魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十二章

力の有無-06

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 その日の夕方を超え、夜に差し掛かる時間。

  サーニスに連れられ、レアルタ皇国シドニア領首都・ミルガスに存在するシドニア領皇居へと連れられたクアンタとリンナは、出迎えたシドニアとワネットの、硬い表情を見据えて要件を察した。

  しかし、他の従者がいる中で会話に入る事は出来ず、シドニアの自室へと向かった先には、既にアルハットとカルファスが来賓用のソファに腰を下ろしていた。


「かけてくれ。ワネット、二人にもお茶を」

「かしこまりました」


 クアンタがカルファスの隣に座り、リンナはそんなクアンタの隣に腰かけ、カルファスとアルハットに挨拶をする。


「こんにちわ、カルファス様。アルハット」

「うん、リンナちゃん。元気にしてた?」

「こんにちわ、リンナ」


 しかし、そうした短い会話をしただけで――リンナはどこか、二人に違和感を覚えて、首を傾げた。


「……あのぉ、もしかしてカルファス様、普段と違う子機って奴使ってます?」

「え? あ、バレちゃう? 凄いなぁ、寸分違わず他のカルファスと同じ身体してるんだけど」


 苦笑したカルファス。視線は僅かに泳いで、アルハットの方を見た。


「アルハットも、なんか普段と違うっていうか……何だろ、別人……?」

「? お師匠、計測を行っても、アルハットは身体を構成している物質まで含め、普段のアルハットと0.01%以上の差異は無い。別人という事は有り得ないと思われるが」

「そ、っか……気のせい、なのかなぁ……?」

「ええ、気のせいよリンナ。……ちょっと色々あって、私も大人になったのかもしれないわ。成長よ」


 クスクスと笑うアルハットの言葉を受け、リンナは「そっか」と納得した。


「あの餓鬼って子、アルハットが倒したんだもんね。凄いよアルハット!」

「ありがとう。私も、それなりに自分に自信がついたわ。これからも、貴女達を守れるように精進するわね」


 ワネットが、四人の前に新しい紅茶を差し出した事で、シドニアは大きく咳ばらいをして、四人による会話を止めた。


「まずは情報共有をしなければならない。一月前、アルハットによって餓鬼が倒され、その際に餓鬼が最後の足掻きとして災厄を振りまき、バリス火山の噴火が発生。この噴火による被害は、バルトー国に与えた影響は大きいが、レアルタ皇国側の影響は、アルハット領の一部に留める事が出来た」

「餓鬼は始末出来ておらず、行方は知れていないとワネットより報告を受けているが」


 クアンタが質問をすると、アルハットは頷きつつ、しかし「大丈夫よ」と強調する。


「餓鬼は現在バルトー国へと逃亡しているけれど、その動向は常に魔導機による追跡を行っているわ。……今は、大人しく過ごしているし、愚母の下へ帰るつもりもなさそう。もし動けば、私とカルファス姉さまで十分対処できる程に弱体化しているわ。だから、放っておいてあげて」

「しかし懸案事項として対処する事も検討に入れるべきでは」

「アタシもそれは大丈夫だと思う。……何となくでゴメンだけどさ」


 苦笑するリンナの表情を見据えながら、クアンタは「お師匠がそう言うのならば」と認め、口を閉じる。

  シドニアは心労が多そうな疲れた表情で「続ける」とため息をついた。


「続けてカルファスに関しては、現状子機を用いた国内情勢の健全化に動いている。カルファス領が現状では一番被害として少なく、また子機を活用した出動が多く可能な事から、各地で現場指示を行っている形だな。結果として、現状カルファスは戦闘に参加出来る処理キャパシティがない、との事だが、誤りはないか?」

「うん、正しいよぉー。今はアルハット領もそれなりにゴタついているしアルちゃんは動けない。アメちゃんの代わりをするなら私が動くしかないでしょ?」

「……すまない。私ももう少し動ければよかったのだが、何分私の身体は一つしかない」

「そんなポンポン自分の身体増やす姉弟なんかいないでしょ? 身体増やすのはお姉ちゃんに任せなさい!」

「いやそもそもポンポン身体増やせる人間がいないんですけどカルファス様……」


 リンナの言葉に「違いないね」と笑うカルファスと、同様に笑ったアルハット。そしてシドニアも僅かに表情を明るくさせつつ、続きを口にする。


「続けてアルハットに関しても、結論から言えば戦闘は難しい……との事だ。先ほどカルファスの時にも話題にあったが、隣接するバルトー国国境付近のバリス火山が噴火した事で、少なからずアルハット領にも被害が及び、領内情勢がゴタついている」

