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第二十二章
力の有無-02
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「自分がどういう状況に置かれているか、それを考えるよりも前に観察かい?」
「正直、主と話す事に価値を感じん。……むしろ、チキューという地は見ている限り面白い。今後レアルタ皇国を発展させていくために必要な経験として、活用させて貰うぞ」
「全く。君達皇族はどうにも普通からかけ離れている。シドニアとアルハット位だよ、個人的に好感を持てるのは」
「主は普通が好きなのかえ? アルハットから聞いていた感じから、主は奇人変人ヤベー奴な感じを想像しておった」
「まぁ、俺自身がそうである事は否定はしないけれど、俺はどちらかというと『物語の主人公』が好きなんだ。決して、自分にはなれない存在とは分かっているけれど」
二者のいる、秋音市の駅前は人でごった返しており、アメリアは建物の陰に立つ事で通りを邪魔しないようにしている。そうした彼女に「あそこの店に入ろう」と伊吹が示したのは、屋外テーブルがあるカフェだ。
「あそこは何じゃ? 休憩所か?」
「まぁ、普通の飲食店だね」
「チキューは……というよりこのニッポンという国は配給制かえ?」
「配給制の国は、今だとキューバ位じゃないかな。基本的にはどこの国も貨幣制度だよ」
「吾輩はこの世界における金銭は持ち得ておらんが?」
「まぁ、レディを誘うんだ。ここは俺が払おう」
レディを誘うにしては不愛想な表情を浮かべる伊吹と共にカフェへと入店するアメリア。
日本語で注文をする伊吹が、店員からトレイに乗せられたアイスコーヒーを二つ受け取ると、先にアメリアへかけさせていた、テラスにある屋外テーブルへ腰かけた。
「さて――周りの観察をしながらでも構わないが、少しお話を進めよう」
「吾輩をこのチキューへと連れて来た訳、じゃな」
伊吹の顔を見ずに、アイスコーヒーを口に含んだアメリア。警戒は薄れさせていないようで、毒等の混入が無いか、一口目を舌先で感じるように確かめた後、喉へ送り込んだ。
「君は、菊谷ヤエという存在を知る事で、神がどういう存在かは理解しているね」
「応とも。……そして、元より好きでは無かったが、さらに好感を抱いてはならん存在ともな」
「俺は君を助けたというのに、随分な言い草だ」
「感謝はしよう。しかしそれとこれとは話が別じゃ。人々を分け隔てなく、理由なく、善悪関係なく救うという事であれば、信仰もするじゃろう。しかし主は、善悪の計りはともかくとして、理由を以て吾輩を助けた。そうじゃろう?」
「ああ。Bの場合は秩序を司る神らしく、それなりに自制心を以て人間に接しているみたいだけれど、俺や、他の神霊は違う。ガルラのように、気にくわない人間を殺す事も厭わない神も、どこかにいる事だろうよ」
神とて思考が伴えば、そこに行動理由を求めてしまう。
ヤエ(B)は可能な限り、その行動理由を抑え込もうとしているようだが、他の神は違うと言った伊吹に、しかしアメリアはため息をつき、今出た男の名に関しては、首を横に振った。
「ガルラ――のぉ。奴の目的は、人類の淘汰ではない。アレはむしろ、リンナを戦いに巻き込みたくないが故に、自分が如何な形でも、自分が如何な罪を背負おうとも、リンナが幸せに暮らせる世界を作ろうとしておるだけじゃ。好ましい事じゃ」
「君は神を嫌うのに、ガルラは嫌っているように思えないね」
「神が神らしく『ヒトを救ってやる』とふんぞり返っておるのは好かん。じゃが奴のように、神であるにも関わらず、人と同じ立場で、人と同じ考えを持とうと足掻く者を、嫌う事など出来まいよ」
