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第二十五章
侵略-01
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愚母の解き放った虚力は、天高く放たれた。
否、天を遥か高く突き抜け、成層圏を越え、その宇宙にまで。
偽りのゴルサが存在する宇宙は、本来フォーリナーが存在する宇宙とは異なる次元に存在する。
そしてフォーリナーは本来、異なる次元への航行手段は無い筈だった。
しかし愚母の解き放った災厄によって、運命は書き換えられたのだ。
その時、たまたまフォーリナーが侵略していた全く無関係の星に「次元間航行を果たす技術がある」という運命に。
結果として、フォーリナーは次元間航行の手段を手にしたが、書き換えられた運命はそれだけではない。
次元間航行技術を試運転するという名目で、フォーリナーは分離した第二十三中隊という部隊に次元間航行試験を命じたが、この移動次元の制定も、愚母が放った災厄により運命が書き換えられた結果である。
偽りのゴルサが存在する次元へと到達した第二十三中隊は、二つのフォーリナー反応をキャッチした。
一つはマリルリンデ、一つはクアンタの反応である。
マリルリンデの反応はすぐに途絶えた。彼が残していた虚力は全て使い切り、さらには瓦礫の下に埋まった事で、完全なる死を遂げたからだ。
だが、クアンタの反応は当然存在する。
フォーリナーとの接続が途絶した事により【個】としての存在を確立していた筈のクアンタだったが、フォーリナー本体との接続が再開されてしまえば、彼女に抗う術はない。
結果としてクアンタはそれまで蓄積していた情報を全て抜かれただけでなく、その意思までフォーリナーによって奪われてしまった。
〔つまり――今のクアンタは、もう私たちの知っているクアンタではない、という事です〕
そう説明をするアルハットの姿を、その場にいる全員が注目している。
彼女は泉の力を取り込み、既に人の身で無くしているアルハットである。
その体内にある魔術回路が薄緑色に発光し、カルファスの用意した王服の上着を羽織っているだけの少女を見据えるのは、以下の面々だ。
リンナ、シドニア、サーニス、ワネット、カルファス……そして、もう一人のアルハットだ。
「……まず、一ついいだろうか」
〔どうぞ、シドニア兄さま〕
「君が、その……源の泉を取り込んで、人の身で無くなったアルハット、という事で良いのだろうか?」
〔……ええ。シドニア兄さまには私の子機が説明していますよね。カルファス姉さまも聞かずに居てくれていましたが、気付いていた事は知っています〕
現在、面々がいる場所は、アルハットの作り上げた固定空間内部だ。長居は出来ないが、時間の流れが異なる空間であるからして、この中での一時間は外の世界での一分間に相当する。
カルファスが作り上げた固定空間の場合はもう少し、時間の概念を異ならせたモノにする事も可能だったが、彼女の固定空間に直接霊子移動する方法が無く、泣く泣くアルハット製の固定空間へ跳んだ、という状況だ。
シドニアは何とか意識を取り戻しているものの、その身をカルファスによって治療されている最中である。
サーニスも変わらず、意識を保ってはいるが、その治療をワネットに委ねなければならない状況である。
そんな中、リンナが混乱する頭を回転させるように、薄緑色に発光するアルハットへ近付き、彼女の頬に触れる。
「……アルハットだ」
〔ええ。貴女にも説明しなければならないのだけれど、ごめんなさい。先に状況整理に合わせて、対策を練らないといけないの〕
少し苦い顔を浮かべた、泉の管理者であるアルハット。リンナの傍に、子機のアルハットが寄り添って、彼女をその場に座らせた事で、会話が無くなる。
「……アル、ハット様……っ」
満身創痍、という様子のサーニスがそう声を上げる。
「サーニス、貴方は喋らない方が」
「いや……だいぶ、楽になった……それより、イルメール様の、お姿が……無いようですが……」
