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第二十二章
力の有無-05
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アメリアはまだ、地球に触れて間もない人間だ。
だがこの地球で多くの時を生きて来た筈の伊吹が、こうした世界の事を煉獄という程には、地球と言う星とゴルサという星は、そう大きく変わらないのだろう。
「そんな世界で、人間が善性を以て他者を思いやれる筈もない。だから、いつか誰もが、そうした思いやりを他者へ向ける事が出来るような世界を、作りたいと願った」
「どんな力があったとて、作れる筈なかろう。貴様は、人間の事を知らな過ぎる。……本当に、ムカつく位に、貴様は昔のシドニアそっくりじゃ」
どこかの誰か――アメリアがどう接するべきか悩みながらも、少しずつ理解していった大切な弟。
もしシドニアが、母であるルワンとの語らいや、リンナやクアンタとの出会いが無く、ただ弱者を斬り捨てる事に慣れてしまった者となっていたら――きっと、辿り着く先は、伊吹と同じ、絶望に打ちひしがれた者となっていたのだろう。
そう考えると、アメリアはどこか、伊吹を他人と思えなかった。
嫌悪感は湧くけれど、彼をこのまま、一人にしておく事など出来ないと、感じてしまったのだ。
「生命は、善性と悪性の両側面を持っておる。人はどちらにも転がる事の出来る、可能性を秘めた存在であると同時に、脆い存在でもある」
「分かっているつもりだ」
「もしそうした世を変えたかったのならば、貴様は人の身から外れるべきではなかったのじゃ。人の身でなくなれば、そうした悪性を祓う事が出来ると盲信し、その先で更なる絶望に打ちのめされた。……逃げたのじゃ、貴様は」
「なら俺は、人間の悪性とどう向き合えばよかったというんだ」
「簡単じゃ。自分の手が届く範囲で、自分が善性を以て、現実に抗う事。人間なんて言う、世界から見れば小さな存在に出来る事なぞ、それ位しかあるまい」
シドニアは、数多の才を、力を、その手に握ろうとした。
弱者が許される世界、弱者が救われる世界を夢見て、その手に握った力で、そんな世界を作ろうとした。
だが現実に打ちのめされ、彼はやがて、人間と言う存在の愚鈍さを恨むようになった。
しかしそうなるべきじゃない。人に出来る事はそうじゃなかったのだ、と。
アメリアは、道行く人々に向けて、そのか細い女性の腕を伸ばし――しかし、虚空を掴む。
「人は、自分の力や手が届く場所しか関われんのじゃ。そして人の手は、手に届く範囲のモノですら、それら全てを包み込める程、大きくも無い」
手を伸ばした先。掴んだモノが大きければ大きい程、人間は選択を迫られる。
大きな一を選ぶか、小さな多を選ぶか。
シドニアも伊吹も、どちらも手にしたいと願った。
しかし、それはヒトの身では――否、神であっても、叶わない願いだ。
世の中には、どれだけ善を説いても、解けぬ程にキツく縛られた悪性が存在する。
その現実に打ちのめされ――シドニアと伊吹は絶望したのだ。
「じゃから吾輩は、自分の権力が及ぶレアルタ皇国の民や、領土を守ると決めた。それでも大きすぎる位じゃが、出来ん事では無かったし、それは吾輩なりの善性が、そうしなければならないと叫ぶからじゃの」
「だが、君の手が届かない場所には、君の力が及ばない場所には、どうやって善性を届けると言うんだい?」
「吾輩以外の者が手を伸ばし、その手が届く場所に善性を届ける。そうして人と人が繋がり合い、助け合い、善性を持つ事の素晴らしさを説き続ければ、いつの日か人間は、悪性で世を染めようとするモノを排除し、善性を以て世界を良くすることが出来るじゃろう」
