魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十四章

愛-10

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「愚母、貴様は人類と戦うのではなく、災いの未来を憂うべきだった! 愛する者を失った悲しみを、これからの未来に向けるべきだったんだ!」

「それは綺麗事よクアンタちゃん!」


 リンナに浸蝕布を向けない関係上、クアンタへと全ての浸蝕布が迫る。だが今のクアンタにはリンナの虚力そのもので形作られた長太刀【滅鬼】が握られている。

  それによって、幾つ浸蝕布が迫っても、それを斬る事など造作もない。


「それで良いじゃん愚母! なんで綺麗事がダメなの!? 誰もが綺麗事を望めば、それだけで世界は良くなるよ!」

「いいえリンナちゃん! 貴女だってクアンタちゃんを……いいえ、他の誰を失っても、わたくし達を恨んだ筈よ! わたくしはクアンタちゃんと似ていると思っているけれど、貴女も他人のようには思えない!」


 戦闘能力は、長らく災いとして生を受けている愚母の方が有利だ。

  だが如何に攻撃しようとも、愚母の攻撃はリンナを傷つける事など無い。

  愚母とリンナの相性は、最悪と言っても良い。浸蝕布は彼女を傷つける事は無く、仮に浸蝕布による攻撃が有効だったとしても、彼女の体内には虚力が多すぎて、内部に侵入した愚母の壊死能力はすぐに無力化されてしまう。

  だからこそ、マリルリンデやガルラは、リンナを愚母の下へ行かせてしまったら、それで戦いは負けだと認識していたのだ。

 それでも――愚母はリンナの顔面を強く殴りつけた。

  決して負けを認めないと、人類に対する怨念を込めた一撃を叩きつけるのだ。


「貴女はカルファスちゃんが暗鬼に殺された時、強く暗鬼を恨んだ! それとわたくしの野望とで、何が違うと言うの!?」

「違うぞ愚母!」


 滅鬼の刃を一閃する事で、浸蝕布を一瞬で葬る事に成功したクアンタだったが、愚母が振り返りクアンタの腹部を蹴り付けた事で、距離は再び広がってしまう。


「っ、お師匠は、そうして恨みで戦ってしまった事を悔やんだ……! 戦いによって生み出されるモノは何もないのだと涙し、私に後悔を叫んだっ! そんなお師匠と貴様が似た者同士だなんて、私が認めない……ッ」

「綺麗事だけで世界は回らないと言ってるのよ!」

「そうかもしれない……そうかもしれないけど――アタシたちは、それを諦めちゃいけないんだッ!!」


 しかしクアンタの方へと向いたという事は、リンナの方はガラ空きだと言う事。

  振り込まれるリンナの拳が背中へと叩き込まれると、彼女は口から唾液の様な物を吐き出しつつ、地面を蹴りつける。

  衝撃がクアンタとリンナを襲い、僅かに動きがブレている間に、二人をまとめて蹴り飛ばした。


「つぅ……、!」

「人類は確かに、愚かしい存在かもしれない。だが、人間が愚かな理由は、何よりも感情に心が負けてしまうが故なんだ! 同じ感情に強く揺れ動かされる貴様は、人類と同じ愚者という事になる!」

「ええ、ええ愚者で構いません! 故にわたくしは、愚母と名を頂戴したのですから!」

「そうやって開き直るのも、ダメな大人のやる事だ……ッ!」


 クアンタが愚母の背中へと視線をやった後に、リンナへと目配せをする。

  彼女も気付いているようで、クアンタへと頷くと同時に、ニッと可愛らしい笑みを浮かべた。


「……やっと、肩並べて戦えたね。クアンタ」

「ああ。これが最後の戦いだから、気合を入れるぞ、お師匠」


  すると二人は同時に動き出し、愚母はクアンタを浸蝕布に任せ、リンナを視線で追いかける。


「人間は確かに悪性を強く持ち得る存在かもしれない!」

「ケド、絶対に世界を良くしたいって心だって持ってるはずだよっ!」

「それは貴様ら災いも同様だったはずだ!」

「だから――諦めずに足掻くんじゃんか! アタシたち一人ひとりが!」


 浸蝕布の攻撃を避けつつ、しかし決して消滅させる事のないクアンタ。彼女は少しずつではあるが、愚母の背へと近付いていき、しかし浸蝕布が残っているものだから、愚母は彼女を警戒しない。


