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第二十二章
力の有無-09
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――力を求めるようになったのは、何時だっただろうか。
イルメール・ヴ・ラ・レアルタは、単身で乗り込んでいたリュート山脈をほぼ半月の間一人で練り歩き、敵の根城を探していた。
リュート山脈はまだレアルタ皇国内でもほとんど整備の進んでいない地域だ。
故にサーニスやワネットの故郷・リュスタを筆頭にアメリア領の管理社会から逃れた集落等がそれなりに存在し、イルメールも過去にリュート山脈を拠点としてサバイバル生活を送り、心身ともに鍛えていた時もある。そうしてパワーと出会った事も良い思い出だ。
月の輝きが僅かに陰り、そろそろ日が昇るという時間。植生の濃い森林の中で寝転がりながらそんな思い出に浸っていた時、どうして自分が力を求めるようになったのかと、ふと思い返す。
「多分、アメリアが生まれた時か」
当時、イルメールは四歳。カルファスは二歳の頃。
アメリア、幼名・ルーチカの生誕祭で、初めて赤子の小さな手に触れた時――その当時のイルメール、幼名・グランナは感じ取ったのだろう。
――この小さな手は、守らなければ生きていけない、と。
彼女は元々頭が良くなかった。皇族として必要な勉学にも身が入らず、ただ安穏と過ごしていた彼女が唯一、真面目に取り組んだトレーニングは、元を辿ればきっと、その考えから始まっていた事だろう。
「今でも細いケドな。……赤ン坊の手ッつーのは、ホントに小せェモンだったからな」
当時四歳、鍛えても居なかったイルメールでさえ、力を込めたら簡単に折れてしまいそうな程に、細くて弱弱しい手。
しかし彼女の――否、皇族の子であるイルメール達の周りは、そうした細い手を、小さな命を、簡単に途絶えさせてしまってもおかしくない程、権力者による争いが絶えず行われていた魔境であった。
イルメールは第一王女だった。故に担ぎ上げる為にも必要な存在として生かされるだろうと、心のどこかで思っていた。
カルファスは魔術師としても最高位の魔術回路となる第七世代魔術回路を有する事となる。故に彼女も成長し、魔術の発展に貢献しなければならなかったから、生かされる事になった。
――だが、アメリアやアルハットと言う三女・四女、シドニアという長男に関しては、必ずしも生きていなければならない存在ではなかった。
勿論皇族として、守られる立場にあるべきではある。
しかし極論、皇族としての思考能力に乏しいイルメールを次期皇帝に担ぎ上げて傀儡にし、カルファスは第七世代魔術回路を活かせる人材にさえ出来れば、後に生まれた皇族の子に関しては、権力者達からすれば邪魔な存在でしかない。
(アタシが、妹を守らなきゃ)
当時、一人称がアタシだったイルメールは、何時からか一人称をオレに改めた。
我武者羅に身体を鍛え、自分を追い込むために、整備の進んでいないリュート山脈に一人で籠り、追っ手さえも跳ね除け、そうして五歳の頃。
イルメールは、パワーと出会った。
否、パワーがイルメールへと会いに来て、イルメールが彼女を視えたと言った方が正しいだろう。
(君には、ボクの姿が見えるんだね)
(どうして君はそんなに強くなりたいんだい?)
(……ふふ、そっか。大切な妹を守れる、強い女の子になりたいんだ)
(じゃあそんなヒョロッヒョロの身体じゃダメッ! ボクがみっちり、筋トレの仕方を教えてあげるよっ!)
(良いかい? 筋肉は全てを解決するんだ。どんな争い事でも、相手と自分が同じ技術を持ってるなら、相手よりも筋肉で勝っていれば勝負は勝てるんだっ! だから、何時だって自分自身と技能、そして筋肉を高める事を、忘れちゃダメだよ?)
(――きっとそうして、君と筋肉が正しく成長すれば、どんな敵でも倒して誰かを守れる、素晴らしい戦士になれるさ!)