道行く者たちへ視線を送りながら、アメリアは言葉を連ねていく。
「人と神の違いは、その強大な力を持つか否か、その一点にあろう。じゃから、一般大衆が信仰するような、全てのモノを救い賜らん、等という神などおらん」
「人を救おうとする神も、いる事はいるよ」
「いるとして、どう救うと言うのじゃ? 救いを求める人間が、そもそもどうした救いを求めているかを理解し、そのモノに適切な救いを、分け隔て無く与える事が出来るというのかえ?」
吾輩が神という存在を嫌う理由はそこじゃ、と。
アメリアはようやく、伊吹へと睨みつける様に視線を向けた。
「例えばアルハットにとっての救いは、何じゃろうの」
「……そうだね。彼女ならば、誰もが平穏に、幸せに暮らせる世界、とでも言うんじゃないかな?」
「ならば、イルメールにとっての救いは何じゃと思う?」
「争う事を肯定した、戦いというステージを誰もが楽しめる世界、とでも言えば良いかな。平和を嫌っているわけではないだろうが、しかし平穏だけでは心躍る事は決してない。それが彼女だろう」
「よくわかっておるではないか」
――その二者が求める救いを、神は与える事が出来るのかえ? と。
アメリアは伊吹へ問うが、彼も笑顔を浮かべながら、首を横に振る。
「確かに人間は、一人ひとり救いを求めるものじゃ。その救いを神に委ねる者もいれば、神の手助けなどいらぬと、自分自身の手で掴み取ろうとする者もいる事じゃろう」
だが人間は千差万別、様々な思考を持ち得る。故に何を理想とし、何を求めるかは、求める人間によって異なるのであり――時に相反する願いを抱く者もいる。
例えば――恒久平和と闘争を求めるアルハットとイルメールの救いは、相反している。
そしてこの救いを抱く者たちは、同じ世界に生きている。そうした人々の救いを、全て叶える事が出来る神などいる筈も無い。
「吾輩からすれば、主も、菊谷ヤエも、ガルラも……ただ強大な力を持っただけの人間と変わらんのじゃ。それを理解し、人間として生きようとするガルラは好み、理解しておりながらも神を騙り、自分勝手に生きる貴様や菊谷ヤエを嫌う……コレは、人間として当たり前の感情ではないかえ?」
「君は、本当に正直だね。……恐ろしくないのかい? 君はそうした神々と戦う力も、相手が神でなくとも強大な存在と戦う力を持たないのに……俺を前にして、そうやって啖呵を切る事が」
「力を振りかざしながら啖呵を切る者よりは、よほど正当性があると考えておるよ。……ああ、吾輩は弱者じゃ。主にかかれば、恐らく一息つく暇も無く殺される事じゃろうよ。しかし、弱者の立場じゃからこそ、力ある者へ意見を、意思を叫ぶ事に意味があるのじゃ」
力を持つ者だけが自分の意思を、意見を叫べる世界というのは、是正されるべきである。アメリアはそう言いながら、自分の胸に手を当てる。
「先に言うておくぞ、成瀬伊吹。主が吾輩に何を言うたとして、吾輩は主の言葉に否を突きつける自信がある」
「それはどうして? 君が知り得ない事を語ったとしても、それに対して君は否と言うと?」
「何故じゃろうかのぉ……貴様と分かり合うなぞと言うのは、本当に無理じゃと思うとる。菊谷ヤエはまだ、社会の秩序安寧という意思を感じられる。しかし貴様には、そうした意思を感じられん。じゃから、主の言葉を否定したくて仕方ないんじゃ」
まるで稚拙な喧嘩を売る様に、挑発するように放ったアメリアの言葉。
しかし伊吹は、そうしたアメリアの言葉を受けて、より笑みを強めるのである。
「何がおかしい」
「いや――おかしいんじゃない、面白いんだよ。俺はどうにも強大な力を得過ぎてしまったから、そうして面と向かって『お前が気にくわない』と言ってくれる人なんて、久しぶりでね」