ワネットの静止を濁しながら、サーニスが腹部を押さえてそう問いかけると、アルハットもコクリと頷いた。
〔イルメール姉さまは、ここにお呼びしていません〕
「それは、何故……?」
〔……イルメール姉さまは、豪鬼との戦いによって、名誉の戦死をなされました……とだけ、お伝えします〕
「何故、アルハット様はそうした情報を……?」
〔詳しくは省きますが、今の私はこの星で起こっている事態を常に知り得る事が出来る存在です。故に、イルメール姉さまがどうなったか等も知り得ています〕
正確に言えば、アルハットと繋がっている源の泉が、常に情報をアルハットの脳と繋がるクラウドドライブに共有を行っており、彼女はその情報を閲覧する事が出来るだけなのだが、言葉通り詳しくは語らない。
加えて、イルメールは完全に死を遂げたわけではない。彼女は神霊【パワー】と同化する事で、人と神霊の同化体である【パラケルスス】へと変貌を遂げており、実際には生きているのだが、彼女は固定空間への同行を拒絶した他、シドニア達家族とも、もう顔を合わせるつもりは無いとの事だった。
〔ですので、対フォーリナー問題は、ここにいる私たちが解決せねばならない、という事です〕
パチン、と指を鳴らしたアルハットの眼前に、ホログラムによる映像データが出力されて、皆がその画面を注視する。
画面に映されているのは、リュート山脈の山頂にて低空浮遊を行っている、白銀の塊だ。
一見すると水銀のようにも見えるソレを、カルファス、アルハット、リンナの三人は見たことがある。
「これ……クアンタが身体をグニャグニャさせた時と同じだ」
グニャグニャとは、クアンタがリンナの使っているマジカリング・デバイスを試験作動させた際、身体の容を保てなくなった時になった流体金属形態のことを指している。
〔クアンタの身体を構成する流体金属の、おおよそ八百七十倍はあります。単純計算で、クアンタの様な人型フォーリナーを八百七十体形成する事が出来る、という事ですね。……しかし〕
流体金属の塊は、少しずつリュート山脈の山頂に降りていき、地面へと降り立った。
すると、ゆっくりとではあるが――リュート山脈を構成する木々や地面などが、次々に音を立てて金属状に変化していく様子が、一同にも見て取れた。
〔ご覧の通り、フォーリナーの本体……正確に言えば本体と機能を共有化している第二十三中隊というらしい塊は、降り立ったリュート山脈を中心に、遅々としたスピードでではありますが、この星……偽りのゴルサとの同化を始めています〕
最初は地表表面をゆっくりと侵略し、表面に住まう有機生命体と、次々に流体金属との同化を果たしていく。
有機生命体の持つ虚力を全て取り込み終えてから、星そのものとの同化を始めるのだ。
「……止める方法は無いのか?」
重々しい口調でシドニアが問うと、アルハットはリンナへと向き、彼女の目を見て言う。
〔現状の有効な手段としては、リンナの打った刀、及びリンナや私という、虚力を攻撃手段として用いる事が出来る存在が、流体金属を破壊する事です〕
「災いと、対処は同じ……という事、ですか」
〔それともう一つ。流体金属を完全に溶かす程の火力で完全に蒸発させる、という手段はありますが……熱伝導の関係上、融解には摂氏三千度以上の高熱兵器でも無ければ不可能ですね〕
「……それは、難しいねぇ」
シドニアの治療と並行して、アルハットの言葉を聞いていたカルファスが顎に指を置いて思考を回す。
「もしそんな兵器があったとして、大気汚染とかを考えちゃうと使う事も難しい」
〔ええ。更に、もう一つ悪い報告があります〕
パチン、と再び鳴らされたアルハットの指。
映し直された映像は、流体金属の塊へ接近して撮影したものだろう。
近付くと、その端々から次々と、小さな塊が射出されている様子が確認できる。
〔コレは今まさに行われている状況、つまりゼロコンマ秒前の映像ですが、クアンタ一人を構成する程度の質量分、流体金属が分離され、次々に射出されています〕
