魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十三章

命の限り-10

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 虚力は感情を司るエネルギーだ。そしてルワンが遺した指輪には、彼女の感情から――彼女がシドニアへと遺した感情が強く残されていた。

  マリルリンデもシドニアも知らぬが、源の泉にてイルメール達皇族を襲った、皇族により虐殺された成れの果てであった骸達の様に、そうした彼女の意思がマリルリンデへ語り掛けるのだ。


「う、ぉおお――っ!!」


 普段のシドニアを知るモノならば、彼が叫ぶとは思えぬ程の嬌声を上げ、マリルリンデへと拳を振るうシドニア。

  急ぎ立ち上がりながら回避するマリルリンデが振るう滅鬼の刃、しかし踏み込みも甘く、狙いも定まっていない刃の軌道を読むことは、戦士であるシドニアには容易い。

  寸での所で躱し、回避のタイミングで腹部へと叩き込まれる両拳。


「ぐゥ、ぼほ……ォっ」


 マリルリンデの展開する聖道衣が、マリルリンデの身体を形作る虚力の拡散を防ぐ要因となっているが故に、まだ戦う事は出来る。

  しかし、だからと言ってダメージが無いわけではなく、一打を打ち込まれる度に、彼女は表情を歪めていく。


「感じる……母さんの力を、感じる……ッ!」


 身体が軽くなっていく感覚、それと共にシドニアは身体強化の魔術を自身へと付与し、同時に治癒魔術も展開。ワネットやカルファス程で無くとも、一時的に身体への負担を軽減する、ドーピング効果程度にはなる。


「な――メンじャ、ねェッ!!」


 剣技においては経験も実力も上のシドニアに分がある。故にマリルリンデは滅鬼を放棄し、彼の振るった拳に向け、自身の拳を振り込んで、ぶつけ合わせる。

  虚力同士による衝撃が二者を襲った。

  マリルリンデの右手と、シドニアの右手が振るった拳に装着された指輪が僅かにひび割れるが、しかし二者は睨み合う。



「マリルリンデ――ッ!」

「シドニア――ッ!」



 変身を果たして強化された身体で駆けるマリルリンデと、魔術による強化を受けて駆けるシドニアの攻防は、互いの意地を、根底にある願いを声にならない叫びとして攻撃に乗せるもの。


  故に彼らは言葉を交わす事は無い。

  ただ、自身が倒すべき、相手の名を叫ぶだけだ。


 木々を蹴り合って接近する二者、振り込んだ拳同士による競り合いを終えると、シドニアは空中で姿勢を変えて、右脚部を強く振り込んだ。
  肩部を蹴り付けられ、地面へと身体を落としたマリルリンデだが、しかし彼女は受け身を取ると同時に身体を転がしつつ、シドニアの胸部へと肘を突き付ける。