「そんなの、夢物語じゃないか」
「まっこと、その通り」
そうして話していると、クスクスと浮かんでくる笑みを押さえる事が出来なかった。
伊吹が「夢物語だ」と語った時――彼の表情は、とても神に思えぬ程、苦しみを表現していた。
アメリアは、そうした伊吹の表情だけは、好ましいと思える。
「しかし、じゃからこそ現実にしたいと願い、人々は足掻くべきなんじゃ。……ガルラやマリルリンデ、シドニアやクアンタ、リンナはそうしておる」
そうした者たちが戦わなければならないのは、何たる皮肉かと考えながらも――しかし、信じるモノ同士が常に同じ方向を向いているとは限らず、時に力は互いの想いを叫ぶための手段としても用いられる。
「願う事は、祈る事は誰でも出来る。そしてその為に手を伸ばし続けていれば、何時かは叶う……かもしれん。じゃが無理と諦め、悪性に膝をついた時こそ、その可能性は永遠に無くなるのじゃ」
ニ、と表情を不敵な笑みに変えたアメリアと。
そんなアメリアの笑みを見て、ため息をつくしかなかった伊吹だが――彼は、どこか吹っ切れた表情で、呟いた。
「……君とカルファスは、本当に苦手だ」
「カルファス? 主はカルファスと面識があるのかえ?」
「ああ。実は三日ほど前から、彼女はこの地球にいるよ」
「……はァッ!?」
『あ! アメちゃーんッ!!』
テラス席に腰かけるアメリアと伊吹を見つけた女性が、今その深紅のミニスカートを揺らめかせながら大通りを駆け寄り、声をかけて来た。
『アメちゃん目が覚めたんだッ! ね、見てみてコレ、可愛くない!?』
「カ、カルファス……!? ぬ、主……何語を喋っとるんじゃ……!?」
「カルファス、日本語になってるよ」
「え、あ! ゴメンねアメちゃん! 三日位秋音市にいたから、日本語に慣れすぎちゃったっ! 助けに来たよッ!」
テヘペロ、と左目を閉じてウインクしながら小さく舌を出す女性――カルファスに、アメリアは何とも言えぬ表情で「……良かったのぉ」とだけ言葉を捻り出し、服装について指摘をした。
「それより主、なんじゃその格好」
「えへへー、可愛いでしょぉ? レアルタ皇国の服って趣味に合わないのバッカだったけど、地球のオシャレってカぁワイーっ」
ちなみにカルファスは白のワイシャツと柄の入ったネクタイを着用し、赤いスカートをもう少しで下着が見えそうになるまで丈を上げた格好で、髪の毛も普段の腰まで下ろした金髪ロングヘアを、軽くカールを利かせてボリューム感を出した様相に代わり、ニーソックスはリボンとレースを組み合わせた可愛さ滲むものとなっている。
普段は女性用に改造された王服しか着ない彼女がそれだけ格好を変えている事にも驚いたが、何よりも魔術にしか傾倒しなかった彼女がオシャレに気を配る事自体が新鮮ではあった。
新鮮なのだが――アメリアはカルファスの二十六歳という年齢を知っているが故に(若作りし過ぎじゃないかのぉ……)と思ってしまうが、何とか言葉を呑み込んだ。
「な、何故ここにおるのじゃ……?」
「なぜって、アメちゃんをイブキンに頼んで助けて貰おうとしたんだよ~。そしたら『もう助けてる』とか言われちゃって、私ってばホントに骨折り損のくたびれ儲けってカンジ~」
まぁ楽しくやれてるから良いけど、と笑うカルファスと、彼女が言った『イブキン』が気になるアメリア。成瀬伊吹の伊吹からとって『イブキン』なのだろうが、その名を呼ばれる伊吹は苦虫を噛みつぶした所ではない程に、表情を暗くしている。彼もその呼び名はあまり好きではないのだろう。