「つまり――もし今決戦を行うとしたら、やはりカルファスとアルハットの二者は参加不可能、という事か」

「二人が参加できるまで待つって手は無いんですか?」


 リンナが手を上げながら問うが、しかしそれにはクアンタが首を横に振るう。


「アメリアがいない事が痛い。もしアメリア一人がいないだけで、シドニアも含めて全皇族が対処に当たれると言う事ならば良いが、今は五災刃側がどう動くか、予想が付かない。むしろアメリアがいない今だからこそ、活発に動く可能性も否定できない」

「国土財政の安定という点でもそうだが、何より長期戦になる事で敵が戦力を整える時間を与えてしまうという事も理由になる。餓鬼を無力化出来ている現在、私たち皇族が席を開けても皇国軍や警兵隊の排除に動かれにくい今しか、動く機会は無いと言う事だ」


 そこでシドニアは「そしてここからが本題だ」と言いながら、カルファスから霊子端末を受け取った。


「カルファスから受けた報告によると、現在イルメールは敵の拠点があると予想されるリュート山脈に一人で潜入を行っている。そして彼女に仕掛けていた発信機の反応が、本日夕方頃に途絶えたという事だ」

「それはつまり……イルメールは死んだ、という事か?」


 クアンタが息を呑むようにしてシドニアに問うたが、しかしリンナも含めて、シドニアとアルハット、カルファスが否定する。


「ううん。イルメールの虚力は感じれるから、多分死んでないと思うよ」

「私もリンナちゃんに賛成。というか義腕に仕掛けてた生体反応は正常に動いてるっぽいしね。敵の拠点に近づいて、発信機機能が妨害されてるだけだと思う」

「何よりイルメール姉さまが、そう簡単に死ぬとは思えないわね」

「同感だ」


 イルメールの家族がそう強く言い、そしてリンナも彼女の虚力を感じ取れていると言う事は、少なからずイルメールは生きているという事なのだろう。

  であれば、この発信機の反応が途絶した事は、むしろ朗報であろう。


「つまり、敵の拠点はその反応が途絶した付近に存在する、という事だな」

「そうだ。故に我々皇族側としては、敵の拠点に突入する準備を整えられたという事に他ならない。後は、君とリンナの準備だけだが――」


 シドニアがクアンタへと視線を向けると、その腰に二本の刀が備えられていた。

  純白を輝かせる鞘に収められている二本は、打刀【リュウセイ】と、脇差【ホウキボシ】であり――刀に関しては無知なシドニアでさえ、目が惹かれる刀である事は間違いない。


「その刀で大丈夫か? クアンタ」

「問題無い。両刀共に、お師匠の最高傑作だ」


 二本の刀に触れながら浮かべる、普段の彼女らしからぬ微笑み。それを見据え、シドニアも頷く。リンナへと視線を移すと、彼女もニッと可愛らしい笑みを浮かべた。


「アタシもクアンタと、サーニスさんに鍛えられました! 簡単にやられたりしませんっ!」

「本当かい、サーニス」

「ええ。リンナさんは元々の筋が良く、教授にも身が入りました。あのガルラ程度ならば、剣技で後れを取る事は無いでしょう」

「そうか。今回の騒動が終ったら、サーニスは皇国軍人の訓練部隊への配属も検討するべきか」

「いえ、自分の心は、常にシドニア様と共にあります。是非この身を、お傍に置かせてください」


 皆、動く為の準備を済ませた事を確認。

  シドニアは頷きながら、号令をかけるように声を強める。


「では明日早朝より、霊子移動でリュート山脈内部、イルメールの反応が途絶えた位置から突入を開始する。作戦目的は全五災刃の排除、及びマリルリンデ、刀匠・ガルラの捕獲または排除だ。私・シドニア、サーニス、ワネット、クアンタ、リンナの五名による作戦となるが、何か質問は?」


 彼の言葉に、誰も口を挟むことは無い。シドニアは「結構」と頷き、最後に頭を下げた。


「クアンタとリンナには、無茶をお願いする事となってしまった。まずはそれを謝りたい」


 綺麗に下げられた頭、以前のリンナだったらすぐにでも頭を上げてくれと頼んだろうが、しかし今は口を閉ざし、クアンタも同様に何も言わない。

  まだ、彼は最後まで、気持ちを口にしていないと、理解しているからだ。


「だから、その非礼を詫びる為にも、ここに約束しよう。僕は、君達二人を必ず守る。これは、皇族であり領主である私からの約束だけでなく……君達二人へ、友人や兄としてする約束だ」