イルメールは頭が良くなかったから、皇族としての彼女ではなく、イルメールと言う個を見て、しっかり教えてくれた彼女の言葉を、この二十三年間信じて戦い、身体を鍛え続けて来た。
結果として彼女は、最強の名を手に入れた。
しかし――時々彼女は考える。
「オレ一人が最強になった所で、意味がねェ」
強者は頂に立ち、他の者を見下ろす事しか出来ない。
けれどそれは、広々とした花畑に咲く満開の花とは違い、荒野にただ一輪だけ咲く、屈強で孤独たる大輪。
妹を、大切な存在を守る為に身につけた力が故に訪れた、頂点と言う孤独から、彼女は抜け出したかったのだろう。
「……でも、オレはもう最強じゃねェ」
愚母に葬られた左手、今は義腕によって塞がれている傷に触れたイルメールは、しかし寂しさや悲しさを感じさせない笑顔で、月を見据えた。
「それで良い。オレは確かに最強だったが、最強の力で守れるモンなんざ、たかが知れてる。……クアンタやリンナ、シドニアやサーニス、アルハットやカルファス……アメリアが守ろうとする、未来ってヤツに比べたら……オレが立ってた頂なンざ、価値もねェ」
だから、と口にしたイルメールは。
闇夜に包まれる森の只中に立ち、真っすぐに瞳を見据えた。
――その先には、一人の男が立っている。
長い黒髪、半開きで虚ろにも見える目。
しかしその瞳には、男の信念が込められていた。
「よう、豪鬼。この間は勝ち逃げしてくれやがって」
「……悪かった。あの時は、餓鬼を逃がす事に、専念してたし……」
「してたし、何だ?」
「お前とは、しっかり心を整えて、真剣に、戦いたかった」
豪鬼らしからぬ、堂々とした言葉。
それを受け、イルメールも思わず笑みを溢した。
「夜明けまで、残り数時間っつー所か」
日の光が僅かに昇り、綺麗な朝焼けが見えた。もう少し日が昇れば、日の光がリュート山脈を照らす事だろう。
「豪鬼。ちょっくら話すか」
「時間稼ぎか?」
「ま、それもある。オレとオメェがやり合えば、少なからず両陣営を刺激するだろ? なるべく明るい時間まで待ちてェ、って考えはしてるよ」
イルメール――というより皇族達は、なるべく日中の行動をしたい。
名無しの災い達は夜であると視認性が悪い漆黒によって形作られている。元より植生が濃くて日の光が入りにくいリュート山脈は、より漆黒に包まれる事となる。
そしてイルメールと豪鬼がこうして向かい合うという事は、愚母達五災刃にもイルメールの存在が知られ、彼女達が動く合図にもなるだろうと、イルメールは考えていたが。
「……安心しろ。オレと斬鬼は、愚母から離反した。愚母とのパスも閉じてるから、アイツはまだオレが、お前を見つけた事も知らない」
「は? 離反したってお前、じゃあ」
「戦う理由がない、とか言うなよ?」
苦笑しつつ、豪鬼はパチンと指を鳴らす。
僅かだが、イルメールは身体に感じる違和感が、どこか消えていく感覚を覚えた。
「……オメェ、俺に重力操作してたのか?」
「ホントに僅かだけどな。カルファスの事だから、お前に発信機でも仕掛けてると思ってな。それを重力操作によって磁場を乱せば、アイツらにアジトの位置をおおよそ伝えられる」
「何でンな事を」
「……別に、塩を送ったわけじゃないぞ。……ただオレがお前を殺した直後なら、弱体化した皇族を全員葬る事は不可能じゃないと考えただけだ」
皇族達が思案していた、五災刃との短期決戦は、皇族側・五災刃側、双方共に利点がある。
皇族達は短期で戦いを終わらせる事により、レアルタ皇国の災いによる被害を減らす事が出来る事。
五災刃達はリンナが多くの刀を量産し、災いに対する防備を完全に固められる前に決着を付けられる事だ。
――そして豪鬼をイルメールが滅せれば、敵の戦力を削減出来るし。