「な、何にせよレアルタ皇国に帰るぞ? チキュー観光も悪くはないがの、吾輩らにはやらねばならん事が」
「あー、それ無理。後一週間待って?」
軽く放ったカルファスの言葉を受け、アメリアは彼女の肩を揺さぶる。
「む、無理とはどういう事じゃ! 主はまだ他の子機があるやもしれんが、吾輩の身体は一つだけじゃ。シドニアがその間どれだけ頑張っても、早う帰らねば混乱はより大きく」
「地球からゴルサって、単純な時空間航行するダケだと二ヶ月近く時差があるの。んで、今その時差をなるべく埋める為に、時空間移動用のゲート術式を組み込んでるんだけど、コレが曲者でねェ~? それを組み上げるのに六日、んで移動に一日ってトコロかなぁ」
「……ちょ、ちょっと待つのじゃ。わ、吾輩が救出されてから、その帰還までは、大体どの位の時間が経過する事になるのじゃ……?」
「えーっと、単純計算だと、約一ヶ月半位かかる計算だね」
それだけ言うと、カルファスはスマートフォンを取り出して店内へと入っていき、手慣れた動きで会計を終わらせると、カプチーノを持ってアメリアの隣に腰かける。
「だからぁ~、初めての長いオフ、アメちゃんと地球で楽しく過ごして待つのも良いでしょ?」
「全く……主はどれだけ気楽なのじゃ……ッ」
アメリアが餓鬼によって次元の彼方へ飛ばされ、帰還が出来るまでの一ヶ月半程度。レアルタ皇国はその間、アメリア抜きで国政を回さねばならず、シドニアにかかる負担はあまりに大きいだろう。
深い深いため息をついたアメリアの頭を撫でながら、カルファスは「心配ないないっ」と慰めるように気楽な声を上げた。
「アメちゃんが気を使い過ぎなのぉ~。少しはシドちゃんやイル姉さま、アルちゃんを信じよ? あ、はいチーズ!」
アメリアの肩を抱き寄せ、スマホのインカメラで可愛らしく自撮りを取るカルファス。その後画像加工をしてトゥイッターとイングラグラムに写真をアップロードし始めた彼女のやっている事を理解できず、アメリアは伊吹へと視線を向けると……彼は遠い目を浮かべながら、溶けた氷で薄まったアイスコーヒーを一口飲んで「マズい」と口にした。
「……正直、俺も彼女がここまで日本になじむとは思わなかった……適応力が有り過ぎると言うのも考え物だな……」
「えへへーっ! イブキンからお金借りて海外口座でデイトレしまくって、資産メチャクチャ増やせたから、アメちゃん一人なら全然養えるよーっ! もうこのまま地球に住んじゃう?」
「か・え・る・の・じゃッ!!」
「うひぃッ! アメちゃんが怒ったーっ!」
気楽なカルファスを叱るようにしたアメリアだったが、彼女も結局はカルファスの言葉に従う他無いと、それを認めた。
――だがアメリアは、どこかカルファスが無理をしているような気がして、問う。
「主、何かあったのかえ?」
「……なんもないよぉ?」
カルファスはアメリア程ではないが、それでも皇族として多くの人間との騙し合いを制してきた女だ。故に簡単に、アメリアへ本心を曝け出したりはしない。
だが、何か秘めたるモノがあるとは分かったからこそ。
アメリアは、彼女の手を握って、短く頷く。
「そうか。……では、主にエスコート任せるぞ。チキュー偵察開始じゃ」
「よっしゃ! アメちゃんを可愛く盛り盛りにしちゃうからねぇ~!」
「も、盛り盛り……?」
彼女が話したくない事は、無理に聞かない事にした。
彼女は、自分という存在を閉じ込めた【根源化の紛い物】を果たした時、子機だけが表に出る生活となっても、明るくアメリアとイルメールに報告をしてきた女なのに、そんな彼女がなにも語らないという事は、それなりの事があったのだろう。
