魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十四章

愛-04

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刀匠・ガルラは元々刀鍛冶の家系に生まれた男である。

  当人も既に、人の身であった時の名は忘れてしまったが、刀工としての生活を営む中で神霊【ブレイド】と出会い、同化を果たした結果、不老不死の力を手にした。手にしてしまった。

  死ぬ事が出来ない存在、老化を果たす事も出来ずに周りから訝しげな視線を向けられるようにもなった。

  菊谷ヤエ(B)……当時は菊谷ヤエ(乙)と名乗っていた彼女と出会ったのは、その時だった。

  当時の彼女は派手な朱色の和装と傘、縦にねじって結われた黒髪とそれを引き立てる幾多ものカンザシ、白粉によって覆われた肌と人目を集める化粧、金箔で覆われた煙管等々……言ってしまえば遊女のような花魁スタイルだった。


「お前、死ねずに暇を持て余しているのなら、私の仕事を手伝え」

「は?」

「【ふぉおりなぁ】の監視だ。死ねないお前には丁度いい仕事だろう?」


 彼女が初対面の時に放った言葉を翻訳すると、こうなる。

  成瀬伊吹が地球をベースとして作り上げた、新たな世界における、フォーリナーの監視役を頼みたいという仕事。

  受ける理由は無かったが、しかし日本国という地において、彼は既に悪目立ちし過ぎてしまっているが故に、渋々受ける事となってしまった。

  偽りのゴルサという世界へと降り立ち――そこで彼は初めて、監視対象のフォーリナーという存在に、出会う事となる。

 フォーリナーは、当初こそ感情を持たない、人形や機械と言っても良い存在だった。

  当然だ。流体金属生命体【フォーリナー】は根源化を果たし、その先兵としてゴルサへと送り込まれただけの、【個】を持たぬ【一】でしかなかった。

  ただ未来における対フォーリナー用のカウンターとして偽りのゴルサに送られ、本体との通信も行えぬ状況で【個】としての自我に芽生えるよりも前に、ガルラと出会っただけの事。

  ガルラはそのフォーリナーに、マリルリンデという名を名付けた。

  これはレアルタ皇国にて使われる皇国語で【マリ】……鋭いを意味する言葉と、【ルリンデ】……存在を意味する言葉を混ぜ合わせてガルラが作った造語で、特に深い意味を持たせた訳でもなかったが、マリルリンデはその名を自分の名称として定め、二人は共に行動をする事となった。


  そんな中、ガルラは【姫巫女】と呼ばれる存在にも出会った。

  元々ガルラがいた日本国における【戦巫女】、宗教団体管理組織【聖堂教会】における【プリステス】と同様の、災厄を振りまく存在である災いを討滅できる力を持つ者達との出会いは、間違いなくガルラに影響を与えた。

  それまで、姫巫女という存在達は、東洋から伝わった刀を用いて災いを討滅していたが、しかし当時ゴルサにあった刀は、日本刀と全く異なっていた。

  両刃で厚みもあり、また血抜き溝も無い。虚力を浸透させにくいという欠点もあった。

  決してそうした刀の存在を悪いという訳ではなかったが、しかし対災い武器にしては不向きであると認識したガルラは日本刀の製造を行い、姫巫女へと献上した結果、刀匠としての名は皇族にまで届く事になった。


 問題はそれから二十年と経たずに起こった。

  二百前のレアルタ皇国皇族は、姫巫女の政治的権能と戦闘能力を恐れた結果、姫巫女の虐殺と凌辱に力を注ぎ始めたのだ。

  それはガルラにとっても、マリルリンデにとっても、衝撃的だった事は間違いない。


「マリルリンデ、オレは皇族のやろうとしてる事を許せねェ。姫巫女達を守らにゃならねェ」

「疑問。ガルラはこの世界における秩序安寧を目的に配置された神霊と伺っているが、率先して姫巫女の救出を行おうと言うのか」

「あぁ。そもそもオレぁ、神霊なんて在り方に興味なんざねェ。元々頼まれてた仕事にも抵触しねェ。なら、やりたいようにやらせて貰うさ」

「了承。……ガルラが望むのであれば、オレも手伝う」


 マリルリンデが何故ガルラに懐いたか、それは分からない。今思えば、クアンタがリンナへ懐いたように、彼らフォーリナーの大本から解離した者達は、そうして自分の居場所を何かしら性質の近しい人間に委ねるのだろうかと考えも出来るが、この時はそれを考える気にもならなかった。