――豪鬼がイルメールを殺せれば、彼の言う通り皇族側の戦力はガタ落ちとなるだけでなく、士気も弱体化する。
「……豪鬼、オメェは何のために戦う?」
「今更なんだ? 人に戦いの意味を問うような女じゃなかっただろ、アンタ」
「アァ、戦いに理由なんざ必要ねェ。戦いてェンなら、オレはその喧嘩を買ってやる。――だがな、戦う理由をコレと決めて、決して覆らす事のねェ奴は、どんな形であれ強いって相場が決まってンだよ」
「そう言うアンタはどうなんだ。アンタは何故戦う? 何故その肉体を鍛えた? この星の十倍、二十倍の重力圧にも耐えきるアンタは、何を求めて強くなる?」
「オレもずっとそれを考えてたよ。足りねェ頭で考えて考えて……やっぱ、一番最初は『守りてェモンがある』だった」
イルメールらしからぬ、力の、強さの、戦いの意味を語る言葉を聞いて。
それが彼女なりの、少々雑な時間稼ぎだと理解していながらも――彼女の言葉を聞いてみたいと感じた。
「オレは、オレの大切なモンを守り続けると決めた。誰が敵になっても構わねェ。ただオレの大切なモンを傷つけようとする奴は倒す。オレはその為だけに鍛え続けた」
「……今は、違うのか?」
「違うッて事はねェよ。ただ一番最初の目標に合わせて、夢を見ただけだ」
「夢?」
「オレより皇族に相応しい、男の子のシドニアが夢見た、弱者の許される世界――そんな世界を、オレはアイツの姉ちゃんとして、見たくなったのさ」
今度はオメェの番だ、と言わんばかりに。
イルメールが不敵な笑みと共に、鋭い視線を豪鬼へと向ける。
豪鬼はそんなイルメールの瞳を見据えながらも――しかし彼女と同じ笑みを浮かべる。
「オレは災いという存在が、いつか進化を果たせると信じてる。……いつか、人間を襲う事無く生を過ごし、人間と共に暮らしていけるような、そんな世の中が来ると、信じてる」
「そんな世界をブッ壊そうとする愚母にどうしてつく?」
「愚母の蛮行は止めたい。けれどその前に、お前たち皇族に売ってしまった喧嘩を、オレが止める。そうしなければ、五災刃という家族が全て、お前たちによって消されてしまう。……それは、家族の一員として、守らなきゃいけない……気は本当に重くなるけれど」
ハハ、と苦笑を浮かべる豪鬼の笑顔は、しかし覚悟を含んでいた。
家族の為に戦う。
いつか進化を果たせる時まで死んでたまるかという希望にも満ちている。
そしてイルメールの経験上、そうした希望に満ちている者は、そう簡単に絶望なんかしない。
希望に向けて己を投げ、その為に殉じれる者は――総じて強い。
イルメールはそうした信念を持つ豪鬼を、ライバルとして認め――今、手を振り上げた。
山脈の木々を薙ぎ払いながら、回転しつつ飛来するイルメールの豪剣。
豪鬼が身を屈めると、屈めた頭スレスレを通り過ぎて、イルメールの手に柄が収まった。
「良いゼっ! オメェの覚悟、確かに受け取ったッ! こっからは喧嘩だ喧嘩ッ!! オレとオメェの覚悟、どっちが強ェかの勝負だッ!」
「アンタほどの覚悟があるかどうかは分からない。……けれど、守りたいって気持ちだけは、アンタに負けるつもりは、ない」
「それでいい! オメェがオメェなりに抱いた信念を見せろってンだ――ッ!」
二者との間に空いた距離、その十数メートルの距離が、イルメールの踏み込みによって一瞬で埋められた。
振り下ろされる豪剣。しかし豪鬼はイルメールに八倍の重力操作を付与して僅かに動きを遅めると、豪剣の柄を握る様にして、もつれ合う。
「オレを殺してみせろ――豪鬼っ!」
「アンタもオレを殺してみせろ――イルメール」
重力操作を行いながらイルメールの豪剣を塞き止める豪鬼と、その塞き止めている彼を圧し潰そうとするイルメールの圧力。
