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第二十四章
愛-05
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「……ミクニくんは、リンナを自分の道具のように扱うわ、きっと」
「アイツは今、聖堂教会の再建に躍起になってるからな」
「でも私は……この子が姫巫女として、何時の日か戦うとしても、この子なりの幸せを掴んでほしいの。シドニアにもそう願っているけれど……あの子に、私の気持ちが届くかは分からない」
腕に抱く、小さな命の頬を撫で、ルワンは慈母としての笑みを浮かべる。
その表情は、ガルラの隣にある事が許されなかった彼女の一面であり――彼はそうした彼女の存在を、受け入れる事が出来なかった。
「オメェは、勝手だ。オメェはそうした幸せを全部かなぐり捨てて、勝手にヴィンセントの奴に嫁いだ。なのに自分の子にゃ、そうした幸せを掴んで欲しいってか?」
「いいえ。私は、それなりに幸せだったわ。……貴方と出会えたもの」
抱いてみて、と。
ルワンは、リンナの小さな身体を、ガルラへと預けた。
何分赤子など抱いた事も無く、ガルラは僅かに怯えながらも、ルワンから渡されるリンナの身体を、左手で首を支えながら、そっと身体へと抱き寄せる。
「……小っちェな」
「ええ。こんな小さな命が、やがて大きくなっていくなんて、不思議でしょう? ……久しぶりにシドニアと会って、ビックリちゃったもの」
リンナはガルラに抱かれると、その表情を僅かに変えたけれど――しかし確かに笑い、ガルラの胸に寄り添った。
そうした小さな命を抱き締めていると、なんだか自分の嫉妬が馬鹿らしく感じてきてしまった。
「ねぇ、ガルラ」
「……なんだ」
「この子を、貴方に育ててほしいの」
「ハァァ――ンッ!?」
「ちょ、大きな声出さないでっ、リンナが起きちゃう……っ」
突然何を言い出す、と声を荒げてしまったガルラの声に驚き、リンナはビクリと震えた後、大きな声を上げて泣き出してしまう。
赤子の声は実に響くし、初めての経験だからこそ、ガルラはオドオドとしながらルワンへ「どどどどうすりゃいい!?」と助けを求め、彼女は苦笑と共にリンナを抱き直した。
「はーい、大丈夫よリンナー。よーしよし」
自分の身体をゆっくりと揺らし、その身体を抱き寄せるルワンの体温を感じたのか、最初は泣き喚いていたリンナは、少しずつだが静まっていき、再び寝静まっていく。
「……いきなり何言い出すんだオメェ」
「そんなにおかしな事かしら?」
「おかしいに決まってンだろうが。オレァ、育児の経験なンざねェぞ」
「ええ、知ってる。それに貴方、不器用だものね。きっとリンナは大変よ? 私の子だもの。ワガママで怒りっぽい子になるわ」
「だったら何でオレに」
「貴方に育てて欲しいの。……私の産んだこの子の……お父さんになって欲しい」
リンナを抱きながら、一歩前へ踏み出したルワンは、その唇をガルラへと突き出した。
その表情だけは――決して母としてのルワンではなく、女としてのルワンの表情で。
ガルラはそうした彼女を目の前にして、優しくルワンの肩を抱き寄せ……唇を重ねた。
間に抱かれるリンナを潰してしまわないよう、互いに少しだけ開いた距離。
その距離は、パラケルススであるガルラと、人間であるルワンの間にあるべき距離。
けれど、唇を重ねる事位ならば、許して欲しいと。
愛した者の子を、愛した者に育てて欲しいという願いを――その口付けに乗せたのである。
唇と唇を離し、僅かに赤まる二者の頬。
