は可能、という事である。
「そして二者の意識が送信されている先、脳波が送られている先の次元に、ぽっかりと空いた穴のような、小さな空間を発見した。それが、ココ」
地面へと指を向け、息を吐いたカルファスは「意識データだけを送り込むのは、次元の違いをなるべく干渉させない方法ね」と感心を込めて言葉にする。
「次元と次元の間、虚無と呼ばれる空間には時間の概念が無い。故に時間経過を気にせずに研究とかを出来る場所として固定空間があるのだけれど、そうした時間の概念が無い空間を経由する事によってか、次元間移動は時の流れに違いが生じる」
例えばカルファスは先ほど、ゴルサという世界からこの空間に一分も時間をかけずに到着する事が出来たが、ゴルサでは現在、どれだけの時間が流れているかも分からない。
「ヤエさんと貴方からしたら、クアンタちゃんやアルちゃんには一秒でも長くゴルサに居て欲しい。でも二人は説明を要求していた。時間の概念が異なる空間に身体ごと持っていく事は、何か懸念事項がゴルサで起こった場合、瞬時に対応する事が難しい可能性がある。だから、意識データだけを送った形ね」
「意識だけならば、時間の概念が異なる空間にも送れると?」
「少なくとも影響を小さくする事はできる。可逆圧縮方式で二者の意識を圧縮し、意識をこの空間内で解凍するだけでも、次元間渡航による全体影響を十分の一以下へ閉じ込める事は出来るわ」
そして送られている次元さえ分かってしまえば、固定空間魔術を会得しているカルファスにとっては、次元間渡航をする事自体はそほど難しくない。
正確に言えば難しい事ではあるが、出来ない事ではない。親機の持つ計算能力を五十パーセント、この次元間渡航の演算に回し、二十五パーセントの計算能力を思考回路維持に投じればいい。
「私も別の子機に任せてる皇族としての仕事があるから、これ以上演算能力を割くわけにはいかないし、残り二十五パーセントしかない状況で魔術使役を行う事も難しいから、戻るまで私は戦闘に参加できない。――私としても、一種の賭けとしてここにいる、という事だね」
もし何か、レアルタ皇国で異変が起こったとしても、カルファスはそれを認識できる程の解析能力は持たないし、認識出来たとしても対処できる能力も使役出来ない。
カルファスが狂人じみた優秀さを有するがこそ、それが活用できる場で活用できないという状況は、レアルタ皇国としても不利益だ。
「では、どうして君はそんな賭けをしてまで、俺に接触を?」
「分かっているんでしょう」
「ああ。だが君の口から聴かせてくれ」
「そうやって他人を下げ、他人を見下す事しかしない。神っていうのはどうしてそうなのかな」
「安心してくれ。これは俺自身の性格故だ。神が皆そうであるわけじゃない。……まぁ強大な力ゆえに尊厳が肥大化してる奴は確かに多いけれどね」
本当に安心させる気があるのか分からぬ言葉でそう言った彼にため息をつきつつ、カルファスは決して頭を下げるつもりは無いと言わんばかりに、眼力を強めた。
「私の妹、アメリアちゃんを助ける手助けをしてほしい」
「君は、アメリア・ヴ・ル・レアルタが生きていると?」
「生きているかどうかの判断はまだついていない。けれど、アメちゃんそのものが燃やされたわけじゃない。次元のどこかに転移させられたと見るべき。そして、空間を認識するとかならともかく、次元という無限の海で、人を見つけ出すなんて事は流石の私でも難しいし、時間をかけた分だけ生存率が危うくなる。となると、神の力でも借りなければならないでしょう」
「ヤエに頼めばいい」
「あの人はこういう時は役に立たない。私たちに手を出す事が出来ない役割の彼女に頼むというのは時間の無駄でしかないわ」
「俺がどうして手を貸すと思った?」
「貸すかどうかなんて分からないわ。ただ貴方は自分の役割みたいなもので手をこまねいたりしないと、アルちゃんの話を聞いている限りで判断しただけ。そして、拒否させる気も無いわ。……力づくでも、貴方を従わせる」