それらが重なり合う事で、リュート山脈全体に、強く衝撃波が走った事を――五災刃側も皇族側も観測した。
イルメール・ヴ・ラ・レアルタは、単身で乗り込んでいたリュート山脈をほぼ半月の間一人で練り歩き、敵の根城を探していた。
リュート山脈はまだレアルタ皇国内でもほとんど整備の進んでいない地域だ。
故にサーニスやワネットの故郷・リュスタを筆頭にアメリア領の管理社会から逃れた集落等がそれなりに存在し、イルメールも過去にリュート山脈を拠点としてサバイバル生活を送り、心身ともに鍛えていた時もある。そうしてパワーと出会った事も良い思い出だ。
月の輝きが僅かに陰り、そろそろ日が昇るという時間。植生の濃い森林の中で寝転がりながらそんな思い出に浸っていた時、どうして自分が力を求めるようになったのかと、ふと思い返す。
「多分、アメリアが生まれた時か」
当時、イルメールは四歳。カルファスは二歳の頃。
アメリア、幼名・ルーチカの生誕祭で、初めて赤子の小さな手に触れた時――その当時のイルメール、幼名・グランナは感じ取ったのだろう。
――この小さな手は、守らなければ生きていけない、と。
彼女は元々頭が良くなかった。皇族として必要な勉学にも身が入らず、ただ安穏と過ごしていた彼女が唯一、真面目に取り組んだトレーニングは、元を辿ればきっと、その考えから始まっていた事だろう。
「今でも細いケドな。……赤ン坊の手ッつーのは、ホントに小せェモンだったからな」
当時四歳、鍛えても居なかったイルメールでさえ、力を込めたら簡単に折れてしまいそうな程に、細くて弱弱しい手。
しかし彼女の――否、皇族の子であるイルメール達の周りは、そうした細い手を、小さな命を、簡単に途絶えさせてしまってもおかしくない程、権力者による争いが絶えず行われていた魔境であった。
イルメールは第一王女だった。故に担ぎ上げる為にも必要な存在として生かされるだろうと、心のどこかで思っていた。
カルファスは魔術師としても最高位の魔術回路となる第七世代魔術回路を有する事となる。故に彼女も成長し、魔術の発展に貢献しなければならなかったから、生かされる事になった。
――だが、アメリアやアルハットと言う三女・四女、シドニアという長男に関しては、必ずしも生きていなければならない存在ではなかった。
勿論皇族として、守られる立場にあるべきではある。
しかし極論、皇族としての思考能力に乏しいイルメールを次期皇帝に担ぎ上げて傀儡にし、カルファスは第七世代魔術回路を活かせる人材にさえ出来れば、後に生まれた皇族の子に関しては、権力者達からすれば邪魔な存在でしかない。
(アタシが、妹を守らなきゃ)
当時、一人称がアタシだったイルメールは、何時からか一人称をオレに改めた。
我武者羅に身体を鍛え、自分を追い込むために、整備の進んでいないリュート山脈に一人で籠り、追っ手さえも跳ね除け、そうして五歳の頃。
イルメールは、パワーと出会った。
否、パワーがイルメールへと会いに来て、イルメールが彼女を視えたと言った方が正しいだろう。
(君には、ボクの姿が見えるんだね)
(どうして君はそんなに強くなりたいんだい?)
(……ふふ、そっか。大切な妹を守れる、強い女の子になりたいんだ)
(じゃあそんなヒョロッヒョロの身体じゃダメッ! ボクがみっちり、筋トレの仕方を教えてあげるよっ!)
(良いかい? 筋肉は全てを解決するんだ。どんな争い事でも、相手と自分が同じ技術を持ってるなら、相手よりも筋肉で勝っていれば勝負は勝てるんだっ! だから、何時だって自分自身と技能、そして筋肉を高める事を、忘れちゃダメだよ?)
(――きっとそうして、君と筋肉が正しく成長すれば、どんな敵でも倒して誰かを守れる、素晴らしい戦士になれるさ!)