  だが何にせよ、ガルラとマリルリンデの二人は、決して人に向けて刃を向けてはならぬとしていた姫巫女達の代わりに、皇族が差し向けた暗殺者、対魔師等を討ち倒していった。


  それで救えた命もあれば――救えなかった命もある。


  多くの屍を、ガルラも、マリルリンデも、見て来た。

  人間の悪性、悪性によって無下にされる命、与えられた苦しみに対する怨讐を。


「ガルラ、オレには分からない」

「何がだ」

「人間は何故、同族に対してここまでの嫌悪を募らせることが出来る?」

「同族だからさ」

「理解不能」

「思考の不一致、価値観の相違……理由は何でもいい。ただ『自分と異なる存在』が怖いのさ」

「知的生命体はそうした価値観や思考、存在の相違を認識し、その齟齬を埋める為に言語での意思疎通を図る筈だ」

「アァ、それが正しい者の在り方だ。だが、そんな単純な事がどれだけ難しいか。どれだけの人間がそれを果たす事が出来るか。……他者を理解するよりも、拒絶する方が遥かに簡単だからな」


 その言葉には、神霊と同化して不老不死の力を得たガルラが、かつて周囲の人間から向けられた奇異の目に感じた想いも含まれていたのだろうが、この時ガルラは、それに気づいていなかった。


「難しいから、しないのか?」

「残念な事にな。互いが互いを思いやり、許容する事には時間も努力も必要だ。オレや、オメェみたなフォーリナーなら、その時間をかける事も可能かもしれねェ。だが人間には、五十から七十までしか生きる術がねェンだ」


 皇族達も、姫巫女も、互いに争う事ではなく、対話による相互理解を深めるべきであったのだろう。

  しかし皇族達は姫巫女の力を恐れ、姫巫女達は皇族達の権力に慄く。

  そうして生まれてしまった歪は、やがて互いの事実から互いの歴史になっていき、互いの歪を更に強める。

  恐怖を過去から学び、恐怖を回避する為に、目に見える効果を発揮する防衛策を取る。


  ――そうして互いに距離を開けた状態で、出来上がった歪が、簡単に戻る事などない。


「……人間は、実らねェ努力を嫌うもんさ」


 呟かれた言葉を、マリルリンデはただ聞いているだけだったが。

  それでも、彼は真っすぐに、姫巫女達の亡骸を眺めていた。
 

 **
 
  
  それから二百年近く、彼らは姫巫女と皇族による争いに介入し続けた。

  とは言っても、彼ら二人に出来る事などたかが知れている。現アメリアの祖父が姫巫女の管理組織である聖堂教会を解体させた事もあり、既に姫巫女の一族は把握できているだけでもトレーシー家のみとなってしまった。

 トレーシー家はそれでも、皇族達に刃を向ける事を良しとせず、聖堂教会の残党、ガルラやマリルリンデという存在に守られながら、災いの討滅に動いていた。

  当時、トレーシー家の当主は姫巫女の一人として戦っていたメルナ・トレーシーだったが、彼女は大災害を引き起こし得る名有りの災い達が、次々に集結しているという事実を嗅ぎつけた。