「それってどういう事?」
〔恐らくですが、クアンタの持ち得る情報から、レアルタ皇国内の皇国軍人や警兵隊が装備するリンナの刀が、フォーリナーにとって不安要素であると理解し、その排除に動いたものと推察されます〕
「それはつまり、皇国軍人や警兵隊が率先して狙われる、という事になるのでしょうか?」
ワネットの問いに、アルハットも頷いた。
〔しかも、それだけではありません。フォーリナーはこれまでクアンタが蓄積していたデータを基に行動が可能です。つまり、彼女が知り得る、レアルタ皇国の地理データ等も筒抜けである、という事です〕
侵略戦争の場合は何よりも情報が武器となる。敵の戦力、地理等を把握していれば、それだけ効率的に侵略を進める事が出来る、という事だ。
強いて救いだった部分を上げるとすれば、クアンタはそう多く、レアルタ皇国の各地を巡っているわけではない。大きく警戒しなければならないのはシドニア領首都・ミルガス、及び各領における首都程度だろう。
加えてクアンタは泉の力を取り込んだアルハットの情報は知り得ていても、彼女が持つ力を把握しているわけではない。故にこの場所は知られていないし、知られた所で侵入する為には次元座標を制定して転移が必要になる。如何にフォーリナーが人智を越えた存在でも、直にこの空間への侵入は不可能だ。
〔すぐに動かねばならないのは、何よりもフォーリナー本体から分離した子機による、皇国軍人や警兵隊への被害を食い止め、刀の破壊、もしくはフォーリナーに取り込まれる事を阻止する事です〕
リュート山脈から行われている侵蝕に関して、レアルタ皇国全土が覆われるようになるまでは最短で一週間。
そしてリュート山脈に近しいアメリア領やイルメール領に侵蝕が進むには最短一日半、さらに二領土よりは距離が空いてはいるが、カルファス領にまで侵蝕が進むには二日程度の時間が必要になると短く予測を立てたアルハットの言葉に、シドニアとカルファスが頭を抱える。
「でもソレってさ、警兵隊や皇国軍人の人達に襲い掛かろうとしている、フォーリナーの子機たちに対抗するのにも、刀が必要って事だよね」
「刀は現在、各領首都の一部を除いて皇居や各省庁、議会堂の護衛に集中して配備されているが、クアンタは刀の配備場所等を正確に知らない。皇国軍人や警兵隊を手当たり次第に攻撃する可能性も鑑みなければならないぞ」
二者の言う通りだと、アルハットも強く頷く。
フォーリナーに対抗するためには、虚力を伴った攻撃、もしくはリンナの打った刀が必要になる。そうなれば皇国軍人や警兵隊の者達から、下手に刀を回収するというのも悪手となり得る可能性はある。
「それより――クアンタだよっ! クアンタは、クアンタはどうしたらいいの!? クアンタ、フォーリナーに操られたまんまじゃん、助けないと!」
一同がクアンタによって敵に情報が渡り、その対処をどうするかを話し合っている中で、リンナだけは、クアンタの事に思考を回していた。
しかしアルハットは、そうした彼女の言葉を、あえて聞き流した。
〔この空間を出れば、もう一刻も猶予はありません。ひとまず、シドニア兄さまは刀を持つ警兵隊員、皇国軍人の方々を集結できるように対処をお願いします〕
「ねえ、アルハット」
〔カルファス姉さまは現在各地で執務に当たらせている子機を使っての現場指示を。信頼できる部下に指揮を引き継ぎ次第、フォーリナーの空戦迎撃をお願いします〕
「アルハットってば!」
〔クアンタは元々フォーリナーよ! フォーリナーの本体と接続されてしまえばこうなる事は必然なの。受け入れなさいリンナッ!〕
聞き流していたが、しかしリンナは諦めず、声を張り上げた。だからアルハットも張り上げ返し、彼女を黙らせる。
そして彼女が言葉を閉ざした所で、彼女も一言〔ごめんなさい〕と謝罪を挟む。
〔……申し訳ないけれど、今は対災いよりも最悪な状況にあるわ。クアンタの意識を取り戻す方法でも無ければ、彼女の事は後回しにする他無い〕
「でも……でも……っ」