イルメールは頭が良くなかったから、皇族としての彼女ではなく、イルメールと言う個を見て、しっかり教えてくれた彼女の言葉を、この二十三年間信じて戦い、身体を鍛え続けて来た。
結果として彼女は、最強の名を手に入れた。
しかし――時々彼女は考える。
「オレ一人が最強になった所で、意味がねェ」
強者は頂に立ち、他の者を見下ろす事しか出来ない。
けれどそれは、広々とした花畑に咲く満開の花とは違い、荒野にただ一輪だけ咲く、屈強で孤独たる大輪。
妹を、大切な存在を守る為に身につけた力が故に訪れた、頂点と言う孤独から、彼女は抜け出したかったのだろう。
「……でも、オレはもう最強じゃねェ」
愚母に葬られた左手、今は義腕によって塞がれている傷に触れたイルメールは、しかし寂しさや悲しさを感じさせない笑顔で、月を見据えた。
「それで良い。オレは確かに最強だったが、最強の力で守れるモンなんざ、たかが知れてる。……クアンタやリンナ、シドニアやサーニス、アルハットやカルファス……アメリアが守ろうとする、未来ってヤツに比べたら……オレが立ってた頂なンざ、価値もねェ」
だから、と口にしたイルメールは。
闇夜に包まれる森の只中に立ち、真っすぐに瞳を見据えた。
――その先には、一人の男が立っている。
長い黒髪、半開きで虚ろにも見える目。
しかしその瞳には、男の信念が込められていた。
「よう、豪鬼。この間は勝ち逃げしてくれやがって」
「……悪かった。あの時は、餓鬼を逃がす事に、専念してたし……」
「してたし、何だ?」
「お前とは、しっかり心を整えて、真剣に、戦いたかった」
豪鬼らしからぬ、堂々とした言葉。
それを受け、イルメールも思わず笑みを溢した。
「夜明けまで、残り数時間っつー所か」
日の光が僅かに昇り、綺麗な朝焼けが見えた。もう少し日が昇れば、日の光がリュート山脈を照らす事だろう。
「豪鬼。ちょっくら話すか」
「時間稼ぎか?」
「ま、それもある。オレとオメェがやり合えば、少なからず両陣営を刺激するだろ? なるべく明るい時間まで待ちてェ、って考えはしてるよ」
イルメール――というより皇族達は、なるべく日中の行動をしたい。
名無しの災い達は夜であると視認性が悪い漆黒によって形作られている。元より植生が濃くて日の光が入りにくいリュート山脈は、より漆黒に包まれる事となる。
そしてイルメールと豪鬼がこうして向かい合うという事は、愚母達五災刃にもイルメールの存在が知られ、彼女達が動く合図にもなるだろうと、イルメールは考えていたが。
「……安心しろ。オレと斬鬼は、愚母から離反した。愚母とのパスも閉じてるから、アイツはまだオレが、お前を見つけた事も知らない」
「は? 離反したってお前、じゃあ」
「戦う理由がない、とか言うなよ?」
苦笑しつつ、豪鬼はパチンと指を鳴らす。
僅かだが、イルメールは身体に感じる違和感が、どこか消えていく感覚を覚えた。
「……オメェ、俺に重力操作してたのか?」
「ホントに僅かだけどな。カルファスの事だから、お前に発信機でも仕掛けてると思ってな。それを重力操作によって磁場を乱せば、アイツらにアジトの位置をおおよそ伝えられる」
「何でンな事を」
「……別に、塩を送ったわけじゃないぞ。……ただオレがお前を殺した直後なら、弱体化した皇族を全員葬る事は不可能じゃないと考えただけだ」
皇族達が思案していた、五災刃との短期決戦は、皇族側・五災刃側、双方共に利点がある。
皇族達は短期で戦いを終わらせる事により、レアルタ皇国の災いによる被害を減らす事が出来る事。
五災刃達はリンナが多くの刀を量産し、災いに対する防備を完全に固められる前に決着を付けられる事だ。
――そして豪鬼をイルメールが滅せれば、敵の戦力を削減出来るし。
――豪鬼がイルメールを殺せれば、彼の言う通り皇族側の戦力はガタ落ちとなるだけでなく、士気も弱体化する。