「大好きな、愛した人を亡くす苦しみは、誰にだって拭えない! でも愛した人の想いを繋げていく事は出来るんだよ、愚母!」

「そんな……言葉だけならば簡単な事を……ッ!」

「うん、簡単じゃないよ、凄く難しいよ――でもだからこそッ!」


 強く振り込んだ拳。愚母の浸蝕布を巻き付けられた拳と重ねられたリンナの拳は、その浸蝕布を一瞬で砕けさせたばかりか、彼女の腕部を吹き飛ばす程の威力を誇っていた。

  痛みに身をのけ反らせ、悶える愚母。

  だがリンナの言葉は止まらない。


「父ちゃんだって、マリルリンデだって、難しい事だったから間違えた! 願いは正しくても方法を間違えた! ――でも根底にある願いが正しかったなら、それは善意だ!」

「だから私は、私たちは、貴様の恨みを受け止め、しかし貴様の中にある善意を信じ、お前を止めるんだ!」


 クアンタがそれまで、何故浸蝕布を消滅させなかったか。

  それは愚母を警戒させない為。

  愚母の背部――そこから地面へと延びる浸蝕布に至る為。


  浸蝕布と地面を繋ぐ接続部に、クアンタは勢いよく滅鬼の刃を刺し込んだ。

  刀が刺し込まれたと同時に愚母はガクンと身体を揺らし、クアンタへと視線を向ける。


「まさか……ッ!」

「そのまさかだ、愚母!」


 クアンタは、自身の中にある虚力――先ほど脇差【ホウキボシ】を捕食して増えた虚力を、滅鬼を通じて地面へと流し込む。


「止め――ッ」

「ハ、アアアアア――ァッ!!」


  クアンタの虚力が、愚母と繋がる浸蝕布で形作られた虚力の貯蔵庫へ流し込まれた。

  それは災いが収集した虚力ではなく、クアンタが体外へ放出した虚力故に、浸蝕布を相殺する効果がある。

 虚力を貯め込んでいた貯蔵庫は、クアンタの虚力を受けて形を保てなくなり、次第に内部貯蔵していた虚力を含めて拡散させていく。

  愚母は可能な限り貯蔵していた虚力を自分に流し込もうとしたようだが、接続している浸蝕布に滅鬼が突き刺さっている関係上か、多くは流れ込まなかった。


「――フォーリナーである私と、人間であるお師匠が分かり合えたように、人間への恨みを受け止め、共に生きる方法があるのだ」

「餓鬼って子は、もうそうしてるよ。豪鬼って奴も……だから、アタシはアンタにも、そうなって欲しい」


 貯蔵していた虚力は失われ、既に愚母の残している虚力も、残り少ない。

  既に愚母の勝利はあり得ない。

  もう、リンナが手を貸す必要も無く、クアンタだけでも勝利は可能だ。


  だからこそ――クアンタもリンナも、愚母へと手を伸ばした。


  両膝をつき、地面へと涙を流す愚母に――これから共に歩んでいけるのだと、願いを込めて。


「……ふ、ふふ、……ふふふふ」


 だが、愚母は流す涙を拭う事無く、ただ口から笑みを溢す。

  貯め込まれた虚力を愛でる様に腹部を撫で、クアンタとリンナを委縮させる。


「わたくしの、願いは……過ちじゃないと……言いましたね……」

「……ああ。貴様には復讐を願う理由も、その権利もあるのだろう」

「けどさ、その恨みは決して、無関係の人を傷つけて良い理由にはならないんだ。……アンタは、災いとしての使命を、果たすべきだったんだ」

「……ならば、わたくしは……もう、恨みを晴らす事は出来ておりますね」


 既にガルラはリンナに敗北し、マリルリンデも虫の息、ルワン・トレーシーという姫巫女も、既に死している。

  であるならば、確かに愚母の復讐は、果たされたのだろう。

  それは、リンナにとっては決して喜ばしくはないけれど――しかし彼女の心残りが無くなるのであれば、そう受け止めても構わない。


「……でも、まだよ」

「愚母」

「いいえ、違うわクアンタちゃん。もう、わたくしは……人類の殲滅など……考えはしません……」

「なら、何がまだって」

「……


 愚母は、決意を固めたように、腹部へ自分の手を、突き刺した。

  驚く様にして、滅鬼の刃を構えたクアンタと、拳を構えるリンナ。

  しかし二人の足を掴み、止める者がいる。

  マリルリンデだ。


「……アイツの、最後だ……見届けて、やッてくれや……なァ……!」


 地面を這いずりながら二者に近付いていたマリルリンデの足を、クアンタは無理矢理引きはがしたが、既に遅かった。

