250 / 285
第二十四章
愛-03
しおりを挟む
「……一つ、問うぞ」
「ええ、どうぞクアンタちゃん」
「マリルリンデや刀匠・ガルラが、何を望んでこの戦いに参加しているか、それを理解しているのか?」
「いいえ。完全理解という点であれば、それは果たせていないでしょう」
そもそもガルラもマリルリンデも、五災刃という災いの組織を利用しているだけだ。愚母が目的とする人類滅亡の過程が彼らにとって都合が良いだけの事で、もし自分たちの目的が達成できた場合、どうなるか見当もつかないと、愚母も考えている。
「クアンタちゃんには分かるというの?」
「……私も、完全な理解は、出来ていないだろう。だが、貴様の言葉や、これまで蓄積してきた情報を基に、仮説を立てる事は出来る」
そもそもクアンタが愚母と不戦協定を結ぶ事と、ガルラやマリルリンデの望みがどう直結するかは不明だったが、しかし愚母もその内容には興味があった。
「聞かせて頂戴な」
「……恐らく、マリルリンデは人類の淘汰など、考えていない。いや、最終的に淘汰まで至ってしまう事は考えているのかもしれないが、そうじゃない。奴は、人類か災いが進化に行きつくのならば、どちらでもいいと考えていたんだ」
口元に手をやり、愚母も「なるほど」と頷く。
「わたくし達災いと、人類による戦いが、彼にとっては最終的な目的だった……という仮説ね」
「ああ。人類が勝利を果たせば、災いとの戦いを経てお前たちの脅威性を知り、今後に活かす事が出来る。いわば進化を果たした事になる」
「そして、わたくし達災いが勝利し、人類滅亡まで果たせれば、それはわたくし達災いの進化に繋がる――という事」
「更に言ってしまえば、戦いの中で双方共に進化し、共存を果たす可能性も否定は出来ない。私とマリルリンデがこうして人間社会でもある程度生活が果たせるという事が分かった今、災いとの共存も、不可能ではない。そうなる可能性も、奴は想定していたかもしれない」
愚母も、マリルリンデの持つ進化についての論調は知り得ている。故に人類か災いのどちらか……もしくは双方が進化を果たせればよかったという仮説には、納得が出来る。
「奴はこれまでの戦いで、多くの干渉をしてこなかった。人類の悪性に触れ、人類に対する怒りを抱きつつ、尚も自分の手で人間を滅ぼす気が無かった。……それは、人類に対しても災いに対しても、一定の希望を抱いていたと想像できる」
「そうかもしれないわね。確かに彼は、一定数の人類や、豪鬼のように考える災いの事を認めていたもの」
「そして、そんなマリルリンデへ付く刀匠・ガルラも、人間の悪性に怒り、叫びつつ、しかし一方でお師匠の打った皇族用の刀を認めていたり、現皇族の在り方を認めていたりと、人類に幻滅しているとは思えぬ言葉も行動も残している」
愚母はガルラについてはよく知らぬ。神霊と人間の同化体……元・人間であるという情報は知り得ているし、人類の八割淘汰を目的としているという事は知っているが、しかし本当の目的を仮定できる程、情報を持ち得ているわけではない。
「私もずっと考えていた。刀匠・ガルラが目的とする世界は、本当に人類の八割淘汰なのか、と。……そして先ほど、お師匠とのやり取りを聞く限り、彼はお師匠の事を考えているとしか思えなかった」
ガルラはリンナとクアンタの変身を、リンナが成った【姫巫女】という存在を間近に見据えた時、悲しそうに言葉を綴った。
『……違う自分に変わらなくても、勝ち取れる幸せってモンもある。オレは、オメェにそうした幸せを辿って欲しかったンだがな』と。
「そもそも、刀匠・ガルラがこの戦いに関与し始めたのは、お師匠が変身を……戦う事が出来るようになった直後だ。その前から関与はあったのかもしれないが、そうした気配は見受けられなかった」
「ええ。それまで彼はわたくし達にも一切、関与しなかったわ」
「果たして、これは偶然なのだろうか」