「……豪鬼、オメェは何のために戦う?」
「今更なんだ? 人に戦いの意味を問うような女じゃなかっただろ、アンタ」
「アァ、戦いに理由なんざ必要ねェ。戦いてェンなら、オレはその喧嘩を買ってやる。――だがな、戦う理由をコレと決めて、決して覆らす事のねェ奴は、どんな形であれ強いって相場が決まってンだよ」
「そう言うアンタはどうなんだ。アンタは何故戦う? 何故その肉体を鍛えた? この星の十倍、二十倍の重力圧にも耐えきるアンタは、何を求めて強くなる?」
「オレもずっとそれを考えてたよ。足りねェ頭で考えて考えて……やっぱ、一番最初は『守りてェモンがある』だった」
イルメールらしからぬ、力の、強さの、戦いの意味を語る言葉を聞いて。
それが彼女なりの、少々雑な時間稼ぎだと理解していながらも――彼女の言葉を聞いてみたいと感じた。
「オレは、オレの大切なモンを守り続けると決めた。誰が敵になっても構わねェ。ただオレの大切なモンを傷つけようとする奴は倒す。オレはその為だけに鍛え続けた」
「……今は、違うのか?」
「違うッて事はねェよ。ただ一番最初の目標に合わせて、夢を見ただけだ」
「夢?」
「オレより皇族に相応しい、男の子のシドニアが夢見た、弱者の許される世界――そんな世界を、オレはアイツの姉ちゃんとして、見たくなったのさ」
今度はオメェの番だ、と言わんばかりに。
イルメールが不敵な笑みと共に、鋭い視線を豪鬼へと向ける。
豪鬼はそんなイルメールの瞳を見据えながらも――しかし彼女と同じ笑みを浮かべる。
「オレは災いという存在が、いつか進化を果たせると信じてる。……いつか、人間を襲う事無く生を過ごし、人間と共に暮らしていけるような、そんな世の中が来ると、信じてる」
「そんな世界をブッ壊そうとする愚母にどうしてつく?」
「愚母の蛮行は止めたい。けれどその前に、お前たち皇族に売ってしまった喧嘩を、オレが止める。そうしなければ、五災刃という家族が全て、お前たちによって消されてしまう。……それは、家族の一員として、守らなきゃいけない……気は本当に重くなるけれど」
ハハ、と苦笑を浮かべる豪鬼の笑顔は、しかし覚悟を含んでいた。
家族の為に戦う。
いつか進化を果たせる時まで死んでたまるかという希望にも満ちている。
そしてイルメールの経験上、そうした希望に満ちている者は、そう簡単に絶望なんかしない。
希望に向けて己を投げ、その為に殉じれる者は――総じて強い。
イルメールはそうした信念を持つ豪鬼を、ライバルとして認め――今、手を振り上げた。
山脈の木々を薙ぎ払いながら、回転しつつ飛来するイルメールの豪剣。
豪鬼が身を屈めると、屈めた頭スレスレを通り過ぎて、イルメールの手に柄が収まった。
「良いゼっ! オメェの覚悟、確かに受け取ったッ! こっからは喧嘩だ喧嘩ッ!! オレとオメェの覚悟、どっちが強ェかの勝負だッ!」
「アンタほどの覚悟があるかどうかは分からない。……けれど、守りたいって気持ちだけは、アンタに負けるつもりは、ない」
「それでいい! オメェがオメェなりに抱いた信念を見せろってンだ――ッ!」
二者との間に空いた距離、その十数メートルの距離が、イルメールの踏み込みによって一瞬で埋められた。
振り下ろされる豪剣。しかし豪鬼はイルメールに八倍の重力操作を付与して僅かに動きを遅めると、豪剣の柄を握る様にして、もつれ合う。
「オレを殺してみせろ――豪鬼っ!」
「アンタもオレを殺してみせろ――イルメール」
重力操作を行いながらイルメールの豪剣を塞き止める豪鬼と、その塞き止めている彼を圧し潰そうとするイルメールの圧力。
それらが重なり合う事で、リュート山脈全体に、強く衝撃波が走った事を――五災刃側も皇族側も観測した。
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