  愚母は苦しむように咳き込んだ後――呪いの言葉を叫ぶのである。


「わたくしは――決して姫巫女を許さない……熊童子様の望んだ、世界を壊した……ルワン・トレーシーと……彼女の忘れ形見である貴女を……絶対にィ――ッ!!」


 呪いと共に。

  愚母の全身から虚力が一点に集まり、それが天に向けて、放たれた。

  虚力の放出。災厄の振り撒き。一点に集められた虚力は一瞬にして天に――否、宇宙へと至ったのだ。


「ああ……コレが、死……」


 愚母は、その言葉と共に地面へうつ伏せた。

  クアンタもリンナも、彼女の最後を眺めていたが、そこでマリルリンデが起き、二者の前に立ち塞がる。


「……災厄はもう振り撒かれた。もう愚母は、死ンでる。早く出てけ」

「貴様がまだ残っている」

「オレァ、もう死ぬよ。……分かンだろ、クアンタ」


 既にマリルリンデは、何故形を保てているか分からぬ程に、虚力を失っている。

  彼の言葉通り、もうしばらくすれば彼は形を維持できず、朽ちていく事だろう。

  愚母の中にも、もう虚力は感じない。

  クアンタはリンナの手を引き、彼女も頷いた。


「……愚母、マリルリンデ」

「リンナ、はよ出てけ」

「ゴメン、でもこれだけは、言わせて。……アタシは、母ちゃんが諦めちゃった……災いと分かり合う事を、諦めない。……クアンタと、ずっとそんな未来を夢見て、戦う」


 その言葉を受けて、マリルリンデはククク、と笑っていたが……あまりに小さな声であった事に合わせ、顔を合わせていなかったから、リンナもクアンタも、決して気付いていなかった。

  クアンタの手に引かれ、地下室から出ていった二者を見届けた後、マリルリンデは限界が訪れたように地面へと倒れて、愚母の方を向いた。


「……マリル、リンデ……様……」

「……よォ……愚母」


 まだ、僅かに意識が残る二者。

  もう何が出来るわけでも無い。

  それでも、二者は顔を合わせて微笑んで――その、指輪を付ける手を重ね合わせた。


「前に……言ったよな」

「何を、でしょうか」

「オメェは……個人的に、好みだ……って」


 それは、マリルリンデから渡された指輪に虚力を詰め込んでくれと頼まれた時に、言われた言葉。


「……リップサービスじゃ、無かったんですの……?」

「ばーか……好きじゃねェ……奴の……虚力なんざ……いるかよ」


 そう、マリルリンデはこれまで、例え自分の身体機能に異常をきたしても、頑なに愚母以外から虚力を奪おうとしなかった。


「昔は、ルワンから……貰ってたが……今は、オメェからしか……貰う気に、なれねェ……なぁ」

「……なぜ……?」

「クク……まぁ……そォだな」


 僅かに身体を動かし、二者の顔が近づく。

  涙を流しそうな表情、しかしマリルリンデに涙を流す機能は無い。

  故に、愚母が涙した。

  その涙を拭うように、愚母の顔へ手をやったマリルリンデは――そっと、彼女の唇と自分の唇を、重ね合わせた。


「オメェは……純粋、だったんだ……誰よりも……何よりも……迷いを捨てて……人類へ、恨みを叫ぶ……その姿は、誰よりも……輝いてた」

「……わたくし、他人から愛された事、今までありませんでした……」

「アァ……オメェ、クアンタに愛を、語ってたろ……?」

「ええ……ええ……っ」

「オメェは……愛し合う、事を……知らなかった……愛し、愛され……愛し合う事、を……それを、オメェに……伝えて……進化して、欲しかった……」


 彼は、彼女は、もう朽ちてしまうかもしれない。

  こんな時に想いを伝える事に、意味など無いかもしれない。


  ――しかし、愛を語る事に、愛を伝える事に、愛し合う事に、理由などいるだろうか?


「……好きだぜ、愚母」

「……わたくしも、マリルリンデ様の、事……それなりに、愛して、おりましたよ」

「ひひ……それなり……かぁ……」

「わたくしの……一番は……熊童子様……ですので……うふふ……」

「相変わらず……オレァ……モテねェ……なァ……」


 二者は、最後に笑顔を浮かべる事が出来た。


  その事実を受け止めながら――ただ、朽ちて落ち行く瓦礫によって、潰されていくのである。
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