  だが、既に姫巫女と呼べる存在は、メルナ・トレーシーと、メルナの娘であるルワン・トレーシーのみ。

  加えて未だに、皇族達はトレーシー家の殺害を狙っていた。この状況を打開しなければ、大災害を企む災い達の軍団を討滅する事など、夢のまた夢。


  そんな中、当時のシドニア領を統治していたヴィンセント・ヴ・レアルタが、レアルタ皇国皇帝へ着任した。

  彼は決して優秀な男ではなかったが、人間を手籠めにする才能だけは有しており、世渡りの才だけを駆使して皇帝になった男である。

  そして――彼は美しい女性に目が無く、当時だけでも三人の女性と関係を持っており、既に現アメリア……幼名・ルーチカという皇女も生まれていた。

  故に美しい風貌を有するルワンは、彼へ取り入った。そうして彼に近付き、彼に抱かれ、彼の子を身ごもる事で后としての地位を得て、トレーシー家の安全を手にしたのだ。


「男女交配か」


 マリルリンデの問いに、ガルラは長らく吸っていなかった煙草を仕入れ、煙を吸い込みながら、頷いた。


「ああ。人間にとっちゃ切っても切れねェモンだ。……賢い手ではあったかもしれねェ。これしか方法は無かったかもしれねェ。……だがそれでも」

「嫌悪感は募るか?」

「……ああ」


 マリルリンデは気付いていなかったが、ガルラという男は、ルワン・トレーシーという女性を愛していた。

  そしてルワンも――ガルラという、身を挺して姫巫女達を守ろうとしてくれる男を、愛していた。


  しかし二人は、決して繋がる事も、交わる事も無い。

  ガルラは神霊と人間の同化体……パラケルススで、ルワンは人間だ。

  そうした二人の間に、もし子供が生まれたら、その子は神霊の因子を少なからず受け継ぐ事となる。

 地球ではどうやらパラケルススと人間の間に生まれた子供もいて、そうした子がヒトならざる力を得てしまった結果、人間社会から迫害される事もあるのだという。

  もし生まれてくる子が、そうした迫害に晒されてしまう事となるのならば――ガルラはルワンとの子を、欲しいと思えなかった。

  ガルラもルワンも、そうした迫害の中で生き続けて来た。

  その苦しみを我が子に与えてまで、二人は愛を成就させるべきではないと、そう考えたのだ。
  
  
  **
  
  
  現在から二十年前に起こった災いとの大戦争を終えて、既に五年と少しが経過していた、十四年と数か月前。

  既に刀匠・ガルラは戦友であったルワン・トレーシーや、マリルリンデ、ミクニ・バーンシュタインという男達とは距離を置き、レアルタ皇国シドニア領首都・ミルガスの山中に建てていた自宅兼工房に住まい、一人で過ごしていた。

  漆喰と三角屋根の住居が基本となるレアルタ皇国の中で、建築業者に無理な注文をして日本風の平屋をイメージして建造させたのは、彼の生まれが要因でもあり、また自分の刀工鍛冶場として作るのならば、こうした家が良いという希望もあったからだ。

 一人でただ、鉄を打つ日々。それは彼に平穏こそもたらしていたが――しかし、心はそこになかった。


  そんな時だった。自宅の塀を悠々と飛び越えて、一人の女性が訪れたのは。


「ルワン」

「……久しぶり、ガルラ」


 眩い笑顔の女性……ルワンは、その腕に、小さな赤子を抱きながら訪れたのだ。

  ルワンと同じ銀髪の幼子は、母の腕に抱かれて眠っていた。まだ生まれて数か月、と言った所だろうか。その小さな手は、ガルラが指で触れるとギュ、と握り締めてくるけれど、しかしその命も力も弱くて、誰かが守ってあげなければ、きっと簡単に絶ててしまう。


「この子ね、ミクニくんとの子なの。名前は、リンナ」

「……そう、か」


 複雑な心境だった。

  特にガルラは、ミクニという男をそこまで好んでいなかった。マリルリンデはミクニの向上心や出世欲とも言うべき感情に好感を抱いていたようだが、そうした敵視をガルラに向けられていた事もあり、どうにも好む事が出来なかったのだろう。


「その子は、姫巫女として?」

「……ええ、何時かそうなってくれたら、と思う。シドニアが内政を、そしてリンナが戦いをと、そんな未来が来て欲しいとは、思ってる」


 少々、歯切れが悪い。ガルラはリンナの小さな手から指を離してルワンの頭を撫でると、彼女は僅かに顔を赤めて、観念するかのように、打ち明けた。
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