「この世界の人間は主に対して大きな顔をさせておるようじゃの。……まぁ、主が自分の正体を隠し、隠居を決め込んでおるからじゃと思うがの」
「ああ、そうさ。何せこの地球には、俺達神霊が人類を守らずとも、人々を守れる力がある」
「国防軍でもあると言うのかえ? まあ、国力からしてあるべきであるとは思うがの」
「いや、違うよ。そうした公権力もあるけれど、人々を異端から救う存在――それは、幾多にもこの地球に存在する」
パチン、と伊吹が指を鳴らした。
すると、先ほどまでは目で追い切れぬ程いた人波が少しずつ穏やかなものとなり、やがて大通りの駅前に、平穏と言うよりは静寂が訪れた。
「……人が、おらんくなった……? 貴様、何を」
「勘違いしないでくれ。俺が人払いをしたわけじゃない。人払いの影響を、俺と君が受けないようにしただけだ」
何を言っているのだと問う前に、アメリアはその影に気付いた。
雑居ビルとビルの間、その裏路地へと入っていく通りから、全身を黒の影で覆った人型の何かが、姿を現した。
ゆらりと身体を動かしながら、ゆっくりと大通りへ出てくるソレは――
「災い……ッ!?」
「ああ、地球にもいるよ。――そして、この星はゴルサとは違い、聖堂教会がしっかりと機能している」
災いが現れた大通りを、一人の少女が走り、駆けてくる光景も、アメリアに見えた。
背丈は大きくなく、若そうに見える少女は、どことなく変身を果たしたリンナと似ている。
ロングヘアの髪の毛を下ろし、目にかかる前髪は真ん中で左右に分けているだけの少女だが、どこか見目麗しい美貌が感じられた。
「あの子は……なんじゃ……?」
両手の中指に指輪を装着した上で、災いと対峙した少女。
少女に逃げろと叫びそうになったアメリアだったが、しかしアメリアを静止した伊吹が、今アイスコーヒーを一口、飲んだ。
「災い……貴方達の好きには、させません……っ!」
綺麗な声で宣言をした少女が、指輪を装着した両手を眼前で交差させ、息を吸い込み、叫ぶ。
「変身……ッ!!」
両手の中指に装着された指輪同士にある僅かなへこみとへこみを組み合わせる様に合致させた後、彼女は手首を捻る。
ガチ、と音を奏でながら指輪から、光と、梵字が浮かび上がり、少女の身体を包んでいく。
緋袴と白衣を着込み、長かった黒髪は長丈で一つに結われてなびき、そして腰には長く、僅かな湾曲を描く太刀が携えられた。
「マホー、ショージョ……ッ!?」
「いいや。彼女は君達ゴルサの人間で言う所の姫巫女……この世界では、プリステスと呼ばれる、災いを滅する者さ」
抜き放った長太刀【滅鬼】を構え、災いへと一直線に駆けていく少女――プリステスの姿を、アメリアは目で追う事が出来なかった。
カフェテリア前を目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった少女が振るう刃、しかし災いはそれを避けると、反撃と言わんばかりに腕を振るう。
だが、災いの腕は少女の身体を殴りつける事は無かった。
プリステスの全身から放たれた、体勢をのけ反らせる程の暴風。それが災いの動きを止めると、姿勢を整えた少女が刃を一瞬だけ引いた後、その切先を災いの頭部へと突き付け、刺した。
消えていく災い。しかし少女は、そうして争った相手の消滅を確認したにも関わらず、背後へと意識を向ける。
三体ほど、別の災いが出現していて、その気配を彼女は感じ取っていたのだ。
「よし、プリステスは紹介できた。今度は裏路地に行こう」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ! アレ、アレが前座扱いかえ!?」
高らかに声を上げ、今まさに三体の災いと戦う為に刃を振るう少女へと指を向けたアメリアだが、しかし伊吹は「ああ」と、アメリアの言葉に頷いた。
