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第二十一章
生きる意味-10
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バルトー国バリスタル市は、バリス火山が噴出した火山灰の大量降灰が原因で混乱していた。
災害発生から一日も経過してないこの日、大規模噴火による大量の火山灰は民家を襲い、中には熱された火山灰による火災も引き起こされており、少なくとも延焼によって数棟の家宅が燃え尽きていた。
市民の動揺は計り知れなかった。
アルハットが作成したマグマ防護壁によって甚大な被害は避けられたものの、それでも市中は混乱に見舞われ、混乱に乗じて盗みを働く火事場泥棒も現れている。
餓鬼はそんな、バリスタル市の中で最も低所得者層が集まる一帯へと訪れていた。
特に考えがあったわけではない。ただ、よろよろと歩きながら辿り着いた場所がここであっただけだ。
しかし――ここへと至るまでの間に、多くの悲鳴を、彼女は聞いた。
家族を亡くした者の嘆き、家が燃え盛る光景を目の前で見据えて泣き叫ぶ者の悲鳴……。
それらから逃れるようにして訪れたこの場所でも――決して平穏は訪れなかった。
子供が一人、泣いていた。
リンナよりも小さな餓鬼の身長から、さらに頭一つ分程小さな少女だった。
「ままぁ……っ、どこぉ……っ」
涙を流す少女の姿は、あえて言葉を着飾る事無く言えば、みすぼらしかった。薄い茶色の貫頭衣を一枚だけ着て、その布一枚でさえもボロボロだった。炎で燃えたりなどではなく、ただ長く着ているものを少女の成長に合わせて、他の布で継ぎ接ぎしているものだから、その縫い目に合わせて裂けやすい部分が直されていないだけだ。
「……ママ、いないの?」
餓鬼は少女と目線を合わせる様にしゃがんで、首を傾げながら問いかける。
少女は涙でパンパンに腫れあがった目元を潤わせながら、餓鬼に頷いた。
「そっか……じゃあ、アタシが一緒に、ママを探してあげる」
昔から、餓鬼は幼い子供に対しては、特に殺意だとか、虚力を奪いたいという欲が無かった。
それは自分が子供の姿を有してしまったが故なのか、と色々考えたりした時期もあった。
だが今にして思い出すと、やはり彼女が自我を芽生えさせて、幾度目かに虚力を喰らった女性の子供が、感情を無くした母親の姿を見て泣きわめいていた事が要因だろうと思える。
少女の手を握り、古びた平屋の多い貧困街を連れ歩く。
そうしていると、小さな布の上で寝転がりながら、一つの陶器を施し用の容れ物として用意している一人の老人が「嬢ちゃん」と声をかけてきたので、耳を傾ける。
「その子の母親、探してんなら無駄だよ」
「……なんでさ」
「昨日の夜、借金の形に連れてかれちまったよ。二度と戻っちゃこれねぇだろうし、戻ってくるとしても、何年後になる事かねぇ……」
借金の形。こうした低所得者層の住む貧困街では特段珍しい事じゃない。
特にレアルタ皇国とは違い、バルトー国は低所得者層に対する政策などは組まれていない。行政が介入する事も無く、金のある仕事に取り組もうとすれば、身売りか非合法の仕事しかない。
この子の母親は、きっとそうした仕事に無理矢理就かされる事となろう。
老人の言う通り、生きて帰れる事は無いだろうし、仮に生きて帰る事が出来たとしても、多くの時間が必要である事は間違いない。
「嬢ちゃんは、よそ者かい?」
「よそ者……まぁ、そうだね」
「早く出て行きな。よそ者への追いはぎも、強奪も、ここじゃ日常茶飯事さ。嬢ちゃんみたいに若い子供は、売る所連れて行けば、高値で売れる」
「……じゃあ、この子は?」
「おまんま喰えずに飢え死ぬか……そうやって売られてくか、そんな所だろうなぁ……」
少女は、餓鬼の手をグイグイと引っ張りながら、早くママを探そうと言わんばかりに、先へ行こうとする。
餓鬼はそうした少女の姿を見て――より強く少女の手を握った。
「忠告、ありがと」
「どうなっても、知らねぇぞ」
「うん……でもアタシは、一度死んだ筈の存在だ。……どうせなら、好き勝手して生きていく事にする」