〔今は、危険に晒されている、力の無い人々を救う為に、出来る事をしないといけないの。……お願いリンナ、受け入れて〕
否、天を遥か高く突き抜け、成層圏を越え、その宇宙にまで。
偽りのゴルサが存在する宇宙は、本来フォーリナーが存在する宇宙とは異なる次元に存在する。
そしてフォーリナーは本来、異なる次元への航行手段は無い筈だった。
しかし愚母の解き放った災厄によって、運命は書き換えられたのだ。
その時、たまたまフォーリナーが侵略していた全く無関係の星に「次元間航行を果たす技術がある」という運命に。
結果として、フォーリナーは次元間航行の手段を手にしたが、書き換えられた運命はそれだけではない。
次元間航行技術を試運転するという名目で、フォーリナーは分離した第二十三中隊という部隊に次元間航行試験を命じたが、この移動次元の制定も、愚母が放った災厄により運命が書き換えられた結果である。
偽りのゴルサが存在する次元へと到達した第二十三中隊は、二つのフォーリナー反応をキャッチした。
一つはマリルリンデ、一つはクアンタの反応である。
マリルリンデの反応はすぐに途絶えた。彼が残していた虚力は全て使い切り、さらには瓦礫の下に埋まった事で、完全なる死を遂げたからだ。
だが、クアンタの反応は当然存在する。
フォーリナーとの接続が途絶した事により【個】としての存在を確立していた筈のクアンタだったが、フォーリナー本体との接続が再開されてしまえば、彼女に抗う術はない。
結果としてクアンタはそれまで蓄積していた情報を全て抜かれただけでなく、その意思までフォーリナーによって奪われてしまった。
〔つまり――今のクアンタは、もう私たちの知っているクアンタではない、という事です〕
そう説明をするアルハットの姿を、その場にいる全員が注目している。
彼女は泉の力を取り込み、既に人の身で無くしているアルハットである。
その体内にある魔術回路が薄緑色に発光し、カルファスの用意した王服の上着を羽織っているだけの少女を見据えるのは、以下の面々だ。
リンナ、シドニア、サーニス、ワネット、カルファス……そして、もう一人のアルハットだ。
「……まず、一ついいだろうか」
〔どうぞ、シドニア兄さま〕
「君が、その……源の泉を取り込んで、人の身で無くなったアルハット、という事で良いのだろうか?」
〔……ええ。シドニア兄さまには私の子機が説明していますよね。カルファス姉さまも聞かずに居てくれていましたが、気付いていた事は知っています〕
現在、面々がいる場所は、アルハットの作り上げた固定空間内部だ。長居は出来ないが、時間の流れが異なる空間であるからして、この中での一時間は外の世界での一分間に相当する。
カルファスが作り上げた固定空間の場合はもう少し、時間の概念を異ならせたモノにする事も可能だったが、彼女の固定空間に直接霊子移動する方法が無く、泣く泣くアルハット製の固定空間へ跳んだ、という状況だ。
シドニアは何とか意識を取り戻しているものの、その身をカルファスによって治療されている最中である。
サーニスも変わらず、意識を保ってはいるが、その治療をワネットに委ねなければならない状況である。
そんな中、リンナが混乱する頭を回転させるように、薄緑色に発光するアルハットへ近付き、彼女の頬に触れる。
「……アルハットだ」
〔ええ。貴女にも説明しなければならないのだけれど、ごめんなさい。先に状況整理に合わせて、対策を練らないといけないの〕
少し苦い顔を浮かべた、泉の管理者であるアルハット。リンナの傍に、子機のアルハットが寄り添って、彼女をその場に座らせた事で、会話が無くなる。
「……アル、ハット様……っ」
満身創痍、という様子のサーニスがそう声を上げる。
「サーニス、貴方は喋らない方が」
「いや……だいぶ、楽になった……それより、イルメール様の、お姿が……無いようですが……」
ワネットの静止を濁しながら、サーニスが腹部を押さえてそう問いかけると、アルハットもコクリと頷いた。
〔イルメール姉さまは、ここにお呼びしていません〕