それが想像できない自分の至らなさを噛みしめながらも――少しは妹として、カルファスの顔を立てる為、街へ繰り出す事としたのだ。
だがこの地球で多くの時を生きて来た筈の伊吹が、こうした世界の事を煉獄という程には、地球と言う星とゴルサという星は、そう大きく変わらないのだろう。
「そんな世界で、人間が善性を以て他者を思いやれる筈もない。だから、いつか誰もが、そうした思いやりを他者へ向ける事が出来るような世界を、作りたいと願った」
「どんな力があったとて、作れる筈なかろう。貴様は、人間の事を知らな過ぎる。……本当に、ムカつく位に、貴様は昔のシドニアそっくりじゃ」
どこかの誰か――アメリアがどう接するべきか悩みながらも、少しずつ理解していった大切な弟。
もしシドニアが、母であるルワンとの語らいや、リンナやクアンタとの出会いが無く、ただ弱者を斬り捨てる事に慣れてしまった者となっていたら――きっと、辿り着く先は、伊吹と同じ、絶望に打ちひしがれた者となっていたのだろう。
そう考えると、アメリアはどこか、伊吹を他人と思えなかった。
嫌悪感は湧くけれど、彼をこのまま、一人にしておく事など出来ないと、感じてしまったのだ。
「生命は、善性と悪性の両側面を持っておる。人はどちらにも転がる事の出来る、可能性を秘めた存在であると同時に、脆い存在でもある」
「分かっているつもりだ」
「もしそうした世を変えたかったのならば、貴様は人の身から外れるべきではなかったのじゃ。人の身でなくなれば、そうした悪性を祓う事が出来ると盲信し、その先で更なる絶望に打ちのめされた。……逃げたのじゃ、貴様は」
「なら俺は、人間の悪性とどう向き合えばよかったというんだ」
「簡単じゃ。自分の手が届く範囲で、自分が善性を以て、現実に抗う事。人間なんて言う、世界から見れば小さな存在に出来る事なぞ、それ位しかあるまい」
シドニアは、数多の才を、力を、その手に握ろうとした。
弱者が許される世界、弱者が救われる世界を夢見て、その手に握った力で、そんな世界を作ろうとした。
だが現実に打ちのめされ、彼はやがて、人間と言う存在の愚鈍さを恨むようになった。
しかしそうなるべきじゃない。人に出来る事はそうじゃなかったのだ、と。
アメリアは、道行く人々に向けて、そのか細い女性の腕を伸ばし――しかし、虚空を掴む。
「人は、自分の力や手が届く場所しか関われんのじゃ。そして人の手は、手に届く範囲のモノですら、それら全てを包み込める程、大きくも無い」
手を伸ばした先。掴んだモノが大きければ大きい程、人間は選択を迫られる。
大きな一を選ぶか、小さな多を選ぶか。
シドニアも伊吹も、どちらも手にしたいと願った。
しかし、それはヒトの身では――否、神であっても、叶わない願いだ。
世の中には、どれだけ善を説いても、解けぬ程にキツく縛られた悪性が存在する。
その現実に打ちのめされ――シドニアと伊吹は絶望したのだ。
「じゃから吾輩は、自分の権力が及ぶレアルタ皇国の民や、領土を守ると決めた。それでも大きすぎる位じゃが、出来ん事では無かったし、それは吾輩なりの善性が、そうしなければならないと叫ぶからじゃの」
「だが、君の手が届かない場所には、君の力が及ばない場所には、どうやって善性を届けると言うんだい?」
「吾輩以外の者が手を伸ばし、その手が届く場所に善性を届ける。そうして人と人が繋がり合い、助け合い、善性を持つ事の素晴らしさを説き続ければ、いつの日か人間は、悪性で世を染めようとするモノを排除し、善性を以て世界を良くすることが出来るじゃろう」
「そんなの、夢物語じゃないか」