餓鬼が何を言っているのか、老人は分からなかっただろう。
しかしそれでいいと、餓鬼は少女に導かれるまま先へと進んでいき、少女は辺りへ「ママ」と叫び続ける。
「……ねぇ、ママって、どんな人?」
「ママはね、えっと……ママ。やさしくて、きれいで、いつもアタシのこと、ぎゅってしてくれるの」
泣きながら、母の居所を探す少女は、しかし母の事をそうして語るときは、笑顔になった。
少女の笑顔を見て――餓鬼は足を止めて、少女の肩を掴んで、目を合わせた。
「ねえ、アンタ。名前は?」
「ナル」
「ナル。うん、ナルね。……ナルのママは……お金を稼ぎに行っちゃったんだって。さっきのお爺ちゃんが言ってた」
「……ナルをおいていっちゃったの……?」
「子供は働けないから、しょうがないよ。だから、ママが帰ってくるまで、お家で待ってよう」
ね、と。優しく語り掛ける様に言うと、少女――ナルは、コクリと頷いた。
「おねえちゃんも、お家くる?」
「……アタシも?」
「うん。……ママが、やさしくしてくれた人には、やさしくしなさいって、言ってた」
いつの間にか、涙を引っ込めていたナルが笑う。
そうして少女が笑った顔を見て――餓鬼は、胸の辺りが少し、熱い感覚を覚えた。
「……そうだね、うん。じゃあ、お邪魔しようかな」
そう言うと、ナルは嬉しそうにニパッと笑みを浮かべ、もう一度餓鬼の手を握り、強く引いて駆け出した。
ナルの手に引かれて、辿り着いた先の家は――家と呼んでいいのかを判断しかねた。
木の板を乱雑に柱へ打ち付けただけの小さな小屋は、まるで風が吹いたら飛んで行ってしまいそうな程で、餓鬼は嬉々としてここへ連れて来たナルが、そのシーツで隠してあるだけの出入口を進んでいった光景を見据えて、思わず息を呑む。
「……ナルは、ずっとここに住んでるの?」
「うんっ! ママとね、いつかもっと大きなおうちにすみたいね、っていっぱいお話ししたんだよっ」
屈託のない笑顔でそう言ったナルの言葉を受けて――餓鬼はふと、かつて愚母に拾われた時の事を思い出す。
(……アタシも、きっとこうだったんだ)
ナルと餓鬼は、生まれてから育つまでに経た経緯も状況も、何であれば生命体としての在り方も違う。
けれど、もし今のナルが、餓鬼のように悪い大人へ言葉巧みに誘われてしまったら。
きっとこの子は、餓鬼のように――何も考える事が出来ず、ただ大人の言う事に従うだけの、子供となってしまう。
餓鬼はそうだった。愚母という大人によって、生きる理由を与えられて、ただ愚母の為に生きるだけの子供となってしまった。
けれど周りの大人には、そんなナルを救うだけの余裕がない。
その日に食べる食料を、金を得る為だけに必死となる大人たちが、子供の為に出来る事など無い。
むしろそうした子供を食い物にしてでも――生きたいと考える者も、いるかもしれない。
(なら……アタシは)
小さなバケツに組まれていた水を容器ですくい、餓鬼へと手渡して笑うナル。
彼女の隣……その地面にボロ布を敷いただけで座り心地もあったものではない床に座った餓鬼は、容器を受け取りながらナルの体温を感じつつ、恐る恐る口にする。
「……ねぇ、ナル」
「なに、おねえちゃん」
「ナルのママが帰ってくるまで、いっぱい時間がかかっちゃうかもしれないんだ」
「……そうなの?」
「うん。そうみたい。……だから」
彼女の小さな手を、今一度握る。
温かな手、柔らかな肌、けれどその小さな体は、これからどんどん大きくなり――そしてその先には、可能性という未来がある。
どんな未来にでも辿り着けるように――沢山の生きる意味を、この子に与えてあげたいと思った。
周りの大人が彼女に押し付ける、彼女の望まない、生きる理由では無くて。
ナルが、ナルらしく、ナルとして胸を張って生きていける……そうした生きる理由を、彼女が見つける事が出来るように。
(アタシには、それが出来なかった……でも、でもこれから……色んな事をやり直して……生きる意味を、この子と共に、見つける事は出来る)
罪は消えない。どれだけ善行を重ねたとしても、空を見据えれば見える水蒸気や、その周りにある壁の奥にあるマグマや溶岩……そしてその先にある、アルハット領での大規模火災だったり、これまで餓鬼が犯してきた事の贖罪に、なりはしない。