……だがルワンはそのままニッコリと笑うと、ガルラへリンナの身体をそっと渡す。
「え」
「じゃ、後任せたわねガルラ!」
「ちょっと待てルワーンッ!!」
流石は元・姫巫女、彼女は瞬時に身体を翻すと飛び越えて来た塀をまたも飛び越え、一瞬の内に消えて行ってしまう。
抱いているリンナを起こさないように、かつ急いで塀の外へと向かうと――エジコ、クーハンとも言う乳児用のカゴが置いてあり、そこには一枚の紙が。
赤子を育てる上での注意事項を、ルワンの字でビッシリと書き溜められたもので……ガルラは呑気な笑みを浮かべて眠るリンナを抱きながら、深く深くため息をついたが。
「……まぁ、任されちゃあ、しょうがねェよな」
ため息の後には、長らく彼が浮かべる事の出来なかった、満面の笑みがそこにあった。
**
少女と、父が戦う姿は、傍観者もいない孤独な戦いだと言っても良い。
リーチの長い滅鬼による振り抜き、それを弾く無銘の刀、どちらも得物としては一級品の出来を持つが故に、互いの武器は度重なる攻撃によって、悲鳴を上げていた。
だが二者は、得物の事など気にする事は無い。
互いの信念を賭けた攻防、それは実力が拮抗する者同士だからこそ、両者の表情を歪ませる。
「ふ――らァ!!」
ガルラが振るった足元への一閃、地面を蹴りつける事で避けたリンナは、空中で身体を一回転させながら強力な一閃を見舞うも、しかしガルラはその一閃を避けながら同様に地を蹴り、リンナの額と自らの額をぶつけ合った。
そうした物理的な衝撃に弱いのは、人の身であるリンナである。
僅かに意識が揺さぶられる感覚と共に動きが散漫になった事と合わせ、元々足が自由に動かせぬ空中にいるからこそ、続けて放たれるガルラの左脚部を用いた振り抜きを躱しきれなかった。
胸部へと叩き込まれる脚部、それにより身体を蹴り飛ばされたリンナは、しかし全身から虚力を放出、足元に集中して展開する事で、虚力の足場を形成、空中に作られた足場を蹴りつけ、ガルラの身体に突進を仕掛ける。
「ぐ、ぬぅ……!」
「ォ、ォオオオオッ!!」
こう接近しては互いの得物は通用しない。
二者は滅鬼と無銘の刀を決して惜しむことなく放棄して右腕を突き出すと、その重なり合った拳が衝撃を放った。
神霊としてのガルラ、姫巫女としてのリンナ。
互いの持つ力同士がぶつかり合う事で、腕の筋肉を震わせた。
「父ちゃん……ッ!」
そうして打ち合う度に、滅鬼や拳を通じて、彼の想いが――彼の願いが、次々にリンナへと伝わる。
その度に涙を流すけれど、父ちゃんと唱える以外に、彼女はその願いに、想いに、言葉を出す事はしない。
ガルラは、ルワンと間違いなく、愛し合っていた。
だが互いの存在同士は惹かれ合う事を許さず、その愛は決して結ばれぬ筈だった。
――そんな二者の愛を繋ぎ留めたのは、間違いなくリンナと言う娘の存在だった。
ルワンが遺したリンナが、幸せに暮らせる世界を――リンナが戦わずに住む、そんな世界へと生まれ変わらせる為にと、彼は多くの人々を、災いを、戦いへ誘った。
より正確に言えばマリルリンデがそうした結果に乗っかっただけだが――しかしその状況を利用し、仕組んだ事は彼の願いだ。
願い自体は、リンナにとっても、ルワンにとっても、尊ぶべき願いだっただろう。
父が娘へと送る願いだっただろう。
「父ちゃん……ッ!」
弾かれ合う拳、だがリンナは次の攻撃へと至る為に、両足を地面へとしっかりつけ、空へと舞い上がる。
右足を前面へ突き出しながら、背部より虚力を出力する事で簡易的なスラスターとして機能させる。疾く突き出された右足のキックを、しかしガルラは両腕を前面に出す事で受け、衝撃を両足で流しつつ、威力が弱まった所で押し返すように突き出すと、リンナも両手で一度着地した後、姿勢を正した。
「どうしたバカ娘! その程度じゃ、オレはオメェを一人前と認めねェぞっ!」
「、っ」
娘を戦いに誘いたくないと願った父の想い。
しかしリンナは、戦う為の力を――変身するための力を得てしまった。
カルファスの死と言う衝撃、誰かに守られてばかりの自分を変えたいと言う想い、今度は自分が皆を守るんだと言う決意。
それにより、遠くからリンナの事を見守ってきたガルラは、父として複雑な感情が心中を渦巻いた。
守られていて欲しかった娘が手にした、強大な力。
自分が変わりたいと願った、娘の葛藤。
大切な者を守りたいと願う、優しい心。
そうした先に待っていたガルラの感情が行きついた先は、言ってしまえば「混乱」であった。
人として正しく、強く成長した娘の願いを尊重したい父としての気持ちと、守られるだけのか弱い存在でも良いから変わらないでいて欲しい父として気持ち。
それが彼の心を蝕み――過ちを引き起こさせてしまった。
「オメェは姫巫女である前にオレの弟子――刀匠の筈だ! そんなどっち付かずになるくれェなら、今からでも帰って積み込みの鍛錬でもしてやがれッ!」
リンナを貶める様な言葉にも、彼の不器用な願いが込められていると、既にリンナは感じ取っている。
溢れる涙を拭わないのは、涙を決して引っ込める事が出来ないのは、そうした感情の濁流がずっと――彼から溢れ出ているから。
「いいや……アタシは、今日……父ちゃんを超える……超えなきゃならないんだ――ッ!」
リンナの全身から放出される虚力は、災いでもフォーリナーでもなく、虚力の影響を受けぬ筈のガルラさえも、思わず数歩たじろいでしまう程の高出力。
近くに災いがいれば、仮にその存在が名有りであっても、放った余波だけで討滅を果たせる程の虚力は、間違いなく一級品の姫巫女である証左。
リンナは今、それだけ心を滾らせている。
「父ちゃんの願いは、正しいかもしれない。でも、そうした戦いを母ちゃんが望んでいたワケがない!」
「ルワンが望んでないと何故お前が言い切れる!?」
「アタシがルワン・トレーシーっていう母ちゃんと、ガルラって父ちゃんの娘だからだよッ!」
力強く放たれたリンナの言葉に。
ガルラは思わず、呆然としてしまった。
「ミクニ・バーンなんたらとかってホントの父ちゃんがいるらしいけどさ、アタシにとっちゃそんなポッと出の親父なんか知るかっつーの! アタシにとっちゃ父ちゃんはアンタで、母ちゃんはルワン・トレーシーって人! それ以上でもそれ以下でも無いッ!」
言葉が止まらなかった。
ずっと吐き出したかった思い、しかし戦いの最中だからと打ち明ける事が出来なかった想いを、ここにきて我慢の限界だと言わんばかりに、叫び散らす。
「大体生きてたんなら顔位出しなさいよこのバカ親父っ! アタシがどんだけ――どんだけ悲しくて、でも泣けなかったと思ってんの!? アンタが死んでるって実感が湧かないのに家にぽつねんと一人でいる寂しさ、分かるゥ!?」
一声怒鳴る度に、彼女の虚力は燃え盛るように荒々しく周囲へまき散らされ、木々を揺らし、ガルラの身体も怯ませる。
だがまだだ、まだ足りないと、リンナは最後の仕上げと言わんばかりに指をガルラへ突き出し、断言した。
「そうやって娘ほったらかしにしてたクセに、勝手に娘へ変な願いを抱いたバカな父ちゃんを、母ちゃんが黙ってるワケないっしょ!? 生きてたらアンタを往復ビンタして、アタシ連れて出ていくレベルでキレてるよッ!! なんたって――アタシの母ちゃんだもんっ!」
「アイツは今、聖堂教会の再建に躍起になってるからな」
「でも私は……この子が姫巫女として、何時の日か戦うとしても、この子なりの幸せを掴んでほしいの。シドニアにもそう願っているけれど……あの子に、私の気持ちが届くかは分からない」
腕に抱く、小さな命の頬を撫で、ルワンは慈母としての笑みを浮かべる。
その表情は、ガルラの隣にある事が許されなかった彼女の一面であり――彼はそうした彼女の存在を、受け入れる事が出来なかった。
「オメェは、勝手だ。オメェはそうした幸せを全部かなぐり捨てて、勝手にヴィンセントの奴に嫁いだ。なのに自分の子にゃ、そうした幸せを掴んで欲しいってか?」
「いいえ。私は、それなりに幸せだったわ。……貴方と出会えたもの」
抱いてみて、と。
ルワンは、リンナの小さな身体を、ガルラへと預けた。
何分赤子など抱いた事も無く、ガルラは僅かに怯えながらも、ルワンから渡されるリンナの身体を、左手で首を支えながら、そっと身体へと抱き寄せる。
「……小っちェな」
「ええ。こんな小さな命が、やがて大きくなっていくなんて、不思議でしょう? ……久しぶりにシドニアと会って、ビックリちゃったもの」
リンナはガルラに抱かれると、その表情を僅かに変えたけれど――しかし確かに笑い、ガルラの胸に寄り添った。
そうした小さな命を抱き締めていると、なんだか自分の嫉妬が馬鹿らしく感じてきてしまった。
「ねぇ、ガルラ」
「……なんだ」
「この子を、貴方に育ててほしいの」
「ハァァ――ンッ!?」
「ちょ、大きな声出さないでっ、リンナが起きちゃう……っ」
突然何を言い出す、と声を荒げてしまったガルラの声に驚き、リンナはビクリと震えた後、大きな声を上げて泣き出してしまう。
赤子の声は実に響くし、初めての経験だからこそ、ガルラはオドオドとしながらルワンへ「どどどどうすりゃいい!?」と助けを求め、彼女は苦笑と共にリンナを抱き直した。
「はーい、大丈夫よリンナー。よーしよし」
自分の身体をゆっくりと揺らし、その身体を抱き寄せるルワンの体温を感じたのか、最初は泣き喚いていたリンナは、少しずつだが静まっていき、再び寝静まっていく。
「……いきなり何言い出すんだオメェ」
「そんなにおかしな事かしら?」
「おかしいに決まってンだろうが。オレァ、育児の経験なンざねェぞ」
「ええ、知ってる。それに貴方、不器用だものね。きっとリンナは大変よ? 私の子だもの。ワガママで怒りっぽい子になるわ」
「だったら何でオレに」
「貴方に育てて欲しいの。……私の産んだこの子の……お父さんになって欲しい」
リンナを抱きながら、一歩前へ踏み出したルワンは、その唇をガルラへと突き出した。
その表情だけは――決して母としてのルワンではなく、女としてのルワンの表情で。
ガルラはそうした彼女を目の前にして、優しくルワンの肩を抱き寄せ……唇を重ねた。
間に抱かれるリンナを潰してしまわないよう、互いに少しだけ開いた距離。
その距離は、パラケルススであるガルラと、人間であるルワンの間にあるべき距離。
けれど、唇を重ねる事位ならば、許して欲しいと。
愛した者の子を、愛した者に育てて欲しいという願いを――その口付けに乗せたのである。
唇と唇を離し、僅かに赤まる二者の頬。
……だがルワンはそのままニッコリと笑うと、ガルラへリンナの身体をそっと渡す。
「え」
「じゃ、後任せたわねガルラ!」
「ちょっと待てルワーンッ!!」
流石は元・姫巫女、彼女は瞬時に身体を翻すと飛び越えて来た塀をまたも飛び越え、一瞬の内に消えて行ってしまう。
抱いているリンナを起こさないように、かつ急いで塀の外へと向かうと――エジコ、クーハンとも言う乳児用のカゴが置いてあり、そこには一枚の紙が。
赤子を育てる上での注意事項を、ルワンの字でビッシリと書き溜められたもので……ガルラは呑気な笑みを浮かべて眠るリンナを抱きながら、深く深くため息をついたが。
「……まぁ、任されちゃあ、しょうがねェよな」
ため息の後には、長らく彼が浮かべる事の出来なかった、満面の笑みがそこにあった。
**
少女と、父が戦う姿は、傍観者もいない孤独な戦いだと言っても良い。
リーチの長い滅鬼による振り抜き、それを弾く無銘の刀、どちらも得物としては一級品の出来を持つが故に、互いの武器は度重なる攻撃によって、悲鳴を上げていた。
だが二者は、得物の事など気にする事は無い。
互いの信念を賭けた攻防、それは実力が拮抗する者同士だからこそ、両者の表情を歪ませる。
「ふ――らァ!!」
ガルラが振るった足元への一閃、地面を蹴りつける事で避けたリンナは、空中で身体を一回転させながら強力な一閃を見舞うも、しかしガルラはその一閃を避けながら同様に地を蹴り、リンナの額と自らの額をぶつけ合った。
そうした物理的な衝撃に弱いのは、人の身であるリンナである。
僅かに意識が揺さぶられる感覚と共に動きが散漫になった事と合わせ、元々足が自由に動かせぬ空中にいるからこそ、続けて放たれるガルラの左脚部を用いた振り抜きを躱しきれなかった。
胸部へと叩き込まれる脚部、それにより身体を蹴り飛ばされたリンナは、しかし全身から虚力を放出、足元に集中して展開する事で、虚力の足場を形成、空中に作られた足場を蹴りつけ、ガルラの身体に突進を仕掛ける。
「ぐ、ぬぅ……!」
「ォ、ォオオオオッ!!」
こう接近しては互いの得物は通用しない。
二者は滅鬼と無銘の刀を決して惜しむことなく放棄して右腕を突き出すと、その重なり合った拳が衝撃を放った。
神霊としてのガルラ、姫巫女としてのリンナ。
互いの持つ力同士がぶつかり合う事で、腕の筋肉を震わせた。
「父ちゃん……ッ!」
そうして打ち合う度に、滅鬼や拳を通じて、彼の想いが――彼の願いが、次々にリンナへと伝わる。
その度に涙を流すけれど、父ちゃんと唱える以外に、彼女はその願いに、想いに、言葉を出す事はしない。
ガルラは、ルワンと間違いなく、愛し合っていた。
だが互いの存在同士は惹かれ合う事を許さず、その愛は決して結ばれぬ筈だった。
――そんな二者の愛を繋ぎ留めたのは、間違いなくリンナと言う娘の存在だった。
ルワンが遺したリンナが、幸せに暮らせる世界を――リンナが戦わずに住む、そんな世界へと生まれ変わらせる為にと、彼は多くの人々を、災いを、戦いへ誘った。
より正確に言えばマリルリンデがそうした結果に乗っかっただけだが――しかしその状況を利用し、仕組んだ事は彼の願いだ。
願い自体は、リンナにとっても、ルワンにとっても、尊ぶべき願いだっただろう。
父が娘へと送る願いだっただろう。
「父ちゃん……ッ!」
弾かれ合う拳、だがリンナは次の攻撃へと至る為に、両足を地面へとしっかりつけ、空へと舞い上がる。
右足を前面へ突き出しながら、背部より虚力を出力する事で簡易的なスラスターとして機能させる。疾く突き出された右足のキックを、しかしガルラは両腕を前面に出す事で受け、衝撃を両足で流しつつ、威力が弱まった所で押し返すように突き出すと、リンナも両手で一度着地した後、姿勢を正した。
「どうしたバカ娘! その程度じゃ、オレはオメェを一人前と認めねェぞっ!」
「、っ」
娘を戦いに誘いたくないと願った父の想い。
しかしリンナは、戦う為の力を――変身するための力を得てしまった。
カルファスの死と言う衝撃、誰かに守られてばかりの自分を変えたいと言う想い、今度は自分が皆を守るんだと言う決意。
それにより、遠くからリンナの事を見守ってきたガルラは、父として複雑な感情が心中を渦巻いた。
守られていて欲しかった娘が手にした、強大な力。
自分が変わりたいと願った、娘の葛藤。
大切な者を守りたいと願う、優しい心。
そうした先に待っていたガルラの感情が行きついた先は、言ってしまえば「混乱」であった。
人として正しく、強く成長した娘の願いを尊重したい父としての気持ちと、守られるだけのか弱い存在でも良いから変わらないでいて欲しい父として気持ち。
それが彼の心を蝕み――過ちを引き起こさせてしまった。
「オメェは姫巫女である前にオレの弟子――刀匠の筈だ! そんなどっち付かずになるくれェなら、今からでも帰って積み込みの鍛錬でもしてやがれッ!」
リンナを貶める様な言葉にも、彼の不器用な願いが込められていると、既にリンナは感じ取っている。
溢れる涙を拭わないのは、涙を決して引っ込める事が出来ないのは、そうした感情の濁流がずっと――彼から溢れ出ているから。
「いいや……アタシは、今日……父ちゃんを超える……超えなきゃならないんだ――ッ!」
リンナの全身から放出される虚力は、災いでもフォーリナーでもなく、虚力の影響を受けぬ筈のガルラさえも、思わず数歩たじろいでしまう程の高出力。
近くに災いがいれば、仮にその存在が名有りであっても、放った余波だけで討滅を果たせる程の虚力は、間違いなく一級品の姫巫女である証左。
リンナは今、それだけ心を滾らせている。
「父ちゃんの願いは、正しいかもしれない。でも、そうした戦いを母ちゃんが望んでいたワケがない!」
「ルワンが望んでないと何故お前が言い切れる!?」
「アタシがルワン・トレーシーっていう母ちゃんと、ガルラって父ちゃんの娘だからだよッ!」
力強く放たれたリンナの言葉に。
ガルラは思わず、呆然としてしまった。
「ミクニ・バーンなんたらとかってホントの父ちゃんがいるらしいけどさ、アタシにとっちゃそんなポッと出の親父なんか知るかっつーの! アタシにとっちゃ父ちゃんはアンタで、母ちゃんはルワン・トレーシーって人! それ以上でもそれ以下でも無いッ!」
言葉が止まらなかった。
ずっと吐き出したかった思い、しかし戦いの最中だからと打ち明ける事が出来なかった想いを、ここにきて我慢の限界だと言わんばかりに、叫び散らす。
「大体生きてたんなら顔位出しなさいよこのバカ親父っ! アタシがどんだけ――どんだけ悲しくて、でも泣けなかったと思ってんの!? アンタが死んでるって実感が湧かないのに家にぽつねんと一人でいる寂しさ、分かるゥ!?」
一声怒鳴る度に、彼女の虚力は燃え盛るように荒々しく周囲へまき散らされ、木々を揺らし、ガルラの身体も怯ませる。
だがまだだ、まだ足りないと、リンナは最後の仕上げと言わんばかりに指をガルラへ突き出し、断言した。
「そうやって娘ほったらかしにしてたクセに、勝手に娘へ変な願いを抱いたバカな父ちゃんを、母ちゃんが黙ってるワケないっしょ!? 生きてたらアンタを往復ビンタして、アタシ連れて出ていくレベルでキレてるよッ!! なんたって――アタシの母ちゃんだもんっ!」
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