「まっこと、その通り」
そうして話していると、クスクスと浮かんでくる笑みを押さえる事が出来なかった。
伊吹が「夢物語だ」と語った時――彼の表情は、とても神に思えぬ程、苦しみを表現していた。
アメリアは、そうした伊吹の表情だけは、好ましいと思える。
「しかし、じゃからこそ現実にしたいと願い、人々は足掻くべきなんじゃ。……ガルラやマリルリンデ、シドニアやクアンタ、リンナはそうしておる」
そうした者たちが戦わなければならないのは、何たる皮肉かと考えながらも――しかし、信じるモノ同士が常に同じ方向を向いているとは限らず、時に力は互いの想いを叫ぶための手段としても用いられる。
「願う事は、祈る事は誰でも出来る。そしてその為に手を伸ばし続けていれば、何時かは叶う……かもしれん。じゃが無理と諦め、悪性に膝をついた時こそ、その可能性は永遠に無くなるのじゃ」
ニ、と表情を不敵な笑みに変えたアメリアと。
そんなアメリアの笑みを見て、ため息をつくしかなかった伊吹だが――彼は、どこか吹っ切れた表情で、呟いた。
「……君とカルファスは、本当に苦手だ」
「カルファス? 主はカルファスと面識があるのかえ?」
「ああ。実は三日ほど前から、彼女はこの地球にいるよ」
「……はァッ!?」
『あ! アメちゃーんッ!!』
テラス席に腰かけるアメリアと伊吹を見つけた女性が、今その深紅のミニスカートを揺らめかせながら大通りを駆け寄り、声をかけて来た。
『アメちゃん目が覚めたんだッ! ね、見てみてコレ、可愛くない!?』
「カ、カルファス……!? ぬ、主……何語を喋っとるんじゃ……!?」
「カルファス、日本語になってるよ」
「え、あ! ゴメンねアメちゃん! 三日位秋音市にいたから、日本語に慣れすぎちゃったっ! 助けに来たよッ!」
テヘペロ、と左目を閉じてウインクしながら小さく舌を出す女性――カルファスに、アメリアは何とも言えぬ表情で「……良かったのぉ」とだけ言葉を捻り出し、服装について指摘をした。
「それより主、なんじゃその格好」
「えへへー、可愛いでしょぉ? レアルタ皇国の服って趣味に合わないのバッカだったけど、地球のオシャレってカぁワイーっ」
ちなみにカルファスは白のワイシャツと柄の入ったネクタイを着用し、赤いスカートをもう少しで下着が見えそうになるまで丈を上げた格好で、髪の毛も普段の腰まで下ろした金髪ロングヘアを、軽くカールを利かせてボリューム感を出した様相に代わり、ニーソックスはリボンとレースを組み合わせた可愛さ滲むものとなっている。
普段は女性用に改造された王服しか着ない彼女がそれだけ格好を変えている事にも驚いたが、何よりも魔術にしか傾倒しなかった彼女がオシャレに気を配る事自体が新鮮ではあった。
新鮮なのだが――アメリアはカルファスの二十六歳という年齢を知っているが故に(若作りし過ぎじゃないかのぉ……)と思ってしまうが、何とか言葉を呑み込んだ。
「な、何故ここにおるのじゃ……?」
「なぜって、アメちゃんをイブキンに頼んで助けて貰おうとしたんだよ~。そしたら『もう助けてる』とか言われちゃって、私ってばホントに骨折り損のくたびれ儲けってカンジ~」
まぁ楽しくやれてるから良いけど、と笑うカルファスと、彼女が言った『イブキン』が気になるアメリア。成瀬伊吹の伊吹からとって『イブキン』なのだろうが、その名を呼ばれる伊吹は苦虫を噛みつぶした所ではない程に、表情を暗くしている。彼もその呼び名はあまり好きではないのだろう。
「な、何にせよレアルタ皇国に帰るぞ? チキュー観光も悪くはないがの、吾輩らにはやらねばならん事が」