現在いる場所は偽りのゴルサでも、地球でもない。源が存在する惑星内という訳でもない。つまり、現在カルファスはマナ貯蔵庫にマナを補給する方法を失っている状況だ。
それに加え、話に聞いている限りでは、この成瀬伊吹という男は、こうした『彼が作り上げた世界』では、どんな願望でも叶える事が出来る。
彼へ喧嘩を売るような今回の行為は、一見すると無謀にも見えるが――しかしカルファスには自信があった。
彼・成瀬伊吹を、カルファスの味方に取り入る事が出来る、と。
「三つ、聞かせてくれ」
伊吹はそこで笑みを消した。
普段、笑みを浮かべている者が笑みを消した時、それが最も正念場となる。
カルファスは何を問われるのか、頭の中で幾つも想定しつつ、問いを待つ。
「一つ。君はどうして俺に頼る? 君達の星にはパワーもいるし、他の神々に頼るという手もある」
「こっちも、理由は三つ。一つはパワーさんとかの神霊を私が識別する目を持たないから。一つはパワーさんとかの神霊には次元間渡航や次元に関する能力が見受けられないから。もう一つは貴方の能力が次元に新たな世界を形成する能力だから」
「つまり次元のどこかへと送られたアメリア・ヴ・ル・レアルタを救出するには、俺の能力が一番適役だと考えた、という訳か」
この問いは予想がついていたし、恐らく伊吹もこの回答は予想済みだっただろう。
しかし故に、カルファスはミスをしたか、と感じつつも、続く彼の言葉を聞いた。
「二つ。何故先に泉の管理者となったアルハットに頼み、泉の力を手にしなかった? 俺へ助けを求めるよりも確実性があっただろうに」
「私としても泉の力は興味深いけれど、そこは自制をしなくちゃと思ってね。思った以上に泉の力は強大過ぎる。私の魔術回路であの高純度のマナを取り込んでしまえば、人類に与える影響が大きすぎる。私がこれ以上強大な力を持っちゃったら、貴方達からしても冗談じゃなく排除対象でしょう?」
「君は自分の才能を理解しつつ、自制する心もあると」
「……まぁ、前に泉へ行った時に軽く暴走して皆に迷惑かけたからね。だからって部分も大きいよ」
成瀬伊吹は、恐らく人間観察という点に強い興味を持っている。
否――人間観察ではない。恐らくは「人間や生命体の有する特徴的行動」という点に興味を持っていると予想出来る。
カルファスは事前にアルハットへ、この成瀬伊吹という男の印象を問うた時、こう答えたのだ。
『そう、ですね。まるで、物語を愛でるのが好き、みたいな印象を持つ人でした』
『物語を?』
『ええ。去り際に私へ「偽りのゴルサという星の物語を、楽しく拝見させて貰うとするよ」と言っていた事が要因なんですが……』
そしてカルファスも成瀬伊吹という男と相対し、今まさに会話を交わす事により、そのアルハットが抱いた印象は正しかったと再認識する。
より深くカルファスが彼へ抱いた印象を言えば、彼は「世界を一種の物語として認識」しており、加えて「登場人物に魅力があればあるほど認めやすい傾向がある」のだと認識した。
彼はカルファスの回答に正当性など求めていない。理屈付いた回答などは求めていない。
ただ、面白さや奇抜さ、その内に秘める信念の大きさなどを見ているとしか思えない。
カルファスが自分の持つ技能や才能を以て、無茶を道理に変えた事を語る時、彼は興味深そうに、面白そうにその話を聞く。
事実をただ述べている時のカルファスを見る彼は、笑みこそ浮かべているが、心の底から笑って等いない。
そうした違いを読み取るのは、アメリアの得意分野ではあるけれど、カルファスも出来ない事ではない。
だから――カルファスの存在を、ある程度「物語の登場人物」として認めさせることが出来れば。
そしてアメリアという存在を救う事で、より彼が見たい物語を面白く出来ると認識させることが出来れば。
彼をこちら側に引き入れる事は可能だ。
「最後だ」
彼を引き入れる為に、この回答は重要となる。
悟られぬように息を呑み、彼の言葉を待つ。
すると彼は――僅かに表情を赤めて、ティーカップを持ち上げて、笑うのである。
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