つまり――彼が語る、人間の悪性がどうのという言葉は、全て建前なのではないかと、そう仮説を立てる事が出来るのだ。
「ガルラ様は、今回の一件には大きく関心は無く、あくまでリンナちゃんが戦いに関わってきてしまったから、対処に動かざるを得なくなった……そう考えているのね」
「ああ。もしこの仮説が正しければ、彼に人類淘汰の野望など無いだろう。そちら側に付いたと言う事は、マリルリンデの進化を目的とする行動には一定の関心は合ったのかもしれないが」
そして――クアンタはサーニスから聴いているが、アメリアはガルラのそうした目的を問い質そうとした所で、餓鬼によって消滅させられてしまった、と。
餓鬼がアメリアを消した理由はそうではないだろうが、しかしアメリアは恐らく、そうした真相に……ガルラが望む理想に辿り着いたのだろう。
更に、アメリアが辿り着いたという事は……ガルラの近くで、彼と会話を果たしたリンナにも、ある程度感じ取れている可能性もある。
「刀匠・ガルラが戦う本当の目的は、リンナという自分の娘が、こうした戦いを経て、幸せに暮らせる世界を作る事。皇族達を戦いに誘い出す理由は、皇族達がお師匠を守れるように進化を促す為だろう」
「つまり――マリルリンデ様が野望としている、人類と災いによる争いを引き起こす事と、概要は似ている、という事ね」
「ああ。マリルリンデは人類と災いが争う事で、双方に進化を促す事が出来る。刀匠・ガルラはお師匠を除く皇族達が災いとの戦いを経験する事で、今後お師匠を守る事が出来るように進化を果たさせることが目的だったんだ」
どちらも、最終的な目標こそ違うが、人類や災いを進化させる為に行動をしていた、という事。
愚母にとっても、この話題は興味を抱いたし、実際に彼女が立てた仮説は面白かった、とは思う。
だが――解せない。
「ねぇ、クアンタちゃん。貴女は何故、今こんな話を、わたくしとしようと考えたのかしら」
「何故――か。今の話をして、それを理解できないという事は、やはり私と貴様は、分かり合えないという証明になる」
マジカリング・デバイスを手に取り、クアンタは椅子を引いて立ち上がる。
臨戦態勢を整えるようにした彼女に合わせ、愚母も立ち上がり、背後に幾多もの影を顕現させた。
だが、二者はまだ動かない。
互いに、言葉を交わさねばならないと、理解しているから。
「今立てた仮説がもし真実だとしたら……マリルリンデも、刀匠・ガルラも、方法を間違えた。どちらも人類に対して牙を剥いてしまった。本来無関係の災いを戦いへ唆した。そのやり方は正しいと思えない」
ガルラもマリルリンデも、どうあれ人類と災いによる争いへと、事を発展させてしまった。
クアンタは争いを、戦争を絶対悪とは考えない。
クアンタにとって、戦争とは最終的な外交手段であり、それより前に行う武力を伴わない外交によって認識の違いを定め、結果として訪れるものだと考えている。
しかし今回引き起こされた人類と災いによる戦いは、そうした外交すらない、ただ力のぶつかり合いでしかない。
ガルラやマリルリンデは、そうした災いとの外交を図れる立場でもあった。彼らが人類と災い同士の外交を経由せずに戦いへと至ってしまった事は、誤りであろう。
「だが私には、完全な間違いとも思えない。二者の理想は、方法こそ間違えていると思うが、しかし求めた結果は――ああ、私にとっても心地良く、正しいと思える未来だ」
二者はあくまで、人間や災いの進化を求めた。
双方の持つ悪性に心を蝕みながら、しかしそれでも、二者は人類がまだ進化を果たせるのだと、諦めなかった。
クアンタは確かに、人類の悪性を完全に知りはしない。想像こそ出来るが、その想像を超えた醜悪さがそこにはあるのだろうと、マリルリンデやガルラを見ていても容易に想定できる。
だが……それでも、と。
人類に進化をと、マリルリンデやガルラが抱いた願いを、クアンタは尊重したいと感じた。