「あー、それ無理。後一週間待って?」
軽く放ったカルファスの言葉を受け、アメリアは彼女の肩を揺さぶる。
「む、無理とはどういう事じゃ! 主はまだ他の子機があるやもしれんが、吾輩の身体は一つだけじゃ。シドニアがその間どれだけ頑張っても、早う帰らねば混乱はより大きく」
「地球からゴルサって、単純な時空間航行するダケだと二ヶ月近く時差があるの。んで、今その時差をなるべく埋める為に、時空間移動用のゲート術式を組み込んでるんだけど、コレが曲者でねェ~? それを組み上げるのに六日、んで移動に一日ってトコロかなぁ」
「……ちょ、ちょっと待つのじゃ。わ、吾輩が救出されてから、その帰還までは、大体どの位の時間が経過する事になるのじゃ……?」
「えーっと、単純計算だと、約一ヶ月半位かかる計算だね」
それだけ言うと、カルファスはスマートフォンを取り出して店内へと入っていき、手慣れた動きで会計を終わらせると、カプチーノを持ってアメリアの隣に腰かける。
「だからぁ~、初めての長いオフ、アメちゃんと地球で楽しく過ごして待つのも良いでしょ?」
「全く……主はどれだけ気楽なのじゃ……ッ」
アメリアが餓鬼によって次元の彼方へ飛ばされ、帰還が出来るまでの一ヶ月半程度。レアルタ皇国はその間、アメリア抜きで国政を回さねばならず、シドニアにかかる負担はあまりに大きいだろう。
深い深いため息をついたアメリアの頭を撫でながら、カルファスは「心配ないないっ」と慰めるように気楽な声を上げた。
「アメちゃんが気を使い過ぎなのぉ~。少しはシドちゃんやイル姉さま、アルちゃんを信じよ? あ、はいチーズ!」
アメリアの肩を抱き寄せ、スマホのインカメラで可愛らしく自撮りを取るカルファス。その後画像加工をしてトゥイッターとイングラグラムに写真をアップロードし始めた彼女のやっている事を理解できず、アメリアは伊吹へと視線を向けると……彼は遠い目を浮かべながら、溶けた氷で薄まったアイスコーヒーを一口飲んで「マズい」と口にした。
「……正直、俺も彼女がここまで日本になじむとは思わなかった……適応力が有り過ぎると言うのも考え物だな……」
「えへへーっ! イブキンからお金借りて海外口座でデイトレしまくって、資産メチャクチャ増やせたから、アメちゃん一人なら全然養えるよーっ! もうこのまま地球に住んじゃう?」
「か・え・る・の・じゃッ!!」
「うひぃッ! アメちゃんが怒ったーっ!」
気楽なカルファスを叱るようにしたアメリアだったが、彼女も結局はカルファスの言葉に従う他無いと、それを認めた。
――だがアメリアは、どこかカルファスが無理をしているような気がして、問う。
「主、何かあったのかえ?」
「……なんもないよぉ?」
カルファスはアメリア程ではないが、それでも皇族として多くの人間との騙し合いを制してきた女だ。故に簡単に、アメリアへ本心を曝け出したりはしない。
だが、何か秘めたるモノがあるとは分かったからこそ。
アメリアは、彼女の手を握って、短く頷く。
「そうか。……では、主にエスコート任せるぞ。チキュー偵察開始じゃ」
「よっしゃ! アメちゃんを可愛く盛り盛りにしちゃうからねぇ~!」
「も、盛り盛り……?」
彼女が話したくない事は、無理に聞かない事にした。
彼女は、自分という存在を閉じ込めた【根源化の紛い物】を果たした時、子機だけが表に出る生活となっても、明るくアメリアとイルメールに報告をしてきた女なのに、そんな彼女がなにも語らないという事は、それなりの事があったのだろう。
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