「この世界を守っているのが、彼女だけだと思ったら大間違いだからね。
――アメリア・ヴ・ル・レアルタ。君には、力ある者がどのように戦うか、それを知ってもらうよ」
「正直、主と話す事に価値を感じん。……むしろ、チキューという地は見ている限り面白い。今後レアルタ皇国を発展させていくために必要な経験として、活用させて貰うぞ」
「全く。君達皇族はどうにも普通からかけ離れている。シドニアとアルハット位だよ、個人的に好感を持てるのは」
「主は普通が好きなのかえ? アルハットから聞いていた感じから、主は奇人変人ヤベー奴な感じを想像しておった」
「まぁ、俺自身がそうである事は否定はしないけれど、俺はどちらかというと『物語の主人公』が好きなんだ。決して、自分にはなれない存在とは分かっているけれど」
二者のいる、秋音市の駅前は人でごった返しており、アメリアは建物の陰に立つ事で通りを邪魔しないようにしている。そうした彼女に「あそこの店に入ろう」と伊吹が示したのは、屋外テーブルがあるカフェだ。
「あそこは何じゃ? 休憩所か?」
「まぁ、普通の飲食店だね」
「チキューは……というよりこのニッポンという国は配給制かえ?」
「配給制の国は、今だとキューバ位じゃないかな。基本的にはどこの国も貨幣制度だよ」
「吾輩はこの世界における金銭は持ち得ておらんが?」
「まぁ、レディを誘うんだ。ここは俺が払おう」
レディを誘うにしては不愛想な表情を浮かべる伊吹と共にカフェへと入店するアメリア。
日本語で注文をする伊吹が、店員からトレイに乗せられたアイスコーヒーを二つ受け取ると、先にアメリアへかけさせていた、テラスにある屋外テーブルへ腰かけた。
「さて――周りの観察をしながらでも構わないが、少しお話を進めよう」
「吾輩をこのチキューへと連れて来た訳、じゃな」
伊吹の顔を見ずに、アイスコーヒーを口に含んだアメリア。警戒は薄れさせていないようで、毒等の混入が無いか、一口目を舌先で感じるように確かめた後、喉へ送り込んだ。
「君は、菊谷ヤエという存在を知る事で、神がどういう存在かは理解しているね」
「応とも。……そして、元より好きでは無かったが、さらに好感を抱いてはならん存在ともな」
「俺は君を助けたというのに、随分な言い草だ」
「感謝はしよう。しかしそれとこれとは話が別じゃ。人々を分け隔てなく、理由なく、善悪関係なく救うという事であれば、信仰もするじゃろう。しかし主は、善悪の計りはともかくとして、理由を以て吾輩を助けた。そうじゃろう?」
「ああ。Bの場合は秩序を司る神らしく、それなりに自制心を以て人間に接しているみたいだけれど、俺や、他の神霊は違う。ガルラのように、気にくわない人間を殺す事も厭わない神も、どこかにいる事だろうよ」
神とて思考が伴えば、そこに行動理由を求めてしまう。
ヤエ(B)は可能な限り、その行動理由を抑え込もうとしているようだが、他の神は違うと言った伊吹に、しかしアメリアはため息をつき、今出た男の名に関しては、首を横に振った。
「ガルラ――のぉ。奴の目的は、人類の淘汰ではない。アレはむしろ、リンナを戦いに巻き込みたくないが故に、自分が如何な形でも、自分が如何な罪を背負おうとも、リンナが幸せに暮らせる世界を作ろうとしておるだけじゃ。好ましい事じゃ」
「君は神を嫌うのに、ガルラは嫌っているように思えないね」
「神が神らしく『ヒトを救ってやる』とふんぞり返っておるのは好かん。じゃが奴のように、神であるにも関わらず、人と同じ立場で、人と同じ考えを持とうと足掻く者を、嫌う事など出来まいよ」
道行く者たちへ視線を送りながら、アメリアは言葉を連ねていく。
「人と神の違いは、その強大な力を持つか否か、その一点にあろう。じゃから、一般大衆が信仰するような、全てのモノを救い賜らん、等という神などおらん」