「貴女が退化してしまったからこそ、進化を求める二人の望む未来を、正しいと思えるのかしら?」
「いいか、愚母。私は、こうして意思や感情が芽生えた事を、退化だと思っていない」
マジカリング・デバイスを構え、眼前へ突き出し、側面部に存在する電源を押した。
〈Devicer・ON〉
放たれる機械音声、だがクアンタはまだ、変身と起動コードを唱える事は無い。
「私はきっと、感情や意思が芽生える事で、この星に住まう人類と、共に成長していく事が出来る存在になれたんだ。――それを退化とは言わせない。退化だと言う貴様と、分かり合う事など出来ない!」
強く心を震わせるクアンタが、マジカリング・デバイスを空中へ放り投げた。
「変身ッ」
放った起動コードと共に、放り投げたマジカリング・デバイスの画面をタップ。
〈HENSHIN〉
起動コードを認識し、クアンタを変身させるための光を放出したマジカリング・デバイスに、愚母は数歩分飛び退いて、漆黒の影と表現し得る自身の周りにある布を、クアンタへと飛来させる。
しかし変身が終わるより前に、クアンタは二本の刃――【リュウセイ】と【ホウキボシ】を抜き放ち、虚力によって構成される布を切り裂き、消滅させる。
「私は確かに愛を知らない。私に愛を語ってくれた者はいたが、しかし理解できたとも思えない」
「ええ。貴女にそれが理解できる筈も無いわ。貴女は子供だもの」
「だが今はそれで良い。私は人類や災いと共に、これから進化していく為に、お前と戦う。愛もきっと、そうして理解できる時が来るだろう。――その未来を摘み取ろうとするお前を、私は倒す。倒さなければならない」
「愛を知らない貴女が、わたくしに勝てると言うの?」
「今言った通りだ。勝てるかどうかじゃない、勝たなければならない。……私は貴様を、認められない」
「……そう。残念ね」
深く、深くため息をついた愚母。
そうした瞬間、クアンタはゾワリとした気配を感じ取り――リュウセイとホウキボシを前面へと突き出した。
それが功を奏した。一瞬で幾十もの影がクアンタの眼前へと迫っていたからだ。
何とか二刀を用いて切り裂く事が出来たが、もし前面へ刃を突き出していなかったら、クアンタはこの世に存在しなかっただろう。
愚母が持つ固有能力のひとつ――【浸蝕】を体現する【浸蝕布】が、彼女からだけでなく、アジト全体から姿を現し、一本一本がシュルシュルと音を奏でつつ、クアンタへと向けられた。
「わたくしは、本当に貴女の事を気に入っているの。だから可愛い我が子として迎えたかったのよ」
「残念だな。私は貴様のような存在を、母と認識出来ない」
「クアンタちゃん、やはり貴女の感情は、個性は退化よ。……貴女が、人間の悪性に触れたら、きっと貴女はマリルリンデ様よりも、深い絶望の淵に立たされるわ。それを、わたくしは防ごうとしているのに」
「余計なお世話だ。私は確かに、臆病者かもしれない。人間の悪性に触れた時にどうなるかなど、私にも分からない。けれど自分の抱く感情には、自分の心で立ち向かう――これも、私がこの世界に来た事で学んだ、進化だ」
「ええ。だから残念だと言っているのよ」
今、一斉に浸蝕布がクアンタへと迫る中、彼女はエクステンデッド・ブーストを顕現させ、マジカリング・デバイスを挿入、起動コードを音声入力しながら、指紋センサーに触れ、アタッチメントを九十度回転させた。
〈Devicer-Extended・ON〉
「フォームチェンジ!」
〈Form-Change.〉
光と共に、彼女の全身を纏い直す、エクステンデッド・フォーム。
クアンタは襲い掛かる浸蝕布をリュウセイとホウキボシで切り落としながら、フォームチェンジを終え、全身より虚力を放出し、浸蝕布の動きを阻害する。
「これが、最後の戦いね」
「ああ――私が貴様を討ち、未来を手にする!」
互いの信念同士がぶつかり合う、人類と災いにおける戦いが、今始まりを告げたのだ。