「それは、何故……?」
〔……イルメール姉さまは、豪鬼との戦いによって、名誉の戦死をなされました……とだけ、お伝えします〕
「何故、アルハット様はそうした情報を……?」
〔詳しくは省きますが、今の私はこの星で起こっている事態を常に知り得る事が出来る存在です。故に、イルメール姉さまがどうなったか等も知り得ています〕
正確に言えば、アルハットと繋がっている源の泉が、常に情報をアルハットの脳と繋がるクラウドドライブに共有を行っており、彼女はその情報を閲覧する事が出来るだけなのだが、言葉通り詳しくは語らない。
加えて、イルメールは完全に死を遂げたわけではない。彼女は神霊【パワー】と同化する事で、人と神霊の同化体である【パラケルスス】へと変貌を遂げており、実際には生きているのだが、彼女は固定空間への同行を拒絶した他、シドニア達家族とも、もう顔を合わせるつもりは無いとの事だった。
〔ですので、対フォーリナー問題は、ここにいる私たちが解決せねばならない、という事です〕
パチン、と指を鳴らしたアルハットの眼前に、ホログラムによる映像データが出力されて、皆がその画面を注視する。
画面に映されているのは、リュート山脈の山頂にて低空浮遊を行っている、白銀の塊だ。
一見すると水銀のようにも見えるソレを、カルファス、アルハット、リンナの三人は見たことがある。
「これ……クアンタが身体をグニャグニャさせた時と同じだ」
グニャグニャとは、クアンタがリンナの使っているマジカリング・デバイスを試験作動させた際、身体の容を保てなくなった時になった流体金属形態のことを指している。
〔クアンタの身体を構成する流体金属の、おおよそ八百七十倍はあります。単純計算で、クアンタの様な人型フォーリナーを八百七十体形成する事が出来る、という事ですね。……しかし〕
流体金属の塊は、少しずつリュート山脈の山頂に降りていき、地面へと降り立った。
すると、ゆっくりとではあるが――リュート山脈を構成する木々や地面などが、次々に音を立てて金属状に変化していく様子が、一同にも見て取れた。
〔ご覧の通り、フォーリナーの本体……正確に言えば本体と機能を共有化している第二十三中隊というらしい塊は、降り立ったリュート山脈を中心に、遅々としたスピードでではありますが、この星……偽りのゴルサとの同化を始めています〕
最初は地表表面をゆっくりと侵略し、表面に住まう有機生命体と、次々に流体金属との同化を果たしていく。
有機生命体の持つ虚力を全て取り込み終えてから、星そのものとの同化を始めるのだ。
「……止める方法は無いのか?」
重々しい口調でシドニアが問うと、アルハットはリンナへと向き、彼女の目を見て言う。
〔現状の有効な手段としては、リンナの打った刀、及びリンナや私という、虚力を攻撃手段として用いる事が出来る存在が、流体金属を破壊する事です〕
「災いと、対処は同じ……という事、ですか」
〔それともう一つ。流体金属を完全に溶かす程の火力で完全に蒸発させる、という手段はありますが……熱伝導の関係上、融解には摂氏三千度以上の高熱兵器でも無ければ不可能ですね〕
「……それは、難しいねぇ」
シドニアの治療と並行して、アルハットの言葉を聞いていたカルファスが顎に指を置いて思考を回す。
「もしそんな兵器があったとして、大気汚染とかを考えちゃうと使う事も難しい」
〔ええ。更に、もう一つ悪い報告があります〕
パチン、と再び鳴らされたアルハットの指。
映し直された映像は、流体金属の塊へ接近して撮影したものだろう。
近付くと、その端々から次々と、小さな塊が射出されている様子が確認できる。
〔コレは今まさに行われている状況、つまりゼロコンマ秒前の映像ですが、クアンタ一人を構成する程度の質量分、流体金属が分離され、次々に射出されています〕
「それってどういう事?」
〔恐らくですが、クアンタの持ち得る情報から、レアルタ皇国内の皇国軍人や警兵隊が装備するリンナの刀が、フォーリナーにとって不安要素であると理解し、その排除に動いたものと推察されます〕