それでも――
「アタシが、ナルのお姉ちゃんとして、ママが帰ってくるまで……アンタの事を、育ててあげる」
「……おねえちゃん、いっしょにいてくれるの……?」
「ダメかな」
「ううん、ダメじゃない……ダメじゃないっ」
笑顔を煌めかせて、ナルは餓鬼の胸に飛び込んで、抱きついた。
「ありがとう、おねえちゃんっ! これからは、おねえちゃんはナルのおねえちゃんっ!」
そう言ってはしゃぐナルの体温を少しだけ暑いと感じながらも――餓鬼は頬に流れる涙を拭い、温かさを感じる自分の胸に、今一度触れた。
(ああ――そうか。虚力って、こうやって得ればよかったんだ)
餓鬼が感じる温もりは、決してナルと接する事で感じる体温だけではない。
ナルの悲しみ、驚き、喜び、感謝……数多の感情が、全て餓鬼に向けて放たれて、それが虚力として餓鬼へ還元された。
それが温かさとなって――餓鬼の胸を、心を、熱くするのだ。
「ありがとう、ナル」
「? ナル、おねえちゃんに『ありがとう』っておれいされること、してないよ?」
「ううん、してくれたよ。……いっぱいしてくれた」
餓鬼を抱きしめるナルの身体を、抱きしめ返す。
――そうして愛情を返し合っていく事で、人と災いは共存の道を得る。
この時、餓鬼は間違いなく、進化を果たしたのだろう。
遅々たる進化で、自分たちの役割などをかなぐり捨てた、無理矢理な形の進化であったとしても――餓鬼は生きる方法を見つけた。
そして――生きる理由も。
「ナルは大きくなったら何になりたい?」
「ナル、おねえちゃんみたいにキレイな女の人になるっ!」
「ふふ、そっか。ありがと。お姉ちゃん嬉しいよ」
この小さな命を守り、育て、導く。
そうしたちょっとした事が、生きる理由となる。
こんな簡単な事に気付かなかったこれまでを悔やみながらも――餓鬼は誓う。
(アタシは、この子の為に生きていく)
また他者に、生きる理由を委ねるのかと言われるのかもしれない。
それでも、決して餓鬼は後悔しない。
(きっとアタシは……こうして誰かに温もりを与えたくて……炎を灯せるように、なりたかったんだ)
災害発生から一日も経過してないこの日、大規模噴火による大量の火山灰は民家を襲い、中には熱された火山灰による火災も引き起こされており、少なくとも延焼によって数棟の家宅が燃え尽きていた。
市民の動揺は計り知れなかった。
アルハットが作成したマグマ防護壁によって甚大な被害は避けられたものの、それでも市中は混乱に見舞われ、混乱に乗じて盗みを働く火事場泥棒も現れている。
餓鬼はそんな、バリスタル市の中で最も低所得者層が集まる一帯へと訪れていた。
特に考えがあったわけではない。ただ、よろよろと歩きながら辿り着いた場所がここであっただけだ。
しかし――ここへと至るまでの間に、多くの悲鳴を、彼女は聞いた。
家族を亡くした者の嘆き、家が燃え盛る光景を目の前で見据えて泣き叫ぶ者の悲鳴……。
それらから逃れるようにして訪れたこの場所でも――決して平穏は訪れなかった。
子供が一人、泣いていた。
リンナよりも小さな餓鬼の身長から、さらに頭一つ分程小さな少女だった。
「ままぁ……っ、どこぉ……っ」
涙を流す少女の姿は、あえて言葉を着飾る事無く言えば、みすぼらしかった。薄い茶色の貫頭衣を一枚だけ着て、その布一枚でさえもボロボロだった。炎で燃えたりなどではなく、ただ長く着ているものを少女の成長に合わせて、他の布で継ぎ接ぎしているものだから、その縫い目に合わせて裂けやすい部分が直されていないだけだ。
「……ママ、いないの?」
餓鬼は少女と目線を合わせる様にしゃがんで、首を傾げながら問いかける。
少女は涙でパンパンに腫れあがった目元を潤わせながら、餓鬼に頷いた。
「そっか……じゃあ、アタシが一緒に、ママを探してあげる」
昔から、餓鬼は幼い子供に対しては、特に殺意だとか、虚力を奪いたいという欲が無かった。
それは自分が子供の姿を有してしまったが故なのか、と色々考えたりした時期もあった。