「ええ、どうぞクアンタちゃん」
「マリルリンデや刀匠・ガルラが、何を望んでこの戦いに参加しているか、それを理解しているのか?」
「いいえ。完全理解という点であれば、それは果たせていないでしょう」
そもそもガルラもマリルリンデも、五災刃という災いの組織を利用しているだけだ。愚母が目的とする人類滅亡の過程が彼らにとって都合が良いだけの事で、もし自分たちの目的が達成できた場合、どうなるか見当もつかないと、愚母も考えている。
「クアンタちゃんには分かるというの?」
「……私も、完全な理解は、出来ていないだろう。だが、貴様の言葉や、これまで蓄積してきた情報を基に、仮説を立てる事は出来る」
そもそもクアンタが愚母と不戦協定を結ぶ事と、ガルラやマリルリンデの望みがどう直結するかは不明だったが、しかし愚母もその内容には興味があった。
「聞かせて頂戴な」
「……恐らく、マリルリンデは人類の淘汰など、考えていない。いや、最終的に淘汰まで至ってしまう事は考えているのかもしれないが、そうじゃない。奴は、人類か災いが進化に行きつくのならば、どちらでもいいと考えていたんだ」
口元に手をやり、愚母も「なるほど」と頷く。
「わたくし達災いと、人類による戦いが、彼にとっては最終的な目的だった……という仮説ね」
「ああ。人類が勝利を果たせば、災いとの戦いを経てお前たちの脅威性を知り、今後に活かす事が出来る。いわば進化を果たした事になる」
「そして、わたくし達災いが勝利し、人類滅亡まで果たせれば、それはわたくし達災いの進化に繋がる――という事」
「更に言ってしまえば、戦いの中で双方共に進化し、共存を果たす可能性も否定は出来ない。私とマリルリンデがこうして人間社会でもある程度生活が果たせるという事が分かった今、災いとの共存も、不可能ではない。そうなる可能性も、奴は想定していたかもしれない」
愚母も、マリルリンデの持つ進化についての論調は知り得ている。故に人類か災いのどちらか……もしくは双方が進化を果たせればよかったという仮説には、納得が出来る。
「奴はこれまでの戦いで、多くの干渉をしてこなかった。人類の悪性に触れ、人類に対する怒りを抱きつつ、尚も自分の手で人間を滅ぼす気が無かった。……それは、人類に対しても災いに対しても、一定の希望を抱いていたと想像できる」
「そうかもしれないわね。確かに彼は、一定数の人類や、豪鬼のように考える災いの事を認めていたもの」
「そして、そんなマリルリンデへ付く刀匠・ガルラも、人間の悪性に怒り、叫びつつ、しかし一方でお師匠の打った皇族用の刀を認めていたり、現皇族の在り方を認めていたりと、人類に幻滅しているとは思えぬ言葉も行動も残している」
愚母はガルラについてはよく知らぬ。神霊と人間の同化体……元・人間であるという情報は知り得ているし、人類の八割淘汰を目的としているという事は知っているが、しかし本当の目的を仮定できる程、情報を持ち得ているわけではない。
「私もずっと考えていた。刀匠・ガルラが目的とする世界は、本当に人類の八割淘汰なのか、と。……そして先ほど、お師匠とのやり取りを聞く限り、彼はお師匠の事を考えているとしか思えなかった」
ガルラはリンナとクアンタの変身を、リンナが成った【姫巫女】という存在を間近に見据えた時、悲しそうに言葉を綴った。
『……違う自分に変わらなくても、勝ち取れる幸せってモンもある。オレは、オメェにそうした幸せを辿って欲しかったンだがな』と。
「そもそも、刀匠・ガルラがこの戦いに関与し始めたのは、お師匠が変身を……戦う事が出来るようになった直後だ。その前から関与はあったのかもしれないが、そうした気配は見受けられなかった」
「ええ。それまで彼はわたくし達にも一切、関与しなかったわ」
「果たして、これは偶然なのだろうか」
つまり――彼が語る、人間の悪性がどうのという言葉は、全て建前なのではないかと、そう仮説を立てる事が出来るのだ。