  吹き飛んでいくシドニア、しかし追撃と言わんばかりに追いかけ、吹き飛んでいくシドニアを追い越したマリルリンデは、彼の身体へと回し蹴りを振り込んだ。

  が、シドニアはマリルリンデの蹴りを両腕を用いて受け止め、掴んだ足を振り回して近くの木へ身体を叩きつけた。

 距離が開いたその時、ようやく二者は限界が近づいている事を悟るように、膝を一度つく。


「はぁ……、はぁ……ッ」

「っ、……ハァ……ッ」


 マリルリンデは愚母から与えられていた虚力をほぼ使い切り、現在の変身による強化を自前の虚力で賄ってる。

  そしてシドニアも、身体強化と治癒魔術にマナを多く消費し、加えて指輪に残るルワンの虚力も、残り少ない。


  ――故に次の攻撃が、最後の攻撃となる。


  シドニアは左手を眼前で構え、右手は腰に。

  マリルリンデは膝を落として両腕を広げ――真っすぐにシドニアへと駆け出すのである。


『マリルリンデ。貴方は、本当に優しい子』


 既に朧気にしか聞こえぬ、ルワンの声。

  それは、シドニアには届いていないのだろう。


『貴方は、私の怒りを、自分の怒りのように受け止めてくれた』


  それでも、マリルリンデは前を見据えた。

  地面を蹴り、上段から振り下ろすように突き付ける拳は確かに早い。


『誰かの為に怒るというのは、言葉以上に難しい……貴方は怒りを向ける矛先を、間違えてしまっただけなの』


  しかし……シドニアは冷静に、マリルリンデが振るう拳の軌道を左手で変えると、彼女の胸元に向けて、最後の力を振り絞った――


 右拳の一撃を、強く、強く叩き込んだ。


 拳は既に効果の薄れていた聖道衣を引き裂きながら彼女の胸元を貫き――今、その身体をシドニアへ、預けた。


『私の為に、怒ってくれてありがとう。でも、貴方には……人類を、災いの願いを……全てを愛せる素養がある筈だった』

「……アァ……、そォか……」

『貴方には……この世の理不尽さに、怒り続けて欲しかった』

「オレァ……どッちも……人間にも、災いにも……怒りを、ブツけンじャ、なく……愛すれば、よかッた……ンか……」


 マリルリンデの肉体が、僅かに変質を起こしていく。

  ルワンと瓜二つだった肉体は、変身を果たす前のマリルリンデ……男性の彼へと形を変えていき、その身体を支えるシドニアは、口から血を噴き出した。


「……マリル、リンデ」

「あ……? ンだ、よ……シドニア」

「お前は……怒り、という……愛情を……世界へ、ぶつけただけだ」


 かすんでいく視界、それと共に遠のいていく意識の中で。

  シドニアは、彼へこれだけは、伝えなければならないと、口を開く。


「ぶつけ方は……間違い、だった……かもしれない……だが……お前は、人類にも……災いにも……進化を、正しい在り方を……示そうと、しただけ……そうした、お前の根底にある……願いは……正しいと、僕も……感じる」

「……オメェ、もしかして、オレのコト……慰めて、ンのか……?」

「……お前との、戦いを経た事を……僕は……私は、これからも……糧にしていく……だ、から」


 マリルリンデよりも先に――シドニアの限界が訪れた。


「私が……これからの、世界……を……よく、して……」


  意識を落とし、マリルリンデと共に横たわるシドニア。

  マリルリンデは、まだ少しだが虚力の残る、シドニアの両指にある指輪へ、手を付ける。


「……オメェの、子は……正しく、成長したよ……ルワン」

『……ええ。私も嬉しい』

「なら……コイツに、託す事に、するか……」


 震える手で、どこからか取り出した本型の外部魔術媒体に指を乗せたマリルリンデは、その手をシドニアの身体へと乗せた。

  シドニアの全身に、微力ながらも展開される追加の治癒魔術。

  それは彼の傷ついた身体を少しずつだが癒していき、次第に意識を取り戻す事になるだろう。


『マリルリンデ』


 風で掻き消えてしまいそうな、小さい声が聞こえた。

  声のした方へ視線を向けると――朧気だけれど、そこにはルワンの姿が見えた。



『ありがとう。私は、貴方のような優しい子と出会えて……本当に良かった』

「……アァ。オレも、お前に愛情を、教えてもらった……本当に、ありがとう」



 最後に、ルワンとマリルリンデは、笑顔でお別れをした。

  掻き消えていくルワンの残留思念。それにより、シドニアの指にある指輪は、ただのアクセサリーでしかなくなった。


  だが、それで良い。


  ルワンは死に、もうこの世に存在しない。

  彼女の残留思念が守るべきシドニアも――この戦いを通じて、立派な男として、立派な皇族として、進化を果たした。

  ならば彼女の心残りは、もう無いのだ。


 しかし、この男には――マリルリンデには、まだ心残りがある。


 彼女にだけは、まだ進化を促せていない、と。

 例え――彼女がこの先で朽ちる事となっても、進化の在り方だけは、示さなければ、と。


「……愚母」


  災いであり、五災刃を率いる母体の名を呟きながら、マリルリンデは覚束ない足取りで、アジトの方へと向かっていく。

  恐らくアジトに向かった所で、マリルリンデに出来る事など無い。

  彼女へ唯一相対する事が出来る存在――クアンタとの戦いを見物する事も出来るかどうか、分からない。

  それでも彼は、行かねばならなかった。


「アイツには……本当の、愛……教えて……ねェ、からな……」


 既にマリルリンデの身体は、限界が近付いているけれど。

  それでも果たす事があるのだと、前を向くのである。
  
  
  **
  
  
(イルメール)