「人を救おうとする神も、いる事はいるよ」
「いるとして、どう救うと言うのじゃ? 救いを求める人間が、そもそもどうした救いを求めているかを理解し、そのモノに適切な救いを、分け隔て無く与える事が出来るというのかえ?」
吾輩が神という存在を嫌う理由はそこじゃ、と。
アメリアはようやく、伊吹へと睨みつける様に視線を向けた。
「例えばアルハットにとっての救いは、何じゃろうの」
「……そうだね。彼女ならば、誰もが平穏に、幸せに暮らせる世界、とでも言うんじゃないかな?」
「ならば、イルメールにとっての救いは何じゃと思う?」
「争う事を肯定した、戦いというステージを誰もが楽しめる世界、とでも言えば良いかな。平和を嫌っているわけではないだろうが、しかし平穏だけでは心躍る事は決してない。それが彼女だろう」
「よくわかっておるではないか」
――その二者が求める救いを、神は与える事が出来るのかえ? と。
アメリアは伊吹へ問うが、彼も笑顔を浮かべながら、首を横に振る。
「確かに人間は、一人ひとり救いを求めるものじゃ。その救いを神に委ねる者もいれば、神の手助けなどいらぬと、自分自身の手で掴み取ろうとする者もいる事じゃろう」
だが人間は千差万別、様々な思考を持ち得る。故に何を理想とし、何を求めるかは、求める人間によって異なるのであり――時に相反する願いを抱く者もいる。
例えば――恒久平和と闘争を求めるアルハットとイルメールの救いは、相反している。
そしてこの救いを抱く者たちは、同じ世界に生きている。そうした人々の救いを、全て叶える事が出来る神などいる筈も無い。
「吾輩からすれば、主も、菊谷ヤエも、ガルラも……ただ強大な力を持っただけの人間と変わらんのじゃ。それを理解し、人間として生きようとするガルラは好み、理解しておりながらも神を騙り、自分勝手に生きる貴様や菊谷ヤエを嫌う……コレは、人間として当たり前の感情ではないかえ?」
「君は、本当に正直だね。……恐ろしくないのかい? 君はそうした神々と戦う力も、相手が神でなくとも強大な存在と戦う力を持たないのに……俺を前にして、そうやって啖呵を切る事が」
「力を振りかざしながら啖呵を切る者よりは、よほど正当性があると考えておるよ。……ああ、吾輩は弱者じゃ。主にかかれば、恐らく一息つく暇も無く殺される事じゃろうよ。しかし、弱者の立場じゃからこそ、力ある者へ意見を、意思を叫ぶ事に意味があるのじゃ」
力を持つ者だけが自分の意思を、意見を叫べる世界というのは、是正されるべきである。アメリアはそう言いながら、自分の胸に手を当てる。
「先に言うておくぞ、成瀬伊吹。主が吾輩に何を言うたとして、吾輩は主の言葉に否を突きつける自信がある」
「それはどうして? 君が知り得ない事を語ったとしても、それに対して君は否と言うと?」
「何故じゃろうかのぉ……貴様と分かり合うなぞと言うのは、本当に無理じゃと思うとる。菊谷ヤエはまだ、社会の秩序安寧という意思を感じられる。しかし貴様には、そうした意思を感じられん。じゃから、主の言葉を否定したくて仕方ないんじゃ」
まるで稚拙な喧嘩を売る様に、挑発するように放ったアメリアの言葉。
しかし伊吹は、そうしたアメリアの言葉を受けて、より笑みを強めるのである。
「何がおかしい」
「いや――おかしいんじゃない、面白いんだよ。俺はどうにも強大な力を得過ぎてしまったから、そうして面と向かって『お前が気にくわない』と言ってくれる人なんて、久しぶりでね」
「この世界の人間は主に対して大きな顔をさせておるようじゃの。……まぁ、主が自分の正体を隠し、隠居を決め込んでおるからじゃと思うがの」
「ああ、そうさ。何せこの地球には、俺達神霊が人類を守らずとも、人々を守れる力がある」