「ガルラ様は、今回の一件には大きく関心は無く、あくまでリンナちゃんが戦いに関わってきてしまったから、対処に動かざるを得なくなった……そう考えているのね」
「ああ。もしこの仮説が正しければ、彼に人類淘汰の野望など無いだろう。そちら側に付いたと言う事は、マリルリンデの進化を目的とする行動には一定の関心は合ったのかもしれないが」
そして――クアンタはサーニスから聴いているが、アメリアはガルラのそうした目的を問い質そうとした所で、餓鬼によって消滅させられてしまった、と。
餓鬼がアメリアを消した理由はそうではないだろうが、しかしアメリアは恐らく、そうした真相に……ガルラが望む理想に辿り着いたのだろう。
更に、アメリアが辿り着いたという事は……ガルラの近くで、彼と会話を果たしたリンナにも、ある程度感じ取れている可能性もある。
「刀匠・ガルラが戦う本当の目的は、リンナという自分の娘が、こうした戦いを経て、幸せに暮らせる世界を作る事。皇族達を戦いに誘い出す理由は、皇族達がお師匠を守れるように進化を促す為だろう」
「つまり――マリルリンデ様が野望としている、人類と災いによる争いを引き起こす事と、概要は似ている、という事ね」
「ああ。マリルリンデは人類と災いが争う事で、双方に進化を促す事が出来る。刀匠・ガルラはお師匠を除く皇族達が災いとの戦いを経験する事で、今後お師匠を守る事が出来るように進化を果たさせることが目的だったんだ」
どちらも、最終的な目標こそ違うが、人類や災いを進化させる為に行動をしていた、という事。
愚母にとっても、この話題は興味を抱いたし、実際に彼女が立てた仮説は面白かった、とは思う。
だが――解せない。
「ねぇ、クアンタちゃん。貴女は何故、今こんな話を、わたくしとしようと考えたのかしら」
「何故――か。今の話をして、それを理解できないという事は、やはり私と貴様は、分かり合えないという証明になる」
マジカリング・デバイスを手に取り、クアンタは椅子を引いて立ち上がる。
臨戦態勢を整えるようにした彼女に合わせ、愚母も立ち上がり、背後に幾多もの影を顕現させた。
だが、二者はまだ動かない。
互いに、言葉を交わさねばならないと、理解しているから。
「今立てた仮説がもし真実だとしたら……マリルリンデも、刀匠・ガルラも、方法を間違えた。どちらも人類に対して牙を剥いてしまった。本来無関係の災いを戦いへ唆した。そのやり方は正しいと思えない」
ガルラもマリルリンデも、どうあれ人類と災いによる争いへと、事を発展させてしまった。
クアンタは争いを、戦争を絶対悪とは考えない。
クアンタにとって、戦争とは最終的な外交手段であり、それより前に行う武力を伴わない外交によって認識の違いを定め、結果として訪れるものだと考えている。
しかし今回引き起こされた人類と災いによる戦いは、そうした外交すらない、ただ力のぶつかり合いでしかない。
ガルラやマリルリンデは、そうした災いとの外交を図れる立場でもあった。彼らが人類と災い同士の外交を経由せずに戦いへと至ってしまった事は、誤りであろう。
「だが私には、完全な間違いとも思えない。二者の理想は、方法こそ間違えていると思うが、しかし求めた結果は――ああ、私にとっても心地良く、正しいと思える未来だ」
二者はあくまで、人間や災いの進化を求めた。
双方の持つ悪性に心を蝕みながら、しかしそれでも、二者は人類がまだ進化を果たせるのだと、諦めなかった。
クアンタは確かに、人類の悪性を完全に知りはしない。想像こそ出来るが、その想像を超えた醜悪さがそこにはあるのだろうと、マリルリンデやガルラを見ていても容易に想定できる。
だが……それでも、と。
人類に進化をと、マリルリンデやガルラが抱いた願いを、クアンタは尊重したいと感じた。
「貴女が退化してしまったからこそ、進化を求める二人の望む未来を、正しいと思えるのかしら?」