 声が聞こえて、イルメールは身体を潰され、血に塗れた肉体で――前を見据えた。

  眼球も既に血で塗れて、世界が赤く見える中で――彼女の姿だけは、鮮明に視据える事が出来る。

  白銀の髪の毛を足元まで伸ばし、その細いからだと小さな体、幼げな顔立ち、何もまとう事無く生まれたままの姿で、イルメールの傍へとやってきていた人物は――地面に倒れながらも息継ぎをする豪鬼には、見えていない。


  しかし彼女の姿を――イルメールには視る事が出来る。


【神霊識別】の魔眼を持ち、神霊と触れ合う事、話す事、感じる事の出来る力を持つイルメールの目には、ハッキリと。

 イルメールの眼前で、腰を落としてニッコリと笑う少女――神霊【パワー】は、イルメールの頭を、撫でた。


(負けちゃったね)

(ああ。やッぱ、一つ覚悟決めたヤツ程、恐ろしいモンはねェな。完膚なきまでに負けたよ)


 心の中で返した言葉故か、イルメールの気持ちはサッパリとしていた。

  事実彼女は、こうして既に手を少しも動かす事が出来ない状況を、敗北と認めていた。

  まだ身体を動かす事が出来るならば敗北ではないし、痛みが感じるならば我慢して立ち上がる事も出来たかもしれない。

  もし両足を失って立てなくとも、這いずりながらも、勝利を諦めなかっただろう。


(でもこうなったら動けねェモンな。負けを認めるしかねェよ。……豪鬼は強ェよ。まさかサーニス以外に、オレを殺れるヤツがいるたァな)

(満足、した?)

(うん。オレは強いヤツと戦ッて、その上で負けて、死ぬンだぜ? これ以上に楽しい人生ッてねェよ。オレは今、本当に満ち足りてる)


 心の底から、楽しそうに声を昂らせるイルメールの声に、偽りなどない。

  しかし――反してパワーは彼女の言葉を聞けば聞く程、表情をしかめていく。


(……ねぇ、イルメール。ボクはね、君と出会えて、本当に嬉しかったんだよ)

(……パワー?)

(この世界が……ううん、地球が産まれた瞬間、約四十六億年もの年月、ボクは生命と言う存在の強さに触れて来た。……触れてはきたけど、ボクがじゃあ、人間とお話しをした経験があるかって言ったら……それこそヤエちゃんみたいな、神さま系列の子としか、喋った事なんか無かった)


 この世で強さを求め生きる人間の純粋な心を、近くで見続けて来たパワー。

  しかし彼女が、いくらその者を応援し、いくらその者の成就を喜んでも、いくらその者の非成就を悲しんでも……共に泣き、笑い、喜んでくれる者など、いなかった。


(そうした長い時間の果てで……ボクは、イルメールと出会えたんだよ)


 そっと、地に伏せるイルメールの頭を撫でていた手を、頬に持っていき、彼女の端正な顔に触れる。


(純粋に力を求める君を……家族を守る為に力が欲しいと頑張る君を……ボクは応援の声を君に届ける事が出来て、君の成長を共に喜ぶ事が出来た時は……本当に、本当に本っ当に……嬉しかった)

(おい、パワー。何を言ってンだ……?)


 彼女が何を言いたいのか、何を求めているのか、それをイルメールには理解が出来なかった。

  出来なかったが――それは決して、彼女にさせてはいけない事だと、それを感じる事は出来た。


(ボクは……イルメールに、生きててほしい)

(無理だッつの……オレ、もうこンなだぜ? どンだけ意識保ッてても、もう血の量足りなくて死ぬ。オレがどンだけ最強でもよ、人間である事は変わりねェンだから)

(うん……だから、君を人間じゃなくて、神さまにする)
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