だが今にして思い出すと、やはり彼女が自我を芽生えさせて、幾度目かに虚力を喰らった女性の子供が、感情を無くした母親の姿を見て泣きわめいていた事が要因だろうと思える。
少女の手を握り、古びた平屋の多い貧困街を連れ歩く。
そうしていると、小さな布の上で寝転がりながら、一つの陶器を施し用の容れ物として用意している一人の老人が「嬢ちゃん」と声をかけてきたので、耳を傾ける。
「その子の母親、探してんなら無駄だよ」
「……なんでさ」
「昨日の夜、借金の形に連れてかれちまったよ。二度と戻っちゃこれねぇだろうし、戻ってくるとしても、何年後になる事かねぇ……」
借金の形。こうした低所得者層の住む貧困街では特段珍しい事じゃない。
特にレアルタ皇国とは違い、バルトー国は低所得者層に対する政策などは組まれていない。行政が介入する事も無く、金のある仕事に取り組もうとすれば、身売りか非合法の仕事しかない。
この子の母親は、きっとそうした仕事に無理矢理就かされる事となろう。
老人の言う通り、生きて帰れる事は無いだろうし、仮に生きて帰る事が出来たとしても、多くの時間が必要である事は間違いない。
「嬢ちゃんは、よそ者かい?」
「よそ者……まぁ、そうだね」
「早く出て行きな。よそ者への追いはぎも、強奪も、ここじゃ日常茶飯事さ。嬢ちゃんみたいに若い子供は、売る所連れて行けば、高値で売れる」
「……じゃあ、この子は?」
「おまんま喰えずに飢え死ぬか……そうやって売られてくか、そんな所だろうなぁ……」
少女は、餓鬼の手をグイグイと引っ張りながら、早くママを探そうと言わんばかりに、先へ行こうとする。
餓鬼はそうした少女の姿を見て――より強く少女の手を握った。
「忠告、ありがと」
「どうなっても、知らねぇぞ」
「うん……でもアタシは、一度死んだ筈の存在だ。……どうせなら、好き勝手して生きていく事にする」
餓鬼が何を言っているのか、老人は分からなかっただろう。
しかしそれでいいと、餓鬼は少女に導かれるまま先へと進んでいき、少女は辺りへ「ママ」と叫び続ける。
「……ねぇ、ママって、どんな人?」
「ママはね、えっと……ママ。やさしくて、きれいで、いつもアタシのこと、ぎゅってしてくれるの」
泣きながら、母の居所を探す少女は、しかし母の事をそうして語るときは、笑顔になった。
少女の笑顔を見て――餓鬼は足を止めて、少女の肩を掴んで、目を合わせた。
「ねえ、アンタ。名前は?」
「ナル」
「ナル。うん、ナルね。……ナルのママは……お金を稼ぎに行っちゃったんだって。さっきのお爺ちゃんが言ってた」
「……ナルをおいていっちゃったの……?」
「子供は働けないから、しょうがないよ。だから、ママが帰ってくるまで、お家で待ってよう」
ね、と。優しく語り掛ける様に言うと、少女――ナルは、コクリと頷いた。
「おねえちゃんも、お家くる?」
「……アタシも?」
「うん。……ママが、やさしくしてくれた人には、やさしくしなさいって、言ってた」
いつの間にか、涙を引っ込めていたナルが笑う。
そうして少女が笑った顔を見て――餓鬼は、胸の辺りが少し、熱い感覚を覚えた。
「……そうだね、うん。じゃあ、お邪魔しようかな」
そう言うと、ナルは嬉しそうにニパッと笑みを浮かべ、もう一度餓鬼の手を握り、強く引いて駆け出した。
ナルの手に引かれて、辿り着いた先の家は――家と呼んでいいのかを判断しかねた。
木の板を乱雑に柱へ打ち付けただけの小さな小屋は、まるで風が吹いたら飛んで行ってしまいそうな程で、餓鬼は嬉々としてここへ連れて来たナルが、そのシーツで隠してあるだけの出入口を進んでいった光景を見据えて、思わず息を呑む。
「……ナルは、ずっとここに住んでるの?」
「うんっ! ママとね、いつかもっと大きなおうちにすみたいね、っていっぱいお話ししたんだよっ」
屈託のない笑顔でそう言ったナルの言葉を受けて――餓鬼はふと、かつて愚母に拾われた時の事を思い出す。
(……アタシも、きっとこうだったんだ)
ナルと餓鬼は、生まれてから育つまでに経た経緯も状況も、何であれば生命体としての在り方も違う。
けれど、もし今のナルが、餓鬼のように悪い大人へ言葉巧みに誘われてしまったら。