「いいか、愚母。私は、こうして意思や感情が芽生えた事を、退化だと思っていない」
マジカリング・デバイスを構え、眼前へ突き出し、側面部に存在する電源を押した。
〈Devicer・ON〉
放たれる機械音声、だがクアンタはまだ、変身と起動コードを唱える事は無い。
「私はきっと、感情や意思が芽生える事で、この星に住まう人類と、共に成長していく事が出来る存在になれたんだ。――それを退化とは言わせない。退化だと言う貴様と、分かり合う事など出来ない!」
強く心を震わせるクアンタが、マジカリング・デバイスを空中へ放り投げた。
「変身ッ」
放った起動コードと共に、放り投げたマジカリング・デバイスの画面をタップ。
〈HENSHIN〉
起動コードを認識し、クアンタを変身させるための光を放出したマジカリング・デバイスに、愚母は数歩分飛び退いて、漆黒の影と表現し得る自身の周りにある布を、クアンタへと飛来させる。
しかし変身が終わるより前に、クアンタは二本の刃――【リュウセイ】と【ホウキボシ】を抜き放ち、虚力によって構成される布を切り裂き、消滅させる。
「私は確かに愛を知らない。私に愛を語ってくれた者はいたが、しかし理解できたとも思えない」
「ええ。貴女にそれが理解できる筈も無いわ。貴女は子供だもの」
「だが今はそれで良い。私は人類や災いと共に、これから進化していく為に、お前と戦う。愛もきっと、そうして理解できる時が来るだろう。――その未来を摘み取ろうとするお前を、私は倒す。倒さなければならない」
「愛を知らない貴女が、わたくしに勝てると言うの?」
「今言った通りだ。勝てるかどうかじゃない、勝たなければならない。……私は貴様を、認められない」
「……そう。残念ね」
深く、深くため息をついた愚母。
そうした瞬間、クアンタはゾワリとした気配を感じ取り――リュウセイとホウキボシを前面へと突き出した。
それが功を奏した。一瞬で幾十もの影がクアンタの眼前へと迫っていたからだ。
何とか二刀を用いて切り裂く事が出来たが、もし前面へ刃を突き出していなかったら、クアンタはこの世に存在しなかっただろう。
愚母が持つ固有能力のひとつ――【浸蝕】を体現する【浸蝕布】が、彼女からだけでなく、アジト全体から姿を現し、一本一本がシュルシュルと音を奏でつつ、クアンタへと向けられた。
「わたくしは、本当に貴女の事を気に入っているの。だから可愛い我が子として迎えたかったのよ」
「残念だな。私は貴様のような存在を、母と認識出来ない」
「クアンタちゃん、やはり貴女の感情は、個性は退化よ。……貴女が、人間の悪性に触れたら、きっと貴女はマリルリンデ様よりも、深い絶望の淵に立たされるわ。それを、わたくしは防ごうとしているのに」
「余計なお世話だ。私は確かに、臆病者かもしれない。人間の悪性に触れた時にどうなるかなど、私にも分からない。けれど自分の抱く感情には、自分の心で立ち向かう――これも、私がこの世界に来た事で学んだ、進化だ」
「ええ。だから残念だと言っているのよ」
今、一斉に浸蝕布がクアンタへと迫る中、彼女はエクステンデッド・ブーストを顕現させ、マジカリング・デバイスを挿入、起動コードを音声入力しながら、指紋センサーに触れ、アタッチメントを九十度回転させた。
〈Devicer-Extended・ON〉
「フォームチェンジ!」
〈Form-Change.〉
光と共に、彼女の全身を纏い直す、エクステンデッド・フォーム。
クアンタは襲い掛かる浸蝕布をリュウセイとホウキボシで切り落としながら、フォームチェンジを終え、全身より虚力を放出し、浸蝕布の動きを阻害する。
「これが、最後の戦いね」
「ああ――私が貴様を討ち、未来を手にする!」
互いの信念同士がぶつかり合う、人類と災いにおける戦いが、今始まりを告げたのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる