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第二十四章
愛-06
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少しだけ怒りっぽくて、感情表現が豊かで、そして何よりも――誰かに共感できる心を持つリンナの姿に、かつてのルワンの姿を、思わず重ねてしまう。
彼女は拳を握り締めると、そうして呆然としているガルラの頬を強く、強く殴りつけた。
「今なら分かる、母ちゃんの気持ちがッ!」
虚力を含んだ、彼女の腕力を何十倍にまで高めた一撃。それを受け、滑りながらも姿勢を正し、ガルラは足元にある無銘の刃を足で弾き、手で掴む。
リンナには得物が無い状況であったが――しかし彼女は構わず、突き進む。
「大好きな父ちゃんに、父ちゃんと母ちゃんの子としてアタシを育てて欲しかった事もッ!」
ガルラによって振り切られる刃の軌道を読み、しゃがみながら避けるリンナが、右手の拳で執拗に、彼の頬を打ち込んでいく。
「アタシの事も、シドニアさんの事も大切に想ってくれた、優しい母ちゃんだって事も、アンタから伝わってきたッ!!」
幾度も打ち込まれれば、如何に神霊であり死なぬガルラとて、痛みもあるし衝撃もある。故に回避行動を取ろうとしても、リンナは止まらない。
「父ちゃんもアタシの事を、守ろうとしてくれた、その気持ちはとっても嬉しいし、アタシだって戦いは好きじゃない! だから父ちゃんの願いも、エゴも、理解できるッ!」
そしてリンナとガルラが揉み合っている内に、滅鬼が落ちている場所までやってくる。ガルラが迎撃に振るった刃を避けるついでに、彼女は滅鬼を拾い上げ、下段から上段へと振り切った。
ガルラの腹部を縦薙ぎに切り裂く。だが神霊である彼は、この程度で止まらない。
「ッ、」
「でも……でもッ!!」
彼女が一言一言を発する度に放出される膨大な虚力に合わせ、滅鬼の持つ力も増幅していく。
ガルラの持つ無銘の刃は滅鬼の振るわれる威力を受け切る事が出来ず、弾かれてしまう。
姿勢を崩すガルラと、その隙を突くように、長太刀のリーチを活かす突き。
当然避けられる。だが避けられた後にすぐさま刀を持ち替え、刃の方向を変えた上で、横薙ぎに振るった。
「もうアタシだって子供じゃない! 父ちゃんみたいに、母ちゃんみたいに、愛する人を、見つける事が出来たんだッ!」
振るわれた刃を何とか躱し、距離を開ける二者。
リンナは最後の攻撃へと移るよりも前に――彼へこれだけは宣言しなければ、と。
滅鬼の刃をガルラへ向け、しかし表情に笑みを浮かべて、言い放つ。
「父ちゃん。アタシ、クアンタが好き。……大好き。愛してる」
「……そう、か」
「フォーリナーだとか、姫巫女だとか、そんなの関係ない。アタシは、クアンタっていう女の子が大好きなの。だから、アタシはあの子の望む、お師匠であり続けていたい。あの子もアタシの事を、好きになってくれたら、超嬉しい」
クアンタがリンナの想いを受け取ってくれるかどうかなど、分からない。
もしかしたら拒絶されてしまう事だってあるかもしれない。
しかし――しかし、それでも、と。
リンナはただ真っすぐに、ガルラへと笑いかけるのだ。
「だから、その未来を掴み取る為に、アタシは父ちゃんを倒して、一人前の刀匠だって、認めて貰わなきゃダメなんだ。あの子にとってのお師匠であり続ける為に……アタシは、父ちゃんに負けるわけにはいかないし、父ちゃんを他の誰に倒されるわけにもいかない」
だから、リンナは幾度も唱えたのだ。
父ちゃんを越えて、父ちゃん以上の刀匠になる、と。
父ちゃんを倒すのはアタシだ、と。
――彼に勝ち、認められてこそ。
――亡き母の弔いも、弱かった自分との訣別も、新たな未来へと進む事も、できるのだ。
「他の誰に勝てなくったって構わない」
一歩、前へ足を踏み出す。
「誰よりも強くあろうなんて、思えないし、思わない」
右手でしっかりと滅鬼の柄を握り締め、刃に虚力を浸透させる。
「でも、父ちゃんには……父ちゃんにだけは、負けるわけにはいかないッ!」
身体の芯を通すようにしてスッと姿勢を正したリンナが、刃を立てる。
身体の中心に構えられた滅鬼、彼女の決意を込めた視線を受け続けたガルラは……一瞬だけ笑みを見せると、すぐにしかめっ面へと戻し、叫ぶのだ。
「――なら証明してみろ! テメェの刃が、オレの打った刀を越えられるかどうか!」
「ああ、越えてやるよ――過保護すぎるクソ親父をッ!!」
そこからは、二者にとっても一瞬の出来事だったと言っても良い。
二人はそもそも、自分がどう動いたかも、認識していないのだろう。
ただ、真っすぐに刃を構えて突撃したリンナと。
そのリンナの身体へ向けて、上段からの一閃を叩き込もうとしたガルラ。
だが今のリンナには、そんな力任せの一刀等、通用する筈も無い。
両足を大きく動かす事なく、ただ足の位置を変えて身体を横へ逸らすだけで、刃を避けたリンナは、そのまま振り下ろされる無銘の刀、その棟を滅鬼で叩く。
本来は地面スレスレで止められ、持ち上げられるべき刃が、強い衝撃を与えられた事で、地面を斬り込んだ。
その鋭い切れ味故に、地面へとめり込むように埋まった刃の先端を持ち上げ、抜く事など容易い。だがそこでリンナは左足で棟を踏みつけ、抜かせないように固定。
「お――ォオオオオオオオッ!!」
絶叫は、リュート山脈全土に響き渡った事だろう。
自身の頭上に掲げる滅鬼、右足を引いてしっかりと足を付き、今その刃が、無銘の刃目掛けて、振り下ろされた。
ガキン……と。気が抜けるような音と共に、無銘の刃はただ、刀の根元を締めるハバキから、僅かに破片を散らしつつ、折れた。
それと同時に、滅鬼の刃も同様にして折れたが――まだ終わらない。
リンナは、自分の左足と、地面によって固定されていた、無銘の刃――その折れた刃を、手で強く握り締めた。
展開している聖道衣による眼に見えない外装が、刃の切れ味を落とすとは言え、確かに握られた刃によって、彼女の手は血に塗れる。
それでも、彼女は刃を地面から抜き放つと、腰を捻り、その刃をガルラの腹部へと――突き刺した。
グホッ、と。ガルラは口から僅かに血を噴き出す。
ガルラの打った刀は、そのほとんどが売りに出されてしまっている。行方を追う事は困難とも言ってよい。
だから証明こそ出来なかったが、リンナは一つの仮説を立てていた。
――リンナの虚力を込められた刀によって災いを討滅できるのだとしたら。
――ガルラの想いを込められた一刀には、神霊を殺す為に必要な力が、込められているのではないか、と。
そして、その仮説は八割、正しかった。
正確に言えば彼が刀に込めたものは想いだけではない。彼を、彼の中にある神霊の力を殺すのは、神霊の因子と呼ばれる力である。
神霊が人間と同化を果たす際に、肉体や魂に神格と呼ばれる神々の因子を埋め込むのだが、この因子には神格を殺す為の力も含まれている。
だが通常、神霊は自分を殺す事が出来ない。彼らは自らの手で自らの存在を消滅させる、という方法を取る事が出来ないように、世界がシステムを構築したのだ。
この因子は他者へ譲渡する事も出来るし、生殖行為等によって因子の一部が遺伝する事もあるし――ガルラのように、人間の使う武器を神殺兵装として作り上げる事も、可能ではある。
――神霊【ブレイド】の持つ固有能力は「ありとあらゆる刃を創造・破壊する」能力であるから。
「……はぁ、はぁ……っ」
突き刺した刃を抜き、手から離すと、緊張の糸が解けたように、リンナが肩の力を抜いた。
瞬間、解除される変身。彼女の黒髪は、ルワンと同じ銀髪へと戻り、長さもベリーショートへ。
色気も何もあったものではない作業着、所々に火傷の痕や切り傷の見える肌。
それらを有する小さな体が、僅かにふらつき、ガルラの胸へと収まるのである。
ガルラは、少しずつ抜けていく力を何とか振り絞り、彼女の身体を支え、その上で口元から血を流した。
「越えたな」
「……これで父ちゃんを……越えた事に、なるのかな」
先ほどまでとは異なり、弱弱しい声で呟かれた言葉。
その小さな体を強く抱き寄せ、ガルラは一筋の涙を流す。
段々と彼の血で、リンナの衣服も汚れていくけれど、その位構うもんかと、言わんばかりに。
「越えたさ。オレの中での最高傑作を、オメェの刃が折ったんだ。これ以上にない越え方だろうよ」
「滅鬼は、アタシの打った刀じゃない。……アタシの虚力が、形作ったものだ」
「バカ娘が。滅鬼はオメェの虚力が作り出した、心を写す鏡だ。そして刀匠にとっての刀も、己を写す鏡なんだぜ」
以前、リンナを抱きしめた時には感じなかった感慨がある。
小さな娘の身体、だが初めて彼女を――赤子だった彼女を抱いた時よりも、遥かに大きい身体がそこにはある。
――何故、この子の成長を、間近で感じてあげなかったのかと、彼は今更ながらに、悔やんだ。
「そうして心を震わせ、オレの刃を越える刀を虚力で作り出す事が出来たンならよ、もうオメェは刀に込めるべき感情を、想いを、願いを、手にしてるっつーこった」
「……刀に、込めるべき感情」
「ああ。……この、神さまさえも殺せる刀が……どんな願いを込めて、打ったか分かるか?」
フルフルと、頭を横に振るリンナに、ガルラは苦笑交じりの笑いを浮かべて、彼女の頭をそっと撫でる。
「『いつの日かリンナが、この刀を越えた刀を打てる、刀匠になれますように』……ってな」
そうした願いを込めて打たれた刀は、ガルラにとっても越える事のない、最高の業物となった。
本来は人の手では殺せぬ神を、神霊としての因子を、断ち切る程の逸品に仕上がった。
きっとリンナは、その想いをどこかで感じていたからこそ、この刀を売りに出せなかったのだろう。
そして今日――その願いは成就され、死ねぬ筈の存在を、終わらせる事が出来る。
故にガルラにとって、もうこの刃は必要などない。
悔いも何も無く、ガルラは握っていた鞘を手放し、地に落ちる。
「リンナ。あの、おっぱい娘の所へ行け。もう愚母との決着はついてるかもしれねェが」
「……父ちゃんは、どうするの?」
「オレの中にある神霊【ブレイド】の因子は、断ち切られた。不死性はなくなって、その内に死ぬさ。……殺すにャ刺し込みが甘いモンだから、死ぬのは老衰かなんかになるとは思うがな」
「なら、家に帰ってきて、また一緒に過ごそうよ……っ」
小さな体で、もう変身もしていない少女の力で、ギュッとガルラの身体を抱きしめ返すリンナの体温を感じる。
それだけで――ガルラにとって、娘と長く離れて空いてしまった心を埋める、最上の触れ合いとなった。
「それは出来ねぇよ。オレは、この国を戦いに巻き込ンじまった。マリルリンデの野望に乗っかる形とは言え、オレにもその罪を背負う責任がある」
「やだ……ヤダよ、また会えたのに、生きてたのに……父ちゃんはまたアタシの傍から離れていくの……?」
「駄々こねんじゃねぇぞバカ娘。親離れするっつったの、オメェだろうが」
「言ってないもん……アタシ、言ってないもん……っ」
「そうだっけか? ……ま、なら親離れしろ。こっから先の未来で、オレがずっと隣にいる必要はねェさ」
リンナの身体を離し、地面へ落ちていた彼女のマジカリング・デバイスを拾う。
血滴が幾つかついてしまったが、その程度は構わないだろうと、それを彼女へ手渡した。
「クアンタって娘と、幸せになれ、リンナ。……オレは、もうオメェの隣にい続ける資格はねェ」
「父ちゃん……ッ」
「それでも、隣にいる事は出来なくても……オレはこれからもずっと、お前を遠くから見守ってやる。死んだって幽霊になってオメェを見守ってやるさ。……オメェに何かあればどんな道理もブッ壊して、オメェを助けに行ってやる」
約束だ、と。
男の大きな手では一番細い小指を立てて、リンナへと向ける。
リンナも、涙を流しながら、しかし小指を立てて、ガルラの指と、交わらせた。
――指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った。
そう歌われると、二人は小指同士を離し、身体を離した。
「行け」
「……ずっとアタシを……見守って、くれるんだよね?」
「ああ。じゃなきゃ針千本だからな」
「……ふふ、そっか」
ならば、寂しい事など何もない。
父の願いは子の胸に、そして何時だって互いの想いは、近くにある。
それが分かれば――父と娘の距離感など、その程度で良いのだろう。
ガルラの隣を過ぎ、クアンタと愚母の所へと向かうリンナ。
だがそのすれ違い際に、二者は短く言葉を交わす。
「またね父ちゃん。アタシは、幸せを掴みに行く」
「ああ。……オメェの幸せを、オレはずっと願ってるよ」
離れていく二人。しかし互いに、振り返る事はしなかった。
――父と娘による親子喧嘩は、今この時を以て、終わりを告げたのだ。
彼女は拳を握り締めると、そうして呆然としているガルラの頬を強く、強く殴りつけた。
「今なら分かる、母ちゃんの気持ちがッ!」
虚力を含んだ、彼女の腕力を何十倍にまで高めた一撃。それを受け、滑りながらも姿勢を正し、ガルラは足元にある無銘の刃を足で弾き、手で掴む。
リンナには得物が無い状況であったが――しかし彼女は構わず、突き進む。
「大好きな父ちゃんに、父ちゃんと母ちゃんの子としてアタシを育てて欲しかった事もッ!」
ガルラによって振り切られる刃の軌道を読み、しゃがみながら避けるリンナが、右手の拳で執拗に、彼の頬を打ち込んでいく。
「アタシの事も、シドニアさんの事も大切に想ってくれた、優しい母ちゃんだって事も、アンタから伝わってきたッ!!」
幾度も打ち込まれれば、如何に神霊であり死なぬガルラとて、痛みもあるし衝撃もある。故に回避行動を取ろうとしても、リンナは止まらない。
「父ちゃんもアタシの事を、守ろうとしてくれた、その気持ちはとっても嬉しいし、アタシだって戦いは好きじゃない! だから父ちゃんの願いも、エゴも、理解できるッ!」
そしてリンナとガルラが揉み合っている内に、滅鬼が落ちている場所までやってくる。ガルラが迎撃に振るった刃を避けるついでに、彼女は滅鬼を拾い上げ、下段から上段へと振り切った。
ガルラの腹部を縦薙ぎに切り裂く。だが神霊である彼は、この程度で止まらない。
「ッ、」
「でも……でもッ!!」
彼女が一言一言を発する度に放出される膨大な虚力に合わせ、滅鬼の持つ力も増幅していく。
ガルラの持つ無銘の刃は滅鬼の振るわれる威力を受け切る事が出来ず、弾かれてしまう。
姿勢を崩すガルラと、その隙を突くように、長太刀のリーチを活かす突き。
当然避けられる。だが避けられた後にすぐさま刀を持ち替え、刃の方向を変えた上で、横薙ぎに振るった。
「もうアタシだって子供じゃない! 父ちゃんみたいに、母ちゃんみたいに、愛する人を、見つける事が出来たんだッ!」
振るわれた刃を何とか躱し、距離を開ける二者。
リンナは最後の攻撃へと移るよりも前に――彼へこれだけは宣言しなければ、と。
滅鬼の刃をガルラへ向け、しかし表情に笑みを浮かべて、言い放つ。
「父ちゃん。アタシ、クアンタが好き。……大好き。愛してる」
「……そう、か」
「フォーリナーだとか、姫巫女だとか、そんなの関係ない。アタシは、クアンタっていう女の子が大好きなの。だから、アタシはあの子の望む、お師匠であり続けていたい。あの子もアタシの事を、好きになってくれたら、超嬉しい」
クアンタがリンナの想いを受け取ってくれるかどうかなど、分からない。
もしかしたら拒絶されてしまう事だってあるかもしれない。
しかし――しかし、それでも、と。
リンナはただ真っすぐに、ガルラへと笑いかけるのだ。
「だから、その未来を掴み取る為に、アタシは父ちゃんを倒して、一人前の刀匠だって、認めて貰わなきゃダメなんだ。あの子にとってのお師匠であり続ける為に……アタシは、父ちゃんに負けるわけにはいかないし、父ちゃんを他の誰に倒されるわけにもいかない」
だから、リンナは幾度も唱えたのだ。
父ちゃんを越えて、父ちゃん以上の刀匠になる、と。
父ちゃんを倒すのはアタシだ、と。
――彼に勝ち、認められてこそ。
――亡き母の弔いも、弱かった自分との訣別も、新たな未来へと進む事も、できるのだ。
「他の誰に勝てなくったって構わない」
一歩、前へ足を踏み出す。
「誰よりも強くあろうなんて、思えないし、思わない」
右手でしっかりと滅鬼の柄を握り締め、刃に虚力を浸透させる。
「でも、父ちゃんには……父ちゃんにだけは、負けるわけにはいかないッ!」
身体の芯を通すようにしてスッと姿勢を正したリンナが、刃を立てる。
身体の中心に構えられた滅鬼、彼女の決意を込めた視線を受け続けたガルラは……一瞬だけ笑みを見せると、すぐにしかめっ面へと戻し、叫ぶのだ。
「――なら証明してみろ! テメェの刃が、オレの打った刀を越えられるかどうか!」
「ああ、越えてやるよ――過保護すぎるクソ親父をッ!!」
そこからは、二者にとっても一瞬の出来事だったと言っても良い。
二人はそもそも、自分がどう動いたかも、認識していないのだろう。
ただ、真っすぐに刃を構えて突撃したリンナと。
そのリンナの身体へ向けて、上段からの一閃を叩き込もうとしたガルラ。
だが今のリンナには、そんな力任せの一刀等、通用する筈も無い。
両足を大きく動かす事なく、ただ足の位置を変えて身体を横へ逸らすだけで、刃を避けたリンナは、そのまま振り下ろされる無銘の刀、その棟を滅鬼で叩く。
本来は地面スレスレで止められ、持ち上げられるべき刃が、強い衝撃を与えられた事で、地面を斬り込んだ。
その鋭い切れ味故に、地面へとめり込むように埋まった刃の先端を持ち上げ、抜く事など容易い。だがそこでリンナは左足で棟を踏みつけ、抜かせないように固定。
「お――ォオオオオオオオッ!!」
絶叫は、リュート山脈全土に響き渡った事だろう。
自身の頭上に掲げる滅鬼、右足を引いてしっかりと足を付き、今その刃が、無銘の刃目掛けて、振り下ろされた。
ガキン……と。気が抜けるような音と共に、無銘の刃はただ、刀の根元を締めるハバキから、僅かに破片を散らしつつ、折れた。
それと同時に、滅鬼の刃も同様にして折れたが――まだ終わらない。
リンナは、自分の左足と、地面によって固定されていた、無銘の刃――その折れた刃を、手で強く握り締めた。
展開している聖道衣による眼に見えない外装が、刃の切れ味を落とすとは言え、確かに握られた刃によって、彼女の手は血に塗れる。
それでも、彼女は刃を地面から抜き放つと、腰を捻り、その刃をガルラの腹部へと――突き刺した。
グホッ、と。ガルラは口から僅かに血を噴き出す。
ガルラの打った刀は、そのほとんどが売りに出されてしまっている。行方を追う事は困難とも言ってよい。
だから証明こそ出来なかったが、リンナは一つの仮説を立てていた。
――リンナの虚力を込められた刀によって災いを討滅できるのだとしたら。
――ガルラの想いを込められた一刀には、神霊を殺す為に必要な力が、込められているのではないか、と。
そして、その仮説は八割、正しかった。
正確に言えば彼が刀に込めたものは想いだけではない。彼を、彼の中にある神霊の力を殺すのは、神霊の因子と呼ばれる力である。
神霊が人間と同化を果たす際に、肉体や魂に神格と呼ばれる神々の因子を埋め込むのだが、この因子には神格を殺す為の力も含まれている。
だが通常、神霊は自分を殺す事が出来ない。彼らは自らの手で自らの存在を消滅させる、という方法を取る事が出来ないように、世界がシステムを構築したのだ。
この因子は他者へ譲渡する事も出来るし、生殖行為等によって因子の一部が遺伝する事もあるし――ガルラのように、人間の使う武器を神殺兵装として作り上げる事も、可能ではある。
――神霊【ブレイド】の持つ固有能力は「ありとあらゆる刃を創造・破壊する」能力であるから。
「……はぁ、はぁ……っ」
突き刺した刃を抜き、手から離すと、緊張の糸が解けたように、リンナが肩の力を抜いた。
瞬間、解除される変身。彼女の黒髪は、ルワンと同じ銀髪へと戻り、長さもベリーショートへ。
色気も何もあったものではない作業着、所々に火傷の痕や切り傷の見える肌。
それらを有する小さな体が、僅かにふらつき、ガルラの胸へと収まるのである。
ガルラは、少しずつ抜けていく力を何とか振り絞り、彼女の身体を支え、その上で口元から血を流した。
「越えたな」
「……これで父ちゃんを……越えた事に、なるのかな」
先ほどまでとは異なり、弱弱しい声で呟かれた言葉。
その小さな体を強く抱き寄せ、ガルラは一筋の涙を流す。
段々と彼の血で、リンナの衣服も汚れていくけれど、その位構うもんかと、言わんばかりに。
「越えたさ。オレの中での最高傑作を、オメェの刃が折ったんだ。これ以上にない越え方だろうよ」
「滅鬼は、アタシの打った刀じゃない。……アタシの虚力が、形作ったものだ」
「バカ娘が。滅鬼はオメェの虚力が作り出した、心を写す鏡だ。そして刀匠にとっての刀も、己を写す鏡なんだぜ」
以前、リンナを抱きしめた時には感じなかった感慨がある。
小さな娘の身体、だが初めて彼女を――赤子だった彼女を抱いた時よりも、遥かに大きい身体がそこにはある。
――何故、この子の成長を、間近で感じてあげなかったのかと、彼は今更ながらに、悔やんだ。
「そうして心を震わせ、オレの刃を越える刀を虚力で作り出す事が出来たンならよ、もうオメェは刀に込めるべき感情を、想いを、願いを、手にしてるっつーこった」
「……刀に、込めるべき感情」
「ああ。……この、神さまさえも殺せる刀が……どんな願いを込めて、打ったか分かるか?」
フルフルと、頭を横に振るリンナに、ガルラは苦笑交じりの笑いを浮かべて、彼女の頭をそっと撫でる。
「『いつの日かリンナが、この刀を越えた刀を打てる、刀匠になれますように』……ってな」
そうした願いを込めて打たれた刀は、ガルラにとっても越える事のない、最高の業物となった。
本来は人の手では殺せぬ神を、神霊としての因子を、断ち切る程の逸品に仕上がった。
きっとリンナは、その想いをどこかで感じていたからこそ、この刀を売りに出せなかったのだろう。
そして今日――その願いは成就され、死ねぬ筈の存在を、終わらせる事が出来る。
故にガルラにとって、もうこの刃は必要などない。
悔いも何も無く、ガルラは握っていた鞘を手放し、地に落ちる。
「リンナ。あの、おっぱい娘の所へ行け。もう愚母との決着はついてるかもしれねェが」
「……父ちゃんは、どうするの?」
「オレの中にある神霊【ブレイド】の因子は、断ち切られた。不死性はなくなって、その内に死ぬさ。……殺すにャ刺し込みが甘いモンだから、死ぬのは老衰かなんかになるとは思うがな」
「なら、家に帰ってきて、また一緒に過ごそうよ……っ」
小さな体で、もう変身もしていない少女の力で、ギュッとガルラの身体を抱きしめ返すリンナの体温を感じる。
それだけで――ガルラにとって、娘と長く離れて空いてしまった心を埋める、最上の触れ合いとなった。
「それは出来ねぇよ。オレは、この国を戦いに巻き込ンじまった。マリルリンデの野望に乗っかる形とは言え、オレにもその罪を背負う責任がある」
「やだ……ヤダよ、また会えたのに、生きてたのに……父ちゃんはまたアタシの傍から離れていくの……?」
「駄々こねんじゃねぇぞバカ娘。親離れするっつったの、オメェだろうが」
「言ってないもん……アタシ、言ってないもん……っ」
「そうだっけか? ……ま、なら親離れしろ。こっから先の未来で、オレがずっと隣にいる必要はねェさ」
リンナの身体を離し、地面へ落ちていた彼女のマジカリング・デバイスを拾う。
血滴が幾つかついてしまったが、その程度は構わないだろうと、それを彼女へ手渡した。
「クアンタって娘と、幸せになれ、リンナ。……オレは、もうオメェの隣にい続ける資格はねェ」
「父ちゃん……ッ」
「それでも、隣にいる事は出来なくても……オレはこれからもずっと、お前を遠くから見守ってやる。死んだって幽霊になってオメェを見守ってやるさ。……オメェに何かあればどんな道理もブッ壊して、オメェを助けに行ってやる」
約束だ、と。
男の大きな手では一番細い小指を立てて、リンナへと向ける。
リンナも、涙を流しながら、しかし小指を立てて、ガルラの指と、交わらせた。
――指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。指切った。
そう歌われると、二人は小指同士を離し、身体を離した。
「行け」
「……ずっとアタシを……見守って、くれるんだよね?」
「ああ。じゃなきゃ針千本だからな」
「……ふふ、そっか」
ならば、寂しい事など何もない。
父の願いは子の胸に、そして何時だって互いの想いは、近くにある。
それが分かれば――父と娘の距離感など、その程度で良いのだろう。
ガルラの隣を過ぎ、クアンタと愚母の所へと向かうリンナ。
だがそのすれ違い際に、二者は短く言葉を交わす。
「またね父ちゃん。アタシは、幸せを掴みに行く」
「ああ。……オメェの幸せを、オレはずっと願ってるよ」
離れていく二人。しかし互いに、振り返る事はしなかった。
――父と娘による親子喧嘩は、今この時を以て、終わりを告げたのだ。
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そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
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