 力強く放たれた言葉は、間違いなく彼個人の気持ちを放つ言葉だった。

  その言葉を受けたリンナとクアンタは頷き、シドニアは最後に「ありがとう」と礼を言った。


「ならば今日は明日の作戦に備え、もう休む事としよう。ワネット、クアンタとリンナを客間へ案内してくれ」

「かしこまりました」


 シドニアの指示を受けたワネットが、僅かにシドニアへ視線を送ると、彼もコクリと頷き、ワネットに続きリンナとクアンタの護衛に回ろうとするサーニスの腕を取った。


「サーニス、君はここに残ってくれ」

「は――かしこまりました」


 一人残されるサーニスを、クアンタは僅かに気にしたが、リンナと手を繋ぎながら、ワネットに連れられて別室へと向かう。

  既にシーツの敷かれたベッド、広々とした寝室に入ったクアンタとリンナは、ワネットの「何かあればお呼び下さい」という微笑みと共にドア一枚越しに分かち、リンナは大きなベッドにもたれかかった。


「明日、遂に決戦かぁ」

「疲れを残すといけない。今日はゆっくりと休むといい、お師匠」

「……と言っても、あんま疲れても無いんだけどね。今日は仕事も特訓も無かったし」


 柔らかなベッド、確かに気持ちよい寝心地はあるが、しかし疲れてもいないのに眠る気にもならず、ただ呆然としていたリンナだったが、そうしているとクアンタはリンナの隣に寝転がり、リンナの身体を抱き寄せた。


「く、クアンタ……?」

「目を閉じて、ジッとしているだけでも身体を休める事は出来る。こうしていれば、私の体温でお師匠も温まる事が出来るだろう」

「う……うん……」


 二つのベッドがあるのに、二者は共に同じベッドで横になる。

  そう考えると何だかリンナは変な感覚に囚われ、元々冴えていた頭がより冴えてしまうような感じがしたが――クアンタと目が合うと、彼女の純粋な眼差しが、リンナを笑顔にした。


「何故笑う?」

「ううん。……明日、戦いが終わった後も、ずっとこうしていられるのかな……って」


 彼女の温かく、豊満な胸の柔らかさに触れながら、リンナは少しだけ顔を埋めた。

  ずっとこうして居たいと考えながらも、明日はリンナもクアンタも、死ぬかもしれない戦いに身を投じる事となる。

  だから思わず出てしまった言葉に、しかしクアンタは首を縦に振り、彼女の弱音を否定した。


「居られるさ。私は、ずっとお師匠の隣にいる」

「うん……うん、そうだね。クアンタは、アタシがおばあちゃんになっても、ずっと傍にいてくれるって、約束してくれたもんね」


 亡きルワンの亡骸を前に、彼女が自分の母だと実感する事が出来なかったリンナへ、クアンタらしからぬ歯切れの悪い言葉で、彼女なりの言葉をリンナへ投げかけた時の事を、思い出す。


『お師匠が老衰で亡くなるまで、ずっと傍にいる』

『私には、それが出来る』


 そう言った彼女の言葉は、何度挫けそうになって、何度涙を流したリンナの心を、最後まで繋ぎ留めてくれた言葉なのかもしれない。


「クアンタがああ言ってくれたから……アタシは、ずっとアンタのお師匠でいたいと思えたんだ」

「私は事実を言っただけだ」

「人間ってね、言葉にしないと分かんない事もあるんだよ。クアンタがちゃんと、言葉にしてくれたから……アタシは、クアンタがそうして、アタシを想ってくれてるって事を、知る事が出来たんだ」


 リンナは、人の心や想いを、虚力によって察する事が出来る力を得てしまったけれど――そうして言葉にされる事は、嬉しいものなのだと。

  そう実感したからこそ、リンナは一つ、ある決心をした。


「ね、クアンタ。明日、戦いが終わったら、アンタに伝えたい事があるの」

「今では駄目なのか?」

「ダ、ダメ。明日、恥ずかしくて戦い所じゃなくなるもん」


 クアンタの何気ない言葉に、リンナは元より少し赤かった表情をより赤めさせながら――しかし嬉しそうに、微笑んだ。


「……アンタに、ずっと伝えたかったけど、でも伝えられなかった事。


 明日、アタシが親父に勝って……生き残ったその時に、アンタに伝えるよ」
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