「国防軍でもあると言うのかえ? まあ、国力からしてあるべきであるとは思うがの」
「いや、違うよ。そうした公権力もあるけれど、人々を異端から救う存在――それは、幾多にもこの地球に存在する」
パチン、と伊吹が指を鳴らした。
すると、先ほどまでは目で追い切れぬ程いた人波が少しずつ穏やかなものとなり、やがて大通りの駅前に、平穏と言うよりは静寂が訪れた。
「……人が、おらんくなった……? 貴様、何を」
「勘違いしないでくれ。俺が人払いをしたわけじゃない。人払いの影響を、俺と君が受けないようにしただけだ」
何を言っているのだと問う前に、アメリアはその影に気付いた。
雑居ビルとビルの間、その裏路地へと入っていく通りから、全身を黒の影で覆った人型の何かが、姿を現した。
ゆらりと身体を動かしながら、ゆっくりと大通りへ出てくるソレは――
「災い……ッ!?」
「ああ、地球にもいるよ。――そして、この星はゴルサとは違い、聖堂教会がしっかりと機能している」
災いが現れた大通りを、一人の少女が走り、駆けてくる光景も、アメリアに見えた。
背丈は大きくなく、若そうに見える少女は、どことなく変身を果たしたリンナと似ている。
ロングヘアの髪の毛を下ろし、目にかかる前髪は真ん中で左右に分けているだけの少女だが、どこか見目麗しい美貌が感じられた。
「あの子は……なんじゃ……?」
両手の中指に指輪を装着した上で、災いと対峙した少女。
少女に逃げろと叫びそうになったアメリアだったが、しかしアメリアを静止した伊吹が、今アイスコーヒーを一口、飲んだ。
「災い……貴方達の好きには、させません……っ!」
綺麗な声で宣言をした少女が、指輪を装着した両手を眼前で交差させ、息を吸い込み、叫ぶ。
「変身……ッ!!」
両手の中指に装着された指輪同士にある僅かなへこみとへこみを組み合わせる様に合致させた後、彼女は手首を捻る。
ガチ、と音を奏でながら指輪から、光と、梵字が浮かび上がり、少女の身体を包んでいく。
緋袴と白衣を着込み、長かった黒髪は長丈で一つに結われてなびき、そして腰には長く、僅かな湾曲を描く太刀が携えられた。
「マホー、ショージョ……ッ!?」
「いいや。彼女は君達ゴルサの人間で言う所の姫巫女……この世界では、プリステスと呼ばれる、災いを滅する者さ」
抜き放った長太刀【滅鬼】を構え、災いへと一直線に駆けていく少女――プリステスの姿を、アメリアは目で追う事が出来なかった。
カフェテリア前を目にも止まらぬ速さで駆け抜けていった少女が振るう刃、しかし災いはそれを避けると、反撃と言わんばかりに腕を振るう。
だが、災いの腕は少女の身体を殴りつける事は無かった。
プリステスの全身から放たれた、体勢をのけ反らせる程の暴風。それが災いの動きを止めると、姿勢を整えた少女が刃を一瞬だけ引いた後、その切先を災いの頭部へと突き付け、刺した。
消えていく災い。しかし少女は、そうして争った相手の消滅を確認したにも関わらず、背後へと意識を向ける。
三体ほど、別の災いが出現していて、その気配を彼女は感じ取っていたのだ。
「よし、プリステスは紹介できた。今度は裏路地に行こう」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ! アレ、アレが前座扱いかえ!?」
高らかに声を上げ、今まさに三体の災いと戦う為に刃を振るう少女へと指を向けたアメリアだが、しかし伊吹は「ああ」と、アメリアの言葉に頷いた。
「この世界を守っているのが、彼女だけだと思ったら大間違いだからね。
――アメリア・ヴ・ル・レアルタ。君には、力ある者がどのように戦うか、それを知ってもらうよ」
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