「それはつまり、皇国軍人や警兵隊が率先して狙われる、という事になるのでしょうか?」
ワネットの問いに、アルハットも頷いた。
〔しかも、それだけではありません。フォーリナーはこれまでクアンタが蓄積していたデータを基に行動が可能です。つまり、彼女が知り得る、レアルタ皇国の地理データ等も筒抜けである、という事です〕
侵略戦争の場合は何よりも情報が武器となる。敵の戦力、地理等を把握していれば、それだけ効率的に侵略を進める事が出来る、という事だ。
強いて救いだった部分を上げるとすれば、クアンタはそう多く、レアルタ皇国の各地を巡っているわけではない。大きく警戒しなければならないのはシドニア領首都・ミルガス、及び各領における首都程度だろう。
加えてクアンタは泉の力を取り込んだアルハットの情報は知り得ていても、彼女が持つ力を把握しているわけではない。故にこの場所は知られていないし、知られた所で侵入する為には次元座標を制定して転移が必要になる。如何にフォーリナーが人智を越えた存在でも、直にこの空間への侵入は不可能だ。
〔すぐに動かねばならないのは、何よりもフォーリナー本体から分離した子機による、皇国軍人や警兵隊への被害を食い止め、刀の破壊、もしくはフォーリナーに取り込まれる事を阻止する事です〕
リュート山脈から行われている侵蝕に関して、レアルタ皇国全土が覆われるようになるまでは最短で一週間。
そしてリュート山脈に近しいアメリア領やイルメール領に侵蝕が進むには最短一日半、さらに二領土よりは距離が空いてはいるが、カルファス領にまで侵蝕が進むには二日程度の時間が必要になると短く予測を立てたアルハットの言葉に、シドニアとカルファスが頭を抱える。
「でもソレってさ、警兵隊や皇国軍人の人達に襲い掛かろうとしている、フォーリナーの子機たちに対抗するのにも、刀が必要って事だよね」
「刀は現在、各領首都の一部を除いて皇居や各省庁、議会堂の護衛に集中して配備されているが、クアンタは刀の配備場所等を正確に知らない。皇国軍人や警兵隊を手当たり次第に攻撃する可能性も鑑みなければならないぞ」
二者の言う通りだと、アルハットも強く頷く。
フォーリナーに対抗するためには、虚力を伴った攻撃、もしくはリンナの打った刀が必要になる。そうなれば皇国軍人や警兵隊の者達から、下手に刀を回収するというのも悪手となり得る可能性はある。
「それより――クアンタだよっ! クアンタは、クアンタはどうしたらいいの!? クアンタ、フォーリナーに操られたまんまじゃん、助けないと!」
一同がクアンタによって敵に情報が渡り、その対処をどうするかを話し合っている中で、リンナだけは、クアンタの事に思考を回していた。
しかしアルハットは、そうした彼女の言葉を、あえて聞き流した。
〔この空間を出れば、もう一刻も猶予はありません。ひとまず、シドニア兄さまは刀を持つ警兵隊員、皇国軍人の方々を集結できるように対処をお願いします〕
「ねえ、アルハット」
〔カルファス姉さまは現在各地で執務に当たらせている子機を使っての現場指示を。信頼できる部下に指揮を引き継ぎ次第、フォーリナーの空戦迎撃をお願いします〕
「アルハットってば!」
〔クアンタは元々フォーリナーよ! フォーリナーの本体と接続されてしまえばこうなる事は必然なの。受け入れなさいリンナッ!〕
聞き流していたが、しかしリンナは諦めず、声を張り上げた。だからアルハットも張り上げ返し、彼女を黙らせる。
そして彼女が言葉を閉ざした所で、彼女も一言〔ごめんなさい〕と謝罪を挟む。
〔……申し訳ないけれど、今は対災いよりも最悪な状況にあるわ。クアンタの意識を取り戻す方法でも無ければ、彼女の事は後回しにする他無い〕
「でも……でも……っ」
〔今は、危険に晒されている、力の無い人々を救う為に、出来る事をしないといけないの。……お願いリンナ、受け入れて〕
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