きっとこの子は、餓鬼のように――何も考える事が出来ず、ただ大人の言う事に従うだけの、子供となってしまう。
餓鬼はそうだった。愚母という大人によって、生きる理由を与えられて、ただ愚母の為に生きるだけの子供となってしまった。
けれど周りの大人には、そんなナルを救うだけの余裕がない。
その日に食べる食料を、金を得る為だけに必死となる大人たちが、子供の為に出来る事など無い。
むしろそうした子供を食い物にしてでも――生きたいと考える者も、いるかもしれない。
(なら……アタシは)
小さなバケツに組まれていた水を容器ですくい、餓鬼へと手渡して笑うナル。
彼女の隣……その地面にボロ布を敷いただけで座り心地もあったものではない床に座った餓鬼は、容器を受け取りながらナルの体温を感じつつ、恐る恐る口にする。
「……ねぇ、ナル」
「なに、おねえちゃん」
「ナルのママが帰ってくるまで、いっぱい時間がかかっちゃうかもしれないんだ」
「……そうなの?」
「うん。そうみたい。……だから」
彼女の小さな手を、今一度握る。
温かな手、柔らかな肌、けれどその小さな体は、これからどんどん大きくなり――そしてその先には、可能性という未来がある。
どんな未来にでも辿り着けるように――沢山の生きる意味を、この子に与えてあげたいと思った。
周りの大人が彼女に押し付ける、彼女の望まない、生きる理由では無くて。
ナルが、ナルらしく、ナルとして胸を張って生きていける……そうした生きる理由を、彼女が見つける事が出来るように。
(アタシには、それが出来なかった……でも、でもこれから……色んな事をやり直して……生きる意味を、この子と共に、見つける事は出来る)
罪は消えない。どれだけ善行を重ねたとしても、空を見据えれば見える水蒸気や、その周りにある壁の奥にあるマグマや溶岩……そしてその先にある、アルハット領での大規模火災だったり、これまで餓鬼が犯してきた事の贖罪に、なりはしない。
それでも――
「アタシが、ナルのお姉ちゃんとして、ママが帰ってくるまで……アンタの事を、育ててあげる」
「……おねえちゃん、いっしょにいてくれるの……?」
「ダメかな」
「ううん、ダメじゃない……ダメじゃないっ」
笑顔を煌めかせて、ナルは餓鬼の胸に飛び込んで、抱きついた。
「ありがとう、おねえちゃんっ! これからは、おねえちゃんはナルのおねえちゃんっ!」
そう言ってはしゃぐナルの体温を少しだけ暑いと感じながらも――餓鬼は頬に流れる涙を拭い、温かさを感じる自分の胸に、今一度触れた。
(ああ――そうか。虚力って、こうやって得ればよかったんだ)
餓鬼が感じる温もりは、決してナルと接する事で感じる体温だけではない。
ナルの悲しみ、驚き、喜び、感謝……数多の感情が、全て餓鬼に向けて放たれて、それが虚力として餓鬼へ還元された。
それが温かさとなって――餓鬼の胸を、心を、熱くするのだ。
「ありがとう、ナル」
「? ナル、おねえちゃんに『ありがとう』っておれいされること、してないよ?」
「ううん、してくれたよ。……いっぱいしてくれた」
餓鬼を抱きしめるナルの身体を、抱きしめ返す。
――そうして愛情を返し合っていく事で、人と災いは共存の道を得る。
この時、餓鬼は間違いなく、進化を果たしたのだろう。
遅々たる進化で、自分たちの役割などをかなぐり捨てた、無理矢理な形の進化であったとしても――餓鬼は生きる方法を見つけた。
そして――生きる理由も。
「ナルは大きくなったら何になりたい?」
「ナル、おねえちゃんみたいにキレイな女の人になるっ!」
「ふふ、そっか。ありがと。お姉ちゃん嬉しいよ」
この小さな命を守り、育て、導く。
そうしたちょっとした事が、生きる理由となる。
こんな簡単な事に気付かなかったこれまでを悔やみながらも――餓鬼は誓う。
(アタシは、この子の為に生きていく)
また他者に、生きる理由を委ねるのかと言われるのかもしれない。
それでも、決して餓鬼は後悔しない。
(きっとアタシは……こうして誰かに温もりを与えたくて……炎を灯せるように、なりたかったんだ)
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